一章 サイコディティクティブー2
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「可愛かったなぁ。ダイアナ。セー◯ーヴィーナスより、テ◯サより、◯紅より、可愛かったなぁ。僕の大好きな、ヤッ◯ーマン2号に張るかも」
アトキンス邸は、ディアナ郊外にあるという。
その邸宅へ向かうタクシーのなか。
タクミは当座の着がえをつめこんだ旅行カバンを抱きしめている。
ユーベルの目は冷たい。
まがりなりにも、上司で、担当医で、十さいも年上なのに。尊敬なんて、みじんもされてなさそうだ。
これでも、保護監察官が必要になったとき、タクミでなきゃイヤだ——なんてことを言ってくれた。
いちおう、信頼はされてると思うのだが。
ユーベルは、ぷいと顔をそらし、往年のヨーロッパ建築を模した景色をながめる。
「オレ、あの女、きらい」
一年前、保護されたときは、女の子みたいだった美少年のユーベルも、近ごろは急激に背が伸びて、骨組みも、しっかりしてきた。
あと二、三年もすれば、タクミより背が高くなりそうだ。
しかし、体は成長しても、心の成長は、まだまだだ。
いまだに、他人と接するのは苦手らしい。
ムリもない。
わずか二さいで、さらわれて、それからずっと複数の相手に虐待されてきたのだから。
ユーベルには、世界中の人間が敵に見えている。
両親でさえ、心から打ち解けてはいない。
ずっと治療にたずさわり、何度も感応したことのあるタクミだけが、ゆいいつ、心から信頼できる相手なのだ。
ユーベルはタクミをダイアナに、とられるんじゃないかと不安になっているのだ。
それは、タクミにも、わかっていた。
「ご両親は心配してなかった? 急に外泊になってさ」
タクミたち二人は、ダイアナの母方のイトコの嫁ぎさきの親戚の子ども——つまり、ほぼ赤の他人という肩書きで、アトキンス邸におもむく相談になっていた。
来年、進学するディアナの大学を下見するから、そのあいだ、泊めてもらう、という設定だ。
赤の他人を、それしきのことで泊めてくれるとは、大富豪とは
ユーベルはまどの外を見ながら答える。
「べつに。タクミがいっしょだって言ったら、なんにも言わなかった」
ユーベルは退院したあと、両親のもとへ帰っている。
しかし、十四年ぶりに、そんな深刻な状態で帰ってきた息子に、両親は、ある種のうしろめたさを感じるらしい。
危ないから、やめなさいと、言いたくても言えないんじゃないかと思う。
「申しわけないことしたかな。今回だけは、僕一人で、やるんだったか」
「べつに、いいよ。タクミ一人で行かせるの、心配だし」
なんですと?
心配してるのは、こっちじゃないか——
と思うが、まあいい。
ここで腹をたてるのは、おとなげない。
「たしかにゴーストは苦手だけど、大丈夫だよ。アトキンス氏がエンパシストかどうか、たしかめるだけなんだから。
そうだ! この依頼が解決したら、特別ボーナスとして、ムーンサファリに遊びに行こう。遊園地の一日フリーパス買ってさ」
ムーンサファリはヨーロピアンシティの外れにある、サファリパークのある都市。
遊園地も、にぎやかだが、もともとは動植物の研究のために建てられた、バイオテクノロジーの研究施設だ。
「いいの? 遊園地なんて、男二人で行ったら、ゲイのカップルとまちがわれるよ」
だから、そういう色っぽい目で見るの、やめなさいって。このクセは変わらないんだから。
「ええと、まあ、しょうがないさ。どうせ、彼女もいないしね」
「ふうん。じゃあ、オレ、ピンクのセーター着ていこ」
「やめてよ。はずかしいからさ」
とかなんとか言ってるうちに、目的の屋敷についた。
周囲は一帯、アトキンス家の私有地だ。
月なので、地球みたいに広大——とは言えないけど、こぢんまりした森にかこまれた邸宅は、シャトーと言うに、ふさわしい。
アンソニー・アトキンスはイギリス系らしい。
