第67話 奴隷購入、です


「OK、それじゃあ呼ぶわよ」


 奴隷と契約したいという言葉を聞いたメルさんは指をパチンと鳴らす。すると奥から一人の奴隷がやって来る。セミロングの青色の髪にエメラルドの様な瞳をした少女がゆっくり歩いてきた。

ただ、おでこから左目、左頬にかけて包帯が巻かれているので、せっかくの綺麗な瞳は片方隠されてしまっている。

身長はエーコやイストと比べると少し小さく小柄であるが、さすがにクロよりは全然大きい。


「すみませんけど、契約したい奴隷には条件があって……」

「分かってる分かってるって、ほら自己紹介をしてあげなさい」


 薄汚れた服を着た奴隷少女は俺の顔を見た後、不安そうな表情で口を開く。


「じ、自分はコルエールと言います。えっと、氷魔法と風魔法が一応、使えますです。後は……、お裁縫とかもできます。どうぞ、よろしくです」


 コルエールと名乗った少女は緊張した様子で自己PRをする。緊張しすぎているのか視線があちらこちらに泳いでいる。


「どうかな、条件通りでしょ」

「ええ、でもどうして分かったんですか? 」

「貴方の考えることなんてお見通しなのよ、さあそれでは契約を始めましょうか」


 そう言ってメルさんはニコニコ笑いながら、俺達を隣にある別室に連れていく。その部屋には小さいテーブルと椅子があり、それをロウソクがぼんやりと照らしていた。


「それじゃあ二人とも座ってね。これから奴隷契約の説明をします。貴女も奴隷契約は初めでてしょ、しっかり聞いておくこと」


 コルエールがコクコクと頷くと、メルさんは契約書の様な用紙を机の上に広げる。


「まずは料金からよ。基本料金は一日銀貨5枚、もし危険のある仕事とかであれば上乗せだけどどうかしら」

「契約期間はこのイベントが終わるまでの約三週間、仕事内容は食事の配膳や準備、もしかしたら料理も手伝ってもらうかもしれません」

「その程度なら上乗せ料金はいらないわ。後、危険性がなくても次のような事項は問答無用で禁止だから」


 メルさんが契約書の注意事項を指差す、そこには『抱き着くこと』、『キス』、その他やったらダメだろうなという事項が書いてあった。


「分かりました、さすがにその辺りは理解していますよ」

「そうじゃなかったら困るわ。でも、もしエッチなことされそうになったらすぐに私に言うのよ。その時は私からこの人の大事なお友達に告げ口してあげるから」


 メルさんの言葉に反応して、コルエールは顔を赤くして俯く。世が世ならセクハラで訴えられても仕方ないだろう。


「後は『お名前オプション』とか『着て欲しい衣装オプション』とかあるけどどうかしら? ご主人様とか呼んで欲しくない? 」

「いや、別に大丈夫ですよ。ただこの奴隷衣装は可哀想なので普段着にしてもらえませんか」

「そう、つれないわねえ。それと奴隷服はここだけの衣装だから、もちろん外に行くときは普段着に着替えさせてあげるわよ」


 それを聞いて安心した。奴隷服を着た女の子なんて外で連れて歩けないからな。


「それじゃ、契約の説明もしたし、最後に契約の儀式を行いましょうか」


 儀式って何だろうと思っていると、メルさんは傍にある戸棚から赤い液体の入ったお皿を取り出す。


「さあ、汝よ。太古より伝わりし、魂の契約書に決意を示せ」


 メルさんはそのお皿を俺の目の前に差し出す。どうやら、その液体を指につけて契約書に拇印を押せということらしい。俺は彼女に従って契約書に指を乗せる。


「それでは、汝。この者に従い、従属する意思を示せ」


 今度はコルエールの前に皿が出される。彼女は戸惑いながらもその小さな指で契約書に意思を示した。


「はい、お疲れさまー。どう、なかなか楽しかったでしょ」

「いったい何なんですか、最後の契約は? 」

「演出よ、演出。ただし、この契約書は演出でも何でもない事実だから、もし破ったりしたら……、どうしよっかなー」


 メルさんは満足げに契約書を眺めた後、大事そうに戸棚にしまう。もし破ったらエーコに何を言われるか分からない、顔なじみでも全く油断できないんだよな、この人。


 そして、俺はメルさんの店の前でしばらく待つ。コルエールが奴隷服から普段着に着替えたり、その他準備が必要なためだ。


「あの……、お待たせしました、です」


 コルエールは白と黒のワンピース姿で現れた。腰の辺りには小さなポーチをかけており、大した荷物はなさそうな様子だ。だが一つになることがあった。


「あれ、顔の包帯は取らないのか、邪魔なら外していいんだぞ」

「えっと、これは、別に衣装とかではないので……」

「あっ、ごめん。そういうつもりはなかったんだ。気にしてたらすまなかった」

「いえ、大丈夫です。お気になさらないでください」


 彼女は手を包帯に当てて視線を逸らした。俺はてっきり包帯のことは奴隷商店の演出の一部だと思ってしまっていた。不味いことを聞いてしまっただろうか、今後は気をつけよう。


