一章 サイコディティクティブー2

 2


「可愛かったなぁ。ダイアナ。セー◯ーヴィーナスより、テ◯サより、◯紅より、可愛かったなぁ。僕の大好きな、ヤッ◯ーマン2号に張るかも」


 アトキンス邸は、ディアナ郊外にあるという。

 その邸宅へ向かうタクシーのなか。


 タクミは当座の着がえをつめこんだ旅行カバンを抱きしめている。


 ユーベルの目は冷たい。

 まがりなりにも、上司で、担当医で、十さいも年上なのに。尊敬なんて、みじんもされてなさそうだ。


 これでも、保護監察官が必要になったとき、タクミでなきゃイヤだ——なんてことを言ってくれた。

 いちおう、信頼はされてると思うのだが。


 ユーベルは、ぷいと顔をそらし、往年のヨーロッパ建築を模した景色をながめる。


「オレ、あの女、きらい」


 一年前、保護されたときは、女の子みたいだった美少年のユーベルも、近ごろは急激に背が伸びて、骨組みも、しっかりしてきた。


 あと二、三年もすれば、タクミより背が高くなりそうだ。


 しかし、体は成長しても、心の成長は、まだまだだ。

 いまだに、他人と接するのは苦手らしい。


 ムリもない。

 わずか二さいで、さらわれて、それからずっと複数の相手に虐待されてきたのだから。


 ユーベルには、世界中の人間が敵に見えている。

 両親でさえ、心から打ち解けてはいない。


 ずっと治療にたずさわり、何度も感応したことのあるタクミだけが、ゆいいつ、心から信頼できる相手なのだ。


 ユーベルはタクミをダイアナに、とられるんじゃないかと不安になっているのだ。

 それは、タクミにも、わかっていた。


「ご両親は心配してなかった? 急に外泊になってさ」


 タクミたち二人は、ダイアナの母方のイトコの嫁ぎさきの親戚の子ども——つまり、ほぼ赤の他人という肩書きで、アトキンス邸におもむく相談になっていた。


 来年、進学するディアナの大学を下見するから、そのあいだ、泊めてもらう、という設定だ。


 赤の他人を、それしきのことで泊めてくれるとは、大富豪とは鷹揚おうような生き物らしい。


 ユーベルはまどの外を見ながら答える。

「べつに。タクミがいっしょだって言ったら、なんにも言わなかった」


 ユーベルは退院したあと、両親のもとへ帰っている。

 しかし、十四年ぶりに、そんな深刻な状態で帰ってきた息子に、両親は、ある種のうしろめたさを感じるらしい。


 危ないから、やめなさいと、言いたくても言えないんじゃないかと思う。


「申しわけないことしたかな。今回だけは、僕一人で、やるんだったか」

「べつに、いいよ。タクミ一人で行かせるの、心配だし」


 なんですと?

