第24話 いざ行け王都へ
その次の日の夜、ギルドで送別会が開催された。名目は送別会だが、ただ皆飲んで騒ぎたいだけのようにも見える。冒険者達は俺とクロにもお別れの挨拶を言うが、やはりここでの主役はイストだった。彼女はひっきりなしに冒険者達から挨拶され、お別れの握手をされたりなど大変そうだ。俺とクロは挨拶も一通り済んだので、そんなイストの様子を離れたところで受付嬢と見ていた。
「皆さんは明日出発ですね。どちらに行く予定ですか」
「王都に行こうと思っている。明日の朝一の馬車で出る予定かな」
受付嬢と話をする俺をクロは不機嫌そうに見ている、彼女は子ども扱いのためお酒を飲ませてくれないのが癪にさわったらしい。
「そうですか、それでは私は明日見送りに行きたいと思います。その時に皆さんの冒険者ページをお渡ししますね」
「別に今でもいいんじゃないか?」
「ダメです。こういう送別会の後って調子に乗って忘れ物をすることが多いんですよ。最後の最後まで気を抜いてはいけません」
そう説明する受付嬢は妙に自信たっぷりであったため、俺は忠告に従うことにする。
「お前らそんなとこで何やってるんだよぉ」
酔いつぶれたシバが俺に絡んでくる。そんな彼の目には涙が浮かんでいた。
「くそぅ、イストちゃんが旅立ってしまうなんて……、俺は何を生きがいにすればいいんだ」
「いや芝刈りがあるだろ」
「あんなものただの趣味にすぎないぜ……」
あの実力で趣味なのか、国はどうしてこいつをスカウトしないのだろうか。
「俺は妹がいるからここを離れられねぇ。絶対、イストちゃんを守ってやれよ」
酒で顔を真っ赤にしながらシバは俺のことを睨んでくる。普段はいい奴だが、酒が入ると面倒になるタイプか。
「任せろ、俺とクロがいる限りは安心だ」
シバがクロを見ると、彼女は自信満々に任せろという感じで胸を張る。
「お前も最初はただの子供かと思ってたけど意外としっかりしてるもんな、頼んだぜ」
シバがそう言うと、クロは笑みを浮かべながらゆっくり頷いた。
「あらあら、こんなところにいないで皆ともっと騒げばいいのに」
スージーとカゲマルが歩いてやってくる。
「いえちょっとお酒を飲みすぎたので、休んでいるんです」
「明日は大事な出立の日、最後まで油断しないのは好感が持てるでござるな」
カゲマルは鼻から下に黒いマスクをしているので表情が良く分からないが、その声は優しかった。
「貴方達が来てからイストちゃんは変わったわ。これからも仲良くしてあげてね」
「以前のイスト殿は日々生きるのに精一杯という感じであったが、今は余裕を感じさせるいい表情でござるな」
皆、本当にイストのことを大事に思っているんだな。視線をイストの方に向けると、冒険者たちに囲まれていた彼女はついには胴上げをされていた。俺達がそのテンションの高さに笑っていると、冒険者達は今度は俺とクロにも目を付けて胴上げをしにやって来る。人生初の胴上げは恥ずかしく、嬉しかった。
一通り飲んで騒いだ後、俺達は宿屋に戻る。色々騒いだ後で興奮して眠れなかったが、気分は最高であった。
翌日の朝、俺とクロとイストは町の入り口で集合していた。王都行きの馬車の準備ができるまでもう少し時間がかかるとのことであったので、忘れ物などがないかチェックを行っている。
「受付嬢さん遅いな」
昨日の夜、冒険者ページを持ってきてくれる約束をしていたのだがまさか忘れてしまったのだろうか。そう思った時、遠くから小さな人影がこちらに向かってくるのが見えた。
「すみません皆さん、お待たせしました」
受付嬢は息を切らしながら俺達のところまで走ってくる。
「そんな慌てなくてもいいのよ」
イストは落ち着かせるように、受付嬢の背中をさする。
「はぁ、はぁ……、こちらをどうぞ」
受付嬢は額に汗をかきながら、腰に付けたバッグから冒険者ページを渡してくる。俺達はそのページを確認する。
