第15話:頼みの糸

 ミスズとティアの話を遠目に聞いていた翼。彼女の母が何かしらの情報を得ている。そう告げられた。

 自分の家族がどこか遠い世界の存在である。そう思ってしまっても仕方ない事がおき続けている。


 「久根さん」

 「ひゃ、ひゃい!」

 「ひゃい…」 


 思わず裏返ってしまった声。その翼の声を思わず可愛いと思ってしまうティア。

 それまで蚊帳の外だった自分に話が飛んできて焦った。


 「彼女には今暫くここに留まって貰う事になりますが、私としては長居は危険であると考えています」

 「どうしてですか?」

 「ご存知の通り、ここはあらゆる場所に通じています。一応、長期間滞在出来る様にはなってますが、使用するとそれなりのリスクが伴います」

 「リスク?」


 ミスズの言うリスクとは何を指しているのか、翼にも、ティアにも分からない。

 そのリスクについて、ミスズが説明していく。


 「この施設は隠された場所になります。当然、ノーブルさんがこの場所で生活をするにしても、久根さんがここを訪れるにしても、どこかで外部の目に触れてしまう可能性があります。それは、関わってはならない人が関わってしまう可能性に発展しかねません」


 ミスズの懸念はもっともだ。翼が普段使用していた場所とて、それは彼女が細心の注意を払っていたため。入り口自体、人目に付きにくかったことも幸いしていた。だが、他の出入口全てがそうではないのだ。場所によっては、本当に人通りの多い場所に平然と存在している。

 人目を気にするのであれば、ティアがこの施設でじっとしていれば良いが、そうもいくまい。


 「帰還の目途が立つまで、外出禁止、とはいかないでしょう。ノーブルさんの年齢では、とてもではないでしょうが、耐えられるとは思えませんし」

 「う、うん。さすがに、外の空気は吸いたいかも」


 なら、いっその事。ミスズはそう考えていた。


 「ですので、当面の間、こちらの世界の住人として生活しているほうがまだマシ。その間は、私の方であちらとコンタクトが取れないか探るつもりです」

 「そんなこと可能なんですか?」

 「下手にアクセスすれば危険です。ですので、あちらから何かしらの接触がないと難しい、というのが正直なところです」


 仮に向こうがミスズが目覚めたことを把握したとして、誰がそれを行ったのかが、重要になる。最後に使用された時の管理者が彼の人物だったとして、都合よく使用するとは思えないからだ。

 ミスズがアクセスしてきた。それは、何者かが、彼女を目覚めさせたことになるのだ。

 この世界にはない技術を正確に扱えるとは誰も思っていないが、万が一にも、ミスズがこの世界の人間に利用され、あちら側へ何かを仕掛けようものなら、対応は一つに絞られる。

 ミスズは、翼の手によって起動させられた時に抱いた懸念を、二人に打ち明ける。


 「今のノーブルさんの置かれた状況で私が消去されるのは非常にマズい事になります。まぁ、私の存在を知ってる人であれば、私に何かあったと考えてくれるとは思うのですが・・・」


 事情を知らぬ者からすればどこかのAIが暴走を起こし、システムに反逆を起こした。たったそれだけで葬り去られる。例えAIであっても、人間が本気になれば、どこまで太刀打ちできるかわからない。人が無策で無能と考えるのは、三流の考えだ。


 「話が逸れてしまいましたね。私があなたのお母様に協力を仰ぎたい理由は大きく二つです」

 「二つ?」


 ミスズは小さく頷く。


 「この世界でノーブルさん一人を探すのはまず不可能と言っても良いでしょう。ですので。恐らく別の角度から彼女を捜索しているはずです」

 「別角度っていうのは?」


 ミスズは正規の方法以外で世界を超えた場合に生じる穴について説明を行う。その穴を探すことでティアの大まかな捜索範囲が絞れるという。


 「その穴って見えるんですか?」

 「いえ、実際に目に見えるわけではありません。専用の機材で確認することで確認できます」

 「そんなもの、うちには・・・」

 「事態の最悪を考える部長なら用意してるかも」


 何度かこの世界に訪れているのであれば、その時に有事の備えをしていても不思議ではない。そう考えたティアは、僅かな希望を見出だす。

 だが、現実はそう甘くはない。希望の光を見つけたティアに、ミスズは神妙な雰囲気で話し出す。


 「ただ、直ぐに戻るのは難しいでしょう」

 「そうなの?」

 「本来、繋がりを持つ筈の無い世界と繋がっています。ですので、一方通行の片道切符。これが現実です」


 どうにかして、ティアを見つけることが出来たとしても、帰る方法が無い。それがいつになるのか、その事を確認するためにも、どうにかしてあちら側とコンタクトをとる必要がある。