「今日からキミにはカフェのウエイトレスと料理補佐をお願いする予定だけど大丈夫かな」

「あまり経験はありませんが、出来る限り頑張ります。お仕事ですから」


 コルエールは無表情というか緊張で強張っているといった方が正しい。まあ奴隷商店なんか来る人間に対して警戒するのは当たり前のことであろう。


「俺の所にいるのは皆いい奴だから多分すぐ慣れると思う。同じ女の子だから話しやすいだろうし」

「それはちょっと安心ですね。っと、決して今まで安心してなかったというわけではありませんですよ」


 つい口を滑らせてあたふたする様子は可愛い、これで緊張が少しでもほぐれていれば良いのだが。


 そして俺達は店に戻って来る、そろそろ開店の時間になるからその前に皆にコルエールを紹介しないといけない。


「おはよう、今日も頑張ろうな」

「おはようございます、ヨカゼさんは朝から何をしていたんですか? 」

「おお、実は皆に紹介したい子がいてな、今回のイベントで優勝するための強力な助っ人だ」


 俺がそう言うと、コルエールがゆっくりと前に出る。その場の視線を一身にうけたコルエールの足はちょっとだけ震えていた。


「コルエールと言います。これからしばらくお世話になりますです」


 彼女はぺこりとお辞儀をする。


「ということだ、何と彼女は氷魔法と風魔法が使えるらしい。それを活かしてもらう」

「魔法使いとな、良く見つけることができたのう、ギルドで探したのか」

「いや、違うぞ。メルさんのお店だ」

「それって、まさか奴隷商店のこと? 」


 奴隷商店という言葉が出てきて彼女達からの視線が冷たくなるのを感じる。実際に人身売買をしているような場所ではないことは証明済みだが、印象は良くないのだろう。


「奴隷商店て言い方はあれだけど、実際は人材派遣の様なものだっただろ。メルさんは顔なじみだし話を通しやすかったんだよ」


 しばらく彼女達は無言であったが、エーコがその静寂を破ってくれた。


「いきなり怖い雰囲気にしてしまってすみません。コルエールさん、よろしくお願いしますね」


 エーコは微笑みながらそう言うと、コルエールも安心した様子で口を開く。


「はい、『ご主人様』とその仲間の方々のお役に立てるように頑張ります! 」


 え、『ご主人様』? その言葉が出てきた瞬間、空気が凍るのを感じた。


「ヨカゼさん、いったい、メルさんに、何の、話を通したのでしょうか? 」

「落ち着けエーコ、何かの聞き間違いだって」


 ヤバい、エーコの目が据わってる。


「どうしたのでしょう『ご主人様』、何か問題でも……」


 俺はコルエールの口を塞いでいったん店の外に出る。


「ちょっと、俺は『お名前オプション』なんて頼んでないぞ、だから普通の呼び方でいいんだ」

「でもメルさんからは『ご主人様』と呼ぶように指示を受けています。オプション付けていないのなら好きに呼んでいいよねということらしいです」


 クソ、やられた、メルさんにやられた。何かトントン拍子に進んでいくなと思ったんだよ。


「いまからオプションの追加はできるか? 」

「契約によると金貨1枚と銀貨5枚で追加できるみたいです」

「あれ、『お名前オプション』って金貨1枚じゃなかった」

「契約結んだ後だと事務手数料がかかるみたいです。契約書にはそう書いてあるみたいですよ」


 何の事務手数料だよ、呼び方変えるのに事務も何もないだろう。だが、このままじゃ店に戻れん。


「分かったオプションを追加する。呼び方は『ヨカゼさん』で頼む」

「承知しました、よろしくです、ヨカゼさん」


 お名前オプションの代金は、契約終了後に他の代金とまとめて払えばよいらしい。こうなったらコルエールにはしっかりと働いてもらわなければ。俺は店に戻って皆に弁解する。


「いやー、すまん。どうやらメルさんの方で手違いがあったみたいで呼び方が変になっちまってた、だよなコルエール」

