一章 サイコディティクティブー3

 3


 数日がすぎた。

 アンソニーがエンパシストである証拠は見つからない。


 超能力は意識を集中してるときに起きやすい。アンソニーがスポーツやゲームをしてるときは、そばで、つきっきりで観察するが、例の超能力電気は探知できない。


「一生涯、能力が潜在したまま、覚醒しない人もいますからね。

 いちがいには言えませんが、やはり、アトキンス氏がエンパシストである可能性は、かなり低めですね。

 奥さんのおっしゃるとおり、弟さんの霊に憑依されてるのだとしたら、ずっとサイコメトリーをおこなってるわけです。

 超能力を使うときに発する電気エネルギーが、つねに感じられるはずなんですよ。僕もユーベルも、それを感じないなんてこと、あるわけないんです」


 ディアナシティーの美しいヨーロッパ調の町並みが、まどの外を流れていく。


 タクミとユーベルは、学校帰りのダイアナと落ちあい、反重力カーに乗っている。


 とはいえ、タクシーではない。

 アトキンス言えば所有のマイカーが、ダイアナの登下校を送迎するのだ。


 月面都市では個人の乗り物の所有は基本、禁止されている。そのかわり、公共機関が発達している。

 個人でマイカーを所持しているなんて、政府に認められた、ほんとの数人だろう。


 屋敷のなかでは、いつも、アンソニーがついてくるので、こんなところで、ナイショ話だ。


「ごめんなさいね。あの人、わたしが、ほかの男の人と話すのさえ嫌うの」


 たしかに、アンソニーは異常なくらいに嫉妬深い。


 屋敷のなかでは、ダイアナに、つねに、ひっついてる。そのうえ、アンソニーが許可しているダイアナの外出は、学校への往復のみ。


 その学校は良家のお嬢さまだけが通う女子校。

 行き来は、このとおり、自家用専用車。

 ボディーガードに、ガードロボットをつけている。


「いえ、これも仕事ですから。ところで、奥さん。話の続きですが——」


 すると、後部座席にすわるタクミを、ダイアナがふりかえった。ブロンドがゆれて、金色のキラキラが一面に、ふりまかれてみたいだ。


 しかし、車内のグレーメタリックを映し、銀色に見える瞳は、どこか悲しげ。


「奥さんって言うの、やめてください。わたし、まだ十五です」


 それはそうだ。


「すいません。じゃあ、なんて呼べばいいですか?」

「ダイアナで、かまいません」

「じゃあ、ちょっと、てれくさいけど。ダイアナさん」


 てれまくるタクミを見て、ダイアナが笑う。

 かわいい……。


「トウドウさんって、楽しい人ですね。親しみやすくて、話しやすいし。年が近いせいでしょうか」


 いや、近いと言っても、ひとまわり違うけど。

 これって完全に、はたちくらいと勘違いされてるよな?


