三章 PKウィザードー3
3
ダイアナの事情聴取は、一時間ほど続いた。
こんなときにかぎって、アンソニーはアンの葬儀の打ちあわせで、刑事の来訪に気づいてさえいなかった。
タクミだけがヤキモキしながら、ダイアナのつれられていった応接間の近辺をウロウロしてしまう。
交通事故にあった恋人の手術が終わるのを、集中治療室の前で待つ男の気分だ。
あきれて、ユーベルも二階の客間へ帰ってしまった。
やっとドアがひらき、二人の刑事が出てくる。
手招きして、ダグレスを柱のかげに呼びよせた。
「どうだったんですか?」
伏し目の刑事は、かすかに首をふった。
「一時には屋敷をでたの一点張りですね。
そのあと、すぐに、ラスティーニさんの病室にもどったということは、ウソだったと認めてくれました。では、どこにいたのかという問いには答えてくれません。
残念ながら、夫人は耳にコレ、つけてるでしょ? 私の能力では、夫人の返答がウソか本当か、読みとれませんでした」
ダグレスは自分の耳たぶをつまんでみせる。
超能力者のあいだで、制御ピアスをさす仕草だ。
「夫人は、なぜ、制御ピアスなんて、つけてるんですか? 公的記録では、夫人はエスパーではないことになっていますが?」
ダグレスのエンパシー能力は、BランクとAランクのあいだくらいらしい。制御ピアスはAランク者のエンパシーをはねかえす。ダグレスでは歯も立たない。
それもあって、ダグレスのダイアナに対する心象はよろしくないらしい。
あんなに美少女なのに、世をすねた隠者みたいなダグレスには、ダイアナの魅力も通用しないのだろうか。
もしかしたら、透視とエンパシーだけでなく、美少女光線を
タクミはダイアナのために、精いっぱいの援護射撃をした。
「ダイアナに制御ピアスをつけるように勧めたのは、僕なんです。このさいだから言ってしまうけど、じつは依頼人はダイアナなんです。
ものすごい美少女でしょ? ESPによるストーカー被害を受けてまして。犯人を捕まえるまでの処置として、ピアスをつけてもらってるんです」
「なるほど。それなら……しかたないですね」
納得したらしい。
タクミは、さらに熱弁をふるう。
「ダイアナは絶対に殺人をするような人じゃありません。人を傷つけるくらいなら、自分が傷ついてもガマンする人なんですよ。これは、サイコセラピストの診断ですからね。信用できます。
第一、ダイアナが犯人なら、もっと上手にウソをつくんじゃないですか?
一時から二時半まで、コンスタンチェさんの病室には行ってなかった。でも、その間の行動は黙秘している。
これは、犯人の言動としては不自然です。
たぶん、ダイアナはウソをついてるんじゃなく、その間に言いたくないことがあっただけなんですよ。事件とは無関係だから、黙秘してるんです」
「夫人も、そう主張していた。事件とは関係のないことだと」
「ああ、やっぱり」
ダイアナが殺人犯の嫌疑をかぶってでも、語りたくないこと……。
(もしかして、あのことかな)
思わず、顔に出たらしい。
いつも伏し目のダグレスの目が、一瞬、キラッと光る。
「思いあたることでも?」
「いえ、なんでも」
あわてて作り笑いでごまかすが、もう遅かった。
ダグレスが察知したことを、エンパシーで感じる。
タクミは肩を落とした。
「すいません。ウソつきました。思いあたることはあります。でも、それなら、ほんとにダイアナは事件に無関係ですね。ここは僕を信用してもらえませんか? いずれ、本人の口から話してもらえるよう、説得してみますから」
「つまり、刑事の我々より、セラピストのあなたが適任のような内容だと?」
「そういうことです」
タクミは一歩もひかないぞ、という気合を目にこめた。
ちらっと上目づかいに見るダグレスにも、その気迫は通じたようだ。
「わかりました。お手並み拝見といきましょう」
「大丈夫。シティポリスに偽証なんてしたら、僕はサイコセラピストの資格をなくしますからね」
「では、任せました」
ダグレスは、つれの刑事とともに、広いエントランスホールから出ていった。
タクミは応接間の前へ行き、とざされたドアをひかえめにノックする。
一瞬のまがあって、ダイアナの声が返ってくる。
「はい」
「すいません。僕です。トウドウです」
さっきから、外国人から見た日本人みたいに、あやまってばかりだ。
しかし、しょんぼりしたダイアナを見れば、ごめんなさいとでも言うほかない。
