第65話 魔法の言葉

「ふぅ、何とか出来た。手ごわい敵だったぜ」


 エーコとイストの助力もありなんとかサラダを作り上げることができた。それにしてもまさかドレッシングまで手作りするとは思わなかった、あんなの魔法で何とかやってるのかと思ってた、人の手で作れるもんなんだな。


「ようやくできたか、それでは早速頂くとするかのう」

「良く味わって食ってくれよな、丸呑みとかされるとちょっと悲しくなる」

「分かっとるわ、楽しみにしていた時間を無駄にするほど愚かではない」


 クロはサラダにフォークを突き刺して口に入れると、目をつぶって口をモグモグとさせる。俺はその様子を緊張しながら見ていたが、不思議なことにエーコとイストは微笑んでおり、彼女達から不安という物は感じられなかった。何で俺の不慣れな調理を見ていたにもかかわらずそんな安心しきっているのだろうか。


 そしてクロは味わっていた一口目のサラダを飲み込むと、フォークを机の上に置いてから口を開いた。


「うん、上手い。80点は与えられるな」

「マジかよ、おいおいおいおい、いきなり高得点じゃん。俺ってもしかして才能ある? 」


 せいぜい良くても35点くらいだろうと思っていた俺は驚きながら、自分の才能に恐怖する。やっぱり俺は料理スキル持ちだったんじゃないか?


「なに調子に乗っているんだか、レシピ通りに作っているんだから当たり前よ。むしろこれで不味く作れる方が天才ね」

「いえいえ、ヨカゼさんも良く頑張りましたよ。ほら、自分が作った料理食べてみて下さい」


 エーコに勧められるままに自分が作ったサラダを一口食べてみると想像以上の出来に驚く。普通にスーパーで売っていた総菜よりも旨いんじゃないか。


「何これうまっ。これ店で売ってもおかしくないレベルじゃん」

「いや、これからあなたが作ったもの売るんでしょ。なんで本人が一番驚いてるのよ」


 確かにイストの言うことも最もだけどビックリするじゃん。ここまで美味しいもの作れるなら冒険者やめて料理人でも生きていけそうだな。


「どの料理もレシピに書いてある通りに作れば美味しく作れるんですよ。後は基本的な技術を身につけていけば大丈夫ですね」

「あれ、それって、俺がすごいんじゃなくてレシピがすごいんじゃないの」

「ええ、その通りよ。レシピの開発者に感謝なさい」


 何か釈然としないな、レシピ通りにやれば美味しくなるのなら漫画やアニメのメシマズキャラは何をどうしたら生まれるんだ。あいつらレシピを無視して勝手に作って、鍋爆発させてんのか、って何アニメのキャラに突っ込みいれてんだろ。


「誰でも美味しい料理ができるための方法が書いてあるのがレシピなんです。最初に考えた人は凄いですね」

「なら俺もちょっとオリジナリティ出して新しいレシピ作っちゃおうかな。だっていきなりこんな旨いもんつくれてるし」

「そうやって人は危険物質を創り出していくの。せめて全ての料理をマスターするまではレシピの書いてあるようにすること。砂糖とか塩を入れる量も勝手にアレンジしちゃダメだからね」

「えーマジで、ちょっとでも変えちゃダメ? 毎回きっちり図るの面倒くさくない? 」


 俺がそう聞くとイストは首を横に振り、エーコもうんとは言ってくれなかった。成程、全てをきっちりやるってのも結構大変で面倒だな。すると、いつの間にかサラダを食べ終わっていたクロが腹を鳴らしながら催促をしてくる。


「すまぬが、そろそろ次を作ってはくれぬか。野菜だけでは腹は満たされぬぞ」

「すみませんクロさん。それでは今度は何を作りましょうか? 」

「とりあえず今度は主食を作ろう。オムライスとかやってみたい」

「了解、それじゃあ卵の割り方から教えてあげるっ」


 こうして、俺は仲間達と一緒に、その日、丸一日かけて料理の基礎を教えてもらったのであった。



――次の日



 ひたすら作り続けたかいもあり、何とかサラダとオムライスぐらいは作れるようになった。見た目もそんな悪くないから少なくともクレームが来るようなものではないと思いたい。丁寧に教えてくれたエーコとイスト、そして失敗作も含め全部食べてくれたクロに感謝だ。