邸宅をけんごな塀の外から見ただけでも、なんとなく、そんなふんいきがある。
毎日、森のなかで乗馬でも楽しんでそう。
森のなかには重力調整装置がないみたいだから、じっさいには、乗馬はできないが。
「すごいね。最新式のロボットが門番だよ」
ロボット門番のエックス線を受けて、危険物のチェックをされる。
タクミはロボットに来意を告げた。
ロボットは邸内のメインコンピューターと電波でやりとりしたようだ。
「奥さまより承っております。車寄せまで、乗り物でどうぞ」
堅牢な古城みたいな門を、タクシーのまま、くぐっていく。門から邸宅まで、百メートルはある。
くどいようだが、月では地価が高い。
これだけの敷地をもつ個人なんて、そうはいない。
敷石された道路の両脇には、上品な花を咲かせる庭園が広がっている。
ディアナは月の表面の都市だ。
夜には、青々と輝く地球が、頭上に、おっこちてきそうなほど間近に見える。
こんな庭で恋人と語らいながら、地球をながめれば、ロマンチックなこと、このうえない。
「さすがは月一番の大富豪。鉱山王の邸宅だなあ。ほら、ユーベル。きれいな庭だね。あとで散歩しようよ」
ぶすっとしたまま、口をきかなくなった助手のきげんをとってみる。しかし、返事はない。
たしかに、ダイアナが、あんまり美少女だから、タクミは舞いあがってしまったかもしれない。
「ほら、ついたよ」
塀の外から見たときは、中世のお城っぽかったが、近くで見ると、アトキンス邸は二千九十年代のモダンバロック形式だ。
バロック建築風の装飾と、月面都市で発展した基地建築が融合した様式だ。
邸宅は真正面から見ると、よこに長く、両端に塔がある。玄関わきのファサードのそばには、ガラス壁のエレベーターがある。
タクミたちの乗る無人オートメーションの反重力タクシーが、車寄せに入った。
二人が荷物をもって、おりると、卵形のタクシーは、そのまま庭をひきかえしていった。
「知ってる? ムーンサファリのタクシーは、ドルフィン形なんだよ。かわいいよねぇ。やっぱり、あれは観光客向けなんだね」
それでも、ユーベルは話にのってこない。
しかたあるまい。
あとで、また、きげんをとろう。
重々しいオーク材の両扉。
ノッカーには、小さなゴブリンがひっついてる。
すごく旧式な人を呼ぶ道具だなぁと思っていると、ゴブリンの目がピカッと光った。
「ぎゃっ。やられた!」
「タクミ。それ、ただのセンサーじゃないの?」
「わ……わかってるよ。言ってみただけ」
いっしょに遊んでほしかったのだが……。
最新式のノッカーは、それをつかんだだけで、指紋、静脈、手首に埋めこまれた個人認識用のバイオチップを読みとる。
メインコンピューターで、出入りする人間をチェックするためだ。
「おじゃまします。タクミ・トウドウと申します。奥さまのお許しで、しばらく滞在させてもらうことになってるんですが。なかへ入れてもらえますか?」
ゴブリンの口がインターフォンだ。
ようやく、とびらがひらいた。
このとき、タクミとユーベルはノッカーにさわるよう指示されたので、生体認証がコンピューターに登録された。今後は自由に出入りできるはずだ。
両扉の内には、すでに人間のバトラーが待っていた。目を疑うような、古式ゆかしいコスチュームの執事だ。
一瞬、屋敷に住みついたハウスゴーストではないかと思う。
「いらっしゃいませ。トウドウさまと、デュランヴィリエさまですね。奥さまがお待ちかねでございます」
執事が邸内を案内してくれる。
屋敷のなかは、さらに豪華けんらんをきわめている。
美術全集で見たような絵画や彫刻が、いたるところに無造作に飾られている。
もちろん、地球時代のものは、全部、レプリカだが。
つれられていったのは、一階のティールームだ。
フランス窓の向こうに、バラが競うように咲きほこっている。
室内の調度は、すべて、マホガニーのようだ。
