第14話: 近くて遠い話
その日、いつもの様に学校に登校し、いつもの様に授業を受ける翼は、どこか上の空だった。その理由は簡単だった。昨日の件。
教壇に立つ教師の話は全部右から左。机に広げられたノートはまっさらな状態。それだけ、今の翼の頭はあの事でいっぱいなのだ。
一人が抱えるには大きすぎる問題。かと言って、誰かを頼れるものではない。唯一頼れそうな存在は、今どこに居るのかさえ分からない。
今まで真っすぐに伸びていた線は、徐々に方向を変え始めている。けれど、それはもっと前から始まっていたのかも知れない。そう、翼が初めてあの話を聞いた時からちょっとずつ。自然界の変化と同じくらい気付かなかっただけで・・・。
結局、その日は殆どの授業に身が入らなかった。放課後、翼は真っすぐあの場所へと向かう。殆ど人の来ない植物園。元々翼が一人で過ごすのに使ってるような物だった。それが反って今回の様な事にはとても都合が良かった。
「――開いてる」
植物園の地下。そこに、隠れ家の入り口はある。その本棚の扉が既に開いていた。昨日、帰宅する時に念のため閉めておいた。それが開いていると言う事は、中から誰かが開けた、と言う事だ。
鞄を持つ手に、自然と力が入った。
意を決して中へ入る翼。真っ先に気付いたのは、空になったベッド。あの少女が目を覚ましたと言う事だ。
「・・・」
不安よりも、先に出たのは安心感だった。その次にはやはり緊張感が襲って来た。
リビングに出るが、どこにも見当たらない。何かが使われてるような音もない。
「下かな?」
翼はリビングのテーブルに鞄を置くと、下にある通信室へと向かう。
下へ通じる階段からは誰かの話声が聞えた。それは紛れもなく、あの少女とAIの物。
「あ、あのう」
翼の視線の先には、あの少女とミスズが居る。ミスズは翼に気付くと、その少女に軽く頷いてその事を伝える。
弱々しい翼の声に、中に居たその人物がゆっくりと振り返る。
それが、彼女との本当の意味での出会いになった。
「えっと・・・」
「お待ちしてました。久根さん」
言葉を詰まらすティアより先に口を開いたミスズ。翼は軽く会釈してから中に入る。ゆっくりとティアの元へと歩く。
重たい、というよりは、固い。そんな空気が漂っている。それぞれが別々の不安を抱えている。それが、この歪な空気を生んでいる。
「ノーブルさん」
「は、はい」
「こちらが、あなたを見つけた久根翼さん。現在の管理者です」
沈黙が支配する少し前に、ミスズが機転を利かせ、空気の流れを作る。
「えっと、ひさねつばさ、です」
「ティ、ティア・ノーブル、です」
見た目の年は同じくらいだろうか。そう思う翼とティア。
「それでは、久根さんも来た事ですし、本題に入りましょうか」
「本題?」
今来たばかりの翼は、それまで二人がどんな話をしていたのかを知らない。いきなり本題と言われても話が見えない。
「ここの前の管理者についてです」
「前のって?」
この世界で誰も頼れる存在の居ないティア。そんな中、この世界に本来存在しないはずの施設があった。であるなば、当然ここの責任者たる管理者がいたことになる。
現在の管理者が翼になったのは、ここが長い間活動をしてなかったから。長い年月を経て、再び翼によって開かれた。
では、以前ここに居た人物は誰なのか。当然その疑問はティアでも持てる。
「この施設は、ここには無いはず、の物だから」
「無いはずって?」
ティアと翼では視点が違う。ティアから見れば、この世界は行ったが最後。そんな世界だった。なぜなら、今居るこの世界には、自分達の存在が無いから。
翼はこの施設について、ミスズから殆どの事を教えられてない。それは、ミスズがその時では無いと下したから。
この場所自体には困惑を覚えてる様子のティア。その表情が翼にも不安を与えた。
