第13話:面倒な関係

 ピリリリリ・・・

 ピリリリリ・・・

 ピリリリリ・・・


 その日、エレーナの携帯には、久しぶりに別回線からの電話が鳴った。彼女は、その電話の通知を見てすぐに出る。


 「お母さん?」

 「久しぶり、エレーナ。元気してる?」

 「うん。でも、どうしたの、そっちの回線でかけてくるなんて」


 エレーナは、母親の仕事の内容は知ってる。


 「実はこっちでかなり面倒な事が起きてしまってな」

 「面倒な事って?」


 電話の声の主、静は少し間を開けてから伝える。


 「私の部下、と言うより、柚の部下が遭難した」

 「・・・え?」


 母と妹である柚が直接の上司と部下の関係である事も知ってる故に、事の重大さは理解出来る。それで何故、関係ない場所に居る自分に電話が掛かってくるのか。


 「その事でジジィに連絡を取りたいんだが、どうにも捕まらなくてな。エレーナ知らないか?」

 「お父さん?ここんとこ顔見てないな~」

 「ったくあのジジィ、余計な仕事を増やしやがって」


 電話口で不満たらたらな母親を感じて、普段通りと元気だと分かって安心するエレーナ。だが、その不満がいつもよりも濃いのも気になった。

 先程、静は妹でもある柚の部下が遭難したと口にした。その事で自分に電話して来た事、その上で父親と早急に連絡を取ろうとしてること。大体の事は予想が立てられた。


 「お母さん、もしかして、もしかする?」

 「そう言う事だ。極力エレーナは巻き込みたくなかったんだがな。あのジジィが捕まらない以上、お前に頼るしかない」

 「私、職員じゃないんだけど?」


 エレーナは、母や妹と違い、広域時空警察には務めてない。普通の専業主婦。そんな自分に頼むと言う事は余程の事。なので、ちょっとだけ優位に立ってる。


 「その遭難者、どうもそっちに居るらしい」

 「なんでこっちに?」

 「それをあのジジィに確かめたいんだがな」


 驚きはしたが、分かっては居た。この世界に居る自分に連絡をすると言う事は、そう言う事だ。


 「詳しい内容説明してもらえる?」

 「助かる。こんど柚とそっち行くよ」 

 「これるの?」

 「そうせざるを得ないさ。遭難者を戻すためにも」


 今は直ぐに会えない愛しい存在。それが、こんな形で会える機会が訪れようとは。運命とは、時に妙な巡り合わせを用意させる。

 エレーナは静から事の次第を伺う。母たちの居る世界で何が起きたのか。そして、何故遭難者を出す事態に至ったのか。聞いて分かったのは、母が父に聞きたいことがあると言った理由。それは、エレーナも是非聞きたい内容だった。


 「そのノーブルって子が具体的にどこに居るか掴めてないのね」

 「こっちでも引き続き捜索を行うが、規模が縮小される予定だ」

 「それで、こっちに頼るしかなくなっちゃったんだ」

 「すまない。面倒を押し付ける」


 この世界でティア一人を事情の知ってる人だけで探す。面倒なんてレベルではない。何か、手掛かりの一つでもあれば変わるだろう。だが、手掛かりはゼロに等しい。砂漠に落ちてる金を見つけるなんてレベルではない。この世界に居る全ての人の中から見つけ出さなくてはならない。


 「お父さんに原因の一端があるってことは、お父さんに聞けばある程度場所の候補絞れたりする?」

 「どうだろうな。遭難の状況もかなり特殊だからな。通常の遭難とも違くてだな」


 普通の遭難とは一体何なんだか、そう思うエレーナ。

 遭難者を出す事がどれだけの一大事かは、良く知ってる身。そんな遭難者を最も出してはならない組織が出している。


 「それで頼みたいのは、手掛かりを探って欲しいんだ」

 「手掛かり?」


 遭難者本人を探すわけではないのかと、疑問に思うエレーナ。


 「過程はどうであれ、本来繋がるはずのない世界がつながった。つまり、その世界のどこかに穴が開いてるはずだ。それを探して欲しい」

 「でもどうやって?」


 人一人見つけるよりは簡単にはなっても、この広い世界からその穴を探すのも骨が折れる作業になるのは目に見えている。

 その作業の方法をエレーナは知らない。それが出来るのは、あちら側の人間に限られてくる。

 無論、静も無策で頼み事をしてるわけでは無い。


 「そっちの世界の私達の家に機材が置いてある。それを使って欲しい」

 「そんなものあったっけ?」

 「見た目は普通のPCだ。スペックはこちらで使ってるのとほぼ同じだ。必要事項さえ入力すればエレーナでも使える」

 「分かった。ちょっとやってみる」


 エレーナは静との通話を終えると、急いで支度を始める。自室の机の引き出しに入ってる両親の家の合鍵を取り出す。

 自宅から両親の家までは割と近い。歩いて10分ちょっとの距離。

 エレーナが家を出ようと玄関に向かった時だった。


 「ただいま~」

 

 帰って来たのは夫の道哉ゆきや。時間はまだ4時半。いつもより早い帰宅にちょっと驚く。


 「あれ、早くない?」

 「うん?今日は編集と打ち合わせだけだったからね」

 「よかったー。これから、ちょっと出かけなくちゃいけなくなっちゃって」

 

