第57話 決着と恋のはじまり
「何人集まろうが、全員まとめて打ち倒してくれる! 」
レイディーンは空中から魔法で創りだした火球を連続で発射してくる。
「あの飛行能力はやっかいね」
「背中の翼を封じることができれば良いのですが」
頭上から放たれる火球に対して、俺達は防戦一方になってしまう。
「よし、あいつの注意を引くからその間に一発かましてやれ」
俺はイストの肩を叩いた後、レイディーンの背中を指差す。
「分かったけど、そんなことできるの? 」
「ああ、任せろ。行くぞエーコ! 」
「へ? 」
キョトンとしているエーコの手を取って、俺達は走り出す。その様子をレイディーンがちらりと見たのを確認した俺は、大声で叫ぶ。
「エーコ、目をつぶれ、キスするぞ! 」
「ふぇぇぇっ!? 」
驚きのあまり目をぱちくりさせているエーコ。彼女は視線を泳がせながらモジモジしている。
エーコには悪いが、今の言葉はレイディーンを引っ掛けるための罠だ。今までのあいつの態度から、恐らく釣られてくるはず。
そしてレイディーンの方を見ると、彼女は両手掲げて巨大な火球を生み出していた。それはまるで小さな太陽の様である。
「いつまでイチャイチャしてんだお前等っ、目障りだから存在ごと焼き尽くしてくれるっ! 」
彼女の怒りに呼応するかのようにメラメラと燃えあがる火の玉。そして、その巨大な火炎が放たれようとした時、辺り一面を閃光が駆け巡る。
「はぁぁっ、飛んでけっ、イストビーム! 」
イストから発射されたレーザーはレイディーンの翼を貫き、穴を開ける。
「ぬうっっ……」
翼を焼かれてバランスを崩したレイディーンはフラフラと地面に落ちる。それと同時に、支えを失った巨大な火炎は地に伏せていた彼女に向かってゆっくりと落ちていき、そして大きな爆発を起こした。
吹きすさぶ熱風と響き渡る爆発音、生身の人間に直撃していたら間違いなく骨すら残っていないだろう。
「やったわ、私達の大勝利ね。さすがにこれは耐えられないでしょ」
ヨロヨロ歩いてやって来たイスト。どうやら魔力はほとんど使い切ってしまったようだ。
「まだ油断するのは早いぞ、あいつは何ていったって女神の使徒なんだからな。そう思うだろエーコ」
ふとエーコの方を向くと、彼女は目をつぶりながら背伸びをして、ただじっとしていた。彼女は緊張しているのか頬をほんのりと赤らめてながらプルプルと震えている。
「エーコ、戦闘中だぞ、一旦現実に戻ってこい」
俺が彼女の頬を軽く叩くと、体をビクッとさせて目を大きく見開く。
「あれ? その、キスというのは? 」
「それはあいつを注意を引くための冗談だ、騙してしまってごめんな」
「そうなのですね……」
少し残念そうにする彼女、申し訳ないけどこれも勝利のためたのだ、許して欲しい。
「ヨカゼのその対応って結構酷いわよね、乙女心を何だと思っているのかしら」
やれやれと呆れた様子でイストは大きなため息をつく。
その時、煙の中から黒い影が音もなく飛び出してきた。それはレイディーンに他ならない。しかし、彼女の攻撃は即座にクロが受け止める。
「お主達、ぐだぐだと雑談している場合でないぞ」
クロは武器を払ってレイディーンを押し戻すことで、お互いに距離をとるかたちになった。
「本当にしつこいわね、どんだけ耐久力あるのよ」
イストから驚きの声が上がるが、どうやらレイディーンもかなりダメージは受けているらしい。その証拠に鎧の所々にヒビが入っている。
「ふっふっふっ、体が丈夫なのが取り柄なものでね 」
レイディーンは剣と盾を構えるが、やはり体に無理が来ているのだろう、自分からは攻撃しようとせず反撃を狙おうとしている。
「そっちから来ないというのなら、こちらから動かせてもらうぞ」
俺は土魔法で大きな石を創り出す、大きさでいうと運動会の大玉転がしぐらいなので岩と言ったほうが良いのかもしれない。小さい子供程度ならすっぽりとその陰に隠れてしまうくらいのサイズだ。
「エーコ、岩を弾き飛ばして、ぶつけてやれ」
