第39話 芸術都市とアイスクリーム

 芸術都市アルトの中心には、都市を象徴する大きな白い塔が建っている。塔といっても芸術作品であるため、戦争時に使用されるというものではない。塔は都市の高台にあり、住民を見守っていた。


 俺達はその塔を目指して、長い坂を上っている。結構きつい坂ではあるが、塔の傍にはアイスクリーム屋があるというので、その期待が足を動かしていた。しばらく歩みを進め、高台までたどり着くと、皆に笑顔の表情が浮かぶ。

 

「すごい、綺麗ですね」


 エーコは心地よい潮風に金色の髪をなびかせている。


「街が一望できるな、船が米粒のようだのう」

「ここは王国の中でも有数の絶景スポットだからね、皆が驚くのも当然よ」


 近くにある手すりから身を乗り出すと、眼下に広がる色とりどりの家、人、船がそれぞれパーツとなり、まるで一つの大きな絵画を構成しているように見えた。


「芸術都市そのものを見ることが出来るなんて、贅沢そのものだな」


 今まで見たことのないような絶景に笑みが浮かぶ。しばらくの間、ずっとこうしていたいくらいだ。


「さて、アイスクリームを食べるぞ」


 クロが俺の服の裾を引っ張ってくる。俺もここまで歩いてきて疲れてしまった、運動した後の冷たいアイスは最高だろう、自然とノドが鳴る。


 アイスクリーム屋は塔の傍に店を構えていた。黄色の建物にアイスクリームのメニューの看板、テーブルと椅子、日よけのパラソルが店の外に設置してある。そして、店の前にはアイスクリームを求める客が長蛇の列を作っていた。


「いろいろなメニューがあるんだな」


 外に立ててあるメニューを見るとバニラやイチゴ、ミント等、バリエーションに富んでいた。


「私はミントね、トッピングでチョコもお願い」

「我はストロベリーにしようかのう」

「私はバニラにします」


 少女達は俺にそう伝えると、テーブルにつく。


「え、注文はしないのか? 」

「まさか、かよわい少女に立って並べというのか? それは男の役目であろう」

「どこがかよわい少女だ、俺よりよっぽど丈夫だろうが」


 クロの肩をつかもうとすると、周囲の人がひそひそ話を始める。


「あの人、小さい女の子に掴みかかってるわよ」

「ロリコンかしら、怖いわ」


 彼らの見る視線が俺を貫く。俺はそれに耐え切れずにクロの肩を離した。


「おぉ、優しいヨカゼは代わりに並んでくれるのか。さすがは男だ」


 ニヤニヤしながら嫌味をいうクロ。お前のアイスリームには塩ぶっかけてやるから覚悟しろよ。


 俺は重い足取りでアイスクリーム屋の列に並ぶ。俺、リーダーなんだよな、リーダーでいいんだよな、リーダーってもっとこう尊敬されるものじゃないのか。


 そんなことをぶつぶつ呟いていると、後ろからエーコが声をかけてきた。


「すみません、やっぱりヨカゼさんだけに並んでもらうのは悪いので、ご一緒しますね」


 あぁ、やっぱりエーコは天使だ、思わず彼女の手をとってしまう。


「ヨカゼさん、急にどうしたんですか? 」


 エーコは恥ずかしそうにはにかむが、俺はその手を離さないで彼女を見つめる。


「あの、前の列進んでますよ」


 後ろに並んでいた青年に注意され、俺達は謝りながら前に進むのであった。


 しばらくするとようやく俺達の注文の番になる。


「バニラとストロベリー、チョコミント、チョコレートを一個ずつ。もしあったら、スプーン一杯程度の塩も下さい」

「塩ですか? 」

「おいしいトッピングなんだぜ」


 首を傾げるエーコに俺は答える。もちろん、これはクロへの復讐用なのでトッピングとは全く関係ない。


「はい全部で銀貨二枚だよ」

「なら、会計係の私がお金を出しますね」


 エーコは財布からお金を取り出そうとする。それを見て周りの人が話を始める。


「あの彼氏、彼女にお金出させようとしてるわよ」

「うわっ、ヒモってやつ? 」


 声が聞こえる方を見ると、若い女性達が俺のことを軽蔑する目で見ていた。


「エーコ、ここは俺の手持ちから全員分出すよ。こういうのは男が出すって決まってるんだ」

「よろしいのですか、無理しなくて良いのですよ」


 不思議そうな顔をする彼女を説得して、その場は俺が代金を支払った。女性はあんなふうに考えているのか、エーコは優しいからそうは思ってはいないだろうが、つい見栄を張りたくなってしまう。