モスグリーンが基調のじゅうたん。
クラシカルな小花模様のカーテン、壁紙。
テーブルの上のティーセットは、ピカピカの銀製品。
不思議の国のアリスみたいなエプロンドレスをきたダイアナが、満面の笑みで迎えてくれた。
ほかにも、数人の人がいた。
テラスに二人。室内には三人。
二十代から三十代の青年ばかりだ。
もっとも、テロメア修復薬を飲んでいれば、実年齢は外見どおりではない。
「やあ、いらっしゃい。君たちがミスター・トウドウと、ミスター・デュランヴィリエか。妻から聞いてるよ」
と言うからには、彼が、この家のあるじ、アンソニー・アトキンスに違いない。
なるほど。いかにも、ノーブルな英国人風の顔立ち。思ってた以上にハンサムだ。
それに、話に聞いたときには、どれほど陰気な男かと思ってたのに、笑いながらタクミたちに握手を求めたところは、なかなか、ほがらかな好青年だ。
明るい栗色の髪が、ゆるめにカールして、鉱山王というより、ファッション雑誌のモデルのようだ。
鉱山王は月面都市の第一期入植者だ。
十代始めに両親と地球から移住してるはずだから、年齢は百さい以上。
見ための若さは、どう考えても、テロメア修復薬のたまものだ。
「初めまして。ミスター・アトキンス。お目にかかれて光栄です。僕がトウドウ。ごらんのとおり、ジャパニーズです。こっちは僕のイトコのユーベル。あつかましい願いを聞き入れてくださって、ありがとうございます」
「かまわないよ。このとおり、屋敷には、ほかにも客人がいる——なあ、髪たち、自己紹介してくれないか」
鉱山王が言うので、あとの三人が、それぞれ名乗る。
「マーティン・ブルックナー。映像作家だ」と、赤毛の大男。
なんだか、するどい目で、タクミたちをにらんでいる。
「オリビエ・クールビル。画家だよ。よろしく」
やたら髪をかきあげるクセのある、金髪のやさ男が言った。
残る一人は、褐色の肌にピンク色の髪——
「コンスタンチェ・ラスティーニ。ファッションデザイナー」
おっと。これは男装の麗人だった!
よく見れば、たしかに、男にしては線が細い。
肩幅がしっかりして、スレンダーな長身なので、パッと見、わからなかった。
「みんな、私の友人だ。滞在中は彼らとも親しくしてくれたまえ」と、アンソニーが微笑する。
鉱山王は芸術家のパトロンでもあるわけだ。
「家族はおられないんですか?」と、タクミは聞いてみた。
「家族が集まるのは晩さんのときくらいでね。おいおいに紹介しよう。ところで、このあと、みんなでテニスをするんだ。君たちも、どうだね?」
ダイアナの依頼内容をかんがみれば、鉱山王にひっついていられるのは、願ったり叶ったりだ。
「ごいっしょさせていただけるなら、喜んで」
「では、荷物を置いてこなければならないね。バトラー、部屋のしたくはできてるかな?」
うやうやしく、執事が答える。
「はい。だんなさま。お二階の右エレベーター前のお二間続きなど、よろしいかと存じますが」
「いいだろう。来たまえ。君たち。私か案内しよう」
いきなりの展開に、タクミはあせる。
「えッ? いえ、そんな、鉱山王に、そこまでしてもらうなんて、とんでもない!」
「鉱山王なんて言っても、今やヒマをもてあました、ただの老人だよ。来たまえ」
話とずいぶん違う。
アンソニーは、タクミが辞退するのも聞かず、ほがらかな笑みで歩きだす。
ばかりか、ユーベルが手にさげたリュックまで持ってくれた。
ユーベルが入院中に、タクミがプレゼントした、電気ネズミ型リュックだ。
以前は、年より幼く見えるユーベルが持つと、とても可愛かった。だが、さすがに最近は、ちょっと違和感がある。
「ラグドールが好きなのかい?」と、アンソニーに聞かれて、ユーベルは仏頂面で答えた。
「そうじゃないけど。タクミがくれたから」
ちょっと待ってよ。ぬいぐるみを男にプレゼントするなんて、まるっきり変態じゃないか!
