第61話 奴隷商人 始めました

「奴隷商人始めたの! 」


 悪気のない子供の様な笑みを浮かべてそう言ったメルさんを見てポカンとする俺達。聞き間違えでなければ奴隷とかいう不穏な単語が出てきた気がするのであるが。


「えっと、なんの商人でしたっけ」

「奴隷商人よ、ド・レ・イ! 」


 あぁ、どうやら聞き間違えではないようだ。奴隷商人という言葉だけだと悪人のやる仕事だと思ってしまうが、メルさんの顔からは戸惑いと言ったものは一切感じられない。こちらの世界では奴隷売買も普通なのだろうか。俺は目を大きく開けて口をあんぐりさせているイストに尋ねてみた。


「なぁ、俺は奴隷って見たことがないんだけどこの辺りでは普通なのか? 」

「普通なわけないでしょ! 」


 俺の呼びかけにハッとしたイストはすごい剣幕で怒鳴ったかと思うと、メルさんに詰め寄る。


「この国では人を物の様に扱って売買することは禁止のはずなのはご存知ですよね! 」

「そりゃモチロンよ、そんなことはその辺の子供でも知ってるわよ」


 メルさんはイストの怒りを冷静な態度でひらりとかわす。俺はエーコを見ると、彼女は気まずそうに頷いた。


「人の売買は重罪です。直接取引をしなかったとしても、その存在を黙っていただけで罰せられますよ」

「えっ、じゃあもし俺達がここで逃げたら……」


 俺がそう言うとクロは笑いながら手で首を斬られるジェスチャーをした。魔族には人間の方が適用されないのだろうか随分と余裕そうである。


「そういうこと、そもそも奴隷商人なんて国が黙っているわけないわ」


 人の売買、すなわち奴隷商人は悪ということを俺が理解したのを確認しつつ、さらにイストはメルさんを問いただす。しかし、メルさんは落ち着いているどころか笑みさえ浮かばしていた。


「ふっふーん、実は認められてるのよねー」


 彼女のポケットから取り出された一枚の紙。いや、紙にしては少し厚みがあって綺麗な装飾もされている、それは日の光を浴びてキラキラと輝いていた。イストはその紙を一目見てギョッとしながらも、貴重品を扱うようにゆっくりと受け取り、紙の質を確かめるように指で擦ったりしている。


