第44話 VS 女神の使徒 セルエスト

「言ってくれるじゃないか、なら君たちの力みせてごらん」


 目を細めながらニヤリと笑うセルエスト。ああ、お望み通り見せてやる、そして後悔しろ。俺はセルエストを見つめてありったけの呪いをかける、麻痺、嘔吐、頭痛に腹痛、普通の生物であれば神に懺悔をするほどの苦痛だ。


「うぐぐっ、これは……」


 顔を引きつりながら体を硬直させるセルエストに俺達は追撃をかける。


「敵の前で動きを止めるとはずいぶんと余裕だのう」


 クロは剣を手に取り、素早くセルエストの体を切り刻むと、鮮血が舞った。


「雷よ! 駆けて流れて麻痺させなさい、イストライトニングアロー! 」


 イストが手をかざすと一筋の雷光がセルエストを貫く。クロはその雷に巻き込まれないように退避をしている。


「コンビネーションだ、エーコ行くぞ! 」


 俺は土魔法で細長い槍を五本創造し、セルエストに先端を向ける。


「はい、ヨカゼさん。行きますよ、スプラッシュ! 」


 彼女の水魔法が噴水のように地面から湧きあがり、手に持っていた槍をセルエストの腹部へと導く。ペットボトルロケットのように飛空する槍は、深く突き刺さり傷を与えた。


「うががぁ……」


 口から血と涎が入り混じった液体を垂れ流しながら、セルエストは倒れる。その巨体は大きな水しぶきをあげた後、湖の底へと沈んでいった。俺達はしばらく湖の様子を伺っていたが、セルエストが何かしてくる気配もなく、勝利したことを確信する。


「お見事です、まさかこんなにあっさりと倒してしまうとは! 」


 俺達の所へ走ってきた隊長は、体を左右に揺らしながら喜びを表現する。


「先手必勝っていう奴だな」

「ちょっと怖かったけど何とかなって良かったですね」

「ふぅ、ちょっとはすっきりしたわね」


 勝利の余韻に浸っている俺達に向かって、じっと水面を見つめていたクロが警戒の言葉を投げかけてきた。


「油断するな、微かではあるが水底で何か光るものが見える」


 その言葉を聞いて皆が一斉に湖に向かって振り向くと、突如巨大な竜が鏡のように澄んだ水面を破壊する。水面の破片と共に現れたセルエストは、傷一つない体をゆっくりと揺らしながら笑っていた。


「まさか、上級の闇魔法を使える奴がまだいたとはね。そこの黒いおチビちゃんも普通の人間の動きではないし、残りの二人の魔法もなかなかだ。成程、君達が強気に出るのも理解できたよ」


 うんうんと納得したように頷くセルエストの姿を見て、エーコが口を開く。


「そんな、先程付けた傷がなくなっています」

「お嬢さん、なくなったのではなく回復したんだよ。光魔法でね」


 その言葉を聞いてイストが驚きながら叫ぶ。


「魔法は人間にしか使えないはずよ、何かトリックでもあるんじゃないの」

「疑り深いなぁ、ならこれならどうだい」


 セルエストの周りに白い霧の様な煙が漂い始めると、それを見た隊長が声をあげる。


「気をつけて下さい、奴は氷魔法を使ってきます」


 彼がそういうや否や、セルエストを中心として湖の水面が白く凍結する。そして氷の浸食はさらに加速し、水しぶきにより塗れていた地面を一瞬にしてスケートリンクへ変貌させる。


「ちょっと、滑るっ。皆助けてー」


 生まれたての小鹿のように座り込むイスト。俺は土魔法で杖を創り、彼女に向かって投げると、彼女はすがりつくように杖に寄り掛かり立ち上がった。


「他の皆は大丈夫か? 」

「はい、何とかですけど」

「ああ、心配ご無用だ」


 エーコは杖を、クロは剣を地面に突き立てて体を支えている。俺は自分用の杖を創造して手に持った。


「あっはっはっ、皆ふらふらしていて面白いねぇ。いつまで持つかな」


 セルエストは大木と見紛う程の尻尾を俺達に向かって叩きつけると、氷の破片が飛び散る。俺達は何とか寸前のところで回避をし続けた。


「やられっぱなしというわけにはいかないのう」


 クロが隙を見つけてセルエストの胸元に飛び込み、剣で切りつけようとすると、セルエストは塗れた体を凍らして防御態勢をとる。しかし、クロはその防御を打ち破って切り傷を与えた。


「氷の鎧を破るとはすごいね。人間じゃないでしょ」

「左様、我が名はクロワール、竜であるぞ。覚えておけ」

「へー、竜がいるなんてね。本当に面白い人達だなぁ」


 驚きながらクロを褒めたたえるセルエストであるが、彼の体についた傷は瞬く間に塞がっていく。その様子をクロは笑み一つ浮かべないで眺めていた。


「セルエストは見た目が竜そのものだが、クロの知り合いではないよな? 」

「あのような奴、知り合いであったならとうに討ち滅ぼしているわ」


 俺の言葉を聞いて、彼女は冷たく言い放つ。


「さてさて、じゃあちょっとだけ本気を出してみようかな。エリアヒール! 」


 セルエストは回復魔法を唱えるが、なんと魔法をかける相手が俺達であった。俺は体の周りに集まる白い光を見回す。いったい、何を企んでいるんだろう、俺達がゾンビだとしたら効果的なのであろうが。