 だが、まあ、美少女が喜んでくれるなら、それでいい。


「さっきの続きです。超能力を使うときに発する特殊な電気は、一般の人には感じられません。でも、同じ超能力者なら、瞬時に感じとるんです。

 だから、アトキンス氏がエスパーである可能性は、それだけでも薄いんですが。

 万一、特定の条件でだけ、憑依が起こってる可能性も考えてみました。たとえば、寝てるあいだだけ働く能力とかですね。

 なので、試しに何度か、僕がエンパシーを送ってみました。エンパシストなら、誰かに呼ばれてるかなと感じるていどの弱いエンパシーを。アトキンス氏は無反応でした」


 ダイアナは、まだ納得しないようだ。

「でも、それは、アンソニーが気づかないふりをしてるってことは、ないですか?」

「アトキンス氏が、エンパシストであることを隠さなければならない理由はないと思うんですよ。現在、エスパーだからって理由で、社会的制裁をうけることはないですから。


 過去にESPを使って犯罪でも、おこなってるなら、その可能性はありますが。


 罪を犯せる能力なら、最低でもBランクです。Bランクは力は強いが、コントロールが不充分だ。周囲にかくしとおすことは、まずムリですね」


「そうですか……」

 ダイアナは表情をくもらせる。

「でも、もうしばらく、しらべていただけますか? わたし、怖いんです」


 これだけの美少女に怖いと言われて、ほっとける男がいるだろうか。

 タクミは断れない。

 だいたい、前金でもらった額の働きには、ぜんぜん足りてないし。


「もちろん、続行します! 一卵性双生児の場合は、双子のあいだだけで、精神感応力が働くケースがあるんです。もしかしたら、氏は、それかもしれません」

「では、お願いします」

「はい! がんばります!」


 ニコっと笑ったあと、ダイアナは前を向いた。

 タクミは、そのきゃしゃな背中に話しかける。


「一番かんたんなのは、アトキンス氏にESP能力テストを受けてもらうことですけどね。遊びのふりして、みんなで受けましょうよとか、そういう提案はできないですか?」


 フロントガラスに映るダイアナの表情は暗くなった。

 ダイアナは憂い顔が多い。

 ティーンエイジャーなのに、ふさぎこんでばかりで、かわいそう。


「……それは、こまるんです」


 なぜ、こまるのか、ダイアナは語らなかった。

 タクミは首をかしげる。が、依頼人の要望だから、しかたない。


「じゃあ、なんとか、それなしで判断できるようにしましょう。

 ESPロックピアスであることをナイショで、つけさせるって手もありますしね。二、三日つけてみて、ようすが変わらなければ、アトキンス氏はエスパーではないことになります。

 もちろん、態度が変われば、エスパーってことですが。そのときは、対処法を考えましょう」


 ダイアナはESPロックピアスを知らなかった。

「なんですか? それ」


「ESPのコントロールが不充分な未成年や、低ランク者が、ESPを使えなくするピアスです。制御ピアスとも言います。

 ESPを使うときに発する生体電気を、ピアスの発する電波で相殺して、ブロックするんです。

 ダイアナさんからのプレゼントってことにすれば、アトキンスさんは喜んでつけるんじゃないですか?

 最近はファッション性も高くなってきたし、つけはずしも簡単ですよ。

 あっ、そうだ。ユーベル。見せてあげなよ。ユーベルは未成年だから、昼間、外出するときは、つけてるんです」


 ユーベルは、そっぽをむいた。

 しかし、その動作で髪がなびいて、耳元が見える。


 ダイアナは、うなずいた。

「それなら、いいかもしれませんね。考えておきます」


 森のなかのお屋敷が見えてきた。

 報告会は終わりだ。


 タクミとユーベルは、ヤキモチ妬きのアンソニーにバレないよう、森に入る手前で専用車をおりた。


 ダイアナの車が行ってしまうと、ユーベルは不機嫌に口をひらく。


「タクミ。人がよすぎるよ。これ以上、しらべたって、結果は同じ。アトキンス氏はエスパーじゃない。トリプルAのおれが言うんだから」


 そう。ユーベルはトリプルA。宇宙で二人だけのトリプルA。その能力はケタ違いだ。


 ただ、ユーベルの起こした事件の被害が甚大すぎたため、ユーベルの身の安全のために、協会にはBランクとして登録してある。


 ユーベルは一生涯、自分のほんとの能力をかくし続けなければならない。それは、とても苦しい道のりだ。


「ピアス、そろそろ、はずしたら?」


 気づかうと、ユーベルは仏頂面のまま、ピアスをはずした。そのとたん、ユーベルは、こわばった。あたりを見まわし始める。


「どうしたの?」


 タクミの問いかけにも答えず、走りだした。

 屋敷に向かって、一直線だ。


「どうしたんだよ。ユーベル」


 追いかけていくうち、タクミにも、そのわけがわかった。ユーベルは、ある人の脳波をキャッチしたのだ。


(この感じ……まさか? でも、似てる)


 そんなはずはない。

 その人は、今、月にはいない。


 ネオUSAが極秘でおこなっていた非人道的な実験を全世界に、さらした人。後難をさけるために、一年前に姿をくらました。


 全世界で唯一、公認のトリプルAランク者。

 サリー・ジャリマだ。


(ジャリマ先生が月に戻ってくるはずはない。でも、それなら、これは誰なんだ?)


