第60話 商業都市セルバー


俺達は馬車に乗って商業都市セルバーへと向かっていた。


「そう言えば、レイディーンは騎士団長と名乗っていたが本当なのか? 」

「分からないわ、レイディーンさんがいた時代って、ずっと昔だからね。今でも騎士団は存在するけど、その団長とは別人であることは確かよ」


俺が質問をすると、イストは外の景色を眺めながら言った。


「団長さんということは、やっぱりお強いのですか?」

「そりゃー、もう強いわよ。というか、強くなきゃなれないからね。騎士団長が強いからこそ、それを恐れて悪事を働こうとする奴の抑制力となるのよ。そして、その強力な騎士団は王様に忠誠を誓っているわけ」

「成程、それで王の権力を確固たるものにするわけだな」

「そーゆーことよ!」


視線を窓の外から俺達へと移したイストは、得意げに語り出す。まるで自分が偉くなったかのような言い方である。


「さぁ、分からないことがあればどんどん聞いちゃってくれてよいのよ? 」


すっかり乗り気になった彼女は騎士団の武器から、王都の食べ物、セルバーのお土産など色々なことを面白おかしく話してくれたので、退屈な馬車の時間が潰れて助かった。







———— 商業都市セルバー。


南に馬車を出せば豊穣の海、西を向いたら大農園、北へ歩けば職人が生み出す精巧緻密な工芸品が出迎え、そして東には王国の象徴の王都が佇む。


国中の物資と人が一挙に集うこの都市で、商人の眼に映るのは金か名誉か。





「すごい、たくさんの人がいますよ! 王都よりもいるんじゃないですか? 」

「全体の人数はもちろん王都だけど、密度でいったらこちらの方が上かもね」


沢山のお店が建ち並び、人の目を引く色鮮やかな看板を掲げている。そして、道端には出店が場所を取り合うように商売をしていて、その前では客がひしめきあっていた。


「やはり、珍しい食べ物や美味そうなものがあるのう」


クロは店の棚に綺麗に飾られている、ピンク色の果実を目にして言う。


「ここではお金さえあれば何でも揃うって言われるくらいだからね。珍しければ高く売れるから、ここの商人は赤字にならない限りはどんなものでも手に入れてくるわよ」

「ふぇー、すごい情熱ですね」


エーコも桃色の果実を眺めてる。それは太陽の光を浴びて美しく輝いていた。


「おっ、それに興味があるのかい。お目が高いね、お嬢さん達」


俺達の様子を見た店主が、ニコニコ笑いながら営業トークをしてくる。


「美味しそうな果物ですね、いくらぐらいになるのでしょうか? 」

「これは北の砂漠のオアシスでしか取れない貴重なものでね。それを氷魔法を贅沢に使って採れたて同然の状態で持ってきたんだ。金貨1枚と言ったところかな」

「金貨ですか、果物一個で! 」


食べたら終わりの物に金貨が必要なんて驚きだ。


「まぁ、あり得る話よね。これは本当に珍しいから」


果物を見つめながらイストは冷静に呟いた。


「ほほぉ、そちらの方は出来る人ですね。お一つどうですかな、お祝い事とかにぴったりですよ」

「ふふ、褒めて頂いたのは嬉しいけど、遠慮しとこうかしら。ごめんなさいね」

「そうですか、それは残念」


行儀よくお辞儀をしたイストを見て、店主は苦笑いをしながら店の奥に戻っていく。


「時々、イストさんって大人に見える時がありますね」

「へへっ、そうかしら」


気を緩めたイストの表情はまるで子供が褒められて喜んでいるようであった。


「中身が子供のような大人もいるけどな」


果物を眺めながら唾を飲んでいるクロに、勝手に手を出さない様に注意をしながら手を引いて店から離す。


「でも、せっかく商業都市に来たからには、買い物の一つや二つしてみたいわよね」

「俺達のパーティの資金繰りはどんな感じなんだ」


俺は会計係のエーコに確認をする。


「無駄遣いしすぎなければ大丈夫ですね。ただ、最近お金になる仕事をしていなかったので使いすぎは禁物です」

「よく考えたら女神の使徒と戦っても金にはならなかったんだよなぁ。依頼とか出されていたわけじゃなかったし」

「まぁまぁ、見るだけならタダなんだし。みんなでぶらぶらしましょうよ」


明るい笑顔でそう言ったイストの提案に乗って、俺達はお店を見て回ることにした。


綺麗な宝石から、肌触りの良い服、はたまた一見ガラクタにしか見えない様な物まで様々な物品がこの都市には集まっていた。


「あれ? もしかしてエーコちゃんじゃない? 」


声がする方向を見てみるとそこには、エーコが王都に来る際にお世話になっていたメルさんが驚いた表情で立っていた。


「あ、お久しぶりです、メルさん」


エーコは彼女のところに駆け寄った後、会釈をする。


「そこのお二人は? 」


メルさんはクロとイストを見てきたので二人は自己紹介をする。


「ふーん、随分と女の子が多いパーティね」

「別に意図してやっているわけでは……」

「怪しいわねぇ」


メルさんはニヤニヤしながら俺に話しかけてくる。この人に隙を見せたら、ややこしいことになりそうだ、最善の注意を払わないと。


「それにしても、メルさんはどうしてここに? 何か仕入れでもあるのですか」

「その逆よ、ここで物を売るの。なんていったってこれからしばらく、商人の最大のお祭りがあるんだから」


両手を大きく広げるメルさんはとても楽しそうである。


「お祭りってなんでしょうか? 」


頭にクエスチョンマークを浮かべて、首を傾げるエーコ。


「これからこの都市では、コンテストが行われるの。この1ヶ月アピールして、一番良かった商人をお客さんが選ぼうというものなの! 」

「へー、それでメルさんも参加しようということなのですね」

「そう目指すは優勝よ! そして、ここでは生半可な商売じゃ太刀打ちできないわ。素晴らしいアイデアがないと、駄目なのよ! 」


熱意で目を輝かすメルさんは自信たっぷりである。なにやら秘策でもあるのだろうか?


「その様子だと、素晴らしいアイデアが既に浮かんでいる様ですね」


俺がそう言うと、メルさんは満面の笑みを浮かべた後、こう宣言した。



「私、奴隷商人はじめたの! 」

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