第66話 現場でリサーチ

「簡単に教えてあげちゃうのもなー」

「やっぱりお金ですか? 」

「やっぱりってまるで私がお金の事しか考えてない人みたいじゃない、当たってるけどさ。でもね商人の私が言うのもあれだけど、お金で何でも手に入るとは思っちゃダメよ」


 頬を少し膨らませて不機嫌な様子を見せたメルさんは、視線をキッチンの方に移す。


「この料理、貴方が作ってるんだっけ。ビックリなんだけど」

「ええ、恥ずかしながら」

「それなら仕事中はずっと厨房にいるわけ? 」

「仕事の間だけではなく、それ以外の時間も練習のためにキッチンにいますから、ほぼずっと籠りきりという感じです」

「ふむふむ、それなら貴方はこの街のことはそこのキッチンから見える範囲でしか見てないことになるわね」


 メルさんは頷きながら目を細めて笑う。彼女は一呼吸おいた後、窓越しに店の外を眺める、外では老若男女、様々な人々が歩いていた。


「私達商人はお客さんが欲しいものを提供してあげるのよ。その為なら自分から外に出て行ってリサーチしなきゃ。おっ、中々美味しいわね、やるじゃない貴方」


 メルさんは美味しそうに俺が作った料理を食べてくれた。それは勿論とても嬉しいが今はそれよりも彼女が何を伝えたいのか理解することである。


「外でリサーチ? 何かヒントがあるということですか」

「そこから先は貴方達が見つけることよ。ふむふむ、可愛い女の子を見ながら食べるご飯は美味しいわね、これ使えるかもメモメモっと」


 口をモグモグさせながら手帳にペンを走らせるメルさん、どこまでも研究熱心な人である。彼女が大物であり努力家ということはよく分かっている、しかし俺の中では疑問が残っていた。


「何でライバルである俺に助言してくれるんですか? 」

「ふふ、さっきも言ったけど私なら貴方が欲しいものが提供できると思ってるからよ。もし気が向いたら私のお店のこと思い出して頂戴」


 全く怯むこともなく堂々とした態度で俺の問いに答えた後、彼女はまた料理に手を付け始めた。


 そしてご飯を食べ終わると、メルさんは元気良さそうに出ていく。彼女が言うにはどうやら外に何かヒントがあるらしい、メルさんはおちゃらけてはいるが賢い人だ。意味もなくあんなことは言わないだろう。それが俺の利益になるか、それとも彼女の利益になるかは別として。


 ということで今日はエーコと食材の買い出しに行くことにした。店番はクロとイストに任せている。イストでも料理はできるし、今の時間帯であればお客さんも多くないので問題はないだろう。


「へー、メルさんからそんなことを言われたんですね。外でリサーチって何でしょう、そもそも何をリサーチするのでしょうか? 」

「エーコは今まで何か気になることとかあったか」

「いえ、特別気になったことはないですけどね。もしかしたら、他の人達が出している商品でもチェックして勉強しろってことかもしれませんよ。ちょっと見ていきませんか? 」


 エーコは俺の手を引いてあちらこちらに案内する、確かにまずライバルが何を売ってるか調査することは大事だな。


「ほらほら、このボール凄く良く弾みますよ。行きますよー、キャッチして見て下さい」


 最初に立ち寄ったのは玩具屋さん、スーパーボールの様なよく跳ねるボールを売っていた、エーコはボールをポンポン跳ねて子供のように遊んでいる。このボールでだいぶ遊んでしまい、そのまま返すのも罪悪感があるので銅貨3枚で購入した。


「こっちは虫屋さんですって、へえ綺麗な蝶がいますね」

「こいつは綺麗なだけじゃないんだぜ、ほれこうすると」


 店員のおじさんが蝶に向かってガッツポーズをすると、それを見た蝶は自分の羽を器用に丸めてガッツポーズを返してくる。


「これはすごいな、生きてるんだよな」

「こいつはマネモルフォといって、人の真似が好きなんだよ。こいつは一匹だが数が多くなるとすごいらしい。他にも綺麗な声で鳴くセミとかいるぜ」


おじさんがすぐ傍の虫かごを持ち上げると鈴虫の様な綺麗な音色を出すセミが入っていた。セミの見た目なのに大人しく声なのが違和感を感じてしまう。


「ここまで綺麗な音だと、結構な価値があるんじゃないか」

「いやー、実は今年はやけに大量にとれちゃったみたいでね。余っちゃってるんですわ、はっはっはっ」


 おじさんの後ろを見てみると、たくさんの虫かごが積んであった。良い商品でも供給が過剰すぎるとああなってしまうのか、自分も気をつけなければ。結局、生き物の世話は難しいということでそのセミを買うことは次の機会にした。


