第38話 芸術都市に輝くのはハートか星か

――芸術都市アルト


 王都の南に位置するこの都市は、美しい海を臨み、色とりどりの家が建ち並ぶことで、都市全体が一つの芸術作品と評されている。



「すごいです! あそこの海を見てください、綺麗ですよ! 」


 エーコは一目散に馬車から飛び降り、美しい水平線を指差した。コバルトブルーの海の上では海鳥が優雅にその翼を広げている。彼女は笑みを浮かべながら子供の様にあちらこちらを見回している。


「エーコちゃんすごい喜んでいるわね」

「彼女はずっと村にいたから、珍しいのだろうな」


 かく言う俺もヨーロッパの有名な観光地に来ているようで胸が高鳴っている。


「イストとクロはこの風景を見てワクワクしないのか? 」

「もちろんこの都市は美しいが、我は空から絶景を何度も眺めているからな」

「私は何回かアルトに来たことあるからね」


 成程、今ここで子供のように喜んでいるのは田舎者の二人だけということか。


「皆さん、どこに行きましょうか? まずはアイス食べて、お店見て、博物館にも行きましょう」


 エーコは目を輝かせながら【芸術都市アルトの歩き方】という本を開いて見せてくる。ところどころのページに折り目や付箋が貼ってあって、とても楽しみにしていたことが分かる。


「まずはギルドへ行くぞ」


 エーコの頭に軽く手を置くと、ちょっとしょんぼりしながらも、彼女はゆっくりと頷いた。そして俺達は美しい白色の道に沿って街を歩いていくと、綺麗な緑色の文字で【ギルド】と書かれた建物に到着する。


「ふぇー、ギルドまでお洒落なんですね」


 エーコは口をぽかんと開けながら、美しい模様が描かれたギルドを見上げた。その様子を見て周りの冒険者らしき人達が微笑んでいる。


「田舎者丸出しだのう」


 クロがニヤニヤして言うと、エーコは恥ずかしそうに俯いてギルドの中に入っていく。建物の中には彫刻や絵画があり、机や椅子もデザインに一工夫されていて、芸術都市の名に恥じないギルドとなっていた。


「こんにちは、冒険者の方ですか、それとも依頼? 」

「王都からやってきました、冒険者ページの受け渡しをお願いします」


 明るく挨拶をしてくれた二十代の受付嬢に、俺達は冒険者ページを渡していく。


「四名分ですね。ちなみに個人の情報に加筆したいものはあるかしら? 」

「それならエーコは水魔法を書いたらどうだ? 」


 馬車での移動中、魔術書を読むことでエーコは水魔法を習得した。まだ初級ではあるが、【スプラッシュ】というドラム缶二個分の水量を噴水のように射出することが出来る。正直、何もないところで水を出せるということだけでも、十分チート級の魔法だと思う。


「そうですね、まだ自信はないですが書いて見ます」


――――――――――――――――――――――――


名前:エーコ

できること:回復魔法※、水魔法、掃除、洗濯、料理

※動物や植物も回復できます。


――――――――――――――――――――――――


 エーコは一通り記入が終わった後、不安そうにこちらを振り向いてきたので、俺達は笑顔で返した。


「動物も回復できるなんて珍しいですね。この都市にはペットを飼っている人も多いのでとても助かります」

「出来る限りがんばりたいと思います」


 エーコの情報を見て笑みを浮かべた受付嬢は、他の冒険者ページに目を通す。


「イストさん、この【魔導砲】というのは何でしょうか? 」

「ふふふ、良くぞ聞いてくれたわね」


 首をかしげる受付嬢と、笑いながら指先に光を集めるイスト。


「おい馬鹿、またギルドの壁を壊すつもりか? 早く止めろ」

「ごめん、もう止められないわ。とりあえずどこかに発射しないと」

「どうするのだヨカゼ」


 クロが俺に確認をしてくる。よくもまあこうトラブルばかり引き起こせるな。


「わかった、俺に向かって撃つんだ、クロは後ろから支えてくれ。エーコはもし俺に何かあったときは頼むぞ」


 俺は盾を構えて皆に目配せすると、その場にいたものは頷く。

 イストから白色に輝くレーザーが発射されるが、俺とクロの協力によって何事もなく受け止めることが出来た。


「おぉ、すごい魔法です。初めて見ました」


 受付嬢が拍手をすると、その光景を見ていた他の冒険者も誘われるように手を鳴らし始める。


「怪我人が出なかったからいいけど、もう勝手に使うなよ」

「ごめんなさい、分かったわ」


 舌を出しながらイストは謝った後、再び口を開く。


「ところで、貴方達はさっきビームを魔鉄の盾で防いだけど、もっと簡単な方法があるのよ」

「どういうことだ? 」


 俺がたずねると、イストはバックから手鏡を取り出す。


「それは鏡ですね」

「そう、実は私の光線は鏡で反射するの」

「え、そんなの知らなかったぞ」

「私も発見したのはつい最近だからね。格好良い撃ち方を鏡で確認した時、間違って発射しちゃったことで発見できたのよ」


 自慢げに胸を張るイスト。俺の見ていないところでそんなことをしていたのか、もし自分に向かって反射してたらどうするつもりだったんだ。思わずあきれてため息が出てしまうが、彼女は世紀の大発見をしたかのようにニコニコしている。