「すみませんです、ヨカゼさんとその他の方々にはご迷惑おかけしましたです」


 俺は必死に頭を下げる。すると彼女達も落ち着いたのか頬を緩める。


「私こそすみませんでした、ちょっとついムキになっちゃって、ごめんなさい」

「ヨカゼならやりかねんって思っちゃってたわ、ごめんごめん」


 イストが笑いながら謝り、コルエールに向けて手を差し伸べる。


「私はイストよ、ヨロシク。そしてこっちの可愛いちびっ子が……」

「クロだ、短い時間ではあると思うが、よろしくな」


 イストとコルエールは握手をする。その一方、クロは仏頂面でその光景を眺めていた。まったくこいつには愛想の一つもないのだろうか。


「それでさっきから気になってたんだけど、コルちゃんは魔法使いなのよね。ということはやっぱり魔法学園出身なの? 」

「えっと、はい、そうですけど……。もしかしてイストさんもですか? 」


 いきなり馴れ馴れしくコルちゃんというあだ名をつけられたことに一瞬怯むが、魔法学園という聞きなれた言葉が出てきて少し安心している様子だ。


「私も魔法学園出身なの、ならば私達はもう先輩後輩ってわけ。卒業はいつなの? 」

「卒業は今年にしたばっかりです」

「ならば私が先輩じゃない。困ったことがあれば何でもこのイスト先輩に言ってくれちゃっていいわよ」

「はい、お願いしますです。イスト先輩」


 自分の後輩ができたことですっかりご機嫌な様子のイスト、コルエールにとっても話しやすい相手ができて良かっただろう。


「コルエール、もし答えたくないならば無理強いはしないが、お主は何故あんな奴隷商店なぞにいたのだ。魔法が使えるのであればギルドに登録するのも良し、国の機関で働くこともできるのではないか」


 クロはそう言ってコルエールのことをじっと見つめる。その無言の圧力に彼女は戸惑ってしまっている様子であった。


「おいクロ、誰だって言いたくないことの一つや二つあるだろう。コルエールも気にするなよ」

「……気を悪くしたのならすまなかった」


 彼女は軽く頭を下げる、やれやれこの二人を打ち解けさせるのはなかなか苦労しそうだ。

 その様子を見て何かを感じ取ったのか、イストはコルエールの耳元で何かを囁く。するとコルエールは小さく頷いた。


「……そう、それでこれ付けてるわけ」


 イストはコルエールの左目の包帯を指差す。


「いえ……、これはまた別なのです」

「そうなの、でも何でも相談乗るからさ。なんたってイスト先輩だし」


 コルエールの返答にちょっと驚いた様子であったが、すぐに笑みを浮かべるイスト。そんなところが彼女の良い所である。



 コルエールの紹介も終わり、開店の準備を始める。そして早速、彼女の力を見せてもらう時が来た。


「それじゃ、まずエーコ。頼むぜ」

「分かりました、〈神の掌から落ちる雫よ、清浄をもたらし給え、アクアラップ!〉」


 エーコが詠唱をすると、彼女の目の前に水の塊が漂い始める。まるで宇宙空間で水が零れ落ちた様な感じだ。


「よし、そこで氷魔法を使ってくれコルエール! 」

「承知です」


 コルエールは水の塊に手を触れると、瞬く間に凍結し氷塊ができる。あれ、今コルエールは呪文を唱えた様子がなかったな。


「コルエールは詠唱をしないタイプなのか? 」

「え、ええ……、そうです」

「魔法における詠唱はその人の意識を高めることにあるからね。だから集中力が凄い人とかは詠唱がなくても大丈夫なのよ。逆に意識が高まるのならどんなめちゃくちゃな詠唱でもOKなの。例えば〈ヨカゼは変態ご主人様〉って詠唱でも魔法はできちゃうわけ」


 イストは人の尊厳を踏みにじる詠唱をしながら火を指先からライターの様に出す。なんだろ、例えるならば重量挙げの選手がバーベルを持ち上げるときに叫んで気合を入れるようなものなのだろうか。