「ええ行きますよ、皆さん! 」
彼女の合図とともに岩がレイディーンに向かって大砲の様に飛んでいく。
「同じ手を何度も喰らうと思うか? 先程の石の槍よりも動きが遅い分避けやすくて助かる」
レイディーンは冷静に岩の軌道を見極めてステップして回避をする。
「ふっ、まさか小さい体であることが役に立つとはな」
レイディーンは慌てて振り返るが、既にクロの攻撃は彼女の鎧の胴部分を破壊していた。崩れ落ちた鎧の隙間からは、女性らしい細身の体が見えている。
そう、奴に向けて発射した岩は囮、本当の狙いはその岩陰に隠れていたクロに攻撃のチャンスを与えることだ。
クロは岩に剣を突き刺して体を固定し、そのまま岩ごと突撃することで、相手が回避した隙を狙って背後からアタックを仕掛けることができるのである。
そして、俺はクロと斬り合っているレイディーンの背後を狙うものの、華麗な剣と盾捌きで防がれてしまった。実質二対一の挟み撃ちだというのに恐ろしいくらいの実力である。
「凄い腕前だな、これだけの実力があるのに何故あんな卑怯な真似をするんだ」
「何故だろうな、とにかく自分は幸せそうな男女の姿を見ると壊したくて、潰したくてどうしようもなくなってしまうのだ」
「それはお前が人間だった時からそうなのか? 」
レイディーンは右手の剣でクロを、左手の盾で俺の攻撃を防いでいる。
「人間であった時? 」
「ああ、そうだ。今でこそ女神の使徒とかいう化け物になってしまっているが、お前も昔は人間であったはずだ」
「うむ……、よく思い出せない。自分は昔は騎士であったことは感覚で分かるのだが」
「成程、騎士ね。この実力からすると相当な猛者だったんだろうな」
「ああ、記憶はないがいくつもの戦場を駆け回っていたのは体が覚えている」
その言葉を呟いたレイディーンは、戦闘中とは思えないほど悲しげであった。
「それならぴったりのものがあるぜ。イスト、まだやれるか? 」
「まだやれるかって、もう私の魔力はすっからかんよ」
疲労に満ちた表情を見せるイストであるが、もうひと頑張りしてもらおう。
「魔法は使えなくても、口は動かせるだろ」
「ん? 何を言っているのかしら」
「歌を歌ってくれ、この城に入った時に俺達を元気づけてくれた歌を! 」
「まぁ、そのぐらいならなんとか行けそう」
そう言って頷いた彼女は綺麗な歌声で軍歌を歌い始める。始めは聞く耳を持たなかったレイディーンであったが、次第にその歌声に魅了されるように両手から力が抜けていく。
「この曲……、少しフレーズこそ変わっているが、かつて自分が戦場に赴く時に何度も聞いたもの。この懐かしい感じ……、自分はかつていったい何者であったのだろうか」
気の抜けた隙を俺達は見逃さない、クロと俺は同時に斬りかかる。すると俺達の攻撃はレイディーンの兜を見事破壊した。
そして、その兜が綺麗に割れて地面に落ちてガランという重い金属音が辺りに響いた。
頭を守るものがなくなり、思わず顔に手を当てる彼女。そこには紫色の長い髪に茶色の目をした美しい女性がいた。ただ女神の使徒となっている影響のせいか、彼女の肌は血の気は全くなく新雪の様に白かった。
「まさかここまでやるとはな、だがまだこれからだっ」
俺に向かって剣を振り下ろしてくる彼女、それを盾で防いだ後に教えてやる、この勝負は既についたことを。
「残念だがもうお前の負けだ」
俺はレイディーンの目を見つめながら【麻痺】の魔術を唱える。
「なんだ、この体に走る甘い痺れは……、お前に見つめられているからなのか」
動きを止めた彼女の手から剣と盾が滑り落ちる。そして、さらに【眩暈】の魔術をかける、そう簡単に楽にしてやる気はない。俺達が受けた嫌がらせ分くらいはお返ししてやる。
「うっ、目の前がふらふらと……」
まだまだっ、【頭痛】、【嘔吐】の魔術も追加サービス。俺は彼女の目を間近に見ながら、魔術を行使する。
「見つめ合うと胸が苦しくなって、頭も痛くて何も考えられない。まさかこれって、噂に聞いていたあの……」
