第29話 少女は女神の使徒に出逢った

「それでは、決勝戦スタート!」


 司会者がそう言った瞬間、クロさんはヨカゼさんの目の前に猛スピードで移動し、そのお腹めがけて殴りかかりますが、彼の盾で防がれてしまいます。


「もうその手はくらわないぜ」

「さすがに少しは学習したか、だが気を抜くなよ」


 クロさんは身をひねって回し蹴りを横っ腹に決めると、彼は大きく空に浮いて横に飛ばされます。ヨカゼさんは着地時に受け身はしっかりとれたみたいなので一安心です。


「やってくれるじゃねえか。今度はこっちが行くぜ、ストーンメイク! 」


 ヨカゼさんの右手にリンゴぐらいの大きさの石が出現します、土魔法を習得したのは本当だったのですね。彼はその石をクロさんに投げつけますが、全然違う方向に飛んでます。


「どこを狙っているのだ、止まっていても当たらんわ」


 クロさんが笑いながら挑発すると、ヨカゼさんは出現させた石をイストさんに渡します。


「鍛えに鍛えた投石スキルの威力を見せてあげるわ」


 思わず見とれてしまうようなフォームで石を投げるイストさん、その抜群のコントロールで石はクロさんの顔面に真っすぐ飛んでいきます。


「これは驚いた。しかし、こんなもの弾き飛ばせばいいだけよ」


 クロさんは右手で石を弾こうとしますが、手が石に当たった瞬間、辺り一面を照らすように電撃が走りました。


「くっ、こざかしい真似を」

「どう? 私の魔法を付与した特製投石術。もう一発行くわよ、燃えろイストファイヤーボール! 」


 ネーミングはともかく今度は炎魔法が付与された石がクロさんめがけて飛んできます。彼女の右手は先程の電撃で痺れて動かないようです。ここは私が行かなければ、急いでクロさんに駆け寄ります。


「待て、お主が出るにはまだ早いぞ、我はまだ大丈夫だ」


 クロさんは持っていた盾で石をはじき返します。私はその言葉を聞いて後ろに下がりました。


「クロが盾に頼るなんてな。俺からのプレゼント受け取っておいて良かっただろ」

「ああ良い盾だ。感謝するぞ」


 次々と投げられる石に対してクロさんは防戦一方ですが、大丈夫でしょうか。


「さて、そろそろこちらの番だ」


 クロさんは地面に落ちている石を拾って、ヨカゼさんに向かって投げつけます。石は油断していた彼の腹にぶつかるとヨカゼさんはその場にうずくまってしまいます。


「ヨカゼさんっ! 」

「安心しろ、手加減しておる」


 私が慌てて飛び出そうとしましたが、クロさんはそれを制止します。すごい痛そうですけど大丈夫なのでしょうか。

 そしてクロさんは追い打ちをかけるように彼のところに走っていくと、イストさんが立ちはだかりました。


「雷よ! 纏いて守れ、イストバリアー! 」


 彼女がそう叫ぶと、ヨカゼさんとイストさんの周りに電気を帯びたバリアが貼られます。クロさんは身を引いて様子をみていると、ヨカゼさんは落ち着いたのか、咳き込みながらも何とか立ち上がってくれました。


「今のはきいたぜ、クロ」

「お主も少しは投石の技術を鍛えてみたらどうだ、土下座するなら教えてやっても良いぞ」


 お互いに睨み合いながら微動だにしません。その場を動かしたのはイストさんでした。


「いくわよ、地面よ燃えろ、イストフレア」


 その魔法を唱えると、クロさんの周りの地面から火柱が立ちあがります。


「炎で我の動きを制限したところで、どうにもならんぞ」


 クロさんは余裕の表情をしています。


「イスト! 俺の黒竜のナイフで仮面のやつを狙え!」


 彼から受け取ったナイフを、イストさんは見事なフォームで私めがけて投げてきます。ナイフは凄い速さで一直線に飛んできました。私も避けようとは思いますが、ナイフの速さに回避動作は間に合いそうにありません。


「ちっ、あのナイフはまずい」


 クロさんは私の前に飛び込んできてナイフを弾きます、しかし炎で動きを制限されていたのか、かなり無理のある体勢になってしまっていました。弾かれたナイフは地面に落ちると粉々になります、これはどうやら石でできた物であったようです。


「あやつ、石でナイフを模造したかっ! 」


 舌打ちをするクロさん目がけて走って来たヨカゼさんは、無防備となっていた彼女のおでこにデコピンをしました。クロさんは額を手で押さえてポカンとしています。


「お前は体を傷つけられるよりも、そっちの方が効くだろう」

「この小僧っ!」


 ニヤニヤしているヨカゼさんを涙目で睨みつけるクロさん。私は彼女の傍に行って、追い打ちをかけられないように守ろうとします、本当は何もできないですけど……。

 すると私の動きを警戒したのか、ヨカゼさんは後ろに下がってくれました。


「その仮面のやつの能力が分からないと深追いはできないな」


 彼は悔しそうな顔をします、今まで何もしてこなかったことが逆に功を奏しましたね。私はできる限り強そうなポーズをとって、彼等を警戒させると、怒りに燃えたクロさんがゆっくりと立ち上がりました。


