第二章 魔導を求めて
第30話 パーティ結成
窓から漏れる朝の陽ざしが俺を夢から現実へ引き戻す。重い体を起こしながら見渡すと、どうやら宿屋で眠っていたようだが、いつ寝たのか記憶がない。
確か、大盛況であった闘技場の決勝戦に気を良くした闘技場の運営者が、俺達を食事に招待して、高価なお酒をたらふく飲ませてきたところまでは覚えている。
ゆっくりとベットから降り、壁にかけられていたコートに袖を通す。そして、欠伸をしながら部屋の扉を開けると三人の少女達が待っていた。
「あ、ヨカゼさん、おはようございます」
天使のような笑顔で挨拶をしてくれるエーコ。
「……むにゃ」
涎を垂らしながらウトウトしているイスト。
「遅い、酒に飲まれて寝坊なぞ自己管理ができていない証拠だ。我と少しいい勝負をしたからといって油断するでないぞ」
悪態をついてくるクロ。
「すまない、つい寝過ごしてしまった」
俺が軽く頭を下げながら謝罪をする。
「昨日はお疲れ様でしたからね、たまにはゆっくり休むのも良いですよ」
ニッコリして許してくれるエーコ、やっぱり彼女がいると精神的に助かる。ちらっとクロを見ると面白くなさそうな顔をしていた。
「それで、今日はまず大神殿に行くんだっけ? 」
「はい、探し人が見つかったことを報告しなければいけませんから」
彼女は明るい声で返答してきたので、俺達は宿屋を出て大神殿へ向かう。大神殿までの道中は商人やネーサル教徒等、数多くの人々が行き交っていて賑やかである。そんな中イストは寝ぼけてふらふらしているので、何回も人にぶつかりそうになっていた。とても見ていられない状態だったので俺は彼女の肩を支えながら歩くことにした。
「何でイストはこんなに眠そうなんだ」
「こやつは夜遅くまで商店で買ったガラクタ、もとい骨董品を分解したりして遊んでいるからな、おかげでガチャガチャうるさくて寝付けない時があって困る」
クロは呆れたような顔をして欠伸をする。イストは普段からそんなことをしていたのか、そのおかげでゴーレムの部品から指輪を作成するという離れ業をやってのけたのかもしれない。
人混みをなんとかかき分けていくと、まるで西洋のお城と間違えてしまいそうな石造りの建物に到着する。
「大きいな、いっちゃ悪いがステールの教会とは比べ物にならない」
「ここはネーサル教の中心ですからね、国中の教会の管理をするためには必要な大きさなのでしょう」
「巨大であれば権力を誇示しやすくもなるからな、人間とは単純でよい」
大神殿を見上げながら入り口の大きな扉に入ると、ひんやりとした空気に包まれる。外の賑やかさとは対照的に静寂に支配されている空間であった。
「あれ、ここは……、もしかして大神殿? 」
周りの雰囲気が変わったことに気付いたのか、ねぼすけ魔導士がようやく起きて、辺りをキョロキョロし始める。皆でそんな彼女の様子を見て笑った後、エーコは近くにいたシスターさんに俺達と無事に会うことができたことを伝える。すると、シスターさんは微笑んだ後、教会の奥に俺達を案内し始めた。
静かな空間に複数の足音が響く、しばらく歩みを進めると大きな石の扉の前まで連れてこられる。その扉には女神や地上の生き物が彫られており、まるで一つの芸術作品のようであった。シスターさんは扉を開けて部屋の中の様子を伺った後、俺達を中に招き入れる。
部屋の中に入って見ると六十歳くらいの老人が笑顔で椅子に腰を掛けていた。その老人を見るや否や、エーコとイストは跪く。
「エーコよ、随分と早く見つかったようだね。これもネーサル様のご加護であるな」
「ネーサル様、そしてアイロ様のご尽力により、無事に出会うことができました。深く感謝しております」
エーコは深く頭を下げながら俺を見て、頭を下げてください、と目で訴えかけてきたので俺とクロは同じように跪く。
「最近の若者達はえらく真面目だねえ」