タクミとユーベルの関係を知らなければ、誰だって、そう考えるだろう。
アンソニーも、そういう目つきになった。
タクミは、あわてて手をふった。
「違いますから! 僕たち、ゲイじゃありません。これには、わけがあるんです。ユーベルが、もっと小さいときにあげたんであって——」
アンソニーは完全に誤解した。
「まあいいじゃないか。さ、ここが君たちの部屋だ。夜には、まどから地球が見える」
なるほど。大きなフランス窓と、バルコニーがある。
家具は、わりとモダンだ。ベッドはダブルサイズ。
「二部屋続きだから、浴室は共同になるが、かまわんだろう?」
言葉の端々が青年らしくないのは、やはり実年齢のせいだろう。若く見えるが、この体のなかにあるのは、百二十さいの脳だ。
そう考えると、ちょっとバケモノじみて見える。
が、ダイアナが言うように、陰気には見えない。
気うつで、ふさいでるようにさえ見えない。
「もったいないくらい上等の部屋です。一流ホテルのスイート並みですね」
「そうかね? ところて、君たち。ダイアナの遠縁だそうだね。君たちのご両親からでも、結婚前のダイアナのことを聞いたことがあるかな?」
ありゃ。じつは、警戒されてたかな?
「すいません。親せきと言っても、ほんとに遠縁で。ほんとのこと言うと、ミセスとも、さっき 初めて、お会いしたくらいです」
ヘタなウソをつくくらいなら、真実に近いウソをつくべし。
だが、アンソニーの濃いブルーの瞳の奥には、ピカリと妖しく光るものがある。
「よくわかったね。さっきの少女が私の妻だと。会うのは初めてなんだろう?」
あっ、あっ、そうか。
「ええ、その……ものすごいブロンド美人だと聞いてたので。それに今の奥さん、クローン体なんですよね? 以前、セレブニュースで見ましたよ。
だから、あの子が、そうなんだろうと思ったんですが……やっぱり、とつぜん押しかけてきて、図々しかったですか?」
アンソニーは、まるでタクミの心を透かしみるような目つきで、しばし、凝視していた。
しかし、そのうちまた、にこやかに笑いだす。
「いや。そうじゃないんだ。年がいもないことを言うが、美しすぎる妻をもつと、苦労が絶えなくてね。すまない。忘れてくれ。
じゃあ、君たちのサイズにあうスポーツウェアを持ってこさせる。着替えたら、エントランスまで来てくれないか」
美青年の姿をした、百二十さいの老人は歩き去った。
どっと疲れて、タクミはムーンライトカラーのアームチェアに沈みこむ。
「月の経済界を牛耳るだけのことはあるなぁ。にらまれると、すごい迫力だ」
だが、アンソニーがエンパシーを使ってる感じはしなかった。
こっちはESP協会の認めたAランクのエンパシストだ。
相手が目の前でエンパシーを使っていれば、そのとき発する生体電気で、たちどころに感知できる。
どんなに優れたエスパーでも、エネルギーを使わずに超能力は起こせない。動力のない機械が動かないのといっしょだ。
エンパシーじたいはブロックできたとしても、動力となる生体電気の発生は、かくせないのだ。
「まあ、もうちょっと、ようす見ないとね。さすがに一回、顔あわせただけじゃ、わからない」
タクミとアンソニーの、にらみあいをどう思ってたのか。自分だけ知らんぷりして、となりの部屋を見ていたユーベルが話しかけてくる。
「DNAしらべたら、わかるんじゃないの? エスパーのDNAには、テロメアの根っこに、爪があるんだろ?」
現在のエスパーの多くは、遺伝子操作によって誕生した。
そのときの特徴のひとつとして、ディーモンズ・スクラッチという、突起が染色体についている。
つまり、スクラッチを持つ人間は、百パーセント、エスパーだ。
「そうなんだけどね。遺伝子情報の権利関係は、きびしいからねり本人か、本人に許可を得た代理人じゃないと、情報開示はされないよ」
「ええっ、じゃあ、クローン再生は、どうやってやるの?」
「あれは、再生局に遺伝子情報が登録されてるから。開示してもらう必要はないんだ。それに、アンソニーは第一期の月入植者だよ。デザイナーズ・ベイビーである可能性は低いんだ。
肌の色、髪の色、瞳の色。まぶたは一重にするか、二重にするか。スポーツ万能で知能も高く——ってなぐあいに、子どもの遺伝さをいじるようになったのって、人類が月に移住したあとからだからね。第一期入植者は地球で生まれた人たちだ」
