第63話 気になるあの娘の入手法

「ゴーレムって、こんなお嬢様の家で飾ってありそうな人形がか? 」

「そうよ、この私の勘がそう囁いているわ。いったいどうやって手に入れたのかしら、気になるーっ」


 頬を紅潮させながらピョンピョンと跳ねる姿に興味を持ったのか一人の紳士が声をかけてきた。見た目は60代くらいで汚れ一つない黒のスーツを着ている。


「そこまで興味を持ってくれたのは貴方が初めてですよ。子供達でもそこまで喜んではいませんでしたよ」

「そりゃーもうすっごいから、しょうがないでしょ。これは子供じゃ理解できないのかもね」


 目の前の紳士から見たらイストも十分子供である。そして彼は、はしゃいでいるイストの姿を見てニッコリと笑う。


「これは私が使えている旦那様が先日見つけた物なのです」

「ふぇっ、見つけたですって、いつ、どこで、どうやって! 」


 今、使えていると言ったな、目の前の紳士はどうやら誰かが雇っている執事の様なものなのだろうか。そんなことはお構いなしに質問攻めしまくるイスト。さすがの彼も威圧されてしまったのか、コホンと咳ばらいをした後、ゆっくりと口を開いた。


「どうやってと言われましても回答に困ってしまいますが、先週、旦那様と一緒に工芸都市から帰って来る最中に道端で倒れていたのを発見したのですよ。最初は誰かが行き倒れてしまったのかと大変慌てたものですが、どうやらただの人形で安心しました」

「倒れてたにしては保存状態が良いわね、どこか目立った傷があるわけでもないし。あっ、後、おじ様に一つ訂正よ。これはゴーレムだからね、間違っちゃいけないわ」

「ご、ごーれむ? あのおとぎ話に出てくる機械人形のことですか」


 丁寧に説明をしてくれた紳士は困惑してしまう。そりゃそうだ、ゴーレムはずっと昔にあった戦闘兵器ってのがこの世界の一般的な考えである。こんなピンクの髪をしたフリフリのドレスを着た人形がゴーレムなんて言われても信じられないだろう。


「あー、すみません。こいつちょっと古代の文化に影響されすぎていて、何でもかんでもそう見えちゃうらしいんですよ」

「ぶー、なにその言い方、私は事実を言ってるだけよ」


 俺がイストの頭を手でつかんで下げさせると、彼女は不服そうに頬を膨らませた。


「ははは、まあそういう時期もありますわな。そして、見つけたこの人形なのですが、ご覧の通り美しい。そこで我が主人であり、今回のイベントの主催者でもあるゾーフ様が是非これを優勝者への贈り物にしようと提案したのです」

「えっ、道端に落ちていた物を賞品にするのですか? 」


 出自不明、もしかすると誰かの持ち物なのかもしれないのによくそんなことをするな。すると紳士は優しく微笑む。


「どんなゴミであったとしても使い道があるというのが、ゾーフ様の口癖なのですよ」


 おいおい、ゴミって言っちゃったよ。周りに敵をつくらないような優しい見た目のわりにさらっと毒吐くなこの人。


「ちょっと、ゴミじゃないわよゴーレムよ! 」

「おっと、申し訳ありませんね。お嬢さん」


 しまったという感じで口に手を当てた後、彼は落ち着いた様子で頭を下げる。


「もうご存知だと思いますが、このにんぎょ……ではなく、ゴーレムですか、は今回のお祭りの優勝者に与えられるものです。いったいどんな方が受け取られるか、一ヶ月後が楽しみですね」

「お祭りですか。私達もここまで来るまでの間、賑やかすぎて疲れてしまう程でした」

「はい、おかげさまで毎年大盛況です。それに今回は面白い人達もいますしね、私にも誰が勝つかは全く予想できませんよ」


 面白い人達と聞いた瞬間、メルさんの顔が浮かんできた。奴隷商店なんてインパクトは抜群だからな、下手したら優勝候補の一人かもしれない。


「おっと、ついつい話過ぎてしまいました。それでは皆様方も引き続き楽しんでくださいね」

「こちらこそ、ご丁寧に教えて頂き有難うございます」


 俺達はお礼を言ってその場を離れた。イストは興奮がまだ収まらないのかブツブツ独り言を呟いている。


「ぱっと見では人間と勘違いしてもおかしくないぐらいの精巧さ、作るのが難しい関節部分も素晴らしい。あれを作れる人が今の時代にいるかしら、ああ、調べてみたい、触ってみたい、抱きしめたい、欲しい欲しい欲しい……」

「完全に自分の世界に入っちゃってるな、少し刺激が強すぎたか」


 イストは地面によく分からない設計図の様な物を指でなぞっている。周りの人からチラチラと見られて恥ずかしいが、当の本人はまったく気にしていない。


「でも可愛いですよね、綺麗な桃色の髪にドレス。剣と盾を持ってるのも戦う女の子って感じで格好良くて素敵です」

「もしあれが本当にゴーレムなのであれば武器を持っていることは納得いくが、そもそもゴーレムがその辺に転がっているものなのかの」

「何? クロたんは信じてくれてないわけ、酷いわっ」


 イストは潤んだ目でクロに向かって跳び込むように抱き着く、クロは必死に振りほどこうとしているがなかなか離してくれないようで苦戦している。クロは俺に助けを求めるように見つめてきたが、ここはスルーする。だって巻き込まれたくないし。


「そうだ、もしメルさんが優勝したらちょっと貸してもらうというのはどうでしょう。もしかすると交渉次第で譲ってもらえるかもしれませんよ」


 エーコはナイスアイデアという様子で手をポンと叩く。


「そう簡単にいかないだろう、メルさんのことだ、人形の代わりにエーコを寄越せとか言って来るぞ」

「そ、そうですかね……。ちゃんとお願いすれば悪いようにはしないと思いますけど」


 エーコ以外の二人は俺の意見に賛同している。なるべくメルさんに弱みを見せたくない、悪い人ではないからこそあの人は怖いのだ。下手したらなんやかんやされて、全員あの奴隷の仲間になる可能性だってあるかもしれない。


「ならいっそ強硬手段に出るのはどうだ。我なら今夜、ここから盗み出すこともできよう、この辺りの門番や守りは大したものではなさそうだからな」

「だ、駄目ですよ。そんなことをして手に入れても喜べないですよ。そうですよねイストさん」

「えっ、えっと、あー、そのー」

「おい、そこは素直にうんと言えよ」


 エーコからの問いに首をすんなり縦に振らないイスト。おいおい、こいつのことだから放っておいたらマジで盗みでもやりかねんぞ。よくよく考えたらイストは王城にもよく忍び込むような前科者だからな、実績がある。


「それならさ、正攻法でいこうじゃないか」

「正攻法? 」


俺の提案に聞いて彼女達が何だろうという様子で首を傾げる。


「優勝するんだよ、俺達がな」


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