第58話 水面下の攻防

 焦った様子で俺のことを心配してないと宣言するレイディーン。その言葉に驚いて皆が口を閉ざした。


「心配してないなら、教えてくれてもいいんじゃない? 」


 沈黙を破ったイストは、至極まっとうな意見を述べる。


「ふ、ふむ確かにそうなるな。それで何が知りたいんだ? 」

「ズバリ、女神が怒った原因を教えてくれ」


 少し焦った様子で頷くレイディーンに畳みかけるように質問する。


「ちょっと、余計なことは言わないでっ! 」


 エステアは人差し指を口に当て、レイディーンが余計なことを口走らないように忠告するが、その表情を見て逆にレイディーンは何かを思い出したかのようにハッとする。


「女神の怒りの原因……? あっ、そう言えば、アイツを見送った後に現れたネーサル様らしき人物は一体どうなったのだ! 」


 彼女はエステアの肩を掴んでゆする。エステアはため息をついた後、レイディーンの耳元でこそこそ話をし始めた。


「おい、『アイツを見送った後』ってどういうことだ!? 」


 俺は内緒話をしている二人に呼びかけるが、彼女達は俺の声には耳を傾けようとはしない。自分達の密談に集中している様だ。


「成程、私は永い時間、女神の使徒となっていたということか」


 話が一通り終わった後、レイディーンはうんうんと頷く。


「よくそんなにすんなりと納得できるのう、常識的に考えればあり得ないことだと思うが? 」

「エステアがそう言うのなら、そうなのだろう。彼女は信用できるからな」


 クロの質問にレイディーンは至極真面目に答えると、エステアはニコリと笑った。


「それで、俺達に秘密を教えてくれはしないのか? 」

「貴殿方を危険なことに巻き込むわけにはいかないからな、残念だが教えることはできない」

「お前は俺のこと、心配なんてしていないんじゃなかったのか? 」

「そそっ、そうだ! ただ……、い、意地悪で教えてあげないだけなんだからなっ! 」


 急に辺りをキョロキョロを見渡しながら挙動不審な動きをするレイディーン。先程まで死闘を繰り広げていた彼女とのギャップが大きく、やりにくいことこの上ない。


「レイディーン、どこか頭でも打った? ボクの知っているキミは、冷静沈着で力強く真面目であったはずなんだけど」

「自分は、騎士として常にあるべき姿をしていると自負している。力強く真面目という感想を持ったことについては、間違いないはずだ」


 レイディーンはキリッとした表情をして、困惑顔のエステアに答える。


「いや、でもキミさっきすごい戸惑ってたよ、とても騎士というイメージとはかけ離れていたけど」

「そっ、そんなこと……」


 レイディーンは恐る恐る俺の方を振り向くと、慌てた様子で叫ぶ。


「なっ、なに自分のことをじろじろと見ているのだ! 」


 彼女は鎧で覆われているはずの自分の胸を手で隠す。ついに見ただけで拒絶されるようになってしまったようだ。


 そして、その様子を見ていたエーコは眉をひそめながら考え事をしているようであった。


「どうしたんだエーコ、何かアイデアでも浮かんだのか? 」


 エーコに声をかけると、彼女は俺の腕に抱き着いた後、顔をこすりつける。まるで猫が飼い主に甘えるような感じである。


「なななっ、何しているのだっ! 」


 そんな俺達を見てレイディーンは指差しをしながら驚きの声を上げた。


「別に変なことをしているつもりはありませんよ」


 エーコはレイディーンに向かって冷静に告げる。


「へー、エーコちゃん割と攻めてくわね」

「うむ、見ている分には面白いがの」


 イストとクロは俺の後ろでひそひそ話をしていた。


「いやいや、だっ、だってそんなのっ! え、えっ、ええええっ、ええええええ……、けふん、けふんっ」

「レイディーン、はいお水」

「うぅ、すまない……」


 また言葉を詰まらせるレイディーンにお水を差しだすエステア。水をぐいっと飲みほした彼女は俺達を非難する様に指差しながら大声を上げる。



「エッチじゃないかっ! 男女がそのように、いっ、いっ、一緒にくっつくなど! ここは公の場所だぞ、風紀が乱れる! 」


 顔を赤く染めながらプルプルと震える彼女を見て、俺達は顔を見合わせる。


「あー、ごめん。一応説明しとくけど、レイディーンは騎士団に所属していた時、武道一筋だったから恋愛とかそういうのは苦手なんだよ」


 苦笑いしながらフォローをするエステア。ああ、だから女神の使徒となっていたレイディーンは、男女の仲を引き裂こうと躍起になっていたわけか。


「ただ昔は、他人に対して注意をする時も凛々しくて、落ち着いていたのだけどね。それがこんなになってしまうなんて」


 エステアは俺とレイディーンをゆっくりと見比べた後、悲しそうにため息をついた。おいおい、俺にいったい何をしたというのだろうか。


「あのー、ちょっと話がそれちゃっていると思うんだけど、結局は何も話してくれないということで良いのかしら」