「各地からお土産屋さんも来てますね、あそこアルトのお土産がありますよ」


 エーコはニコニコ笑いながら小さなアクセサリーを手に取った。


「お、懐かしいな。でもこれ『アルトにようこそ』って書いてあるぞ。行ったこともない土地のお土産買って楽しいのだろうか」

「ほら、気分だけでもってやつじゃないですか? 私達みたいに気軽に旅ができる人ばかりってわけでもないですしね」


 彼女は微笑みながらアクセサリーを元に戻し、次のお店に行こうと腕を掴んでくる。俺はそんな彼女の顔を眺めながら思う。あれ、これはデートなんじゃないか。なんかこうやって二人きりで理由もなくブラブラしているのも悪くないかも。


 その時、俺の肩に誰かがぶつかる。しまった、エーコに見とれすぎてボンヤリしてしまっていたのかと思ったが、どうやら相手からぶつかってきたようだ。相手はすぐさま謝罪の言葉を発する。


「おっと、申し訳ねえ兄ちゃん」

「いえこちらこそ、すみませんでした」


 大柄な男が頭をさげてくるが、彼は魔法使いが着るようなローブに身を包んでおり、フードで顔を隠している。どうやらフードのせいで視野が狭くなっているのか、辺りをキョロキョロしていた。その見た目の違和感に怪しさを感じ、財布などの貴重品をチェックしたが特に何かがスラれているわけではないようだ。

 そして、その大柄な男はもう一度礼をすると、人混みの中へヨロヨロと消えていく。


「なんかフラフラしてて心配になりますね」

「ああ、全身を布で隠して魔法使いみたいな恰好だったな」

「確かにお仕事でもなければ、今の時期にあんな服は着ませんよね」


 そう言って彼女は近くの服屋に飾ってある服を眺める。そこに飾ってあるのは半袖や半ズボン等の比較的薄着の物が大部分を占めていた。


「今の時期にあんな服って? 」

「ここの昼間はとても暑いんですよ。私もお客さんの忘れ物を渡すためにメイド服で外に出た時はちょっと走っただけで汗だくになっちゃうくらいなんです。今は夕方に近いので涼しいですけど、お昼にあの厚着で外は歩けませんよ」


 そうか昼間は凄い暑いのか、よく考えてみればやって来るお客さんは汗かいている人が多かった。そして改めて辺りを見回してみると意外なことに気付く。


「なあ、やけに厚着しているやつが多くないか、さっきの人もそうだけど文化的なものなのかな」

「言われてみるとそうですね。そういう文化は聞いたことがないですけど、魔物と戦わなきゃいけない冒険者の人達は厚着をする必要があるのではないでしょうか」


 確かにエーコの言う通り冒険者なら厚着も必要だろう。ただ明らかに戦いに行くための格好ではないのに、長袖長ズボンという姿の人が多い。さっきまでいくつかの服屋を見てきたが売ってるものは半袖半ズボンの軽装ばかりだったはずだ。ファッションの何かなのだろうか。


 その時、時計台の鐘の音が鳴る。ここの鐘は日中は一時間に一度なるらしい。


「あっ、もうこんな時間です。早く帰らないとクロさん達が困ってしまいます」

「ちょっと寄り道しすぎたかもな、このよく跳ねるボールをお土産で許してくれないかな」

「くすくす、どうでしょうね」


 そして俺達が帰るとそこには文句の一つも言えないくらい疲れ果てていたイスト達の姿があった。想定以上に働かせてしまったお詫びに肩もみとマッサージをしてあげた。



――翌日



 メルさんが言った『外でリサーチしろ』という言葉。そして暑い日中と何故か多い厚着の人達、その層が必要とするものは何なんだろうか。いや、そんなの簡単なことだよな。一晩そのことを考えた俺は、メルさんの奴隷商店に足を運んでいた。


 今度は一人で薄暗い階段を降りて錆びた鉄扉を開ける。


「あら、来てくれると思っていたわよ。ご用件は、ふふ……、決まっているわよね」

「ああ、メルさん。すまないが奴隷と契約をさせてくれ」

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