第62話 見世物たち

「い、いざ入るとなると緊張しますね」

「俺もなんかドキドキしてる」


 お化け屋敷に入る時の子供のように不安がるエーコ。一方俺もこの独特の雰囲気からか冷や汗の様なものが出てきていた。皆、緊張しながらも薄暗い階段を足で確認しながら一歩一歩ゆっくりと進んでいく。


「あらあら。皆そう固まっちゃって。そんなんだと奴隷ちゃん達の方が緊張しちゃうわよ」


 ニコニコしながら戸惑いもせず進んでいくメルさんを見ると、本当すげぇなという感想しか出てこない。

 そして、メルさんは階段を降りた先の突き当りにある錆びかけた鉄扉をノックする。


「さぁお客様のご案内よ、一生一度の出会いに乞うご期待! 」


 鈍い音を上げながら開いていく扉、その奥からはロウソクが生み出すぼんやりとした灯りが漏れてくる。そしてその奥に見えていたのは……。


「うわっ……」


 イストが顔をしかめるのも無理はない。そこには大きな牢屋がいくつかあり、その中でボロ布を着た人々が落ち込んだように座り込んでいた。


「これが奴隷ですか……、冗談ですよね」


 エーコは牢屋の中にいる人を見た後、訴えかけるようにメルさんを見つめる。どうやら奴隷は10代から20代の若い男女が中心の様だ、中には力のありそうな男性もいる。皆、何か訳ありの様なのか、顔や首筋、手首に包帯を巻いており、巻く場所こそバラバラであるが、どこか一ヵ所には包帯を巻いていた。


「残念だけど私は嘘は言わないわ、彼等は奴隷よ」


 メルさんの冷たい言葉を聞いてエーコは涙目になってしまう。彼女が困惑してしまうのも当然であろう、俺自身、まだ目の前の事実を理解しきれていない。

 そんな俺達を余所にクロは顔色を変えないまま真っすぐ奴隷達を見つめていた。その視線に気づいたのか一人の少女の奴隷がクロの傍まですり寄って来る。


「私もう二日もご飯を食べていないのです、どうか助けて下さい」


 緑色の髪をくしゃくしゃにしたその少女のお腹から腹の虫が自己主張する。捨て犬の様に見つめてくる彼女を見てクロはニヤリと笑った。


「成程、面白い」

「ちょっとクロたん、何が面白いっていうの! 」


 笑みを浮かべるクロにつかみかかろうとするイスト。イストの手がクロの肩を掴む寸前のところで、何とか俺が止めることができた。


「ちょっと落ち着けイスト、クロも何か言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」


 イストの暴れる手を必死で抑えていると、クロは先程の奴隷の少女の頭を指差した。


「近くでよーく見てみるのだ」

「えっ……、わ、分かったよ」


 俺はイストを一旦なだめた後、失礼しますと言って座り込んでいる奴隷の少女の頭に顔を近づける。


「もっと近くだ、さすれば理由は分かろう」


 クロはかがみ込んでいた俺の頭を掴んでグイっと奴隷少女の髪が鼻にかからないかという位置まで近づける。俺と奴隷との間には牢屋の鉄格子があるのでおでこに当たって痛い。


「痛っ、ちょっと乱暴すぎないか。って、あれ……」


 額の痛みが引いていくのと同時に良い香りが漂ってくる、それは石鹸の様な心地よいものであった。


「どうだ良い香りだろう」


 クロがそう言うと奴隷少女は目を大きく開けて驚き、お尻を擦るようにして後ずさりをする。


「良い香りってどういうことですか? 」

「いや、石鹸の様な香りがしたんだ。髪はくしゃくしゃだけど、しっかり洗っているみたい」


 俺がエーコに答えると、クロは得意げな顔をしている。


「髪はボサボサであるが風呂には入っている。服の見た目はボロ布であるが、それに伴う不快な臭いはしない、不思議だのう」

「確かにこれだけ沢山の奴隷がいるにもかかわらず嫌な臭いってのは全くしないな。言っちゃ悪いが、その、空気は悪いものかと勝手に思い込んでしまっていた」


 俺が奴隷達を見渡してみると彼等は目線を逸らしたり、自分の衣服の匂いを嗅いだりしている。その様子から彼等が動揺していることが手に取るようにわかった。


「それにその包帯も巻き方がおかしい、それではただ巻いているだけで患部の保護の役目はない」


 クロが少女の右手首に巻いてある包帯を指差すと、少女は俯きながら左手で包帯を押さえる。そんな感じでクロが探偵漫画の様に矛盾点をメルさんにつきつけていくと、彼女は不敵な笑みを浮かべる。