これから、ダイアナが殺人のぬれぎぬを着せられても、隠そうとする秘密をあばこうというのだから。
「刑事さんたちは帰っていきましたよ。あなたの制御ピアスを不審がってたから、エスパーからのストーカー被害をふせぐためだって、ウソついちゃいました。これも、りっぱな偽証罪かな?」
おどけて言うと、ダイアナの口元に、ほんのり笑みがもどってくる。
すかさず、タクミはダイアナを庭へ誘った。
「ちょっと歩きませんか?ここは、いつでも花が咲いて、気持ちいいですね」
ダイアナも、タクミの用件は察していただろう。
春の気温をたもった美しい庭をそぞろ歩きながら、タクミのあとをついてくるダイアナの表情はかたい。
だが、心優しいダイアナは、噴水まで来ると、タクミが困らないように、自分から話を切りだしてくれた。
「刑事さんに、たのまれたんでしょ? わたしのアリバイをたしかめてほしいと。ミラーさんと
でも、わたし、あの人のこと、好きになれないわ。超能力捜査官というのは、みんな、あんな感じなの? トウドウさんと同じエンパシストだとは思えない」
どうやら、ダグレスは賢明にも、透視能力者であることを伏せているらしい。
タクミのオールヌードも一度や二度は見られているだろうが、ダイアナにそんなことしてると知られたら、アンソニーのコネクションで、クビにされかねない。
「ダグレスは自分の超能力に、コンプレックスを持ってるからじゃないですかね」
言いながら、タクミは噴水のほとりに腰かける。
ダイアナもならんですわった。
フリルたっぷりのミニスカートのすそから、ちらりとガーターベルトがのぞき、ドキリとさせられる。
ほんとに、ダグレスは、なんで、この魅力にやられないんだろう?
「僕は、すごく恵まれた環境で育ったんだと思います。兄弟が全員、エンパシストなんですよ。
僕は四男で末っ子なんですけど、物心つく前に両親が他界しまして、祖父母に育てられました。
甘えたい盛りに母親がいなくなったので、初めのうち、ずいぶん泣いたそうです。
そんなとき、三人の兄が、いつもエンパシーでなだめてくれたんです。エンパシーで両親を見せてくれたり、愛情でうち包んだりしてくれました。
だから、僕にとってエンパシーは、あったかくて優しいものでした。
僕がサイコセラピストになったのは、たぶん、そのときの影響だと思うんですよね」
ダイアナは、だまって聞いている。
タクミが口をつぐむと、子猫のようなしぐさで、タクミを見あげる。
「トウドウさんは強いのね。両親を早くに亡くしたら、ふつうの人は、自分を不幸だと思うわ。恵まれた環境だなんて言えるのは、すごいことだと思うの」
「あんまり小さいときだから、不幸だとかいう感覚がなかったんですよ。むしろ、兄たちのほうが、さびしかったんじゃないかな」
「それでも、すごいと思うわ」
ちょろちょろと噴水が、小川のせせらぎのような水音をたてる。しばらく、その音に聞き入った。
タクミは、また口をひらく。
「だから、超能力のせいで不幸な、ミラー刑事みたいな人を見ると、やるせないんです。
僕は自分のエンパシーを、人を幸福にするためだけに使いたい。でも、それで、ダグレスの協力をするわけじゃないですよ。
ただ、あなたが、これ以上、一人で胸を痛めてるのを見てられないんです。
もしも言いたくなければ、だまっていて、けっこうです。
あの日、アンさんが殺された日の午後。あなたは、ホスピタルで検査を受けてたんじゃないですか? 以前、アンソニーが言ってた検査のことです」
タクミが言うと、ダイアナの瞳に涙がもりあがってきた。みるみる大粒の水晶のように、ぽろぽろと、こぼれおちてくる。
ダイアナの涙はタクミの胸に、つきささった。
「泣かなくていいんです。責めてるわけじゃない。あなたも、ほんとは不安だったんですよね?」
うなずいて、ダイアナはタクミの胸にすがりついてきた。タクミはダイアナの細い肩に、そっと手をかける。
「かわいそうに。一人で悩んでたんだ」
誰にも相談できず、苦悩していたのだろう。
ダイアナはタクミの胸で泣きじゃくる。
タクミは自分の甘さが腹立たしくてならない。
この涙は、タクミがオリビエの立場を考えて、最初にダイアナの部屋に侵入したことを、ナイショにしてやったことが招いた結果だ。
あのとき、すぐにアンソニーを呼んで、屋敷から追いだしてもらっていれば、よかったのだ。
そうすれば、ダイアナは泣かなくてすんだし、オリビエだって殺されなかった。