 心配してるのは、こっちじゃないか——


 と思うが、まあいい。

 ここで腹をたてるのは、おとなげない。


「たしかにゴーストは苦手だけど、大丈夫だよ。アトキンス氏がエンパシストかどうか、たしかめるだけなんだから。

 そうだ! この依頼が解決したら、特別ボーナスとして、ムーンサファリに遊びに行こう。遊園地の一日フリーパス買ってさ」


 ムーンサファリはヨーロピアンシティの外れにある、サファリパークのある都市。


 遊園地も、にぎやかだが、もともとは動植物の研究のために建てられた、バイオテクノロジーの研究施設だ。


「いいの? 遊園地なんて、男二人で行ったら、ゲイのカップルとまちがわれるよ」


 だから、そういう色っぽい目で見るの、やめなさいって。このクセは変わらないんだから。


「ええと、まあ、しょうがないさ。どうせ、彼女もいないしね」

「ふうん。じゃあ、オレ、ピンクのセーター着ていこ」

「やめてよ。はずかしいからさ」


 とかなんとか言ってるうちに、目的の屋敷についた。


 周囲は一帯、アトキンス家の私有地だ。


 月なので、地球みたいに広大——とは言えないけど、こぢんまりした森にかこまれた邸宅は、シャトーと言うに、ふさわしい。


 アンソニー・アトキンスはイギリス系らしい。

 邸宅をけんごな塀の外から見ただけでも、なんとなく、そんなふんいきがある。


 毎日、森のなかで乗馬でも楽しんでそう。

 森のなかには重力調整装置がないみたいだから、じっさいには、乗馬はできないが。


「すごいね。最新式のロボットが門番だよ」


 ロボット門番のエックス線を受けて、危険物のチェックをされる。


 タクミはロボットに来意を告げた。

 ロボットは邸内のメインコンピューターと電波でやりとりしたようだ。


「奥さまより承っております。車寄せまで、乗り物でどうぞ」


 堅牢な古城みたいな門を、タクシーのまま、くぐっていく。門から邸宅まで、百メートルはある。


 くどいようだが、月では地価が高い。

 これだけの敷地をもつ個人なんて、そうはいない。


 敷石された道路の両脇には、上品な花を咲かせる庭園が広がっている。


 ディアナは月の表面の都市だ。

 夜には、青々と輝く地球が、頭上に、おっこちてきそうなほど間近に見える。


 こんな庭で恋人と語らいながら、地球をながめれば、ロマンチックなこと、このうえない。


「さすがは月一番の大富豪。鉱山王の邸宅だなあ。ほら、ユーベル。きれいな庭だね。あとで散歩しようよ」


 ぶすっとしたまま、口をきかなくなった助手のきげんをとってみる。しかし、返事はない。


 たしかに、ダイアナが、あんまり美少女だから、タクミは舞いあがってしまったかもしれない。


「ほら、ついたよ」


 塀の外から見たときは、中世のお城っぽかったが、近くで見ると、アトキンス邸は二千九十年代のモダンバロック形式だ。


 バロック建築風の装飾と、月面都市で発展した基地建築が融合した様式だ。


 邸宅は真正面から見ると、よこに長く、両端に塔がある。玄関わきのファサードのそばには、ガラス壁のエレベーターがある。


 タクミたちの乗る無人オートメーションの反重力タクシーが、車寄せに入った。


 二人が荷物をもって、おりると、卵形のタクシーは、そのまま庭をひきかえしていった。


「知ってる? ムーンサファリのタクシーは、ドルフィン形なんだよ。かわいいよねぇ。やっぱり、あれは観光客向けなんだね」


 それでも、ユーベルは話にのってこない。

 しかたあるまい。

 あとで、また、きげんをとろう。


 重々しいオーク材の両扉。

 ノッカーには、小さなゴブリンがひっついてる。


 すごく旧式な人を呼ぶ道具だなぁと思っていると、ゴブリンの目がピカッと光った。


「ぎゃっ。やられた!」

「タクミ。それ、ただのセンサーじゃないの?」

「わ……わかってるよ。言ってみただけ」


 いっしょに遊んでほしかったのだが……。


 最新式のノッカーは、それをつかんだだけで、指紋、静脈、手首に埋めこまれた個人認識用のバイオチップを読みとる。


 メインコンピューターで、出入りする人間をチェックするためだ。


「おじゃまします。タクミ・トウドウと申します。奥さまのお許しで、しばらく滞在させてもらうことになってるんですが。なかへ入れてもらえますか?」


 ゴブリンの口がインターフォンだ。

 ようやく、とびらがひらいた。


 このとき、タクミとユーベルはノッカーにさわるよう指示されたので、生体認証がコンピューターに登録された。今後は自由に出入りできるはずだ。


 両扉の内には、すでに人間のバトラーが待っていた。目を疑うような、古式ゆかしいコスチュームの執事だ。