 翼の母親へ何かしらの依頼がきていれば、そこを通して解決策を模索できる。


 「そんなに、深刻なんだ・・・」


 自分には、なにも出来ない。無力感よりも、場違い感の方が強かった。

 ミスズの依頼は便りにされたと言うよりも、頼みの綱として握られたようなもの。

 ここから先の事があるとして、自分はどこまで関わって良いのか分からないのだ。

 目の前の少女は気丈に振る舞っているように見える。だか、大丈夫なはずか無い。ましてや、「大丈夫?」などと、聞ける筈もない。


 「迷惑、かけちゃってごめんね」

 「――ぁ」


 ティアの精一杯の笑顔が、翼には辛いものに見えた。

 ミスズは敢えて口を挟まない。二人に絆が生まれることを期待して。

 迷惑なんて言わないで欲しい。今は自分の事しか考えられなくても誰も文句は言わない。少なくとも翼はそうだ。

 今目の前の子は、ここでは自分と何も変わらない少女だ。だったら、弱音を吐いて欲しい。ここには、ティア・ノーブルを責める人間は居ないのだから。


 「そんなことない、よ」

 「ぇ?」

 「そんなこと、ないよ。だって」


 どうやってもその先の言葉が見つからない。どうして自分はこんなにも弱いんだろう。言葉一つかけれない自分が恥ずかしくなる翼。まだ気持ちの整理だってついてないに違いのに。


 「ありがとう」


 そほ細く小さい声は、紛れもない彼女の心から零れた言葉。

 この二人の考えてることは同じ方向を向いている。それが分かり、ミスズ安堵する。あとは、翼が成すことを成してくれれば、こちらの件は一旦置いておくことが出来る。

 遭難者の取り扱いなどこの世界にあるかぎり無縁だと、そう考えていた。だか、現実はその考えをこうもあっさり裏切る。否、もしかしたら、始めからわかっていて設置されたのかも知れない。でなければ、こんな世界に存在する意味が無い。

 そもそも、この世界からの流れ者が既に存在しているのだ。何故次がないと言い切れた。

 本来、人が下す行き過ぎたAIであると、ミスズ自らが判断することになるとは考えもしなかった。


 「自分と言う存在に傲っていたのは、私、でしたか」


 彼女の一人言は二人の耳には届かなかった。


 「改めてになりますが、久根さん」

 「はい」

 「ノーブルさんが、今この場所にいて、無事であることを貴方のお母さんに伝えてください。でないと、砂漠から砂金を探す以上の苦労を強いてしまいますので」


 その表現はどうなのかと、思いつつも翼はミスズの言ったことを了承する。

 そのまま翼は自宅へと帰宅していった。また明日、ここへ来てもらうことをお願いして。


 「・・・」

 「ノーブルさん?」

 「・・・」


 翼が帰宅し、残されたティアとミスズ。ティアは今回の件で一つ、懸念を抱いた。その懸念をミスズに伝える。時が来てしまったとき、自分が冷静で居られる自信がなかったから。


 「あの子も」


 ティアは小さく首を横に振る。


 「翼さんも、こちら側になっちゃうのかな」


 それは、関わってはならないものに関わってしまった翼の今後を案じて出た言葉。そのティアの言葉をミスズは、翼が居ないのを良いことに、非情な回答をする。


 「これは、久根さんがいずれ直面しなくてはならなかった事かもしれません。彼女は彼の血族かもしれないのですから」

 「彼の血族?」

 「今のノーブルさんには、時期尚早ですね」


 ミスズは久根翼と言う少女について何か知っている。いや、翼本人ではなく、翼の家系、滝本、さらにその先の血族。滝本静の血族について。

 先祖帰りなのか、それとも、遺伝なのか。

 翼の関係者が二人も、自分の上司になっている。これは、きっと偶然じゃない。もしかしたら、もっと時間をかけて成すはずだった何かが今回の件で早まってしまったとしたら・・・。


 「ですが、こんなことになってしまった以上、私やノーブルさん、久根さんは知る権利があるでしょうね」

 「知る権利?」

 「知っていますか?嘘ってつき続ければ本当の歴史に出来るんですよ」


 何を知り、何を知らないのか読めないAIに困惑するティア。さっきはまるで何も知らないような素振りを見せたかと思えば今度は意味深な発言。

 嘘もつき続ければ歴史になる。とても恐ろしい事を聞いてしまったと思った。何故なら、今の発言は、ティアの違和感を肯定する言葉だったから。


 「私、今の貴方を信じて良いのか分からない」

 「・・・」

 「でも、あの子は守って」


 強く重く、そして真っ直ぐで鋭い目と言葉だった。

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