「あなたに悲しい思いをさせて、ごめんなさい。僕の責任です」
「どうして? トウドウさんのさいじゃないわ」
「いいえ。僕のせいなんです」
今さらだが、事情を話す。
すると、ダイアナは急に花がひらいたような笑顔になった。
「気にしなくていいんです。わたし、大丈夫だったから。検査を受けてるときは恥ずかしかったけど。これでもう悩まなくてすむわ。アンソニーには、ホスピタルから診断書を届けてもらうの」
「えっ? ほんとに?」
思わず、喜んでから、タクミはあわてた。
「あっ、すいません。僕は女の人の価値は、そんなことで決まらないと思ってますよ。だけど、あなたの心の重荷がとれたことは、よかった」
「トウドウさんって、いい人ね」
とつぜん、ダイアナがたちではあがり、タクミのおでこにキスをした。タクミは、もうちょっとで噴水のなかに、ころげおちるところだ。
「ダ、ダイアナさん……」
「わたしの夫が、あなたみたいな人だったら、わたし、素直に再生された自分の立場を受け入れられたわ」
それは殺し文句だよ。
般若心経、唱えてよう……ドキドキして、心臓が
「いくら僕が無害に見えるからって、からかっちゃいけません。まがりなりにも男なんですから」
ダイアナは何か言いかけた。が、思いなおしたように、口をとざす。
待っていても言いだすようすがないので、タクミから話しだす。
「それはそうと、そういうことなら、警察にかくすことはないですよ。ホスピタルの検査を受けていたことを担当医に証言してもらえばいいんです」
「でも、産婦人科に行ったなんて、言えなくて……」
「なんの検査をしたか明かす必要はありません。ホスピタルには患者の個人情報を守秘する義務がありますから。検査した事実だけ、証言してもらいましょう」
恥ずかしそうに、ダイアナは、こっくんと、うなずく。
こういう奥ゆかしいところが、たまらない。
「じゃあ、それについては僕からホスピタルに電話しておきます」
「ありがとう。トウドウさん」
そう言って、ダイアナはたちのあいだであがる。
タクミは引きとめた。
「待ってください。この機会に、もうひとつ聞いておきたいことがあるんです。
ダイアナさん。あなたは僕らに隠しごとをしてますね? それも、ひじょうに重要なことを。
あなたが僕らに依頼したことと関係がありますか?
僕は、あなたの味方です。正直に話していただけませんか?」
ダイアナの瞳が、一瞬、うつろになった。
動揺をかくすことができないで、よろめく。
「……わたしの心を読んだの?」
「いえ、それを感じとったのは、ユーベルです。ユーベルは自分の力をコントロールしきれない部分があるので、他人の強い感情に無意識に反応してしまうんです。
ユーベルが言うには、あなたは最初に事務所に来たときから、かくしてることがある。そのことのために、ひじょうに、おびえてるって」
ダイアナはタクミを見つめてきた。
美しいカレイドスコープアイズは、噴水に映る空の青と、庭木の緑をふくざつにとらえている。その名のとおり、万華鏡のように、きらめいている。
「……最初から、すべて話しておくべきだったのかもしれませんね。でも、あのときは、あなたが信用できる人か、わからなかったから」
「今なら信用してもらえますか?」
「はい。わたしの相談にのってください」
そして、ダイアナは語った。
*
水上都市、モナコ。
「うわぁっ。スゴイ! ほんとにゴンドラが浮いてるよ。ほら、ユーベル。きれいだね!」
メトロステーションからエスカレーターで上がってきたタクミは、思わず、大はしゃぎした。
ユーベルがしらけたような目で見ている。
「見れば、わかるよ。恥ずかしいから、やめてよ。タクミ」
「あ、ごめん」
素直にあやまる。
が、気にすることはない。
なにしろ、まわりにいるのは、みんな、新婚旅行中の新郎新婦ばかりだ。自分たち以外、存在してるとすら思っていないだろう。
モナコシティーは新婚旅行のメッカ。
ディアナから地下鉄で四つめに位置する、ヨーロッパ系の都市だ。
月の住環境がととのい、市民の生活にもゆとりができてきたころ。月の上流階級が別荘をもつための場として、数人の富豪の出資で建設された。
人工湖の上に建てられた、美しい水上都市だ。
モナコというより、水の都ヴェニスといったほうがいいが、モナコと名づけられたのには、わけがある。
ここには、月でゆいいつ、カーレース会場が