「いつから気付いていたのかしら」

「ここに入ってから不思議には思っていた、だが確信に至ったのはあやつの腹の音を聞いた時かの」

「お腹の音が何か関係あるのでしょうか? 」


 エーコが首を傾げるとクロは大きく頷く。


「ああ、先程の腹の虫は作られたもの。真実のものではなかったのだ」

「何言っているんだお前? 」


 得意げになっているところ大変申し訳ないが、全く意味が分からない。腹の音に真実も嘘もないだろうに。だがその言葉を聞いて先程の奴隷少女は跳びはねる。


「な、何故分かったのですか。完璧にやり遂げたと思っていたのに」


 俺以上に奴隷の少女の方が驚いた様子であり、目をぱちくりさせていた。


「お主は少し力を入れすぎだな、腹から意識を逸らし力を抜いたほうが自然に聞こえる」

「そうだったのですか、目から鱗です。ありがとうございます」


 必死に頭を下げている奴隷少女を見て、イストは戸惑いながら口を開く。


「え、何、まさか自分の意思でお腹を鳴らしたってこと。そんなこと普通出来る? 」


 イストの疑問に対して、クロと奴隷少女はお腹の虫のデュエットで返答する。ああそうか、こいつら普通じゃなかったわ。


「あーごめん、話が色々とそれちゃってるけど、結局ここは俺達が考えていた奴隷商店とは違っているということでいいのかな」


 脱線しかけていた話を元に戻すため、俺は少し呆気に取られてしまっていたメルさんに聞いてみる。さすがのメルさんも腹の虫の件にはビックリしているようだ。


「ああ、うん。お察しの通りここは人の命の売買をするような所ではないわ。皆が困ってたりお手伝いが欲しい時に必要な人材を貸してあげる、それがこの奴隷商店の仕事ね」

「えっと、それは別に奴隷ではないのでは……」


 メルさんの話を聞いてみると派遣業者の様なものなのだろうか、それなら別に奴隷ではないと思う。日本での派遣労働者は……、奴隷ではなかったと信じたい。


「ふふふ、実は奴隷って名前に興味を抱いてくる人が結構いるのよ。女の子の奴隷ってのにロマンを感じる人がこれまた多いこと、もちろん常識的な範囲でしか仕事はさせないから安心なさい」


 やっぱやばいじゃんこの街。メルさんがそう言うのなら危険なことはさせてないだろうが、よくこの人達も奴隷の真似事をしてるなと思う。


「でも困りごととかで人を派遣する仕事はギルドが既にやってませんか? 皆さんもギルドで仕事を貰った方が効率的ではないでしょうか」

「鋭いわねぇ、さすがエーコちゃん。ねえ、私の助手に来る気はないかしら」


 メルさんは冗談っぽく笑いながらエーコの頭をポンポンと叩いた後、奴隷達を眺める。彼女の視線の先では奴隷達が気まずそうに俯いていた。


「何か理由でもあるんですか? 」

「まあ、人それぞれってことで許してくれないかしら」


 メルさんは優しく微笑む、それは先程までの楽しそうな笑顔とは別物のように感じた。奴隷の人々の様子を見てもこれ以上詮索はして欲しくないのだろう。


「つまりはここは奴隷風の人材派遣屋であって、人身売買をしている様なところではなかったということで一件落着ということなわけね」


 イストは安心した表情をして一息つく。一件落着と言ってしまっていいのかは分からないが、少なくとも人権が侵害されるようなことは起きていないようで良かった。


「ちょっと皆を驚かせようと思ってたんだけどあっさり見破られちゃったわね。さあ、せっかくだから一人ぐらい奴隷を買ってかない? 」


 メルさんはそう言ってすぐさま大きな紙を目の前で広げ始める。そこには奴隷との契約の料金プランが細かく記載されていた。すぐさま商売につなげようとするこの人はたくましい。


【料金プラン】

『一人につき一日で銀貨五枚、魔物討伐等の戦闘がある場合は内容によって値上げあり』


「へぇ、戦闘ができる方もいらっしゃるのですか? 」

「ええ、この街の近辺であれば問題ないくらいには戦える戦力はそろってるわ」


 メルさんは自信満々に答える。ますます不思議だ、そんな人達がなぜギルドではなくこのような場所で働いているのだろう。


「この『お名前プラン』とは? 」

「それは、奴隷に自分のことを好きなように呼んでもらえるプランよ。例えば『ご主人様』だったり、『マスター』だったり、可愛いあの子にそう呼んでもらえるプランがたったの金貨一枚! お買い得よ」

「高っ! 」

「そうかしら、これ希望する人結構いるのよねー」


 お名前プランを買った人がどういう風に呼ばせているのか気になる、というか奴隷本人を買うよりも高いって何なんだよ、闇が深い。


「それなら、あそこの筋肉ムキムキのお兄さんにヨカゼのことを『お兄ちゃん』て呼ばせることもできる? 」

「お金があればモチロン大丈夫よ」

「おい馬鹿、絶対やらせないからな」


 牢屋の奥にいるマッチョマンをちらっと見た後、イストとクロはケラケラ笑いながら料金プラン眺める。お兄ちゃんって呼ばれるのを想像しちまったじゃないか、もうしばらくの間はあの男の人を直視できない。


