第64話 『箱』と中身
「優勝って、このイベントでですか」
「ああ、そうだ」
俺がエーコにそう答えると、イストが突っ込みを入れてくる。
「優勝するって言っても、私達何も売るもの持ってないし、仕入れのルートとかも知らないわよ。商品がなきゃ何にもできないじゃない」
「それについては俺に考えがあるから任せておけ、とりあえずは場所探しからだな」
そう言った後、俺はその場を後にして空き家を探す為ために外へ出る。
「でも、私達は商売については素人さんですよ。お金持ちだったり、有名な商人さん達とまともに勝負できるのでしょうか」
エーコは不安そうな顔をしながら俺の後についてくる。
「確かに勝負のルールが売上金額や利益が大きい奴が勝つというものなら厳しかったかもな。ただこれは違う、皆が良いと思った商人が勝つんだ。メルさんがさっき言った言葉覚えてるか」
「たしか、私に投票よろしくね、とか言っておったな。……成程のう」
クロはそう言った後、納得したように頷いた。
「そうだ、おそらくこれは皆の投票によって勝者が決まる。それならばまだド素人の俺達にも勝算はあるだろ」
「ちょっと不安はあるけど、要は人気者になればいいわけよね。うん、いけるかも」
イストもどうやらやる気になってくれたようだ、勝てる保証はないけれどもこいつらに盗みをさせるようなことはさせたくないからな。ちゃんとした方向に頑張ってくれさえすれば良いのだ。
「おや、こんなところで会うとは久しぶりだね」
そんな時、目の前に現れたのは王都の時にお世話になったブレッドさんだった。そう言えばこの人は芸術品が好きだっけ、ここにも何かを探しに来たのだろう。
「あ、ブレッドさんお久ぶりです。ワンちゃんはお元気にしてますか」
「おかげさまで元気いっぱいだよ。今朝もいきなり跳びかかってきてねぇ……」
ブレッドさんは楽しそうにペットのことを語り始める。するとイストが俺の耳元で小声で囁いてきた。
「あのおじ様がブレッドさん? エーコちゃんがペットの犬を助けてあげたんだっけ」
「そう、そして俺とお前が協力して書いた物語を読んでくれた人」
「あー、そんなことあったわね。懐かしいわ」
王都にいた時にイストと協力して作品を作っていたのを思い出す。あの時は本当に色々と大変だったなあ。
「キミも元気そうでよかったよ。そちらのお二人は? 」
「一緒に冒険をしているイストとクロです」
俺が紹介をすると二人はぺこりとお辞儀をした。
「ああ、初めましてよろしくお願いするよ」
彼も丁寧に頭を下げた、そしてそのままじっとイストのことを見つめている。
「あのどうかしましたか? 」
「いや……、初めまして、だよね? 」
ブレッドさんは眉間にしわを寄せて記憶を巡らせているようであった。
「ええ、ブレッドさんが王都有数の鑑定眼の持ち主という噂は何度か耳にはしましたが、このように直接お会いできたのは初めてと思いますわ」
「ほほう、褒め上手だね、確かにお嬢さんの様な人と会っていたら忘れないだろうね」
イストは落ち着いた様子で微笑むと、彼もつられたように頬を緩めた。なんかイストが丁寧語を話すとすごい違和感を感じる。
「お前時々キャラ変わるよな」
「人との付き合い方を知っている言って欲しいわね。どこかの誰かさんとは違いますでございますのよ」
彼女はすこし得意げになった様子で俺にデコピンをしてきた。
「それで皆さんは何か良い巡り合いはできたかな。ここは面白い物が沢山あるから目移りして大変だろう」
「それがですね……」
エーコはブレッドさんにこのイベントに商人側として参加する話を伝えた。すると彼は少しビックリした様子であったがすぐに落ち着きを取り戻す。
「商人として参加したいが、場所がなくて困っていると。ふむふむ分かった、それなら私が場所を貸してあげようじゃないか」
「本当ですか? いいのですか、そんな事して頂いて」
「困った時は助け合いだよ、さあついてきなさい」
ブレッドさんに連れてこられた先には、小奇麗な一軒家が建っていた。比較的人通りの多い道沿いあり、外観も他の店に引けを取っていない。建物の中に入ると広いスペースがあり、そこで商品を並べたり、カフェを開いたりできそうだ。