 誰だかわからないが、そのよ相手は、サリーに基本脳波形が、とてもよく似ている。

 完全に同じ……とまでは言わないが。


 サリーはユーベルの最初の担当医だった。

 ユーベルもタクミも、サリーの脳波形には、なじみがあるのだ。


 屋敷の前まで走っていった。

 高い鉄格子の塀を、男が見あげている。


 遠目にも、ドキリとした。

 そのよこがお。似てる。ほんとに、サリーかもしれない。


 目立つモルフォ蝶カラーのチャイナ服みたいなものを着てる。


 長く伸ばした髪を奇妙な形に結っていた。古代エジプト風アレンジというのだろうか。頭頂部で、たばねた髪を、さらにいくつかにわけて編み、飾りヒモで、くくってる。


「サリー!」


 ユーベルの声を聞いて、その人は、ふりかえった。

 彼は微笑した——ように見えた。


 だが、その瞬間に走りだす。

 速い。速い。


 その足の速さには、身体能力には自信のあるタクミでさえ、歯が立たない。

 あっというまに、逃げられてしまった。


「すごいな。ぜんぜん、追いつけない。オリンピック選手みたいだ」


 ユーベルは、こうふんしている。

「見た? 今の、サリーだったよね? サリー、帰ってきたんだ!」


 ユーベルが最初に心をひらき、信用したのは、サリーだ。サリーを信頼したから、その延長線上で、タクミのことも信用したにすぎない。


 だから、ほんとは今でも、サリーに帰ってきてもらいたいのだろう。


「どうかな。ちょっと違う気もしたけど」


 ひとつだけ。

 ひじょうにキレイな男だったことは、たしかだ。

 タクミの2・0の視力にまちがいはない。


「ジャリマ先生なら、僕たちから逃げたりしないと思う」

「でも、こっち見て笑ったよ」


 彼とのファーストコンタクトは、こんな感じ。

 この謎の美青年とは、今後、何度も遭遇することになる。




 *


 その夜、晩さんの席で。

 いつものように、タクミたちは、アンソニーたちと同じテーブルをかこんでいた。


 アンソニーは上機嫌にウィットをとばしていた。


 が、デザートが終わり、みんながコーヒーを飲みだしたころ、えんりょがちに、ダイアナが言いだした。


「アンソニー。明日、学校帰りに買い物によってもいい?」

「買い物? なんの?」


「アクセサリーよ。たまには自分で、えらんでみたいの」

「デザイナーを呼ぼうか?」


 ショップではなく、デザイナーというところが、なんだか大富豪だ。


 ダイアナは制御ピアスを買う気になったのだろう。

 タクミは、ひそかに、ダイアナを応援した。


「外で買いたいの。学校のお友達と、卒業記念の品物をえらんで、交換したいの」


 パーフェクトガールは学年をスキップしている。

 来年には大学入学資格がとれる予定だそうだ。


 大学の進学は、アンソニーが反対していて、今のところ、未定だという。


 というのも、高等学校の卒業とともに、結婚式をあげると、ずいぶん前から決まっていた。


「卒業記念か。いいね。行ってきなさい。僕の好きなシャーリーンと行くのかい? それとも、イザベラ?」


 卒業という言葉から、しぜんに話は二人の結婚式へと流れていく。


 早く、君の花嫁姿が見たいよと、アンソニーが浮かれて連発する。ダイアナの表情は暗くなる一方だ。