「料理の数は少ないが、客に出しても恥ずかしくないぐらいのものではあると思うぞ」

「うん、そう言ってくれるのはありがたいが、もう一日だけ練習時間をくれないか。その間に皆には内装とか衣装の準備を準備をしてもらいたい」


 クロは褒めてくれてはいるものの、もうちょっと経験を積んで自信をつけたいというのが本音だ。


「そっか、私達が可愛い服を着て接客するのでしたね。どんな服にしましょう」

「そこはもう考えてある、このメモに書いてあるものを集めてくれ。この街ならすぐに集まるだろう」


 俺はイストにメモを手渡すと、彼女はちょっと不思議そうな顔をした後、頷いた。


「ふーん、これでいいのね、分かったわ」

「ああ、頼んだぜ」


 彼女達は外に買い物に出かけた後、一時間程立つと彼女達は帰ってきて、衣装に着替えた。


「よっしゃ、いい感じだ。素晴らしいぞ予想通り完璧だ」


 俺の目の前にはメイド服にカチューシャをつけた少女達がいた。イストは鏡に映りこんだ自分を眺めている。


「なんだ、変なの着せられると思ったけど普通にメイドさんの服じゃない」

「可愛いですね。ふふ、一回でいいからちょっと着てみたかったんですよね」


 エーコは体をクルクルさせてスカートをひらひらとさせている。クロ用のは既存のメイド服を少し手直ししてサイズが合うようにしてもらった。


「俺が前いた世界では凄い人気だったんだぞ。ある意味伝説の装備と言っても過言ではなかったのだ」

「このような軽装が伝説の装備とはな。よくお主の世界は魔物の攻撃に耐えられていたな」

「まあ、なんだかんだいって俺が住んでたところは平和だったからな……。と、そんな話は置いといて、店の開店は明日の朝からだ、皆頼むぜ。今日は夜更かししないでくれよ」

「おーっ」


 明日からはついにお客さんがやって来る、最初の日、いいスタートを切りたい。



――翌日


店の入り口に『OPEN』の看板を設置して皆で待機する。入り口を人が通る気配に一喜一憂しながらただひたすら待つ。


「あら、こんなところにカフェなんてあったかしら。時間もあるしここで食べてきましょうか」


きたぞ……、一同に緊張が走る。少しすると、母親と小さい女の子の親子連れがやって来た。それを見たエーコは緊張のあまりロボットの様な動きで彼等に近づく。


「い、いらっしゃいましぇ! どうぞ、こちらの席へお座りください」


噛んでしまったことに顔を真っ赤にしながらも、お客さんを席に通す、頑張れエーコ!


「えっと、メニューは、オムライスとサラダしかないのね」

「ええ、まだ開店したばかりでしっかり準備ができていなくて。でも美味しいんですよ! 」

「ならそれにしましょうか、オムライス大人と子供一人分ずつ、お願いできるかしら」

「はいっ、ありがとうございます」


 エーコは嬉しそうにテクテク歩いてきた、その様子をお客さんの女の子はじっと見ている。


「オーダー入りました。大人1、子供1です。子供用は分量が少なめになるので気をつけて下さい、レシピには小さめのサイズの作り方も書いてありますよ」

「ああ、任せろ。しっかり練習してきたんだ、ちゃんと決めてやる」


あらかじめエーコが分量を分けておいてくれていたこともあり、手際よく作ることができた。


「よしできたぞエーコ、これを持って行ってくれ。そして例のあれも頼んだぜ」

「えっと、ほ、本当にやるのですか、いや、やるしかないんですよね! 」

「ねぇ、ヨカゼの言ってたやつ、本当に効果あるの? 」

「大丈夫だ、俺の世界では効果はバツグンだった」


 決意を決めた様子でエーコは食事を運ぶ、そしてテーブルにオムライスを置いた後、彼女は叫ぶ。


「萌え萌えキュン、美味しくなーれ! 」


 恥ずかしさのあまりか両手でハートのマークを作った彼女はそのまま硬直する。親子は二人そろってキョトンとしていたが、しばらくして女の子が口を開いた。


「モエモエってどういう意味? 」


 単純に疑問に思ったのだろう子供は屈託のない瞳で見つめている。それを聞いてエーコは頬を染めながら小走りでやって来る。


「萌え萌えってどんな意味なんでしょうか? 私、何も意味知らないでやってました」


 えーと、哲学的なことを聞いてくるな。ふむ、どう言おうか。


「萌えの定義を細かく説明すると一つの論文が完成してしまう。だが、一言で説明するなら可愛いという意味だな」

「へー、論文になる程の言葉なのね。魔力的な何かがあるのかしら」

「まぁ、ある意味、美味しくなる魔力はあるかもしれないな」

「わかりました、可愛くて美味しくする魔法みたいなものなのですね。それなら恥ずかしがっている場合ではないです。頑張らさせて頂きます」


 エーコは萌え萌えの意味をしっかりと忘れないようにメモを取り、子供に説明するために戻っていく。そして子供にそうやって説明をすると面白かったのか喜んでいるみたいだ。女の子も手をハートにして萌え萌えキュンと言っていた。