 一瞬、屋敷に住みついたハウスゴーストではないかと思う。


「いらっしゃいませ。トウドウさまと、デュランヴィリエさまですね。奥さまがお待ちかねでございます」


 執事が邸内を案内してくれる。


 屋敷のなかは、さらに豪華けんらんをきわめている。

 美術全集で見たような絵画や彫刻が、いたるところに無造作に飾られている。


 もちろん、地球時代のものは、全部、レプリカだが。


 つれられていったのは、一階のティールームだ。

 フランス窓の向こうに、バラが競うように咲きほこっている。


 室内の調度は、すべて、マホガニーのようだ。

 モスグリーンが基調のじゅうたん。

 クラシカルな小花模様のカーテン、壁紙。

 テーブルの上のティーセットは、ピカピカの銀製品。


 不思議の国のアリスみたいなエプロンドレスをきたダイアナが、満面の笑みで迎えてくれた。


 ほかにも、数人の人がいた。

 テラスに二人。室内には三人。

 二十代から三十代の青年ばかりだ。


 もっとも、テロメア修復薬を飲んでいれば、実年齢は外見どおりではない。


「やあ、いらっしゃい。君たちがミスター・トウドウと、ミスター・デュランヴィリエか。妻から聞いてるよ」


 と言うからには、彼が、この家のあるじ、アンソニー・アトキンスに違いない。


 なるほど。いかにも、ノーブルな英国人風の顔立ち。思ってた以上にハンサムだ。


 それに、話に聞いたときには、どれほど陰気な男かと思ってたのに、笑いながらタクミたちに握手を求めたところは、なかなか、ほがらかな好青年だ。


 明るい栗色の髪が、ゆるめにカールして、鉱山王というより、ファッション雑誌のモデルのようだ。


 鉱山王は月面都市の第一期入植者だ。

 十代始めに両親と地球から移住してるはずだから、年齢は百さい以上。


 見ための若さは、どう考えても、テロメア修復薬のたまものだ。


「初めまして。ミスター・アトキンス。お目にかかれて光栄です。僕がトウドウ。ごらんのとおり、ジャパニーズです。こっちは僕のイトコのユーベル。あつかましい願いを聞き入れてくださって、ありがとうございます」


「かまわないよ。このとおり、屋敷には、ほかにも客人がいる——なあ、髪たち、自己紹介してくれないか」


 鉱山王が言うので、あとの三人が、それぞれ名乗る。


「マーティン・ブルックナー。映像作家だ」と、赤毛の大男。

 なんだか、するどい目で、タクミたちをにらんでいる。


「オリビエ・クールビル。画家だよ。よろしく」

 やたら髪をかきあげるクセのある、金髪のやさ男が言った。


 残る一人は、褐色の肌にピンク色の髪——

「コンスタンチェ・ラスティーニ。ファッションデザイナー」


 おっと。これは男装の麗人だった!


 よく見れば、たしかに、男にしては線が細い。

 肩幅がしっかりして、スレンダーな長身なので、パッと見、わからなかった。


「みんな、私の友人だ。滞在中は彼らとも親しくしてくれたまえ」と、アンソニーが微笑する。


 鉱山王は芸術家のパトロンでもあるわけだ。


「家族はおられないんですか?」と、タクミは聞いてみた。


「家族が集まるのは晩さんのときくらいでね。おいおいに紹介しよう。ところで、このあと、みんなでテニスをするんだ。君たちも、どうだね?」


 ダイアナの依頼内容をかんがみれば、鉱山王にひっついていられるのは、願ったり叶ったりだ。


「ごいっしょさせていただけるなら、喜んで」

「では、荷物を置いてこなければならないね。バトラー、部屋のしたくはできてるかな?」


 うやうやしく、執事が答える。

「はい。だんなさま。お二階の右エレベーター前のお二間続きなど、よろしいかと存じますが」


「いいだろう。来たまえ。君たち。私か案内しよう」


 いきなりの展開に、タクミはあせる。

「えッ? いえ、そんな、鉱山王に、そこまでしてもらうなんて、とんでもない!」


「鉱山王なんて言っても、今やヒマをもてあました、ただの老人だよ。来たまえ」


 話とずいぶん違う。


 アンソニーは、タクミが辞退するのも聞かず、ほがらかな笑みで歩きだす。


 ばかりか、ユーベルが手にさげたリュックまで持ってくれた。

 ユーベルが入院中に、タクミがプレゼントした、電気ネズミ型リュックだ。


 以前は、年より幼く見えるユーベルが持つと、とても可愛かった。だが、さすがに最近は、ちょっと違和感がある。


「ラグドールが好きなのかい?」と、アンソニーに聞かれて、ユーベルは仏頂面で答えた。


「そうじゃないけど。タクミがくれたから」


 ちょっと待ってよ。ぬいぐるみを男にプレゼントするなんて、まるっきり変態じゃないか!