そう言いながら老人は俺達の傍で立っていたシスターを見つめると、彼女は慌てて跪こうとするが、老人は笑いながらそれを制止する。
「キミは探し人が見つかった今、何をするつもりか聞いてもいいかな? 」
「皆で旅をして知見を広めていこうと思っております」
「旅か、いいね。私みたいに引きこもりっぱなしだと見えなくなってしまうことも多いからね。若い間にやれることはやってみなさい」
ホッホッホッと笑う老人からは威厳を感じられない代わりに、親しみを感じた。
「それではキミ達の旅にネーサル様のご加護がありますように」
そう老人が言った後、俺達は深く礼をして部屋からでる。俺達がこれからそのネーサルを探しに行こうとしているなんて、老人はとても想像していないだろうな。
俺達は再びシスターさんに連れられて大神殿の入り口まで戻る。シスターさんにお礼を述べた後、大神殿の外に出るとまるで別世界に来たかのように騒がしくなり、世界が色鮮やかになる。
「いや、まさか教皇様に会うことになるなんてね」
帽子を脱いで顔に向かってパタパタと風を送るイスト。
「教皇様ってさっきの人はそんなに偉いのか? 」
「ネーサル教の中心人物といっても良い方ですよ」
「知らないなんて、常識外れも良いとこね」
小馬鹿にした様子でイストが笑う、こいつに常識がないと言われると納得がいかないな。
「魔族にも教会みたいなのはあったりするのか? 」
つまらなそうに遠くで遊んでいる子供達を眺めていたクロに聞いてみる。
「このような国全体を統括するような組織はない。魔族と一口に言っても色々な種族がおるからな、ただし魔族も女神への信仰心があることは確かだ」
「そうか? クロはそこまで信心深いとは思えないけど」
「誰かの悪影響を受けてしまったのかもしれないのう」
クロは俺の方を見ながらニヤリと笑う、まあ否定はできないけどな。
このような感じで俺達は雑談していたが、いつまでも立ち話をしているのも時間がもったいないので、皆に確認してみることにした。
「さて、大神殿でやることも終わったし次はどうしようか? 」
「それならせっかくエーコちゃんと一緒になったんだから、ギルドで冒険者デビューなんてどうかな? 」
イストは屈託のない笑顔をエーコに向けると、エーコは手を口に当てて考え込む。
「冒険者ですか……」
「やれるって! さあ、行くぞー」
イストはエーコの肩を掴みながらギルドの方へ歩みを進める、俺とクロは顔を見合わせた後、彼女達の後をついていった。
「おう、お前達よく来たな! 」
暑苦しい顔をした親父がギルドの受付にいた、俺が今まで立ち寄ったギルドは女性が受付を担当していたので違和感がすごい。
「この前はありがとうございました」
エーコがぺこりとお辞儀をする。
「おう、兄ちゃん達と無事に出会えたようで良かったぜ。それで今日は何の用だい? 」
「彼女の冒険者登録をしようと思うんです」
俺はそう言ってエーコの背中をポンと押すと、彼女は恥ずかしそうに頷く。
「それならこの書類に必要事項をちゃっちゃと記入しな、そうすれば嬢ちゃんも冒険者だ! 」
「記入することは名前と特技ですよね、いざ書こうとなると悩みます。私が書けるのは回復魔法ぐらいでしょうか」
エーコは真剣な表情をしながら書類とにらめっこをしている。
「そんなの自分をアピールするためにドバーっと書いちゃえばいいのよ」
「いや、イストはやりすぎだろ、裏面まで自己アピールするやつ見たことないぞ」
「だから目立つんじゃない! 」
グッとガッツポーズをするイスト、ちなみに企業のエントリーシートでこれをやったらおそらく即ゴミ箱行きだろう。
「確かにイストさんは凄い量ですね」
苦笑いしながら、書くことの参考にするために冒険者ノートをペラペラめくるエーコ。
「クロさんは子守りとありますね、ご兄弟とかいるんですか? 」