「嘘、そんなことって、いったいこの街は何を考えてるの……」

「その紙にはなんて書いてあるんだ? 」


 手を震わせながら青ざめているイストに声をかけると、彼女は重い口を開ける。


「……この街の長、つまり一番偉い人の営業許可証ね。残念ながら偽造ではないみたい」

「さてさて、私は悪い事なんて全くしてないって分かってくれたかしら」


 うなだれるイストの手からヒョイと営業許可証をつまみ上げて、ポケットの中に入れる。そんな大事な物をポケットに入れて良い物なのだろうか。


「でもその許可証だけで信用するのもな、実際その店を見ないことには分からないんじゃないか」


 俺は得意げになっているメルさんに問いかけると、イストが元気を取り戻す。さっきまで震えていた手を強く握り締めている。


「そうよ、百聞は一見にしかずってやつね。いいこと言うじゃない」

「確かに街から許可を貰っている奴隷商店って気になりますね」

「ふむ、良い暇つぶしにはなりそうだの」


 皆の意見が一致したのを見てメルさんはニッコリと笑うと手を叩いて大きく音を鳴らした。


「おやっ、意外なところからお客さんが出てきたわね。いいわよ、案内してあげる。そこの魔女っ娘ちゃんもさっきのことは気にせず、ガンガン買っちゃっていいからね」


 そう言ってメルさんは手招きをした後、俺達を先導し始める。その道中では相も変わらず大小さまざまなお店が建ち並んでいた。


「やっぱり、賑やかですよね。活気があって、ここにいるだけで元気になっちゃいそうです」

「普段から賑やかだけど、このコンテスト期間はすっごいのよ。各地から商人が集まって来るからね」


 エーコが楽しそうに辺りを見回しているのにつられ、自分も面白そうな店がないか探してみる。綺麗な宝石や珍しそうな生き物、面白い顔をした人形など様々だ。


「あれ、あそこにあるのはイストが好きそうな骨董品じゃないか。すごい人が集まっているぞ」


 ふと見てみると人だかりの中に一人の青年が大きな古めかしい壺を掲げている。


「いや、あれはただのゴミよ。見たらわかるでしょ、まだまだ修行が甘いわね」


 イストは一目見た瞬間、呆れたようにへっと笑いながらそっぽを向いた。正直、普段イストが集めている物との違いが分からないが、分かる人には分かるのだろう。それならば何故あんなにも人が集まっているのだろう、あの壺に何か魔力でもあるのだろうか。そんな俺の様子を察したのか、メルさんが解説を始める。


「ああ、あれはアレよ。あの男の子格好いいでしょ、いわゆるイケメンってやつ。そんな彼の下に集まって来る女の子にガラクタを高値で売ってるのよ。この辺りの商人にはゴミを金に変える能力を持つ男って言われてるわね」

「それって詐欺じゃないですか? 大丈夫ですかね」

「別に騙してるわけじゃないし、本人同士がOKならいいんじゃない。特に骨董品は価値なんてそう簡単に決められるわけじゃないし」


 メルさんは顔色一つ変えずにそう答える、さもそれが当然であるかのように。


「ひえぇ、それはちょっと怖いですね、少しの油断が命取りと言うことですか。気を付けないと」


 両手を顔にペチペチと叩いて気合を入れるエーコに向かってクロは意地悪な笑顔を向ける。。


「お主は押しに弱そうだからのう、我なら格好の餌だと思って絶対に押して売りつけるな」

「一目見てお人好しって分かるもんね、ちょっと泣き落とせば簡単に買ってくれそう」

「そこまで弱そうですか、そうですか……」


 クロとイストにからかわれて、ちょっとしょんぼりするエーコ。そんな彼女にメルさんは笑いながら一冊の薄い本を渡す。


「まぁまぁ、エーコちゃんは十分強い子だって。さて、これが私の店のパンフレット、中に奴隷の情報が記載されているから予習に読んどきなさい。もうすぐ店に着いちゃうからね」


 何気なく渡された冊子だが、何とこの中に問題の奴隷の情報が載っているらしい。俺達はお互いに顔を見合わせた後、期待と恐怖で胸をドキドキさせながら本をゆっくりと開いた。


「えっと、沢山の人がいますね」


 本を開くとまず目につくのは小さな顔写真サイズの似顔絵。それがページを埋めるように並んでいて、その横にはちょっとした特技や身長、体重の情報が記載されていた。


「なかなか良い似顔絵でしょ、奴隷の中に一人絵が上手な子がいてね描いてもらったのよ」


 メルさんにそう言われたのであらためて似顔絵を見てみると、なるほど確かに色鮮やかに描かれている似顔絵は綺麗で、心なしか笑っているようにさえ見える。


「それにしても良くこれだけの奴隷を集めましたね。メルさんだってここに来てからそう長くはないですよね」

「うーん、店を開くから奴隷を集めたってよりも、奴隷がいたから店を開いたって方が正しいからねー」


 ポツンとメルさんは言った後、あっ今の話は気にしないでね、と苦笑いした。奴隷がいたから店を開いたとはどういうことなのだろう、ここ以外にも奴隷商店があるのだろうか。


「さあお客様方、そうこうしている間に目的に到着いたしましたよ」


 そう言ってメルさんが立ち止まる。両腕を腰に当てて胸を張っている彼女の目の前には古びた階段が地下へと伸びていて、その先は暗闇に包まれていた。


「さぁ準備は良いかしら、少しの間、闇の世界の住人になってもらうわ」


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