「なら、エンパシストじゃないってこと?」
「そうとも言えないんだなぁ。ゲノム編集されてなくても、そういう能力をもつ人は、大昔から、まれにいたから。アンソニーがそうじゃないとは言いきれない」
そうこうするうちに、これまたクラシカルなメイド服をきた小間使いが、着替えを持ってきた。
メイド喫茶は、いまだにオタクたちのあいだで人気が高い。タクミは舞いあがった。
「うわー。萌えポイント高いよ。このお屋敷! 奥さまは超美少女だし、使用人がメイドさんだぁー!」
「バカ」
ユーベルに、けいべつのまなざしで見られてしまった。
「いいですよぉ。どうせ、どうせ、気持ち悪いオタクやろうですよぉ」
「そこまで言ってない」
とにかく、ポロシャツとランニングパンツ、スポーツシューズにかえて、エントランスホールへ出向いた。
そのあとの二時間は、これが仕事だってのが申しわけないほど、楽しいひとときだった。
テニスも楽しいが、奥さまのスコート姿に、もうメロメロだ。
「もう、心臓に悪いよ」
思わず、つぶやいた声が聞こえてしまったらしい。
アンソニーに勘違いされてしまった。
「疲れたかな? 交代しよう」
奥さまのスコートがヒラヒラするたびに、ドキドキするんだ——なんてこと、もちろん、言えない。
「はい。どうも」
「だらしないぞ。ジャパニーズ。ヤマトダマシイを見せてみろ」と、やじったのは、赤毛の大男。たしか、マーティンだ。
「すいません。ミセスのサーブ、プロ並みなもんですから」
アンソニーは自慢げに公言する。
「ダイアナは、パーフェクトガールだよ」
たしかに、パーフェクトだ。
話しかたも知的だし、スポーツ万能。
良家の子女の教育を受け、すばらしい教養を持っている。
そのうえ、生まれながらの美貌。
それにしても、アンソニーの言いかたには、信仰に近いものすら感じられる。
よっぽど、ダイアナに心酔してるらしい。
(べた惚れか。まあ、しかたないけど)
パーフェクトガールは、晩さんのあと、ピアノをひいて、芸術的才能にもあふれてることを証明してくれた。
その晩さんの前。
タクミたちは、アトキンス邸で暮らす人たちの紹介を受けた。
大食堂と聞いてたので、貴族の晩さんみたいに大テーブルをかこむのかと思ったが、そうではなかった。
丸テーブルが十ばかり、等間隔にならぶ大広間。
天井には一面、ガラスが埋めこまれ、シャンデリアの光を七色に反射している。
外に面したカベはガラス張りで、ライトアップされた池が見える。
装飾品は、建築様式と同じ、モダンバロック。
貴族の大食堂というより、一流ホテルよ食堂だ。
フォーマルな服でも着せられるかと思ったが、そんなこともなく、平服でいいと言われた。
タクミたちが食堂に来たときには、すでに住人は集まっていた。
アンソニーのいる中央のテーブルに、お茶会のときのメンバーがついている。
アンソニーに手招きされね、彼のとなりの空席に、タクミはユーベルとならんで、すわった。
「なかなか大家族でね。全員、そろうことは、まずないんだ。てきとうに来て、それぞれのテーブルで食べるからね。
君たちも明日からは、都合のいい時間に食べてくれて、かまわないよ。もちろん、同席してくれれば、私たちは楽しいが」
「この人たち、みんな、ご家族ですか? 息子や娘さん?」
まわりのテーブルも、だいたい、人で埋まっている。
アンソニーは順に説明してくれた。
「となりのテーブルにいるのが、前妻とのあいだの息子一家。息子のアルフレッドはいないが、息子の妻のドナと、その子どもたちだ」
「ちょっと待ってください。前妻ですか?」
「ダイアナとは二度めの結婚なんだ。残念ながら、ダイアナとのあいだには子どもはいない。ねえ、ダイアナ?」
ダイアナは、ひっそりと目をふせる。
「べつに私は子どもがほしいわけではないから、かまわないが。事業のほうは、すでに長男のアルフレッドに任せている。あと二、三十年の命だからね。私は引退して、好きなように暮らしている。ダイアナが十六になったら、教会で式をあげるんだ」
ということは、クローン再生後のダイアナとは、まだ実質的な夫婦ではないらしい。
タクミは、むしょうに安心した。
(あれ? 僕が安心することじゃないような?)