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名前:ヨカゼ
できること:狼退治
イストちゃんは任せたぞ シバ
男の子なんだからしっかりね スージー
旅の無事を祈る カゲマル
武器の手入れは欠かすなよ 鍛冶屋のおやじ
他にもいろいろな人達の書き込みがあった。
――――――――――――――――――――――――
冒険者ページ一杯に書かれた寄せ書きに俺は思わず笑みがこぼれる。これじゃあ、また冒険者ページを再発行しなければならないな。
「クロはなんて書いてあるんだ」
俺がクロの冒険者ページを覗き込もうとすると、彼女は慌てて背中に回して隠してしまう。
「べ、別にお主には関係ないことだ」
動揺しているクロは珍しいな。いったい何が書かれているのだろう、気になる。俺は一生懸命、彼女の背後に回って覗き込もうとするが、彼女のディフェンスは硬かった。
「そういえばイストはすでに冒険者ページ一杯に特技を書いていたが、スペースは大丈夫だったのか? 」
「イストさんには私の職権乱用で勝手にもう一枚冒険者ページをつくって皆に書いてもらいました」
ぺろっと舌を出す受付嬢、なかなか悪知恵の働く娘だ。イストは冒険者ページを見て少し涙ぐんでいる。
俺達が皆からの寄せ書きを一通り見終わり、馬車に乗り込もうとした時、また遠くから走って来る人影が見える。
「何とか間に合ってよかったぜ」
「貴方が昨日飲みすぎたせいよ」
「まったく、これから見送る相手に心配をかけるような真似はやめるでござる」
聞きなれた声が聞こえてくる、ギルドメンバー達だ。最後まで見送りに来てくれたらしい。彼等は笑顔で俺達の周りに集まってきて最後の言葉を投げかけてきてくれた。
俺達が冒険者達と最後の挨拶をしていると、近くで可愛らしい声が聞こえてくる。
「あっ、クロお姉ちゃんだ! 」
声がした方向を見ると小さな子供達が駆け寄って来る。この子達はクロが依頼で面倒を見ていた子達だ、よく町を歩いている時にクロが声をかけられていたのを覚えている。子供達の親は少し離れた場所で子供を見守っていた。
「ヘレン! サラ! そして
可愛らしい女の子達と、眼帯をした黒マントの男の子がクロを囲む。
「えへへ、皆で見送りに来たんだよ」
「我が主マスターの新たな旅路を見届けるのは、
笑顔の子供達を見て思わず微笑むクロ。
「皆で書いたお手紙読んでくれた? 」
「あぁ、しっかり読ませてもらったぞ」
そう言って笑顔で冒険者ページを取り出す彼女。この瞬間を逃すはずがない、俺はすかさず覗き見る。
―――――――――――――――――――――――――――――――
ぜったいまた一緒に遊んでね ヘレン
クロお姉ちゃん優しくて大好き サラ
その爪で未来を切り開き、炎で過去を焼き尽くせ
―――――――――――――――――――――――――――――――
子供達の寄せ書き部分だけしか見えなかったが、これで何でクロが恥ずかしがってたのか分かった。文章の他には、子供達が書いたクロの似顔絵が一杯に書かれている、似顔絵はとても似ているとは言えないが、思いやりがこもっているのは感じ取れた。
クロは微笑みながら子供達の頭を撫でていた。約一名、クロの悪影響を受けていると思われる少年がいたが、あの年頃ならだれでも通る道であろう。彼の黒歴史ノートのはじまりの一ページに物語が記されたのである。
最後の別れの挨拶が終わり、俺達は馬車に乗り込むと、御者は馬に鞭を入れて馬車を走らせた。ギルドメンバーや子供達が手を振りながらさよならを言っている。俺達もそれに答えるように手を振り返す。
だんだんとルインの町と人々の姿が小さくなり、見えなくなった。胸が少し締め付けられるが不思議と気分は高揚している。こんな体験今までなかったな、異世界に来て本当に良かった。
そして馬車は朝日に照らされながら王都へと進んでいく。
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