 タクミとユーベルの関係を知らなければ、誰だって、そう考えるだろう。


 アンソニーも、そういう目つきになった。

 タクミは、あわてて手をふった。


「違いますから! 僕たち、ゲイじゃありません。これには、わけがあるんです。ユーベルが、もっと小さいときにあげたんであって——」


 アンソニーは完全に誤解した。

「まあいいじゃないか。さ、ここが君たちの部屋だ。夜には、まどから地球が見える」


 なるほど。大きなフランス窓と、バルコニーがある。

 家具は、わりとモダンだ。ベッドはダブルサイズ。


「二部屋続きだから、浴室は共同になるが、かまわんだろう?」


 言葉の端々が青年らしくないのは、やはり実年齢のせいだろう。若く見えるが、この体のなかにあるのは、百二十さいの脳だ。


 そう考えると、ちょっとバケモノじみて見える。

 が、ダイアナが言うように、陰気には見えない。

 気うつで、ふさいでるようにさえ見えない。


「もったいないくらい上等の部屋です。一流ホテルのスイート並みですね」


「そうかね? ところて、君たち。ダイアナの遠縁だそうだね。君たちのご両親からでも、結婚前のダイアナのことを聞いたことがあるかな?」


 ありゃ。じつは、警戒されてたかな?


「すいません。親せきと言っても、ほんとに遠縁で。ほんとのこと言うと、ミセスとも、さっき 初めて、お会いしたくらいです」


 ヘタなウソをつくくらいなら、真実に近いウソをつくべし。


 だが、アンソニーの濃いブルーの瞳の奥には、ピカリと妖しく光るものがある。


「よくわかったね。さっきの少女が私の妻だと。会うのは初めてなんだろう?」


 あっ、あっ、そうか。


「ええ、その……ものすごいブロンド美人だと聞いてたので。それに今の奥さん、クローン体なんですよね? 以前、セレブニュースで見ましたよ。


 だから、あの子が、そうなんだろうと思ったんですが……やっぱり、とつぜん押しかけてきて、図々しかったですか?」


 アンソニーは、まるでタクミの心を透かしみるような目つきで、しばし、凝視していた。

 しかし、そのうちまた、にこやかに笑いだす。


「いや。そうじゃないんだ。年がいもないことを言うが、美しすぎる妻をもつと、苦労が絶えなくてね。すまない。忘れてくれ。


 じゃあ、君たちのサイズにあうスポーツウェアを持ってこさせる。着替えたら、エントランスまで来てくれないか」


 美青年の姿をした、百二十さいの老人は歩き去った。

 どっと疲れて、タクミはムーンライトカラーのアームチェアに沈みこむ。


「月の経済界を牛耳るだけのことはあるなぁ。にらまれると、すごい迫力だ」


 だが、アンソニーがエンパシーを使ってる感じはしなかった。


 こっちはESP協会の認めたAランクのエンパシストだ。

 相手が目の前でエンパシーを使っていれば、そのとき発する生体電気で、たちどころに感知できる。


 どんなに優れたエスパーでも、エネルギーを使わずに超能力は起こせない。動力のない機械が動かないのといっしょだ。


 エンパシーじたいはブロックできたとしても、動力となる生体電気の発生は、かくせないのだ。


「まあ、もうちょっと、ようす見ないとね。さすがに一回、顔あわせただけじゃ、わからない」


 タクミとアンソニーの、にらみあいをどう思ってたのか。自分だけ知らんぷりして、となりの部屋を見ていたユーベルが話しかけてくる。


「DNAしらべたら、わかるんじゃないの? エスパーのDNAには、テロメアの根っこに、爪があるんだろ?」


 現在のエスパーの多くは、遺伝子操作によって誕生した。


 そのときの特徴のひとつとして、ディーモンズ・スクラッチという、突起が染色体についている。

 つまり、スクラッチを持つ人間は、百パーセント、エスパーだ。


「そうなんだけどね。遺伝子情報の権利関係は、きびしいからねり本人か、本人に許可を得た代理人じゃないと、情報開示はされないよ」


「ええっ、じゃあ、クローン再生は、どうやってやるの?」


「あれは、再生局に遺伝子情報が登録されてるから。開示してもらう必要はないんだ。それに、アンソニーは第一期の月入植者だよ。デザイナーズ・ベイビーである可能性は低いんだ。

 肌の色、髪の色、瞳の色。まぶたは一重にするか、二重にするか。スポーツ万能で知能も高く——ってなぐあいに、子どもの遺伝さをいじるようになったのって、人類が月に移住したあとからだからね。第一期入植者は地球で生まれた人たちだ」