「そんなことより、このでかい氷をどうするのだ」

「ガリガリに砕いてシロップをかけて食べるのさ。ここの昼間は暑いから皆冷たいものを食べたがってるはずだ。原価はほぼタダだから良いお儲けになる。というわけで頑張るぞクロ。力仕事は俺達の役目だ」

「ふむ、働いた後の氷はさぞ旨いだろうな。よし、のってやろう」


 俺とクロは協力して氷を砕いてかき氷を作る。シロップはこちらの世界で売っているジャムやジュースをちょっと使ってやればいい。良い商売だぜ、水魔法と氷魔法が使える二人がいないとできない技だが、だからこそ他の人達はそう簡単に真似できないだろう。


 このアイデアがなかなか受けたようで気温の高い真昼間などは行列ができるまでになった。今までの客層に加えて鎧に身を包んだ冒険者や、ローブに身を包んだ怪しげな人達も来るようになった。彼等はかき氷を喜んで食べていたが、それならその暑苦しいローブを脱げばいいのにと思う。まあ、悪い人達ではなさそうだし金を落としてくれるのなら文句はない。




――――そして二週間が経過し、イベント終了まで後一週間と迫る



 ついに街一番の商人を決めるイベントのラスト一週間に差し掛かる。ラストスパートだ、頑張らなければ。もちろん皆も同じ気持ちであり、今日も忙しく働いていた。


「ヨカゼさん、オーダー入ります。ハンバーグ大人2にオムライス子供1です。」

「了解、ちょっと氷が足りなくなりそうだから補充頼む」

「分かりました。コルエールちゃん、いきますよ」

「はいです、やるです、カチコチです」


 コルエールも無事になじむことができたようでエーコとも仲良くしている。クロとはまだちょっと距離が開いてしまっているようだ。せめて最後には打ち解けてくれると良いのだけれども。


「はーい、皆いっしょに萌え萌えキュン! 上手にできたお客さんにはハートのマークのプレゼント」

「うおぉぉ! 萌え萌えキュン!! 」

「はい、よくできましたー」


 イストは器用な手つきでオムライスにソースをハート型にかける。彼女は持ち前の明るさで人気者だ。料理もできるし、仲間への気配りもうまく非常に助かっている。




その時、ローブで頭から足元まで全身を隠したお客さんがやって来る、数は四人か。もうローブ姿の客も見慣れすぎてしまったな。


「暑っちーな、ここか、氷を喰わしてくれる店ってのは」

「すごい、お店の中に入った途端、涼しくなりましたね」


 ローブ姿の客はお互い向かい合って話をしている。実は部屋の中に大きな氷を置くことで部屋全体が涼しくしているのである。これがまたお客さんにも好評だ。


「クロ、お客さん四名、案内してくれ」

「了解だ。いらっしゃいませ、どうぞこちらへ」


 意外なのがクロが接客を普通にしているということだ。普段のあいつなら、なぜ我が人間なんぞに媚びなければならないのだ、とか言いそうだけどやることはちゃんとやっている。そこは仕事と割り切っているのだろうか。


「……っ! 」

「どうしました、案内されてますから早く行きましょう」

「あ、ああ……」


 そのローブ四人組の一人がクロの姿を見てたどたどしくなる。席に着いてからもじっとクロを見ているようだし、ちょっと変な奴だな、ロリコンなのか?


「はい、それでは何か欲しいものはあるかの」

「なあちょっと聞いていいか、お前もあれやるのか? 」


 ローブ四人組に注文を取りに行ったクロは、その中で一番背が高い客に聞かれる。その客は萌え萌えキュンをしているエーコを指差していた。


「やるぞ、ほれ萌え萌えキュンだ」


 クロは両手でハート型を作る。彼女は人を小馬鹿にした表情で萌えキュンをするのだが、それがまた一部の客の性癖にストライクしているのだという。


「んな、馬鹿な……」


 それを見たローブの客は震える手で頭に被っていたフードを外す。それを見たクロは驚く、いや顔が青ざめているといった方がいいかもしれない。


「……クソ兄貴、何でこんなところに」

「それはこっちのセリフだ、クロ」


 あの顔はちょっと前に見覚えがある、勇者一行の一人グレンだ。ということは他の三人は。


「あれ、フード外しちゃうんですか。じゃーボクも」

「そうですね、せっかくですから思い切り涼みましょうか」


 そう言ってフードを外すメンバー達、ああ間違いない、それは勇者パーティ四人組であった。

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