「ここは私の別荘なのだが、この時期はここ一帯が賑やかすぎて落ち着けないから空けているんだよ。どうだろう、使ってはくれないだろうか」
「ありがとうございます、このような素晴らしい所、今から探しても絶対に見つかりませんでしたよ」
「そう言ってもらえて嬉しいよ、それでは頑張ってくれたまえ。楽しみしているよ」
ブレッドさんは笑顔でそう言うと、大通りへと歩いていき人混みの中に消えていった。
「うわー、広ーい。ここなら何でもできそうよ、床がひんやりして気持ちー」
イストは床に寝ころびながらゴロゴロしている。
「こちらにはキッチンもあります、この街なら美味しい野菜やお肉が買えますから後で何か作ってあげますね」
エーコの声がする方に行ってみると大きいキッチンがあった。ここなら人が三、四人いてもお互いに邪魔になることもなく料理ができそうだ。エーコは楽しそうにキッチンにある戸棚を開けて中を確認するなど、チェックをしている。
「さあ、勝負をするのに十分な手札は揃ったのではないか。それでお主はどうする」
クロが俺の口からどのような言葉が出てくるのか期待するように不敵な笑みを浮かべる。エーコとイストも俺の方をじっと見つめてきた。
「まず前提として俺達は他の商人と違って売るものはない。それならばどうするべきだと思う」
俺がクロを指差しすと、彼女はちょっと意表をつかれたようだったが、すぐに真顔になって答える。
「奪う、敵の手持ちも減らせて一石二鳥だ」
「おいおい、物騒なことを言うな、次、イスト」
俺はそう指摘したがクロは何一つ自分は間違っていないという表情であった。
「まったく、クロたんは暴力的すぎるわね。ふふ、答えは盗むよ」
「それ奪うのと何も変わってないだろ」
「えっ、違うの。てっきりここをアジトにするのかと」
その言葉聞いたらブレッドさん泣くぞ、さっきの助け合いの話とかどうなるんだよ。
「あの、それなら作ればいいのではないでしょうか」
「正解だ、エーコ」
恥ずかしそうに手を挙げたエーコはホッとした表情をする。
「作るといっても何をつくるのだ、我等は職人というわけではないぞ」
「まあクロは作るどころか破壊しかできないからな」
「なんだと? 」
「ごめんごめん、冗談だってそう睨むな。職人でも何でもない俺達が簡単に作れるものがあるだろ」
クロからの殺意交じりの視線を受けながら、俺はキッチンを指差した。
「もしかして料理ですか? 」
「そうだ、またまた正解だぞエーコ」
俺が褒めると、良しといった感じでグッとガッツポーズをとるエーコ。
「なんか料理人と商人ってあまり結びつかないイメージだけどなー。それって別物じゃない? 」
イストは髪を指でいじりながら考え込んでいるようだ。
「別物ってわけじゃないだろ。ご飯を食べたい人に料理という商品を売っているんだ。その商品を手作りしてたって問題はないだろう」
「むむむ、なんか屁理屈に聞こえるけど、否定はできないわね」
彼女は人差し指で頭を押さえつつ必死に思考を巡らせていたが、最後には納得してくれたようだ。
「ただ料理だけではこの戦いは勝てるとは思っていない。輝く宝石が綺麗な箱に入って売られているように、俺達の料理もより付加価値を上げる『箱』に入れてやる」
彼女達はお互いの顔を見合わせながら首を傾げる。『箱』ってなんなんだろう、まったく心当たりがないといった表情だ。
「正直に言おう、お前達は可愛い。クロだって黙っていれば普通に美少女なんだ。皆が可愛い服を着て接客をしてくれれば料理の価値は飛躍的に上がる。お前達が料理の『箱』となってくれれば勝てるはずだ! 」
「ぷぷっ、しょーもな。もったいぶって何を言い出すかと思えば」
イストは腹を抱えて笑いだした。そこは素晴らしい発想力と褒めてくれるところではないのだろうか。
「えへへ、可愛いだって。そーですか、そーなんですねー」
褒められて照れているエーコは本当に可愛いなぁ。彼女がいればこの勝負も勝てる気しかしないぜ。
「で、我らが接客をするとしてお主は何をするのだ。ボサーっと突っ立って人形の真似事でもしてるか」
「俺は料理を作ろうと思う」