 周りの様子を伺いながらゆっくりと手を挙げながらイストは二人にたずねる。


「うん、その通りだね、それとも力尽くでくるかい? 」


 エステアとレイディーンは俺達のことをまっすぐ見据える。


「もう悪事は働かないか? 」


 俺はゆっくりとレイディーンに確認するように言う。


「もちろんだ、そして今まで積み重ねてしまった罪はこの身をもって償う」

「……それならいい。ここがダメなら次の使徒に会いに行くだけだからな」


 俺がそう答えると後ろでクロがたずねてくる。


「本当に良いのか? 」

「女神の使徒として暴走していた時よりも、今の正気に戻ったレイディーンの方が強いだろう。さっきまでの様にはいかない。それにもう悪いことをしないなら、無理に止める必要もないからな」

「ふむ、お主がそう思うのであるなら、従うとするかの」


 クロはゆっくりと頷いた。


「物分かりが良くて助かる、それではボクは一足先に退散するよ」


 そう言ったエステアは一瞬のうちにその場から消え去る。まるで瞬間移動の魔法でも使ったかのように。


「それじゃ、ここでの問題も一段落着いたことだし、一度街まで戻って次の方針を考えるか」

「ちょっと待ってくれ! 」


 俺達が帰ろうとしているところをレイディーンは呼び止める。


「あ、あの良かったらコレを持って行ってくれないか? 」


 彼女は鎧の中から小さなバッジを取り出す。それはサファイヤの様な蒼色をしていて、部屋の照明に照らされてキラキラと光っている。


「これは? 」

「自分が女神の怒りから逃れる際に持ってきた魔導の一つ。【守りの宝玉】」


 その言葉を聞いて俺達は気まずい雰囲気なる。セルエストから貰った魔導によって引き起こされた惨事を思い出してしまったからだ。


「どうしたのだ、皆黙ってしまって? 」


 その様子を見たレイディーンは不思議そうな表情を浮かべる。


「いや、その、それはどのような効果があるのか教えてくれないか? 」

「これはな、この宝玉を持っている者の近くに仲間がいた場合、宝玉の所有者はその仲間に与えられるダメージを肩代わりすることができるという代物だ。ちなみに肩代わりするかしないかは、その時の宝玉所有者の意思によって決定できる」


 バッジを大切そうに手に取って説明をする彼女。


「それは便利そうだのう、イストやエーコ等の防御が薄い味方が、傷つけられることを防ぐことができるわけか」

「へへっ、しっかり守ってくれたまえよー」


 感心した様子のクロと、俺を見ながら守ってアピールをし始めるイスト。実際、この宝玉を持つとしたら、俺かクロになるのだろうな。


「ありがたく頂戴するよ、レイディーン」

「じっ、じ、自分にはもう必要ないから渡すだけだ。感謝なんてする必要はないのだからな」


 照れながらそっぽを向く彼女、自分に必要が無いものを大事そうにとっているわけないはずなのだが、ここは黙っておくことにしよう。


「それにしても、今回はまともそうな魔導で良かったわね」

「今回は、とは? 」


 ニコニコしているイストにレイディーンは質問する。


「お前の知り合いのセルエストからパンツの様な魔導を貰ったんだよ、それでみんな大変な目にあったんだ」

「セルエストの魔導……? ああ、あのとんでもない奴か、それでもしかして、そこにいる三人とも被害にあったというのか」


 レイディーンの問いに少女達は恥ずかしそうに頷く。


「そうか……、三人とも、ね」


 そう言ったレイディーンは複雑そうな表情をしていた。


「ああ、すまない。変なことを思い出させてしまったようだ。あんな変な物とは違って、自分の宝玉はちゃんとしているから安心したまえ」


 落ち込む俺達を元気づけるように明るい笑顔をする彼女。


「気を使わせてしまって悪いな。これから俺達はここを出るけど、レイディーンはどうするんだ? 」

「貴殿方に助力……と言いたいところだが、どうやらこの身は城そのものによって封印されているため、城の外には出られないらしい。しばらくはここからの脱出方法を模索しながら、罪も償っていくつもりだ」

「どうやって罪を償うのでしょう? 」

「そこは自分に考えがあるので大丈夫だ」


 首をかしげるエーコに満面の笑みを返すレイディーン。何か策でもあるのだろうか。


「それなら是非とも頑張ってくれ、もしタイミングが合えば、またこの城に顔を出すようにするよ」

「ああ、心配しないで行ってこい」


 励ましの言葉を送ってくれる彼女、先程戦っていた時はこんなことになるなんて思いもしなかっただろう。こんな優しい彼女を横暴な化け物にするなんて、ネーサルの企みが理解できない。


 そして、部屋を出るためにドアをくぐろうとした俺の背後から、レイディーンがこっそりと独り言を呟いたのが耳に入ってくる。


「ライバル多し……か」


 彼女はそう一言ポツリと言った。


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