「でも、アンソニー。わたし、まだ十五よ。大学を卒業してからでもいいでしょう? 飛び級して、二年で卒業すると約束するわ。ディアナ大学に行きたいの」


「どうして? 式をあげるとき、君には財産の半分を生前分与として、あたえるつもりだ。君は一生、働く必要はないんだよ。学歴なんて、なくてもいいじゃないか」


「わたしは、ただ、学びたいだけよ」


 すると、それまで、ごきげんだったアンソニーが、急に陰鬱いんうつな目になった。

 さっきまでのアンソニーとは、まるで別人だ。


 タクミは初めて見た。

 なるほど。これが、ダイアナの言う憑依現象か。


「ひどい人だね。君は。たしかに、君は花嫁にするには若すぎるかもしれない。

 だが、私の年を考えてみてはくれないのか? 私はもう、いつ死ぬかわからない。そうとも。明日に死んだって、ふしぎはないんだ。

 そりゃね。外見は若くしてるよ。みにくい老人のままでは、君に嫌われるからね。

 君の再生にあわせて、できるかぎり、二度めのテロメア修復薬を飲むのを遅らせた。腎臓が弱ってたからね。つらかったよ。週に一度、人工透析をうけて……。

 いつか、君と結ばれると信じたから、耐えたんだ。

 それなのに君は、こんな痛ましい努力をする私を嫌うのか。君のこれからの百年の生涯のうち、ほんの数年を私のために、ささげてはくれないのか。

 大学なんて、いつでも行けるじゃないか。私が死んだあとに、好きなだけ行けばいい。

 そうやって、式を延ばし延ばしにして、そのあいだに私が死んでしまえばいいと思ってるんだろ?

 年に不相応な若い肉体のなかで、しぼみきった老人の脳が、停止してしまえばいいと思ってるんだろ?」


 テロメア修復薬で全身の細胞は再生される。が、もともと再生力の低い脳細胞には、若返り効果が、きょくたんに低いのだ。


 いつも、アンソニーが脳にいい食事を心がけているのは、そのせいだ。


 一点を見つめたまま、まばたきもせずに、組みあわせた両手をふるわせるアンソニーは、タクミでも薄気味悪かった。


 たしかに、本人の言うとおり、若く見えても、なかみは老人なのだ。これじゃ、まったく、老人のぐちだ。


 そういうところが、きらわれる原因じゃないかなぁと思いつつ、絶好の機会だ。

 タクミはアンソニーの脳波を感能力でチェックしてみた。


 かなり、こうふん状態にある。

 しかし、エンパシーを使っている波長ではない。


(おかしいな。やっぱり、アンソニーがエンパシストだとは思えない。それに、さっきから見える、この映像……)


 タクミはアンソニーの記憶まで、のぞいてみようとしたわけじゃない。


 だが、アンソニーが感情的になっているため、いくつかの映像が、スナップショットのように見えた。

 おそらく、アンソニーの過去の記憶だ。


 笑っている美しい女性。

 ダイアナだ。今のダイアナより少し年が上。二十二、三だろうか。


 少女めいた、きゃしゃな体つきは変わらないが、胸もとの豊かさ、腰のラインなど、匂いたつほどに、なまめかしい。


 同じ女性の恐怖にゆがんだ顔。

 青ざめて倒れる、死に顔——


 クローン再生される前の、オリジナルのダイアナだろう。


(死んだダイアナのことを思いだしてるんだな。ということは、これは夫であるアンソニーの記憶。彼は今、アルバートに取り憑かれてはいない)


