第45話 使徒の管理者
「ネーサル様を怒らした罪深き者とはどういうことでしょうか? 」
悲しい瞳をするセルエストに向かってエーコは問いかける。
「ああ、あれは魔導実験を行っていた時だ。突然、天が割れたかのような音がしたと思ったら、白い羽を生やした美しい女性が舞い降りてきた。見た瞬間、彼女は女神ネーサルであると本能で分かったよ。そして、研究所や都市に降り注ぐ雷と嵐によってほぼすべての機能が停止。自分は何とか必死に逃げてこの島までやって来たところまでは覚えているんだ」
彼は頭を押さえながらゆっくりと説明する。
「魔導文明が失われたのは二千年前のことだったよな? 」
俺の言葉に反応して皆が頷くと、セルエストは驚いて目を見開く。
「二千年前? そんなことって……、それなら人間と魔族達は今どうしているんだい? 」
「現在は、問題なく生活ができておるぞ。人間も魔族もそれぞれの王によって統治がされている」
「そうか、すごいな。あんな状態から復興できるものなんだね」
クロの回答を受けてセルエストは微笑んだ。そしてそんな彼に向かってエーコは質問をする。
「セルエストさんは何でネーサル様がお怒りになったのかを知っているのですか? 」
「ああ、もちろんだよ」
彼はそう一言述べた後、目を伏せる。そしてしばらく考え込んだ後、意を決したように口を開いた。
「君達はこの世界とは別の世界、つまり異世界の存在を信じるかな? 」
彼の言葉を聞いて俺は驚く。異世界の存在なんて信じているに決まっている、なんせこの俺自身がその証明みたいなものだからな。ふと周りを見ると、少女達は俺の方をじっと見つめていた。
「お喋りがすぎるよ、セルエスト」
どこからか声が聞こえてくる。一番最初に声の主を発見したのはセルエストだった。彼が驚いた表情をしたので、その視線の先に目をやると白いフード付のローブを着て、仮面をつけた人が立っていた。突然現れた見知らぬ訪問者の登場に、皆が警戒をして戦闘の構えをとる。
「その声はエステア! 君も無事だったんだ」
「久しぶりだね、ちなみにあの時のメンバーは全員無事だよ。皆、ネーサル様の使徒として活躍を始めている」
エステア……? どこかで聞いた覚えがある名前と声だ。俺は必死に記憶を手繰り寄せる。
「そうだ、お前もしかして魔女の森で会った……」
「ああ、覚えていてくれたんだね、ありがとう」
エステアは仮面をつけていていたので表情は見えなかったが、小さく会釈をした。しかし、いつからここにいたんだ、まったく気配なんて感じなかったし、そもそもここは海に囲まれた孤島だぞ、どうやって来たんだ?
「ちょっとエステア、他の皆は使徒として活躍ってどういうこと? 」
「その通りの意味だけど? もっともキミはもう使徒としての役目は終わってしまったけどね」
不思議そうな顔をするセルエストに向かって、エステアは明るい声で返答をする。
「使徒としての役目ってなんだ、こう言うのは何だが、セルエストは周りに迷惑しかかけていなかったように見えたが」
俺がそう言い放つと、隊長がその小さな体を大きく上下させて同意を表した。セルエストは困ったように俺を見つめてくる、おそらく彼は暴れていた時のことをまったく覚えていないのだろう。
「迷惑をかけるか……、その通りだよ。ネーサル様は恐らくこの世界に試練を与えようとしている。だからこそ眠っていた罪人達を魔物化して使徒として呼び覚ませたのだろうね」
「そんな! ネーサル様がそんなことするはずがありません」
説明をするエステアに対して、エーコは反論する。彼女がそういうのも当たり前だろう、今まで何もしてきてくれなかったとはいえ、ネーサルは彼女にとって大切な存在だ。罪人を魔物にするなんてまるで魔王ではないか、そんな風に言われたら怒るのも無理ないだろう。
「それならそれが本当かどうか、キミ自身の目で確かめてみると良いんじゃないかな。女神の使徒は各地で活動をし始めているよ」
エステアは両腕を大きく広げて、まるで演説をする独裁者のように語りかけてきた。俺達はその様子をただ黙々と眺めている。ふとエーコの顔を見てみると、不安な気持ちで一杯という表情であった。
「エステア、お前も女神の使徒なんだよな」
「うん、そうだよ」
俺の声を聞いて軽く頷くエステア。
「でもお前は魔物化していない」
「ふふふ、何もセルエストみたいに化け物になるのが魔物化じゃない。人型の魔物もいるしね」
「魔物化している割には、理性をしっかりと保っているように見える」
「なかなか細かいねぇ。ボクは他の使徒とは違って特別なんだよ、皆の管理者っていったらいいのかな」
エステアはそう言ってセルエストの下に歩み寄り、彼の額に手を置くと、その手から淡い水色の光が溢れてくる。そして、少しの間をおいてセルエストは口を開く。
「これは本当かい? 」
「ああ、おそらくね」
エステアとセルエストは二人で会話を始めた、どうやらテレパシーの様なものを使っているらしく、声を聞き取ることができなかった。しばらくして、二人の会話が終わると、セルエストはじっと俺のことを見つめてくる。
「さて、キミ達に倒されてしまったことで、セルエストは無事に魔物化が解けたようだ。ただし彼が罪人であることには変わらない、ネーサル様の裁きによってこの島から彼は出られないだろう」
「うん、残念ながら魂がこの場に縛り付けられてしまっているのは感じるね。自分の光魔法でも解除できそうにはないや」
彼はため息をつきながらやれやれと首を振る。
「それではずっとここにいることになるのですか? 」
「まぁ、自然に死ぬ時が来るまではそうだろうね、まぁのんびり釣りでもしてようかな」
あははと、気楽そうに笑うセルエスト、このまま一生島から出られないというのに明るすぎではないだろうか。ただ、今はそんなことよりも先に聞かなければならないことがある。
「話を戻すぞ、ネーサルについて知っていることを話してもらおうか」
「ごめん、自分の口からはもう話すことはないよ。エステアが許可してくれたらいいけど」
セルエストはニッコリと笑いながら、エステアを横目で見る。
「ボクも話すことはないな。さて、そろそろ帰らなきゃいけないから失礼するよ」
にこやかに手を挙げて別れの挨拶をするエステア、そしてその背後から現れる黒い影。
「そう簡単に逃がすと思うか? お主が使徒の管理者を名乗るのであれば、今ここで倒すのが一番得策」
クロは剣を片手に持ちながら、疾風の様な速度でエステアの後ろに回り込んでいた。そしてクロが剣を振り下ろそうとした時、エステアの姿は消失した。
そして一瞬のうちにクロの背後に立っていたエステアは、彼女のほっぺたに指を当てる。エステアがどうやって移動したのかは俺の肉眼では確認できず、瞬間移動をしたようにしか見えなかった。
「あっ、ぷにぷにしてて柔らかいね。気持ちいいなー」
頬をつつくエステアを横目でじっと睨みつけるクロ。クロでさえ仕留められないのであれば、何か策でも使わない限り、まともに戦うことは厳しいであろう。
「もう一度確認するが、お前達とネーサルの目的はなんだ? 」
「話さないというのにしつこいね、そーゆー男は嫌われるんだよ」
仮面の奥から聞こえるせせら笑い。
「まぁ、あえて教えてあげるとしたらね。全てはキミのせいなんだよ、ヨカゼ」
エステアはゆっくりと俺を指差した後、その場の空気に溶け込むように視界から消え去ってしまった。
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