何かを呻きながら苦しみ始めた彼女の視線は宙を泳ぐ。そんなレイディーンの様子をエーコ達は少し可哀想な者を見る目で見つめていた。
うーむ、エーコ達がいる手前、これ以上いじめるのはあまり宜しくないだろう。
止めを刺すために俺はナイフに力を込めて、先程クロの攻撃によってむき出しになったレイディーンの胴体に向かって突き刺す。
「これで、終わりだぁぁっ! レイディーン! 」
ナイフが彼女の腹に深く突き刺さると、彼女は俺の方を見てゆっくりと口を動かす。
「こ……ぃ……」
最後に一言小さく呟いた彼女はその場に倒れた。
そして、彼女は白い光に包まれ、しばらくするとゆっくりと起き上がる。
起き上がったレイディーンは、先程までは漆黒の鎧を身にまとっていたはずなのだが、今では純白の甲冑に、天使の羽が生えたような兜をしていて、神話に出てくるヴァルキリーの様な姿であった。
「えっと、自分はいったいどうして……、おっと」
まだ意識が朦朧としているのか、ふらふらして姿勢を崩してしまう彼女。俺は尻もちをついてしまった彼女に手を差し伸べると、彼女は礼を述べながら手を取って来るが、俺の顔を見た瞬間に叫び声をあげる。
「うわぁぁっ、触るなぁっ! 」
俺の手を払いのけて後ずさりするレイディーン。いったい俺が何をしてしまったというのか。
「くすくす、えらく嫌われちゃったわね」
「人攫いとでも間違われてしまったのだろうな」
その様子を楽しそうに眺めているクロとイスト。
「おいおい、そんなに第一印象酷いのか俺」
「大丈夫ですよ、ヨカゼさんは全然普通です。私が保証します」
微笑むエーコの頭を撫でると彼女は嬉しそうにピョコピョコ跳ねる。
「まずは自己紹介からだな、俺はヨカゼ、横にいるのはエーコ、クロ、イストだ」
彼女達はぺこりとお辞儀をすると、レイディーンはたどたどしい口調で話す。
「じ、自己紹介とな? ででで、出来るぞ。私は、きき…、騎士だからな」
緊張した様子の彼女は息を整えた後、口を開く。
「自分は王国騎士団、団長のレイディーン。以後、お見知りおきを」
彼女は丁寧に礼をする、その動きには無駄がなく気品を感じた。礼をしながら俺の様子をちらっと見てきた彼女は、俺と目線が合ったのが分かるとすぐに逸らしてしまう。どんだけ嫌われているんだ俺。
するとどこからかパチパチという拍手が聞こえてくる。その音がする方向を見てみると、エステアが笑顔で手を鳴らしていた。
「やあやあ、凄いじゃないか。まさか鬼神と言われたレイディーンを倒してしまうなんてね」
そう言った彼女は笑顔を崩さないまま、レイディーンの傍に移動した。ちっ、こいつがやってくるまでにレイディーンから色々聞いておきたかったのだが……。いったいどこからやって来るのだろうか。
「また秘密の口止めに来たのか? 」
「そう睨まないで欲しいな。キミ達のことを心配しているからこそ、無駄なことまで知ることがないように配慮しているんじゃないか。なあ、レイディーン? 」
エステアはレイディーンに語り掛けると、レイディーンはすごく緊張した様子で口を開ける。
「べっ、べべべべっ、べべべべ……、けほんけほん」
顔を赤くして壊れたラジオの様に言葉を詰まらせた彼女は、小さく咳ばらいをする。さっきからやけに緊張しているようだが、人見知りをするタイプなのだろうか。
「落ち着いて、ほらお水、飲む? 」
その様子を見て心配したエステアは何処からともなくコップ一杯の水を取り出して、レイディーンに渡す。
「かたじけない……」
彼女は震える手を押さえながらもコクコクと水を飲んだ後、彼女はふぅと一息ついた。
そして、深呼吸して俺のことを見据えながら大声で宣言する。
「べっ、別にお前のことを心配なんかしていないのだからなっ! 」
彼女は俺のことを指差してくるが、その指先は小刻みに震えていた。そして、しばらくの間、皆は呆気にとられて、辺りは静寂に包まれるのである。
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