 一座はしらけて、重苦しいふんいきに包まれた。


 いたたまれないように、ダイアナは瞳に涙を浮かべている。あんなふうに責められたら、ひかえめな性格のダイアナは、何も言い返せまい。


 もしかしたら、アンソニーは、それを計算の上で、わざとも、あんなふるまいをしてるのかもしれない。

 老人であることを武器にするタイプだ。


 タクミは思いきって、口をだした。

「だけど、アトキンスさん。ダイアナさんは法律で結婚できる年ではありませんよ」


 このときには、アンソニーの脳波は、もう正常に戻りつつあった。ダイアナをときふせたので、満足したのだ。


 新手の伏兵に対しては、おだやかな口調で一蹴いっしゅうしただけだった。


「いや、私たちは、すでに入籍されている。今度の結婚式は形式だけなんだ」


 おっしゃるとおりだ。


(ダイアナはアンソニーとの結婚をきらってるみたいだけど。


 式をとりやめるんなら、離婚を申したてるしかないだろうな。そんなこと、アンソニーが容易に了承するとは思えないけど)


 溺愛できあいした死んだ妻をあきられきれない夫の気持ちはわかる。


 が、記憶を失い、夫のことを忘れてしまった若い妻が、強制的な婚姻をいやがる気持ちもわかる。


 タクミは、ため息をついた。


 そこへ、青年のアンソニーをそのまま老けさせたような、白髪まじりの男がよってきた。

 アンソニーの長男、アルフレッド・アトキンスだ。


 仕立てのいいオールドスタイルのスーツをきて、企業経営者らしい、かんろくがある。

 スキのない目つきが、ことに父親似だ。


「お父さん。ちょっといいですか。会社のことで、話が」

「うん」


 場のふんいきが悪くなっていたので、これ幸いと、アンソニーは食堂を出ていった。


 アンソニーたちが見えなくなると、赤毛の映像作家マーティンが、ふうっと息を吐きだす。

「じいさん。あのクセさえなけりゃな」


 言いながら、マーティンはポケットからタバコをとりだす。


 その前時代的な嗜好品しこうひんに、少なからず、タクミはおどろいた。


 こんな二酸化炭素と有害物質をふりまくだけの物体を、まだ常用してる人類が存在していたのか。

 とっくに地球人類とともに絶滅したと思っていた。


 ほんの数十年前まで、月では酸素濃度を高める努力が続いていたのだ。


 マーティンはテーブルの全員のひんしゅくの目をあびながら、堂々と、それに火をつけた。


「じいさんのおかげで、こんな楽しみもあるんだからな。おれは文句ないが」


 タクミは顔をそむけて、マーティンの吐く紫煙をさける。


 タバコのけむりは白いのに、なにゆえ文学的表現になると、ムラサキなのだろう……。


「アトキンスさん。あんなことは、よくあるんですか?」


 たずねると、マーティンににらまれた。

 どうも、この人には、きらわれてる気がする。


「すいません。でしゃばりすぎでした」


 ふんと鼻をならして、マーティンは、ブカブカけむりを排出する。

 同じテーブルについていた人たちは、そろって席を立ち、スモークマシーンを置き去りにした。


 前を歩くダイアナに、タクミは「元気だしなよ」と声をかけようとした。


 だが、それより早く、先手を打ったやつがいる。

 画家のオリビエだ。


 名前から言ってもフランス系なのはわかるが、オリビエはアンソニーと話すとき以外、フランス語で押しとおしている。


 ディアナでは、おもに英語、フランス語が使われているので、タクミも日常会話くらいはできる。


 しかし、イギリス人の屋敷に食客して、フランス語をつらぬくのは、なかなかの根性だと思う。


「こまったことがあれば、相談に乗るよ。ダイアナ。大事なのは、君の意思だと、僕は思うんだ」


 なんて言って、ダイアナのかぼそい肩に手をまわしている。親切というより、なれなれしい。


 オリビエは、テレビン油と油絵の具という、古風な手法で自己表現する芸術家だ。

 アンソニーが趣味で描く妻の肖像画の先生である。


 しかし、生徒と同じ人をモデルにして自分も描きながら、画布にこめる想いも、生徒と同じらしい。