「ヨカゼさん、ギルドの登録も終わりましたから早く外に出ましょう」


 エーコは早く観光をしたいようで興奮した様子で俺の袖を引っ張ってくる。


「ほらほら、エーコちゃんからのお誘いもあることだしね」


 イストは笑いながら俺の背中を押してギルドの外に出ようとする。クロは面白そうにその様子を眺めている。少女達の笑顔を見ると注意する気もなくなってしまったので、なすがままに観光することにした。


「まずはお買い物です。ここに有名な装飾品があるらしいのですよ」


 ガイドブックを見ながら歩くエーコについていくと小さなお店が視界に入る。白い一階建ての建物、可愛らしい人形やネックレスが棚に飾ってあるのが窓ガラス越しに見えた。


「ヨカゼさん、一緒に見てみましょう」

「ならば我はここでゆっくりと待っていることにしようかのう」

「私達のことは気にしないでね」


 ニヤニヤしている二人に見送られながら、袖を引っ張るエーコと一緒に店に入る。


「いらっしゃいませ」


 若い女性の店員が挨拶をしてくる。店の中を見てみると隅々まで綺麗に掃除が行き届いていて、かすかな香水のような匂いがした。


 エーコはガイドブックを見ながら、店内にある商品をチェックしている。その様子をじっと見ていると、あるネックレスの前で彼女は立ち止まった。


「ありました、これです」


 彼女は二つのネックレスを手に取ると、俺に見せてきた。右手には星型、左手にはハート型のネックレスを持っている。


「ヨカゼさんは私にはどっちが似合うと思いますか? 」


 不安そうな顔で俺の事を見てくる彼女を見て、ドキッとしてしまう。今までの人生で、ネックレス等のような女性のための贈り物は選んだことがない。


「星型か、ハート型かってことだよな? 」


 確認するようにたずねると彼女はゆっくりと頷く。

 女性といったらやっぱりハートかな? ただ普段の彼女の明るさを考えると星のイメージが強いんだよな。くそっ、どっちの選択肢が正解なんだ。


「……えへへ」


 急に彼女が嬉しそうに笑みを浮かべる。


「どうした、もしかして俺、変な顔してた? 」

「いえ、とても悩んでいるなと思いまして」

「そりゃ悩むだろ、エーコが買うものなんだから。あ、もしかして待たせちまってたか、ならすぐ選ぶよ」

「大丈夫ですよ、時間はたっぷりありますから、一杯一杯悩んでください」


 彼女は微笑みながら手の指を組んで、もじもじしていた。彼女はそう言ってくれたものの、あまり時間をかけすぎてしまってはやはり迷惑になってしまうので、最初見たときの印象から星型を選んだ。


「星型ですか、ヨカゼさんならこっちを選ぶと思っていました」

「ごめん、時間かけちまって」

「いいですよ、実はこのお店はネックレスに文字を彫ってもらえるらしいのです。そのことについて店員さんに相談をしてきますから、ヨカゼさんは先にクロさん達の所へ戻って下さい」

「そうか、なら先に戻ってるな」


 エーコに別れの挨拶をした後、店を出ると雑談をしていた二人がいた。


「ずいぶんと時間がかかったのう」

「探し物が見つからなかったのかしら」


 俺の姿を見つけるなり二人は質問を投げかけてくる。


「いや、エーコがどんな形のネックレスが良いか聞いてきて、俺がすごい悩んでしまって」

「ふーん」


 二人は少しニヤリとして相槌を打つ。


「でもエーコは優しいよな。俺が優柔不断だからすごい時間がかかっているのに、文句も言わないで嬉しそうに見つめてくれているんだぜ。俺をあせらせないように気遣わせてしまったな」


 俺の言葉を聞いた二人は顔を見合わせた後、大きくため息をつく。


「鈍感、へたれ、間抜け」

「クズ、ゴミ、アホ」


 突如、二人は呆れた様子で小学生のような悪口を俺に浴びせてくる。


「おいおい、俺は何もしてないだろ。どうしたんだよ急に」


 その時、店のドアが開いて後ろからエーコがやってくる。


「ネックレスに文字を彫るので、明日また受け取りに来て下さいとのことでした。あれ、どうしたのですか皆さん」


 困っている俺と呆れた様子のイストとクロを見て、エーコは心配そうな表情を浮かべる。


「いや、何も問題はないぞ。では次はアイスクリームを食べに行こう、もう待ちきれん」

「ここのアイスは絶品よ。イストさん一押しね」


 二人の少女達は笑顔でエーコを連れて先へと歩みを進める。残された俺は彼女達の後姿を眺めていた。


「俺、何も悪くないよなぁ」


 耳を澄ますと美しい海が奏でるさざなみが響いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る