「我に恥辱を与えるとはな、少しだけ力を見せてやろうかのう」


 クロさんは大きく息を吸い込むと、ヨカゼさんは何かを察したのか盾を構え、イストさんにその陰に隠れるように言います。するとクロさんの口から爆発するような勢いで火炎のブレスが吐き出されます。


「すげぇ! なんて魔法だあれ」

「火炎魔法だとしたら、かなり高度な魔法だぞ。高名な魔法使いなのか」


 観客達はその光景に盛り上がります。ヨカゼさんは盾で防いでいるようですが、この炎の勢いでは時間の問題のような気もします。


〈さぁ、さぁ。どうやって耐え忍ぶ〉


 クロさんはブレスを吐いている間は、能力で直接頭に話しかけてくるようです。ヨカゼさんは無言でじりじりとクロさんに近づいてきます。


〈ほう、近くに来れば来るほど、炎はお主の肉を焦がすぞ。果たして我のところまでたどりつけるかのう〉


 それでも彼は炎のブレスを盾で受け止めながら前進を続けます。盾で炎を防いでいるため彼の後ろの様子は、防がれた火炎で見えなくなっています。その時、私は嫌な予感がしました。


「クロさん、気を付けて! 」


 私がそう言った瞬間、ヨカゼさんはしゃがみます、そしてその後方にはイストさんが光を纏いながら堂々と立っていました。


「魔弾の威力を受けてみなさい、クロたん!」


 イストさんの指からリンゴほどの光弾が発射されると、それはクロさんの胸元に当たり、彼女を大きく吹き飛ばします。吹き飛ばされた彼女は地面を転がり、私の後方で止まりました。私は慌てて彼女に駆け寄って回復魔法を唱えます。


「すまない、少し油断をした」

「喋らないでじっとしてて下さい」


 あれだけ吹き飛ばされたにもかかわらず体の外傷はほとんどないのはさすがは竜ですが、回復魔法はしっかりかけます、体の内部が傷ついてしまっている可能性もありますからね。


「あいつ、回復魔法を使えるのか」


 ヨカゼさんが私のことを睨んできます、もしかすると次は私を狙って来るかもしれないですね。


「ありがとう、何とか体の調子は戻った」

「もう私達の負けでもいいじゃないですか。クロさんは実質二対一で戦っていたんですよ」

「いや、そう易々と負けられぬ。あやつらの前で頼りない姿は見せられんよ」


 そう言って私の方を見て微笑んだ後、彼女はゆっくりと立ち上がります。


「まずはあの魔導娘を何とかしなければいけないのう」


 クロさんはイストさんの方をじっと見つめました。確かにあの威力は驚異的です、ギルドの壁に大穴を開けるだけの威力、まともに受けたら怪我どころの話ではありません。


「イストよ、魔導の力はその程度か。全力で来るようにと言ったはずだが」

「言ったわねクロたん、それなら見せてあげるわ、魔弾連射よ! 」


 大きく息を吸い込んだイストさんの指に複数の光の玉が集まります。


「決して、我の後ろから離れるでないぞ」


 クロさんが私にそう言うと、イストさんは複数の光弾を乱射します。クロさんは光弾を盾で受け止めますが、着弾時の衝撃はすさまじく、油断をすると衝撃だけで体が吹き飛ばされそうになるほどです。私は仮面が飛ばされないように押さえながら身を伏せました。


「イスト! 挑発に乗るな、やみくもに撃っても消耗するだけだ」

「もうその心配はしなくていいわ、だってもう私の魔力は空っぽよ……」


 その場でぐったりとするイストさん、そりゃあんな魔法を使い続けていればそうなってしまいますよね。


「あやつはまず頭のネジを締め直すことが必要だな」


 笑みを浮かべたクロさんはヨカゼさんを見つめます。


「さて、後はお主だけだ、覚悟はできておるな」

「ああ、可愛い女の子を倒す覚悟はできてるぜ」


 その言葉を聞くや否やクロさんは彼に向かって走り始めます。二人の距離が近づくと、ヨカゼさんに動きがありました。


「俺の秘密兵器だ、喰らいな! 」


 ヨカゼさんは上空に何かを投げました、その場にいた全員は一瞬その物体に視線を奪われます。


「何だ、ただの石ころではないか」


 クロさんはその物体を少し見ただけで土魔法でつくられた石だと看破します。彼女はその足を止めずにヨカゼさんに向かっていきました。


「走っている最中は足元を見なければ危ないぞ」


 彼女の足元には試合が始まったばかりの時に、イストさんが投げ続けていた石が散乱しています。クロさんはその石に足をとられて体勢を崩して、転倒しそうになりました。そして、ヨカゼさんはナイフを構えてクロさんを狙う姿勢を取っています。