「なら、エンパシストじゃないってこと?」

「そうとも言えないんだなぁ。ゲノム編集されてなくても、そういう能力をもつ人は、大昔から、まれにいたから。アンソニーがそうじゃないとは言いきれない」


 そうこうするうちに、これまたクラシカルなメイド服をきた小間使いが、着替えを持ってきた。


 メイド喫茶は、いまだにオタクたちのあいだで人気が高い。タクミは舞いあがった。


「うわー。萌えポイント高いよ。このお屋敷! 奥さまは超美少女だし、使用人がメイドさんだぁー!」

「バカ」

 ユーベルに、けいべつのまなざしで見られてしまった。

「いいですよぉ。どうせ、どうせ、気持ち悪いオタクやろうですよぉ」

「そこまで言ってない」


 とにかく、ポロシャツとランニングパンツ、スポーツシューズにかえて、エントランスホールへ出向いた。


 そのあとの二時間は、これが仕事だってのが申しわけないほど、楽しいひとときだった。


 テニスも楽しいが、奥さまのスコート姿に、もうメロメロだ。


「もう、心臓に悪いよ」


 思わず、つぶやいた声が聞こえてしまったらしい。

 アンソニーに勘違いされてしまった。


「疲れたかな? 交代しよう」


 奥さまのスコートがヒラヒラするたびに、ドキドキするんだ——なんてこと、もちろん、言えない。


「はい。どうも」


「だらしないぞ。ジャパニーズ。ヤマトダマシイを見せてみろ」と、やじったのは、赤毛の大男。たしか、マーティンだ。


「すいません。ミセスのサーブ、プロ並みなもんですから」


 アンソニーは自慢げに公言する。

「ダイアナは、パーフェクトガールだよ」


 たしかに、パーフェクトだ。

 話しかたも知的だし、スポーツ万能。

 良家の子女の教育を受け、すばらしい教養を持っている。

 そのうえ、生まれながらの美貌。


 それにしても、アンソニーの言いかたには、信仰に近いものすら感じられる。

 よっぽど、ダイアナに心酔してるらしい。


(べた惚れか。まあ、しかたないけど)


 パーフェクトガールは、晩さんのあと、ピアノをひいて、芸術的才能にもあふれてることを証明してくれた。


 その晩さんの前。

 タクミたちは、アトキンス邸で暮らす人たちの紹介を受けた。


 大食堂と聞いてたので、貴族の晩さんみたいに大テーブルをかこむのかと思ったが、そうではなかった。


 丸テーブルが十ばかり、等間隔にならぶ大広間。

 天井には一面、ガラスが埋めこまれ、シャンデリアの光を七色に反射している。


 外に面したカベはガラス張りで、ライトアップされた池が見える。


 装飾品は、建築様式と同じ、モダンバロック。


 貴族の大食堂というより、一流ホテルよ食堂だ。

 フォーマルな服でも着せられるかと思ったが、そんなこともなく、平服でいいと言われた。


 タクミたちが食堂に来たときには、すでに住人は集まっていた。


 アンソニーのいる中央のテーブルに、お茶会のときのメンバーがついている。


 アンソニーに手招きされね、彼のとなりの空席に、タクミはユーベルとならんで、すわった。


「なかなか大家族でね。全員、そろうことは、まずないんだ。てきとうに来て、それぞれのテーブルで食べるからね。

 君たちも明日からは、都合のいい時間に食べてくれて、かまわないよ。もちろん、同席してくれれば、私たちは楽しいが」


「この人たち、みんな、ご家族ですか? 息子や娘さん?」


 まわりのテーブルも、だいたい、人で埋まっている。

 アンソニーは順に説明してくれた。


「となりのテーブルにいるのが、前妻とのあいだの息子一家。息子のアルフレッドはいないが、息子の妻のドナと、その子どもたちだ」


「ちょっと待ってください。前妻ですか?」


「ダイアナとは二度めの結婚なんだ。残念ながら、ダイアナとのあいだには子どもはいない。ねえ、ダイアナ?」


 ダイアナは、ひっそりと目をふせる。


「べつに私は子どもがほしいわけではないから、かまわないが。事業のほうは、すでに長男のアルフレッドに任せている。あと二、三十年の命だからね。私は引退して、好きなように暮らしている。ダイアナが十六になったら、教会で式をあげるんだ」


 ということは、クローン再生後のダイアナとは、まだ実質的な夫婦ではないらしい。

 タクミは、むしょうに安心した。


(あれ? 僕が安心することじゃないような?)