イライラしながらクロが投げかけた質問に俺がそう答えると、珍しくクロは驚いた表情をする。
「え、ヨカゼは料理できたの? 」
「いや、できない。だから教えてくれないか、頼む」
「ふっ、料理なんて一朝一夕でできるものか。どうせすぐ弱音を吐くだろうに」
俺が頭を下げると、クロは呆れたように笑った後、近くの椅子に腰を掛けてそっぽを向く。
「大丈夫です、ちゃんとやればヨカゼさんなら出来るはずです。レシピもありますから問題ありませんよ」
「そうね、それにこの私が先生をするんだからもう無敵よ。さあ、かかってきなさい」
エーコとイストの料理できる組は俺のことを応援してくれているようだ。この二人がいるからこの提案ができたのだ。彼女達の期待に応えなければならない。
その後、エーコが近くのお店で食材を買って来てくれて、料理を学ぶべくキッチンに三人で集まっていた。
「それでは包丁を持って見て下さい」
「これでいいか? 」
「違う違う、こうよ。後、斬る時は上から押し付けるのではなく、手前に引いたり奥に押したりするイメージよ」
まずは包丁の持ち方という基本的な所から教えてもらう。包丁握ったのなんて小学生の家庭科の授業以来か、学生生活はほぼカップ麺か外食だったからな。
そんな様子をキッチン越しにクロがじっと見ている。彼女は机に頬杖をついてあくびをしていた。俺が見ていたことに気付いた彼女はニヤリと笑う。
「料理を作るのであれば試食する者が必要であろう。我が正確な評価をしてやる、仲間であろうと甘くはしないぞ」
「望むところだ、必ずうまいと言わせてやる」
クロは色々な店を食べ歩いていたみたいだから食についての評価は信頼できるだろう。ついでに多少作りすぎても処理してくれるだろうしな。
「さて、じゃあまずはこれをせん切りにして、その後これをみじん切りね」
イストは俺の目の前に野菜を二つポンと置いた。あー、せん切りとみじん切りね、うん聞いたことはある、聞いたことだけはある。
「えっと、専門用語はちょっと分からなくて、どうすりゃいいんだ」
「専門用語って? まさか切り方も分からないの。あははっ、可笑しい」
「なんで包丁の握り方すら知らない奴が切り方を知ってると思うんだよ」
「だってそんなの言葉の通りじゃない、せん切りは細く切って、みじん切りはもっと細かくするのよ」
俺が言ったことがよほど面白かったらしく笑いながら、手をまな板の上でトントンとして切るジェスチャーをしてくる。
「なんかすげー笑われてるんだが。……まあこんなもんだろ」
俺はたどたどしい動きで手元の野菜を細かく切っていくと、エーコが驚きの声を上げる。
「あっ、ヨカゼさん! そ、その切り方は」
「ん、俺なんかやっちゃいました? 」
やれやれ、ここで俺の隠しスキル料理人でも発現したのかな。
「それ細かくしすぎです、せん切りじゃなくてみじん切りになってますよ」
「え、そうなの、ごめん分からなかった。どっからみじん切りなんだ、難しいぞ」
「くくく、今までどんな生活送って来てたのよ」
イストは笑いながら優越感にまみれた目で俺を見てくる。いや、だって分からないだろ切り方なんてどれも一緒じゃね。
「ヨカゼさんの食事は私が作ってましたから知らないのもしょうがないですよ。大丈夫です、私がお手本を見せますので、基本からゆっくり覚えていきましょう」
エーコは俺から包丁を受け取り、慣れた手つきでザクザクと野菜を切り刻んでいくとあっという間に半分程片付けてしまう。あれ、エーコってもしかして俺より刃物の扱い上手くね、普通にナイフ持って戦えるんじゃないだろうか。
「はい、こんな感じですよ。残り半分頑張って見ましょう! 」
「おお、分かった。任せてくれ」
ニッコリと笑うエーコのために頑張らなくてはいけないし、横で笑っているイストをぎゃふんと言わせなければ。俺は震える手でじっくりと野菜を切っていく、そんな様子を見ていたクロはお腹を鳴らす。
「飢え死にしなければよいが……」
彼女は小さな声でポツリとつぶやいた。
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