「皆、気を付けろ、不審なことがあったら迷わず声を出すんだ」

「気を付けろといっても、この魔法に悪意は感じないわ。むしろ体の奥から熱くなってきてやる気が満ち溢れてきてるわよ」


 確かにイストの言うとおりだ、俺自身も体の底から熱くなってきて、激しい運動でもこなせるような状態である。あまりに体が活性化しているせいか、頬からうっすらと汗が出始めているのを感じた。


 しばらくそのまま周囲を警戒をしていたが、異常を察知するのにそう時間はかからなかった。


「ヨカゼさん、もう私汗だくです……」


 汗で服を湿らせながら頬を赤らめて呟くエーコ。黄金色の髪から汗が雫となって滴り落ちる姿は、俺の心のアルバムにしまっておくことにした。


 もちろん俺も汗が滝のように出ていて体中、汗まみれだ。クロやイストも同じ状態である。


「自分ほどの上級の光魔術師なら、ヒールは傷を治すだけでなく、体内の活性化もできるんだ。不要な老廃物を体外に出すための発汗機能を活性化してあげたよ」


 ニコニコしながら説明をするセルエストは、一転して邪悪な笑みを浮かべる。


「今の君達は、とてもよく凍りそうだねぇ」


 その刹那、セルエストから送られてくる冷気が俺達の体にまとわりつく。冷酷な冷気は湿った服を凍らせ、徐々に体をも蝕もうとしていた。


「ちっ、身動きが取れない」


 服を一瞬で凍結されてしまったため、体を自由に動かすことができない。


「炎よ、燃え上がれ、イストフレア! 」


 イストが火魔法を唱えると、凍っていた服から氷が取り除かれて柔らかくなる。


「我も加勢しよう、我が吐息で氷魔法など溶かしつくしてくれる」


 クロはセルエストに向かって炎のブレスを吐き、送られてくる冷気を食い止める。しばらくの間、炎の吐息と氷魔法がぶつかり合っていたが、突然セルエストは魔法を中断する。


「どうしたもう終わりか、口ほどにもないのう」

「氷魔法はダメか、やるねぇ。それならこれならどうだい? 」


 セルエストは再び回復魔法を俺達にかけてくると、体からまた汗が出始めてきた。それと同時にセルエストを守るように氷の鎧が奴を包み込む。何をしてくるのかとしばらく待ち構えてはいたものの、セルエストは一向に攻めてくる様子はない。しかし、しばらくするとエーコが苦しそうな声を上げた。


「すみません、少し眩暈がしてました」


 目頭を押さえるエーコは顔中汗だくであり、シャワーを浴びた後のようになっている。


「やっと、効果が出てきたか。汗をかけば水分がなくなるのは当然のことだよね。さあて、いつまで持つかな」


 氷の鎧の奥から笑い声をあげるセルエスト。奴は傷つけても自己再生ができる、ならば一撃で倒すしかないが、あの厚い氷の上からそれだけの威力の攻撃はできるのだろうか。


「クロ、イスト。あいつを一撃で倒せそうか? 」

「氷さえなければ急所に攻撃を当てて、気絶までは持って行けるかもしれないな」

「レーザーを溜めている間、守ってもらえるなら深手を与えられるかも」


 彼女達が話した内容には希望はあったものの、その表情には焦りがでていた。このまま何もしなければ全員脱水症状で倒れてしまう。こちらから動き出さなければならないのだ。


 俺はセルエストの方を見ると、奴の後ろに大きな鏡があるのが目に入る。あれはセルエストが自分の姿を確認するために使っていたものだ。その鏡にはセルエストの紺色の背中、後頭部と長い髪が映し出されていた。そして、俺は一つ考えを思いついた。


「イスト、あそこ狙えるか? 」


 俺が鏡を指差すと、汗を流しながら彼女は頷く。


「よし、全力で行ってやれ」

「分かったわ、少しの間守ってちょうだい」


 彼女は両手を合わせてエネルギーを集める。その様子を見ていたセルエストは、不審な行動に気付いたのか再度冷気を投げかけてくる。


「何を企んでるか分からないけど、させないよ」

「こちらこそ、同じ手は受けません、スプラッシュ! 」


 エーコが水魔法を唱えると、俺達の前方から水流が噴き出す。冷気によって凍らされた水流は大きな盾となり、吹雪から俺達の身を守る。


「やるじゃない、エーコちゃん! 」

「私だってやる時はやりますよ」


 笑顔で褒めるイスト向かって、エーコは杖で体を支えながら返答する。


「イストもういけそうか? 」

「おかげさまでバッチリ。さあ覚悟なさい、フルパワーイストビーム! 」


 彼女から放たれた光線はセルエストから少し横にはずれた場所を通過した。


「なんだ、意気込んでた割にはずしてるじゃん。へたっぴだなぁ」


 奴は余裕の表情であざ笑っていたが、次の瞬間その顔には驚きが現れる。鏡に反射したビームが彼の後頭部に命中し、奴の髪を焼き尽くす。その衝撃で奴の体を守っていた氷の鎧は剥がれ落ちた。