「この施設は本来、ここにあってはならないの。でないと・・・」
「でないと?」
ティアは黙ってミスズを見る。そのミスズは黙って目を閉じたまま沈黙を保つ。これをどう捉えたら良いのか、ティアには分からなかった。そこまでの事を教えてもらってないし、何より、どこまで外部の人間に話して良いかもわからない。けれど、今の管理者は目の前に居る自分と同じ位の少女。ならば、その少女には知る権利が、知る義務が生まれる。
「いえ。なんでもないです」
首を横に振りながら、ティアはその先の言葉を飲み込んだ。その事は、自分でも口にするのが怖かった。それは、全てがひっくり返りかねない事だから。
「久根さん。昨日お話しした事、覚えていますか?」
「あ、はい」
今度は翼に声を掛けるミスズ。
「それで、どうでしたか?」
この場所について知っているであろう人物。その人物の情報が欲しいミスズ。それは、ティアを守と言う観点でも重要になるからだ。
翼は少しの間俯いたまま。昨日は、母と会えなかった。
「まだ、何とも。昨日帰ったから、お母さん居なくて」
「そうでしたか」
翼の返答を聞き、ミスズは何か考え込む。
タイミングが悪すぎる。いや、むしろ、タイミングが良すぎる。そう考えた。
細い糸が見えていた。しかし、それは直前で見えなくなった。だか、失くなったわけではない。透明で細い糸。掴むこと自体困難だ。
「えっと、あの・・・」
話の外に置かれていたティアが小さく手を上げる。
「どうして、この人のお母さんも?」
ミスズと翼のやり取りを知らないティアにしてみれば、この場所をしる新たな人物が追加された事になる。それは、何も知らないティアにしてみれば、混乱しかない。
ミスズは、改めて、現在に至るまでの過程を翼と共にティアに伝えていく。
元々、この場所の奥が翼の学校と繋がっていたこと。その入り口開け方を翼がしっていたこと。その事を伝えたのが翼の祖父であること。そして、数年振りにミスズが翼の手によって起動させられたこと。その際に、管理者権限が翼に移行したこと。そして、ティアが現れたこと。
これだけの事実を突きつけられただけでも衝撃のティア。そこに、翼から更なる衝撃を伝えられる。それが、翼の見た夢のこと。この事はミスズも俄には信じられなかった。
「それとね、多分なんだけど、私はあなたの事を知っていて」
「えっ?」
会ったこともない。それどころが会える筈のない人に知ってると言われる。不思議を簡単に通り越した。
「私の夢に出てきたの。あなたが、ここに来る出来事が」
翼自身、自分が何を言っているのかよく分かってない。そもそも、こんな話、信じてもらえるとさえ思ってない。
しかし、夢の内容はまさに、ティアの身に起きた事実そのものだった。
翼の話が本当だった。それは、ミスズの中で一つの可能性を示した。それは、翼もこちら側の人間であるというとこと。
話を聞く限りでは、彼女は、能力者系統の血。彼女の女系がどんな家系なのかまでは、今のミスズにも分からなかった。
翼の話を聞いたティアは、自分が翼の元に辿り着いたのは偶然では無いような気がした。それは、翼が自分の事を知っていただけでなく、彼女の家族に関しても。
「ミスズ」
「はい、なんでしょう?」
「この子は、私の上司の事、知らないのですか?」
「・・・?」
上司とは一体誰の事を言っているのか。それも、自分の関係者?それが翼の率直な意見。これは、翼には明かされてない情報を含んだ為だった。
「恐らく仕事の内容については一切秘匿されているのでしょう。翼さんの事や、彼女の血縁者の話を聞く限り」
一般人の、それも、そとの世界の人間であれば、情報は伏せられる。利にかなった事だ。ましてや、あの二人なら、尚更そうするだろう。だからこそ、不思議なのだ。翼と言う少女がここにいる現実が。