 道哉の仕事は小説家。そのため在宅での仕事が基本だ。今日は、次の本の発売日に備えての打ち合わせに出ていた。

 丁度いいタイミングで帰宅した道哉にエレーナは残りの家事を頼んだ。


 「ごめんなさい、夕飯の準備がまだなの。つーちゃんの分だけでも良いからお願いできる?」


 エレーナのお願いに道哉は迷わず返答する。


 「大丈夫だよ。残りの事は僕がやっとく。急用?」

 「うん。ちょっとね」

 「お義母さん達?」


 普段とは違う様子を見せるエレーナ。他の急用の時とは表情が違った。

 エレーナの両親が特別な仕事をしてるのは道哉も知ってる。その事については、静かに口止めされている。

 エレーナは小さく頷く。詳しくは分からずとも、エレーナを頼る何かが起きたんだと察する。


 「今日は遅くなりそう?」

 「うーん、そんなに遅くはならないとは思う」

 「うん、わかったよ」


 玄関でエレーナを見送り、彼女に変わって家事仕事を始めて行く道哉。

 まずは夕食の準備から始める。時期に娘も帰ってくる。


 「さって、なんて説明しようかな~」


 夕飯を作りながら、エレーナが留守にしてる言い訳を考える。直接彼女の両親の事を伝えても説明を上手く出来る自信はない。かと言って、買い物と言うのも変だ。あれこれ考えた結果、彼女の地域の役割りに着地した。


 「ま、自治会の会議で良いか」

 

 大人の事情と言うのは時に使い勝手が良い。道哉はそう感じた。


**************************************


 夕食の後、自分の部屋で今日の事を思い返す翼。

 夢で見た事が現実になる事が、必ずしも無いとは限らない。それはなんとなく分かっている。

 反対に、現実で起こったことが再び夢となって現れることもある。そう考えると、もしかしたら、自分とあの子はどこかで会ったことがあるのかも知れないと考えた。だが、その考えは直ぐに消え去った。今日出会った少女も、夢の少年もどちらも記憶に一切見当たらない。仮に遠い昔に出会ったとしても、成長した姿を夢に見るとは考えられなかった。

 

 「・・・」


 思い返せば、夢に見た事が現実となって現れたのは、前にも何度かあった。小学生の時は、晴れていても、その後に雨が降るのが何故か分かる事が多かった。そのおかげで、一度も雨に濡れた事はない。

 他にも、今回みたいに、現実味の強い夢を見た事もあった。


 「何か、悪い事でも起きるのかな」


 窓の外に目を向ける。今日は大きな満月が明々と光ってる。悪い事が迫ってるようには見えない夜空だ。むしろ、良い事が起きる様な、そんな夜空。


 「ある目的の為に作られた謎の隠れ家」


 植物園の奥に隠されたその場所は、ただの隠し部屋かと思えば、もっと大きな場所だった。学校にこっそり設けられた、なんてそんな簡単な話じゃない。もっと沢山の人が関わった場所。翼にはそう思えた。

 そんな隠れ家の管理者になってしまった。そんな事を一体誰に相談すれば良いのか。出来るのは、この世で二人しか居ない。自分にあの場所の事を話した祖父母だ。

 そんな祖父母が今どこで何をしてるのか、全く分からない。祖父は度々帰ってくるが、祖母の方は数年前を最後にずっと会ってない。


 「あの場所を話してくれたって事は、あの場所に関係あるお仕事をしてるって事だよね」


 世界中を旅してると聞いてる。けれど、詳しい仕事の内容はちゃんと聞けたことはない。二人して行動してるみたいだから、同じ仕事をしてるんだと考えた翼。

 

 「あの場所に関係のある仕事・・・」


 考えれば考えるほど、頭がこんがらがって来る。

 今日一日で起こったことが多すぎて、まだちょっと混乱が残ってる。

 母なら何か知ってるかも、と思ったがタイミング悪く今は留守。早く帰って来て欲しい気持ちもある。

 明日の放課後、またあの場所に行く約束をした。明日行けば、何か分かるのだろうか?

 

 「あの子は、あっち側なのかな・・・」


 ふと、夢に見て、自分の目の前に現れた、ティアの事が気になった。

 あの、ミスズとか言うAIは、ティアの事について、深く言わなかった。

 もしも、あの少女とあのAIが同じ世界に居るのだとしたら、明日自分は本当にあの場所に行って良いのだろうか?

 誰かに相談しようにも、一体誰に相談をする。誰にも相談できないこのもどかしさを、一体どこにぶつければ良いのか。

 不安とはまた違った、不気味な何かに潰されそうになる。


 「でも、もし、仲良くなれたら」


 せっかく出会えたのだ。不思議な縁もある。けれど、神と言う存在が、彼女を翼の傍へ導いたのなら、その不思議な巡り合わせが、良い物であってほしい。何せ、彼女は、この世界では、たった一人かも知れないのだから。


 「もしも――」


 ――その先を安易に口にするのは良くない気がした。それを口にしてしまえば、本当の事になってしまう。そんな気がした。

 今日の事を事細かに覚えておこうと、翼は日記を書いた。日記を書くなど、小学生の長期休みの宿題以来。

 いざ書こうと思うと、これが意外と内容に悩んだ。どこから書こうか、どんな風に書こうか。

 翼はペンを走らせた。




6月5日水曜日

今日、いつもの様にあの植物園の奥の隠し部屋に行った。その部屋は私が通う朱鷺ノ丘中学の施設の1つ。そこには隠された部屋があって、私はその場所の事をおじいちゃんたちに聞いたの。

今日の朝、いつもみたいにそこでゆっくりしてたら変な夢を見た。不思議な夢だった。男の子と女の子が誰かに追われてる夢。でも、本当の出来事みたいだった。

大事なところで目が覚めちゃってそのまま私は教室へ向かった。放課後、いつもみたいにあの部屋へ向かうと、今度はいきなり不思議な映像が見えたの。頭の中にいきなり。それは、私がいつも読んでる本がある本棚をしめしたの。まるで何かの暗示みたいに。そこに1冊の赤い本があってその本を手に取ったら、扉があいた。

そこで私は、あの子と出会った。

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