ともかく、そのとき、アンソニーから聞いた、家族構成だ。
アルフレッド・アトキンス。
アンソニーの長男。実年齢八十さい。
テロメア修復薬使用回数一で、現在の肉体年齢は五十代。
ブラウンの髪と瞳。容貌は父親似。
アトキンス家の鉱山事業の現経営者。
やり手らしい。
ドナ・アトキンス。
アルフレッドの配偶者。
実年齢七十二。肉体年齢四十代後半。
アルフレッドとのあいだに三人の子ども。
グレイス・アトキンス。
アルフレッドとドナの長女。
実年齢五十ハ。肉体年齢二十代後半。
結婚に失敗して、実家に戻った。
娘が一人。
アンジェラ・アトキンス。
グレイスの娘。実年齢、肉体年齢ともに三十二。
スポーツインストラクター。独身。
ロバート・アトキンス。
アルフレッドの長男。実年齢、肉体年齢五十四。
父の下で管理職につく。
配偶者とのあいだに一男一女。
カレン・スコットフィールド。
ロバートの配偶者。
ニコラス・アトキンス。
アルフレッドの次男。
実年齢五十二。肉体年齢三十代前半。独身。無職。
アーノルド・アトキンス。
アンソニーの次男。実年齢七十九。肉体年齢五十代。
ブラウンの髪。青い瞳。容貌は母親似で、ややタレ目。
兄とともに親族経営者の一人。
二度、結婚に失敗。
ユージン・マキャバリ。
アーノルドの一度めの妻とのあいだの長男。
実年齢六十。肉体年齢三十前後。
本人いわく、職業はレーサー。
親権は母親にあるが、アトキンス邸で暮らしている。
アリス・アトキンス。
アーノルドと二度めの妻とのあいだの長女。
実年齢五十三。肉体年齢二十前後。
ストレートの金髪とピンクの瞳の美人。
会社では経理部長。
配偶者と二人の子どもが邸内に同居。
ジェーン・アトキンス。
アーノルドと二度めの妻の次女。
実年齢四十六。肉体年齢二十代なかば。
姉と容姿は似てるが、性質の違いで、だらしない感じ。
数度の内縁関係はあるが、結婚にいたらず。
子どもはなし。
現在、ボーイフレンドと同居。
アン・アトキンス。
アンソニーの長女。実年齢七十。肉体年齢四十代後半。
金髪。ブラウンの瞳。
みずからデザインするアクセサリーショップの経営者。
その手腕は疑問視されている。
趣味で絵を描く。独身。
アルバート・アトキンス。
アンソニーの双子の弟、アルバートの長男。
父と同名。実年齢、肉体年齢三十九。
屋敷の管理を手伝いつつ、居候。
妻子はあるが別居。
というのが、おもな人物たち。
じっさいには、アンソニーには、ひ孫も多いので、屋敷には、この倍が同居している。
とにかく、ややこしいのは、テロメア修復薬のせいで、実年齢と見ための年齢が違うことだ。
この薬は、言わば若返り薬だ。
これを飲むと全身の細胞のテロメアが修復され、細胞分裂が活発になる。
ホルモンバランスも変わり、服用後一年をピークとして、肉体を二十歳前後まで若返らせる。
おかげで、修復薬を使った親のほうが、子どもより若く見えるなんてことが、ままある。
アトキンス邸みたいな大家族だと、その実態が目に見えてわかる。
タクミは嘆息した。
「こう大人数だと、いっぺんには、おぼえきれませんね」
アンソニーは皮肉に笑った。
彼専用メインディッシュの鯛の塩焼きを皿の上で、もてあそびながら。
アンソニーの料理は、みんな、脳細胞の老化をふせいだり、働きをよくすると言われる食材だ。
あまり、好きなようには見えないが、年齢を考慮しているんだろう。
「この年なら、少ないほうだ。独身者が多いからね。ネズミ算式には、ふえてないよ。どいつも、こいつも、独立したがらないでねえ」
アンソニーの口調には、家族に対する愛が感じられない。あきらかに、苦々しく思っているようだ。
血のつながった家族とはテーブルをへだて、血のつながらない友人と同席してるのも、その心情のあらわれなのかもしれない。
(やっぱり、お金持ちは複雑なんだな)
先行きを思い、タクミは、かすかに不安になった。
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