「お待たせしました、ごゆっくりどうぞ」

「ありがとうございます」


 店員から渡されたアイスクリームを受け取った後、クロ達のところへ戻る。二人は楽しそうに談笑していた、自分達だけ楽しやがって。


「お疲れ様ー」

「うむ、ご苦労だったな」


 笑いながら手を振るイストと待ちきれない様子でアイスクリームを覗き込んでくるクロ。ここのアイスクリームは、丸いクッキーの上にソフトクリームのようにアイスが乗っている。俺達はそれぞれのアイスクリームを手に取った。


「ちょっと待ってくれクロ、普段お世話になっているお礼に最高の調味料をプレゼントしたいんだ」


 スプーンに塩をのせて満面の笑みを浮かべながらクロに話しかける。


「ほう、感謝する」


 クロは優しそうな表情で俺からスプーンを受け取る。さっさと塩まみれのアイスを見て絶望しろ。


 そして、彼女は目にも止まらぬスピードで俺のアイスクリームに塩を乗せる。俺の目の前には塩まみれのチョコアイスがあった。


「我も日頃から感謝しておるぞ」


 表情の固まる俺を見て、ニヤリと笑うクロ。


「ちょっと私もその調味料頂きますね」


 俺のアイスから塩を一つまみしてバニラと一緒に食べるエーコ。すると彼女は目を輝かせる。


「美味しいです! 塩と組み合わせるとこんなに美味しいんですね。ヨカゼさんは物知りです」

「そうだろ、そうだろ! 」


 塩バニラか、災い転じて何とやらというやつだ。俺がほくそ笑みながらクロを見ると、彼女は悔しいのか舌を少しだけ出してきた。


 その後、皆でアイスクリームを食べていたのだが、ふと疑問が浮かんでくる。


「アイスクリームって冷やして作るよな。どうやっているんだ」

「それわね、氷魔法が使える人がお店の店員をやってるのよ」


 イストは人差し指を立てて説明を始める。


「魔法を習得した人は国の役に立つための職につくことが多いの。アイスクリームはアルトでは重要な観光資源だから氷魔法が使える人が店員として雇われているのよ」


 アイスクリームの店員が公務員みたいなものなのだろうか。ちょっと面白い豆知識を知ることが出来た、エーコやクロもうんうんと頷いている。ふとクロの顔を見ると、彼女の頬にアイスがついていた。


「クロ、ほっぺたにアイスクリームがついてるぞ」

「おっと、これは失敬」


 こいつはよく頬に食べ物つけてるよな。もっとゆっくり行儀よく食べることは出来ないのか。


「ヨカゼさん! 私はどうですか? 」


 エーコの方を振り向くと、頬にアイスクリームがついていた。しかし、どう考えても普通に食べたのでは、ありえない場所にアイスがついている。おそらく自分でつけたんだろうな。


「ここについているぞ」

「どこですか、分からないです」


 指で場所を教えてあげるがどうやら自分で取る気はないらしい。仕方がないので人差し指で取った後、食べてやる。すると、エーコは顔を真っ赤にして俯いた。


「お主、よくもまあそんなことができるのう」

「いや、他にどうしようもないだろ」


 呆れた様子のクロに回答する。じゃあ実際どうすればよいんだよ。


「ヨカゼ! 私もアイスついちゃったから取って」


 イストも満面の笑みを浮かべてお願いをしてくる。しかし、彼女の屈託のない笑顔を眺めてみてもアイスクリームはなかった。


「どこにもないみたいだけど」

「ふふふ、ここよ! 」


 彼女は服の首周りを引っ張って、胸の谷間を見せてくる、彼女の歳相応に膨らみをおびた胸の上には小さなミントのアイスがついていた。俺とエーコはそれを見てふきだす。


「ちょっ、イストさん! 」

「えへへ、冗談よ、冗談」

「お前のは冗談に聞こえないよ……」


 へらへら笑うイストと少し怒るエーコ、それを見て呆れる俺とクロ。そんな感じで芸術都市アルトの観光は続いていくのであった。

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