中世ヨーロッパ風の街並み。
水上を行きかうゴンドラ。
そして、町の上空を
他の都市にはない、独特のふんいきだ。
住人はモナコ銀行に一定額以上の預金がある金持ちばかり。
都市のなかへ入るだけでも、ゲートの通行税がかかる。
悲しいけれど、庶民のタクミには、ディアナの近くにあっても遠い都市だった。いつか新婚旅行で好きな人と——と思っていた場所だ。
「アンソニーさんは、この都市の建設に出資した一人で、今も都市運営の常任理事なんだって。やっぱり、ケタ外れのお金持ちだよね。
おかげで、ひとつきぶんのゲートフリーパス、もらっちゃった。どっちにしろ、今回は経費で落とせたんだけど」
これを買おうとすると、いくらかかるんだろうと考えながら、タクミはフリーパスを大切にポケットにしまう。
「ケチなこと言ってるね。高級とりのサイコセラピストのくせに」と、ユーベル。
「高級ってほどじゃないよ。ジャリマ先生くらい腕がよければ、別だけどさ。まあ、でも、大卒で一流企業に入った同期生とくらべても、
「そのわりに質素だね」
「なに言ってるんだよ。結婚資金は貯めとかないだよ?」
「相手もいないくせに」
グッサリつきささる言葉を言われたところで、ゴンドラ乗り場についた。こぎ手に行くさきを告げる。
「まずはレース会場に行って、マキャバリさんに会わないとね。帰りに、そのへんを観光しようか」
お金持ちの別荘地なので、娯楽施設には、ことかかない。やたらに物価が高いが、お金に糸目さえつけなければ楽しい町だ。
帰りにあの店によろう、あそこにもとパンフレットの予習を頭のなかで反すうする。
中央レース会場に到着した。
まわりに観光客の姿はない。
今はグランプリ中ではないからだ。
オフシーズンのあいだは、レーサーたちの練習場になっている。
タクミたちが、ここへ来たのには、もちろん理由がある。
昨日、ダイアナから聞いて初めて知った。
アンソニーの双子の弟、アルバートが死んだのは、モナコシティーのレース会場なのだ。
会場を借りて、親しい人を招いたパーティーが催されていた。そのとき、レースのさなかに、アルバートの乗ったレースカーがクラッシュしたのだという。
あたりを見まわしながら、ユーベルがたずねてくる。
「ここに来たら、何かわかるの?」
「僕はサイコメトラーじゃないから、事故のとき何が起こったか感じとることはできない。
でも、一度は現場を見ておきたかったんだ。ダイアナが言ってたようなことが、ほんとに起こりうるのかどうか」
ダイアナの言葉が事実だと言明できれば、事件の解決の糸口になるかもしれない。なんとなく、そう思えてならない。あるいは、まったく無関係かもしれないが。
タクミはレース場の表門で、守衛にダイアナの紹介状を見せた。モナコでは、たいがいのことはロボットではなく、人間がやとわれている。だから人件費がかさむのだ。
「アトキンス夫人の紹介ね。入っていいよ」
レース場のなかは思っていたより、せまかった。
会場のなかのコースは、スタート地点とゴール地点に使われるだけだ。それほど広さを必要としない。
練習中のレーサーが、ちょうどコースを走っていた。ガラスの管のなかをカラフルなミニカーが走ってるみたい。
「わりと静かなんだね。レースカーって、宇宙船用の高速エンジンを使ってるって聞いたから、ものすごい音がするんだと思ってた」と、ユーベルが言う。
「宇宙船のエンジンって、ものすごく高性能だからね。音も静かなんだ。音波の空気抵抗が関係してるらしいんだけど。
そのかわり、レースカーに転用すると、制御が難しいんだってさ。だから、ひとつ間違うと大事故につながるんだ」
ユーベルは感心してくれたようだ。
ダイアナからの受け売りだったが。
「アルバートは宇宙飛行士だったから、そういうことに、くわしかったんだろうね」
じっさい、マキャバリのメカニックにも助言していたという話だ。
話してるあいだに、高速の弾丸みたいにコースをまわっていたレースカーが停車した。
なかから、レーサーが降りてくる。耐Gのヘルメットをはずすと、さっそくメカニックに文句をつける。
「こんなだから、いつまでたっても勝てないんだよ。おまえら、やる気あるのか?:
レーサーの顔に、たしかに見おぼえがある。
ユージン・マキャバリーーアンソニーの孫だ。
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