なぜ、生涯関わりを持つことのないであろう人物に、この事を教えたのか。
もしもの事を考えてだとしても、腑に落ちないことの方が多い。
「あなたの上司ってもしかして・・・」
「彼女の上司の名は、滝本柚、そしで、静です」
「柚お姉ちゃん!?」
滝本柚。翼の叔母に当たり、小さい頃に何度か会ったことのあるお姉ちゃん。それが、翼の抱く柚の印象だった。
というのも、翼が柚と会ったのは、小学校低学年の頃が最後。これは、この場所が閉じられた時期とも一致している
翼の話から、ミスズは、翼にこの場所の事を伝えられた時期と、柚と最後に会った時期は同時期なのではないかと考察する。丁度その頃は、世界全体の履歴を参照しても、安定期になっている。だからこそ、このような世界に施設を作れ、貴重な家族との時間を過ごしたんだと。
「お、お姉ちゃん?」
「あぁ、えぇっと、性格には叔母さん、なんだけとね。とっても優しいお姉ちゃんだったなぁ~って」
「室長、普段はそんなんなんだ」
仕事モードだと、それこそ社畜一直線にしか見えない柚。それで、姪に優しく出来る余裕があるのだから凄い。
「室長?」
「えっとね、滝本柚さんは、私の属する広域時空警察・特殊犯罪捜査部・第一級犯罪対策室。そこのトップなの。で、多分なんだけど、あなたのお祖母さんに当たる滝本静さんが、それらを取り仕切る特殊犯罪捜査部の部長なの」
よくは分からない。でも、それなりの地位に居るんだと言うことだけは、翼でも理解出来た。
今はまだ、自分とは無縁の世界。しかし、一度知ってしまった。関わりを持ってしまった。そうなっては、無関係では居られない。自分はそんな立場にたっている。翼はこれからどうしたら良いのか、分からなくなりそうだった。
迷いの中にいるのは、翼の隣に立つティアもまた同じ。そんな彼女には、翼を丁寧に気遣う余裕はない。それでも、心配をしてあげる事はできる。
「いきなりのことで、混乱しちゃうかも知れないけれど・・・」
その先の言葉が思いつかない。それは仕方のないこと。ティアとて、まだ、10代少女。人生経験豊富な大人ではない。
「ううん。きっとあなたの方がよっぽど大変なのに」
翼は首を横に振る。
お互いどうしたら良いのか分からないのだ。
この子達が出会ったのは、もしかしたら必然だったのかもしれない。そう考えたミスズは、1つ、提案を持ち掛ける。
「久根さん」
「は、はい」
「もし可能でしたら、あなたのお母様をこちらへ連れてきて頂けませんか?」
「お母さんを?」
ミスズの意図が読めない二人が互いに首を傾げる。
ミスズは、翼の母親なら、なにか特別なことを知ってるかもしれない。そう考えた。
翼の母親は、こちら側の人間と考えて差し支えないと判断した。
「今後の話をするに当たって、一番の適任者。そう考えた次第です」
「でも、どうして?」
「恐らく、久根さんのお祖母さん、つまり、あの人が何らかのコンタクトをとってる筈ですから」
遭難者となってしまったティアがこの世界に居ることが分かるのは時間の問題。
そうなれば、彼らが直ぐに動くことは不可能。おまけに、向こうの世界でもやることが山積みになってる。であれば、尚更此方の世界への協力を求むのは必然。そして、その先は簡単に絞れる。
「そっか、今の私はあれと同等の存在」
「えぇ。それでも優先度で言えばあちらの方が上です。よって、あの人でも直に動くのは容易ではない」
極めて面倒な存在となってしまった自分自身を分析するティア。それでも、事態解決を先延ばしには出来ない。
今の状況は、全て解決してようやくトントンになる。
一人置いてけぼりの翼は、二人が何を言ってるのか全く分からなかった。疎外感、とまでは行かなくてもそれに近い物を感じていた。
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