そして女の子はオムライスを口に運ぶ。


「うわー、本当だとっても美味しい! お姉さんの魔法のおかげだね」


 その言葉を聞いた瞬間、目頭が熱くなる。美味しいって言ってくれた! 自分が作ったものを美味しいって言われるのってこんなに嬉しいんだな。もうこれ魔法だろ。


「何、年甲斐もなく泣きそうになっているのだ」

「いや、まさかここまで嬉しいなんて思わなくて」

「そう思うのなら次あやつらが食事を作ってくれた時は、しっかり言葉にするのだぞ」

「ああ、そうする」


 最初の頃こそはしっかりお礼も言っていたが、最近は彼女達に食事を作ってもらうことが当たり前になって疎かになっていたのかもしれない。次にご飯を食べたら思いっきりウマい、と言ってあげよう。



 そんな感じで最初の一週間は行列ができるほどとはいかないが、そこそこのお客さんは来てくれた。やっぱり立地が良いのは強いかもしれない。俺自身も皆にもっと喜んでもらえるように、日々練習を繰り返して作れる料理の種類を増やしていった。


 そして、ある休日の朝、料理に使うための調味料をあらかじめ小分けにしていると外から人の声がしてきた。まだ開店にはちょっと早いがどうしたのだろうか。ドアを開けてみると三人の親子が待っていた。


「ここですか、萌え萌えキュンのお店は? 」

「え、あ、はい、多分そうだと思いますけど」

「よかったなぁ、ついに本物の萌え萌えキュンを見れるぞ」


 ニッコリと笑う父親と跳びはねる男の子。本物の萌え萌えキュンってなんだ、偽物とかあるの?


「いやー、子供達の間でコレが流行っているみたいでして。ご飯の前にこれをすると美味しくなるんですってね。そしたらこの子が本場の萌え萌えキュンを見たいって言いだして」


 父親は手でハートのマークを作ると子供はうんうんと頷く。俺が呆気に取られていると、そこにもう一組の親子がやって来る。


「おや、こんにちは。もしかして貴方達もこれ、見に来たんですか」


 やって来たお父さんが手をハート型にして萌えキュンポーズをとると、もう一人の父親も萌えキュンで返す。おっさん二人の萌えキュン、地獄絵図である。


 予想外の来客にちょっと早めだが皆に準備をするように言って開店を早めた。休日ということもあり沢山の親子連れで賑わっている。店の中では萌えキュンが飛び交い、俺もひたすら料理を作りまくった。一週間たってだいぶ慣れてきてはいるものの、ラッシュが続くと大変だ。


 なんとかお客さんの対応をこなし、お昼が過ぎるとさすがに落ち着いてきた。さすがに今日は忙しかったのか皆に疲れが見えていたので、調理場で少し休憩をとっている。


「何とか落ち着いたようね、やっと一息つけるわ」

「私も萌えキュンやりすぎで疲れちゃいました」

「お主は何度もアンコールされてたからのう、でももう慣れたようだな」

「いつの間にか慣れていたのですよね、自分でも不思議だなと思ってます」


 そんな雑談をしながら俺が作ったちょっと遅い昼食を食べていると、ドアが開く音と同時に一人お客さんが来たようだ。やれやれ、なかなかゆっくり休憩もできないな、そう思って来てくれたお客さんの方を見ると、それはメルさんであった。


「あらあら、なーかなか流行っているみたいじゃない」

「あ、メルさん。こんにちは」

「まさか貴方達が参加するとはね、この私と勝負しようとはいい度胸しているじゃない」


 彼女はそう言ってフフッと笑った後、ゆっくりとテーブルにつく。彼女はオムライスを注文したので、俺はすぐに料理をして、エーコに持って行かせた。


「それでは、萌え萌えキュン、美味しくなーれ」

「うはぁ、これは効くわねー。仕事の疲れも吹っ飛ぶわ」


 仕事終わりにビールを一気飲みしたオヤジの様な声を上げるメルさん。そして、彼女は満面の笑みで俺に向かって手招きをしてきた。正直、どこかで嫌な予感がするのは気のせいだろうか。


「どうしました、何か気になることでも」

「良い感じに人気があって良かったわねとまず賛辞を贈るわ」

「ええ、どうもありがとうございます」

「でももう一息何か欲しいわね。私なら貴方にソレが提供できると思ってるいるんだけど」

「ソレとはなんでしょう?」


 俺がたずねるとメルさんはニヤリと笑った。

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