「どう、何かピンとくるものはあった? 」

「そうですね、すみませんが今日はとりあえずこのまま帰りたいと思います」

「そっかー残念ね」


 エーコのお断りの言葉を聞くと、メルさんは少し笑って頷いた。

 そして、俺達が帰り支度をして店から出ようとした時、メルさんに呼び止められる。


「そうだ言い忘れてたわ、今開催中のこの街一番の商人を選ぶイベント。良かったら私をお願いね」


 彼女は俺の肩を叩いて、ウインクをする。そう言えばそんなイベントがあったことを思い出す、ここでの出来事が強すぎてすっかり忘れてしまった。


「分かりましたけど、イベントで選ばれたら何か良いことがあるのでしょうか? 」

「すごいわよ、素晴らしい商人として認められるってことだからね、しかも今回は副賞に面白いものがあるの。あれにはビビッとくるものがあったわ。貴方達も見に行くといいわよ、いまなら優勝者の発表予定会場に展示してあるから。場所ならここね」


 興奮気味のメルさんはメモ用の紙に小さな地図をかいて渡してきた。


「展示されるようなものということは、芸術品とかですか? 」

「それは言ってからのお楽しみ、ここで私が言っちゃうのもつまらないでしょ。ほらほら、行きなさい、後私にしっかり投票よろしくね」


 ニッコリと笑うメルさんにお礼を言った後、その発表会場とやらに向かう。メルさんの地図が分かりやすく、その会場が目立っていたこともあり、すぐに目的地に到着することができた。


「優勝者を発表するというだけあって、立派ですね」


 そこには東京ドーム一個分くらいの大きさの建物が日の光を浴びて輝いていた。輝いている理由は所々に宝飾品が飾り付けられているからであろう。建物の入り口を守る警備兵の間を沢山の人々が行き来している。


「それでこの先に凄い副賞ってのがあるのよね。ワクワクするわ、ねぇ何があるか予想してみない? 」


イストは軽い足取りで進みながら、俺達に提案を投げかけてくる。


「うーん、トロフィーや王冠かな、いやいや、もしかしたら豪邸だったりするかもしれないぞ」

「バカねー、豪邸なんて展示できるわけないじゃない。私はズバリ古代から伝わる伝説の剣や盾だと思うわね」


 何も考えず、うっかり豪邸なんて言ってしまったのでイストに突っ込まれてしまった。一方、彼女の言う伝説の装備ってのはゲームの世界であれば王道であることは間違いない。なぜか優勝賞品にされてる勇者の武器とかよくあるんだよな。


「私はうーん、そうですね。綺麗なドレスとかどうでしょう」


 エーコは随分と悩んだ様子であったが、少し恥ずかしがりながらも答える。その答えを聞いたクロはつまらなさそうに口を開いた。


「皆、物品と予想しておるのだな。我は珍しい生き物と予想するぞ、人間は好きだろう生き物を見世物にするのは」


 いやいやそんなことはないぞ、と言いたかったが先程まで奴隷商店にいたのを思い出し口をつぐんだ。そんな俺を見るとクロは楽しそうにニヤリと笑う。コイツ、こうなることを予想してたんじゃないんだろうな。


「よし、じゃあ結果発表の時間と行きましょう」


 イストが指差した先には俺の身長より少し高いぐらいのガラスのケース。周りに人だかりができているのを見ると、おそらくそこに驚くべき副賞という物があるのだろう。

 俺達は人並みをかき分けながら進んでいき、ついにその驚くべきものの正体を目の当たりにした。


「なんだこれ、人形? これまた随分と派手だな」

「すっごく、すっごく可愛いですよ。一度あんなの着てみたいですね」


 エーコが目を輝かしている先には、綺麗なピンクのドレスを身につけた鉄の人形が立っていた。頭にはティアラをのせていて、剣と盾を持っている。可愛いことは可愛いのだが、なんかちょっと悪目立ちすぎる、ドレスがフワフワしすぎているし剣や盾も無駄な装飾が多すぎてまるで玩具の様だ。しかし、同時にどこかで見た様な既視感も感じていた、何だろうこの感覚は。


「ティアラに、ドレスに、剣と盾か、ふむ皆バッチリ当てておるな」

「クロ、お前は生き物って言ってたよな、なに誤魔化そうとしてるんだよ。一人だけ外れてやんの」

「うるさいのぅ、動いていないだけで人の形をしているのだ。大して変わらんだろう」


 こいつは言い訳させれば一人前だな、素直に自分の敗北を認めりゃ良いのに。


 そう言えば副賞当てクイズを提案した当人がさっきから黙ったままだ。ふとイストの方を見るとお腹を空かせた猛獣の様に顔をガラスにへばりつけて息を荒くしている。


「イストどうした、お前頭でも打ったか? 」


「これこれこれっ、間違いない。これはゴーレムよ! 」

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