第59話 亡霊達は恋人を祝福する


「あ、お疲れ様っ! 」


 ギルドに戻った俺達を見て受付嬢は明るい声で出迎える。古城に入ったのは真昼間であったが、レイディーンとの戦いなどもあり、もうすっかり暗くなってしまう時間であった。


「うーむ、貴方達の様子を見てみた感じ、大きなトラブルはなかったようね」

「ああ、それについてだが、もうその問題は解決したぞ」

「どういうこと? 」


 首をかしげる受付嬢。


「実はあそこの古城の持ち主の子孫がちょっと前から住み始めていてな、そこに肝試しと称して大勢の人達が来るようになってしまったから、悪戯をするようになったらしい」

「えっ、本当に? いつの間に住み始めたのかしら」


 彼女は唸りだす。女神の使徒の話を持ち出すと面倒なので、事実とは異なる結果を話させてもらった。


「だが、俺達が直接その人と話をしたからもう大丈夫だ。迷惑になる様な事をしないのであれば、多少は目をつぶってくれるらしい」


 受付嬢は俺の話を聞きながら、自分の髪を指に絡ませて考え込む。


「それだけでは事の真偽は判断できないわね。よし分かった、時間を見て調査隊でもだしてみようかしら。なーに、調査隊と言っても怖いもの好きなカップルを派遣するだけだけどねっ。もし本当なら貴方達にご褒美でもあげちゃおうかなー」


 受付嬢はニヒヒと笑っている、まるで新しいおもちゃを見つけた子供の様だ。


「いえ、俺達は明日にでも次の街へ行ってみたいと思います。ここで出来そうなことはもうやってしまったと思うので」

「えぇ! だって貴方達はつい昨日来たばっかりじゃない、もう行っちゃうの? 」


 驚愕する受付嬢を目の前に俺達は頷く。同じ街に女神の使徒が固まっているとは考えにくいし、正直この街は特に面白そうなものが無いんだよな。


「そう残念ね……。何か問題を解決したと思ったら次の街にいくか。ふふっ、本当に勇者様達みたい」


 口を手で押さえながらくすくすと笑う受付嬢は可愛らしかった。


「でも次はどこに行きましょうか? 」

「んー、このまま西に向かえば、この国一番の市場である商業都市セルバーに行くわね。賑やかで面白い所よ」

「ふむ、旨い食事にもありつけそうだ」


 どうやら仲間達は商業都市セルバーに行ったら何をしようか相談を始めたようだ。


「連れがあんな感じなのでセルバーに行きたいと思います」

「分かったわ、ならここから馬車が出てるわよ。可愛いお連れさんを大切にね」


 受付嬢は微笑みながらウインクをする。俺はそんな彼女にお礼を言った。


「さてと……、なら早速、こわーいお城に調査に行ってくれる冒険者に依頼を出さないと」


 受付嬢はペンを手に取って掲示板に貼るための依頼書を作成し始める。俺達は彼女の邪魔をしないように、静かにギルドから出て行って、次の目的地であるセルバーへと向かったのである。






―――――― 後日、古城にて (レイディーン side)


「レイディーン様ー! 」


 亡霊が憑りついている甲冑が、カチャカチャと金属音を鳴らして走って来る。


「どうした、その様な慌てた様子で、城の雨漏りでも見つかったか? 」


 慌てすぎたせいか、亡霊は兜がポロリと地面に落ちてあたふたしている。


「ニンゲン、ニンゲンデス。二人、城の前まで、来てマス」


 亡霊は指を二本立てて説明をする。ふむ、意外と早かったな。


「では、その二人を城に招待しよう。そしてお前達はやりすぎない適度に彼等を怖がらせろ」

「任せて下サイ、そこはリハーサルを何度もやっていてバッチリなのデス、ハイ」


 彼は綺麗な敬礼をした後、駆け足で部屋を立ち去る。


「ウフフ、果たしてここまで来れるカシラ」


 自分の足元のすぐ傍でちょこんと座っていた小さな可愛らしい人形が子供の様な声を出す。どうやら亡霊にも格という物があるらしく、この人形の中にいる霊はかなり上位の物らしい。先程の兵士の亡霊が、この人形に頭を下げてペコペコしているのをよく見かける。


「来てもらわなければ、こちらとしても困る」

「ソウヨネ、そうじゃないと罪を償えないもの。ソシテ、愛しの人との約束も守れなくなるカラネ」

「な、何を言っているのだ! 」

「アラ、違うの? それなら、恋人、愛人、運命の相手カシラ」


 人形は楽しそうに私の目の前でクルクルと回転して、ダンスをする。


「好きに想像しているといい、自分はそんな風に思っているわけでは……」

「デモ大変よね。あの人の周りに三人も女の子がいたじゃない、そして一方、貴方はこんなお城に閉じ込められているナンテ」

「それについては一応、この城から出る方法がないか亡霊達に城の書庫等を調査してもらっている」

「仮にこの城から出られたとしても、貴方は彼のハートを射止めるだけの力はあるのカシラ」


 むむっ、確かに戦闘はできるという自覚はあるのだが、それは恋愛でも役立つのだろうか、少し不安である。


「ソノ様子だと、チョット難しそうネ」


 思い悩む自分の顔を見るや否や、人形はやれやれというジェスチャーをする。


「ダケド安心して、秘策があるワヨ」


 人形がそう言うと、蝙蝠型の亡霊が天井からゆっくりと降下してくる。


「コノ亡霊はあの男から記憶を少しだけ拝借できたそうナノヨ」

「なにぃ! 本当か」


 思わず身を乗り出してしまった、ニヤニヤしている彼等を前に、一度姿勢を元に戻す。


「アノ男の記憶から必要な情報を入手するのヨ、戦いに勝つならまず敵を知らないとネ」

「成程、名案だな」


 しまった、思わずうんうんと頷いてしまった。これではまるで気があるようにしか見えないじゃないか。ほら、彼等はまたこっちを見て楽しそうに笑っている、くっ、恥ずかしい……。