「あちちっ! 」


 ビームが当たったセルエストは、頭から煙を出しながらのたうち回っていたが、すぐに回復魔法を自分にかけて体勢を整える。


「鏡を使うなんて少しは頭が回るようだね」


 そう言って奴は後ろに立てかけてある大鏡を見る、そして絶叫した。


「あぁぁっ! 髪がない、自分の美しい髪がっ、ヒール、ヒール、ヒールっ! 」


 空洞全体に響き渡る声で回復魔法を唱えるが、髪の毛は生えてくることはなかった。やはり俺の予想通り、ハゲは回復魔法では回復できないようだ。イストのレーザー脱毛治療により死んだ毛根は二度と復活することはないだろう。


 全力の回復魔法でも何一つ変化のない焼け野原を見たセルエストは、ゆっくりとこちらを振り返る。その表情には今までのふざけた笑みはなく、ただ殺意だけがあった。


「殺してやる、八つ裂きにしてやる、簡単には死なせないぞ」

「そうかい、ハゲ頭」


 俺の挑発を聞いたセルエストは何の言葉かもわからないような叫び声を上げながら、大きな口を開けて突進してくる。


 そしてセルエストの牙が俺の目前へと迫った時、奴の横顔から血が噴き出す。


「怒りに任せて突っ込んでくる者ほど、対処しやすいものはないのう」


 クロはニヤリとしながら剣をセルエストに突き立てると、俺への殺意で頭が一杯であった奴は驚き呻く。その隙を逃さず、クロは連撃を浴びせ続け、最後は脳天への一撃を加える。


「あぁまずいっ、ヒー……」


 セルエストが回復魔法を最後まで唱えることをクロは許さなかった。奴の目からは光が失われ、力なくその顔は地面につけられる。


「今度こそやりましたね、皆さんお見事です! 」

「あんな怪物に勝てるものなんだね」


 隠れていた隊長とギースがやって来る、彼等はセルエストの亡骸をじっと見つめていた。


「無事に倒すことはできたけど、なかなかの強敵だったわね」


 魔力を使い果たしてイストはへたり込みながら口を開いた。


「しかし、疑問が残るな。なんで人間でもないのに魔法をつかえるのだろう」

「戦ってみてわかりましたが、あれは紛れもなく魔法でした。しかもかなり洗練されていましたね、あのような高度な回復魔法を使える人は聞いたことがありません」


 エーコは首を横に振りながらセルエストに目をやる。そして皆が先程まで対峙していた怪物を眺めていると、セルエストは白い光に包まれ始めた。


「えっ、何が起きてるの、まさか女神様のお迎えとか? 」

「いや、もしかしたら復活の魔法かもしれない。皆は武器を手に取って、準備態勢をとれ」


 その合図に従って、戦えるものは戦闘態勢、他の者はまた避難をする。しかし、それは杞憂にすぎなかった。光が消えた時、セルエストの姿は消失し、代わりに一人の人間が倒れていた。


 俺達がお互いの顔を見合わせていると、その人はゆっくりと起き上がる。その人は綺麗な金色の長い髪をしていて、白いローブを見に纏っていた。


「あれ、ここはいったいどこだ? 」


 中性的な顔をしていたので分からなかったが、声を聞いてみたところ男性らしい。彼は辺りを見回すが、俺達の姿を見つけると笑顔になって歩み寄ってきた。


「貴方達はここがどこだか知っているかい? 少し記憶があいまいで……。あれなんで皆、笑っているの? 」


 優しそうな笑顔の彼であったが、残念なことに頭のてっぺんの髪の毛はなくなっていた。その整った顔とハゲ頭のアンバランスさが頬を緩ませる。


「いや、笑っていることは気にしないでください。とりあえずここは、アルトの町の近くにある霧の小島ですよ」

「アルト、小島……」


 彼は腕を組んで考え込んだ後、目を見開いてハッとした表情になる。


「そうだ、自分はあの時、ネーサル様から逃げ出してここに来たんだ! 君達、今この世界はどうなっているんだ! 」


 慌てふためきながら俺達を見回す彼。その慌てように皆は戸惑ってしまう。


「ああ、急にごめんね。まずは自己紹介をしよう、自分はセルエスト。ネーサル教の神官にして、ネーサル様を怒らしてしまった罪深き者の一員だ」


 彼は悲しそうな表情をしながら、そう言った。



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