「我は末っ子だ、兄と姉が一人ずついるな」
「クロたんに兄弟がいたのは初耳だわ! 」
「まあ聞かれなかったからの」
ぶっきらぼうに答えるクロ。俺も初耳だ、彼女みたいなのが後二人もいるのか……、うん少なくとも仲間には一人で十分だな。これ以上増えたら、俺の胃に穴が開きそうだ。
「末っ子なら何で子守りと書いているんですか? 」
「えーと、それはな色々事情があって……」
「クロお姉ちゃん! 」
ニコニコしながら明るい声でイストは言うと、クロが睨みつけてきたので慌てて彼女は俺の背中に隠れる。クロが不機嫌だと面倒なので、俺はフォローすることにした。
「前にいた町で子守りの依頼を受けた時、なかなか上手いと評判だったから、書いてみたらどうだって俺が提案したんだ」
「へーそうなんですか、クロさんは面倒見が良いですから子供達から好かれるのも納得ですね」
エーコがそう言うと、不貞腐れていたクロの顔に笑みが浮かぶ。まったくこれでは俺達が子守りをしているみたいだ。
「ヨカゼさんは土魔法を覚えたんですか」
「ああ、運よく魔術書を入手できることができたからな。まだ魔術書は持ってるからエーコにも教えることができるぞ、エーコの属性は何だ? 」
「確か私は光と水ですね。教会で洗礼を受けた時にそのように言われました」
光と水か、いかにも優しい彼女らしいな。
「ちなみにこやつは土と闇だ。陰険で卑怯な土闇男よ」
クロの言葉を聞いてエーコは吹き出すように笑っている、俺の印象とそんなにぴったりか? というか属性を悪口にするのは止めて欲しい。
「水の属性があるなら後で魔術書を渡すから覚えてみると良い、きっと役に立つ」
「お気遣い、ありがとうございますね」
ニコリとエーコが笑う、戦力アップの為には味方が重要だからな。特にヒーラーのエーコの強化はパーティとしてもかなり重要だ。
現状のパーティの構成としては
クロ→物理攻撃、防御役
ヨカゼ(闇・土)→サポート、状態異常役
イスト(火・雷)→魔法攻撃
エーコ(水・光)→回復役
とかなりバランスが良いパーティとなってる、割と理想的なのではないか。
そんなことを考えている間にエーコは冒険者ページを書き終わったらしい、ちょっと覗いてみると
――――――――――――――――――――――――
名前:エーコ
できること:回復魔法、掃除、洗濯、料理
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「ちょっと恥ずかしいですね」
照れながらはにかむエーコ、すげえな、男の理想の彼女そのものだ。イストも色々できるんだけど、出来すぎて逆に近づきにくいタイプなんだよな。できたらいいな、というものをピンポイントで押さえているのが良いんだよ。
「ほほぉ、なかなかいい感じじゃねーか」
受付の向こうの親父もそう言いながらエーコの冒険者ページを眺めて、うんうんと頷く。
「それじゃ、これから依頼をバンバンこなして、金を稼ぐなり名声を得るなり好きなようにしてくれ」
ガハハと笑う親父に呆気にとられるエーコ、俺達も最初はそうだった。登録したての新人に対して好きなようにしろというのは、人によっては何をして良いのか分からなくなってしまうのではないだろうか。でもそんな人間は冒険者には向かないのかもしれない。
「それじゃあ、早速依頼を受けてみましょうか! 」
イストは依頼が貼ってある掲示板に向かって走り出そうとしたが、それを俺は止める。
「実は皆に残念なお知らせがある」
俺が神妙な顔つきで言うと、さっきまで笑っていた皆が首をかしげる。俺は何も分かっていない少女達に非情な現実を伝えた。
「このパーティの資金繰りは非常にまずいことになっている」
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