「ソレジャ、サッソク、記憶分析をカイシ。……デタ、コイツの好物は、カレー、ラーメン、ギョウザ」


 そう言って亡霊は料理の映像を映し出した。


「何だこの料理は、初めて見たぞ。名前も聞き覚えがないし地方の料理なのだろうか? 」

「コレハ、私も知らないわ。ダケドこれはチャンスヨ、これだけ珍しい料理を作れるようになれば、間違いなくアノ男は堕ちるワ」

「そんな簡単にいくのか不思議だが」

「男なんてとりあえず好きな物を腹にブチコンドケバ、アッチから勝手に好きになってくれるワヨ」


 得意げな様子の人形の亡霊、この亡霊の生前がどんな人だったのかは分からないが、どうやら経験豊富らしい。


「しかし、この料理はどうやって作るのだろう? 」

「ツクリカタを記憶から拾い上げマス。まずカレーはルーと野菜を適当に鍋に入れて煮込んで終わりデス」

「ん、ルーとはいったい? 」

「分析シマス……、どうやらスパイス、香辛料をブレンドしたもののようデス。具体的な中身までは分かりませんが、その辛くてピリリとした味が子供には人気トノコト」


 蝙蝠の話を聞いた人形の亡霊は、少し考えてから口を開く。


「手掛かりが少ないワネ、味の完全再現は難しいけど、身近にある香辛料をブレンドしたスープで、ご飯に合いそうな物をつくれば何とかなりソウネ。後は子供が喜びそうな味付けなら尚良しと言ったところカシラ」

「なぜ子供が喜ぶような味が良いのだ? 」

「男の味覚なんて、大人になっても子供のママナノ。だから子供が好きな物を与えておけばオッケーよ。それに将来、子供ができた時の為にも便利でしょ」

「こっ、子供ができた時って……」


 自分が慌てる様子を見て、人形はクスクスと笑う。


「でも、私料理とかやった事ないからなぁ」


 料理か……、自分は剣は使えるが包丁は握ったことがない。騎士団団長が料理してるなんて、イメージと違うと恥ずかしがってた報いが来てしまった様だ。


「ダイジョウブ、見た目が多少変でも美味しければ問題ないワ、味だけならちゃんと分量を守れば良いだけだから、初心者でも練習すればすぐにできるようにナルワ」

「見た目が変なら駄目なのでは、王宮のシェフが作る様なお洒落なやつじゃないといけないんじゃ」

「見た目なんてどうでもいいワヨ、男は美味しくて腹に入れば文句は言わナイノ。あいつら女の子は外見ばかり評価するのに、料理の見た目とかには全然拘らないのよ、不思議な生き物ヨネ」


 ため息混じりにつぶやく人形。その時、部屋の扉がノックされたかと思うと、一体の鎧の亡霊が跳び込んできた。


「冒険者タチが関門をトッパ! 間もなくココニ到着しマス。ミナサマガタ、ジュンビ! 」


 その亡霊の言葉を聞くと、その場に居合わせたものはお互い頷き合った後、持ち場につく。そしてしばらくすると、二人組の冒険者が部屋に入ってきた。


「ここがこの城の最深部なのだろうか……」


 辺りを見回しながらキョロキョロしている冒険者達に向かって自分は話しかける。


「よくぞ、ここまで参った! 数々の困難を越えた貴殿方を祝福しよう」


 自分の合図をスイッチにして、明るく煌びやかな照明が一斉につき、部屋を照らす。冒険者は驚きのあまり、目を丸くしていた。


「そう驚くな、とりあえず食事の準備でもしよう」


 私が手を鳴らすと、亡霊達は机や皿を並ば始め、そこに色鮮やかな料理が並べられる。ちなみにこの料理は、元コックの亡霊に作ってもらっているものだ。


 その様子を見た男女の冒険者は戸惑いながらのテーブルについた。


「えっと、すみません、どうしてこのような歓迎をして下さるのでしょう」

「その理由は二つある。まず一つはここまで来れたことに対する称賛のため。そして、もう一つは……」


 自分は一度呼吸を整えてから、緊張で固まっている冒険者に話す。


「貴殿方がどうやって仲良くなったのかを知りたいからなのだ。どうやって出逢っただとか、仲良くなるきっかけとかな、自分の今後の勉強のために! 」

「ホント、勉強熱心で真面目な娘ヨネ」


 自分の言葉を聞いた人形は明るく微笑んでいた。






 そしてその後、カップルで困難を乗り越えると祝福がされるという古城の噂は、次々と広がり遂には縁結びの名所と呼ばれるまでになるのであった。

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