「我を侮るなっ! 」


 彼女は力強くもう一歩足を踏み出します。その勢いは足で石を踏みつぶして粉々にするどころか、床にまでヒビが入っているのではないかと思うくらいでした。

 クロさんは驚いているヨカゼさんに飛び掛かり、ナイフを払い落とした後、彼の首を手でつかみます。


「くくく、懐かしいのう。あの時と同じように喰ってやろうか」


 クロさんは息を切らしながらも笑みを絶やしていません。


「お前なら絶対そう来ると思ってた。最初に俺に屈辱を味合わせた様子をこの公衆の面前で再現するってな」

「ほほう、ならご要望に応えるとするか」


 そう彼女が言った時、ヨカゼさんはクロさんの首に手をかけました。その様子を見て彼女は笑います。


「お主の握力ごときで何ができる」

「俺自身の握力では何もできないだろうな」


 突如、クロさんは首を抑えて苦しみ始めます。その首には石でできた首輪が付けられていました。


「初めてやってみたが成功したようだな。土魔法で石の輪をつくった後、それを巨大化させる。面白い使い方だろ」


 苦しんでいるクロさんを横目に、ヨカゼさんはこちらに向かって走ってきますが、私だってそう易々と負けたりしません! 私は掃除洗濯は得意なんです、両手の拳に力を入れて武闘家のように構えます。


「子供でももうちょっとマシな構え方をするぞ」


 彼は呆れた顔をしながら一歩踏み込んだと思うと、簡単に私がつけていた仮面を外してしまいます。目に入ってくる光が眩しくて目をつぶってしまいました。

 そして私が少しずつ目を開けていくと、そこには目を丸くして口をポカンと開けているヨカゼさんの姿がありました。このような時はどのような顔をすれば良いのでしょう、とりあえず笑顔を作ってみました。


「クロ、これはどういうことだ! 」


 彼はクロさんに向かって叫びます、いつの間にかクロさんは石の首輪を自力で破壊していました。彼女はただ笑みを浮かべて黙っているだけです。


「まさか、俺に勝つためにエーコに似ている女の子を連れてきたってのなら、冗談ではすまないぞ! 」


 彼の目には怒りの感情がありました、そんな表情は村にいた時は一度も見たことがありません。そんな彼に向かって私は言います。


「ヨカゼさん、今エーコという人の名前が出てきましたが、その方は貴方の知り合いでしょうか」

「ああ、そうだけど……」


 不思議そうな顔をしているヨカゼさんに向かって、私は語りかけます。


「ならば問いましょう、その少女エーコは貴方にとってどのような存在でしょうか? 」


 私はヨカゼさんと最初にあった時、彼がネーサル様について質問してきた言葉をアレンジして言います。すると、彼は何かを察したかのような表情をして目を見開いたかと思うと、恥ずかしそうに目線を逸らします。


「答えなきゃ、駄目か? 」


 私が黙って頷くと、彼は目をギュッとつぶりながら深呼吸をしました。


「行く当てもなかった俺を助けてくれた優しい子で、その……身勝手とは思うが、俺が守ってやりたいと思っている人だ」

「はい、それを聞いて彼女は喜んでいることでしょう。そして私から貴方に伝えたいことがあります」


 今度は私が大きく息を吸って、恥ずかしそうにしている彼のことを見つめて言います。


「私も貴方の旅に連れて行って下さい。一杯迷惑かけてしまうかもしれませんが、貴方は私を守ってくれますか? 」


 少し戸惑った様子のヨカゼさん。すると、パチ、パチ……、どこからか手を叩く音が聞こえます。その拍手が拍手を呼び、ついには闘技場全体が湧きあがりました。


「これが青春ってやつなのか! 」

「うわぁぁぁ、俺もあんなこと言われてー」

「おらぁ、断ったりしたらどうなるか分かってんだろうなぁ! 」


 会場全体が歓声と怒号で沸きあがる様子をヨカゼさんは困ったように眺めています。


「もう逃げ場はないのう」


 クロさんはへとへとになっているイストさんを支えながら歩いてきました。


「まさか、このことを予想してたのかクロ」

「我が追いつめられることなど予想しているわけないだろう、ただの偶然だ」

「ここまでしなくて良いのに……、俺のためにわざわざここまで来てくれる娘を断る理由はない」


 ヨカゼさんが笑顔で手を差し伸べてきます。


「おやおや、それだけだと観客達は満足しないのではないか? 」


 辺りを見回しながらクロさんは挑発すると、ヨカゼさんは軽くため息をつき、深呼吸をしてから言いました。


「行こうエーコ! 俺が女神の所まで連れて行ってやる! 」

「はいっ! 」


 私が彼に差し出された手を取ると、会場全体が拍手の嵐に包まれます。クロさんやイストさんも笑顔で私達のことを見守っていました。




 そして、私と手をつなぎながら恥ずかしそうに笑みを浮かべている彼は、まるで女神様の使徒のように私の目に映っていたのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る