 ともかく、そのとき、アンソニーから聞いた、家族構成だ。




 アルフレッド・アトキンス。


 アンソニーの長男。実年齢八十さい。

 テロメア修復薬使用回数一で、現在の肉体年齢は五十代。


 ブラウンの髪と瞳。容貌は父親似。

 アトキンス家の鉱山事業の現経営者。

 やり手らしい。



 ドナ・アトキンス。


 アルフレッドの配偶者。

 実年齢七十二。肉体年齢四十代後半。

 アルフレッドとのあいだに三人の子ども。



 グレイス・アトキンス。


 アルフレッドとドナの長女。

 実年齢五十ハ。肉体年齢二十代後半。

 結婚に失敗して、実家に戻った。

 娘が一人。



 アンジェラ・アトキンス。


 グレイスの娘。実年齢、肉体年齢ともに三十二。

 スポーツインストラクター。独身。



 ロバート・アトキンス。


 アルフレッドの長男。実年齢、肉体年齢五十四。

 父の下で管理職につく。

 配偶者とのあいだに一男一女。



 カレン・スコットフィールド。

 ロバートの配偶者。



 ニコラス・アトキンス。

 アルフレッドの次男。

 実年齢五十二。肉体年齢三十代前半。独身。無職。



 アーノルド・アトキンス。


 アンソニーの次男。実年齢七十九。肉体年齢五十代。

 ブラウンの髪。青い瞳。容貌は母親似で、ややタレ目。

 兄とともに親族経営者の一人。

 二度、結婚に失敗。



 ユージン・マキャバリ。


 アーノルドの一度めの妻とのあいだの長男。

 実年齢六十。肉体年齢三十前後。

 本人いわく、職業はレーサー。

 親権は母親にあるが、アトキンス邸で暮らしている。



 アリス・アトキンス。


 アーノルドと二度めの妻とのあいだの長女。

 実年齢五十三。肉体年齢二十前後。

 ストレートの金髪とピンクの瞳の美人。


 会社では経理部長。

 配偶者と二人の子どもが邸内に同居。



 ジェーン・アトキンス。


 アーノルドと二度めの妻の次女。

 実年齢四十六。肉体年齢二十代なかば。

 姉と容姿は似てるが、性質の違いで、だらしない感じ。


 数度の内縁関係はあるが、結婚にいたらず。

 子どもはなし。

 現在、ボーイフレンドと同居。



 アン・アトキンス。


 アンソニーの長女。実年齢七十。肉体年齢四十代後半。

 金髪。ブラウンの瞳。


 みずからデザインするアクセサリーショップの経営者。

 その手腕は疑問視されている。

 趣味で絵を描く。独身。



 アルバート・アトキンス。


 アンソニーの双子の弟、アルバートの長男。

 父と同名。実年齢、肉体年齢三十九。

 屋敷の管理を手伝いつつ、居候。

 妻子はあるが別居。




 というのが、おもな人物たち。

 じっさいには、アンソニーには、ひ孫も多いので、屋敷には、この倍が同居している。


 とにかく、ややこしいのは、テロメア修復薬のせいで、実年齢と見ための年齢が違うことだ。


 この薬は、言わば若返り薬だ。


 これを飲むと全身の細胞のテロメアが修復され、細胞分裂が活発になる。


 ホルモンバランスも変わり、服用後一年をピークとして、肉体を二十歳前後まで若返らせる。


 おかげで、修復薬を使った親のほうが、子どもより若く見えるなんてことが、ままある。


 アトキンス邸みたいな大家族だと、その実態が目に見えてわかる。


 タクミは嘆息した。

「こう大人数だと、いっぺんには、おぼえきれませんね」


 アンソニーは皮肉に笑った。

 彼専用メインディッシュの鯛の塩焼きを皿の上で、もてあそびながら。


 アンソニーの料理は、みんな、脳細胞の老化をふせいだり、働きをよくすると言われる食材だ。


 あまり、好きなようには見えないが、年齢を考慮しているんだろう。


「この年なら、少ないほうだ。独身者が多いからね。ネズミ算式には、ふえてないよ。どいつも、こいつも、独立したがらないでねえ」


 アンソニーの口調には、家族に対する愛が感じられない。あきらかに、苦々しく思っているようだ。


 血のつながった家族とはテーブルをへだて、血のつながらない友人と同席してるのも、その心情のあらわれなのかもしれない。


(やっぱり、お金持ちは複雑なんだな)


 先行きを思い、タクミは、かすかに不安になった。

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