 つまり、ダイアナに横恋慕している。

 アンソニーの前では自制しているようだが、はたで見てると、丸わかりだ。


 ついでに言えば、マーティンがダイアナをどう思ってるのかは、わからない。わからないが、作品には、やはり、ダイアナを起用しているらしい。


 タクミは、まだ見たことがない。


 男装の麗人のコンスタンチェは、目下、ダイアナの専属クチュリエのようだ。


 ダイアナのきている、ヒラヒラとゴスロリチックなドレスは、すべて、この人のデザインだ。


 どうも、アンソニーが支援するのは、ダイアナがらみの作品を作ってくれる芸術家にかぎられているらしい。


 妄執じみたものを感じるレベルだ。


 そんなにダイアナが大事なら、彼女に近づく男は、全員、去勢しとくしかないんじゃないかと、タクミは思う。


 現に、画家は、暗にダイアナをくどいている。

 もっとも、大金持ちの庇護ひごをすててまで、ダイアナをさらっていく勇気はないようだが。


「あいつ、いつまで、ダイアナにベタベタしてるのかな」


 タクミが不平をもらすと、そっけなく、ユーベルが返してくる。

「ほっとけば」


 冷たい!


 タクミたちの部屋は二階。

 ダイアナの寝室は三階。部屋は別室だが、アンソニーと同じ階だ。芸術家たちも、夫婦から離れた三階に寝室がある。


 タクミたちだけが、二階でエレベーターをおりなければならなかった。


 エレベーター部分のカベはガラスなので、上昇していく反重力ボードが見える。


 うらみがましく、タクミが見ていると、ユーベルが手をひっぱった。

「タクミ。気にしすぎ。夫婦の恋愛関係は、おれたちの依頼には関係ないよ」


 しかたなく、客室へ帰った。


「ユーベル。さきにお風呂入っていいよ。そのかわり、出るとき、お湯、はっといてくれたら嬉しいかなぁ……とか思って」

「はいはい」


 バスルームへユーベルが入っていく。

 タクミは一人でベランダへ出た。

 地球が青い。


 おーい、地球。

 おまえは、ほんとに人間がキライになってしまったのかい?


 人間が、たくさん、おまえをいじめたから、自分の上に住めなくして、ぺっと宇宙に吐きだしたんだろ?


 でも、人間は今でも、おまえが好きだよ。

 すごく、なつかしい……。


 センチメンタルに地球に周波を送っていると、どこからか声が聞こえてきた。


 一瞬、地球から返事が来たのかと、あせった。

 が、もちろん、そんなはずはない。


 声のぬしは庭にいるらしかった。

 建物のかげになってるようで、姿は見えない。


「……こまったもんだ。どうも本気だぞ。式のあと、その日のうちに手続きしてしまうつもりだ」

「冗談じゃない。そんな勝手なことされちゃ」


 低い、ぼそぼそと押し殺した複数の声。

 屋敷に来て日の浅いタクミには、その声が誰のものか、聞きわけることはできない。


 だが、話している内容は、ハッキリ聞きとれる。

 どうやら、アンソニーが食堂で言っていた、遺産の生前分与のことらしい。


「どこの馬の骨ともわからない女だぞ。どうせ、もとをただせば娼婦かなんかだ。くそ。いまいましい。あんな女に、財産を半分も持ってかれるなんて」


「老いらくの恋は盲目と言うからな」


「そうとも。いつ、ポックリ逝くか知れない、じいさんだ。せっかく、オリジナルが事故で死んでくれて、安心してたのに。なにを今さら、死にぎわになって、再生なんか」


「前のときみたいに、事故にでもあってくれればいいのに」と言った声が女だったので、タクミはおどろいた。


 誰々が何人で話してるのか、さっぱり、わからない。

 セラピーや事件解決以外でテレパシーを使うのは、ためらわれた。


「まあ、待て。手はある」


 男が言ったそのとき、背後から、ユーベルの声がした。

「浴室、あいたよ」


 話し声は、やんでしまった。

 こそこそと去っていく足音がする。


「どうしたの? タクミ」

「いや。地球に見とれてたんだよ」


 あきらめて、タクミは、まどをしめた。

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