第25話 少女の旅立ち

――――――ステールの村


 私は教会の中から窓の外に広がる青空をぼんやりと眺め、ゆっくりと動く雲を目で追っている。


「エーコ姉ちゃん、ボーっとしてないで勉強教えてよ」


 少年の声で我に戻る。最近なんか集中力が鈍っている気がします。


「ごめんね、今日は王都の歴史を教えてあげますよ」

「お姉ちゃん、それは昨日やったよ」


 心配そうにこちらを見る少女に苦笑いを返す。そんな私の様子を神父様は心配そうに見つめている。


「それなら今日は童話【竜と姫】のお話を聞かせてあげますね」

「やったー、その話大好き」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねる子供達、私は本を取り出してゆっくりとお話を聞かせると、いつしか話の途中で子供達は眠ってしまっていた。気持ち良さそうに寝ている子供達を見て思わず微笑んでしまう、いつも最後まで起きていないんだからこの子達。ヨカゼさんのお話の時はあんなに目を輝かせて聞いていたのに。私は子供達が風邪をひかないように教会の部屋にあるベッドまで抱きかかえて運ぶ。


「エーコちゃん。ちょっといいかい」


 ベッドで寝ている子供達を見ていた私に神父様は話しかけてくる。


「ええ神父様、どのようなご用件でしょうか? 」


 なんとなく神父様は思い詰めている様子でした。


「キミが一生懸命やってくれているのは嬉しいのだけど。本当にそれで良いのかい? 」

「それで良い、とはどういうことでしょうか? 」


 私は首をかしげて神父様に問いかけました。


「あの青年と一緒に旅に出なくて良かったのか聞きたいのだ。最近のキミの様子を見ていると私も少し心が痛むのだよ」


 私はただ俯くだけで何も言うことはできません。それは行けたら行きたいですけど、もう今更どうしようもないです。


「実はな、明日私の知り合いが王都からこの村に来る。何、久々に会って話をするだけだ。そこでもし君が望むなら、知り合いが帰る時に一緒に王都まで馬車に乗せてもらえるようにお願いをしてあげよう」


 私は驚きながら神父様の顔を見ると、その顔はまるで自分の子供を心配する父親のようでした。


「途中でいくつか町にも寄るらしい。その町での宿代、食事代があればキミでも問題なく王都までは行けるはずだ。このような機会はめったにないよ」


 確かに私も王都に行ったのは、神父様に連れられて大神殿で洗礼を受けた時の一度きり、私のような女性が一人で王都まで行ける機会なんてめったにないでしょう。


「しかし、王都に行ったとしても、ヨカゼさんに会えるとは限りません」

「王都はこの国の中心だけあって情報が集まる場所だ。少なくともここにいるよりはあの青年に会える可能性はある。私からの紹介状を見せれば王都の教会から支援を受けることもできるだろう」


 神父様はまっすぐ私の目を見ながら話してくる。


「この村の子供達のことは心配しなくていいよ。私は子供の相手は慣れているからね」


 そう言って私の頭を撫でてくれる神父様、私の生活のことまで考えてくださっている優しい人です。後は私の意思次第ということですね。


「すみません、少し考える時間を頂いてもいいですか? 」


 ゆっくりと頷く神父様、私はゆっくりとネーサル様の像まで歩いていき、ネーサル様の前で跪いて祈りを捧げます。


「ネーサル様、私はどうすればよろしいでしょうか? 」


 しばらく祈り続けますが、ネーサル様はただ私のことを優しく見守っているだけで何も仰って下さりません。正直、今まで生きてきた私の短い人生からでも十分予想はできていました。


 祈りを終えた後、神父様のところまで戻り、私は意を決して神父様に伝えます。


「その方の馬車に乗せて下さい、これは私自身の意思です! 」


 その言葉を聞いて、神父様はにっこりと笑って下さいました。


「馬車は明後日にはこの村を出発する予定だ。それまでの間しっかり準備をしておきなさい」


 優しく神父様の言葉を聞いて、私は頷きました。



 私はそれから村の方々に旅立ちの報告をしました。皆さんは最初は少しびっくりしていたようですが、すぐに笑顔になり旅の無事を祈ってくださいます。


「まあ、エーコちゃんのあの様子を見ていたらいつかはこうなるって思っていたよ」

「いいかい、ヨカゼに会うことができたら一杯甘えなさい。私も若い頃はこの頼りない男に迷惑かけて、足引っ張って、時には助けてやったりしたもんさ」

「そんな昔のことを引っ張り出すなよ。恥ずかしいな」


 農家のおじさま、おばさまはとても仲がよろしそうで羨ましいです。


「エーコお姉ちゃんがいなくなったら、お勉強は誰が教えてくれるの? 」

「神父様が教えてくださいますよ。とても丁寧で私なんかより分かりやすいんですから」

「えー、でも神父様の授業堅苦しくてつまらないよ」

「ダメですよ、しっかり勉強して賢い子になって下さい」


 私が頭を撫でてあげると、子供達は少し不満そうですが頷いてくれました。


 私は一通り挨拶を終えると、家に戻って身支度を整えることにしました。いざ旅に出るとなると何を準備すれば分かりません。まずは着替えやお金等、最低限必要なものをバッグに詰め込みます。


「そうだ、ヨカゼさんの分の着替えとかも持って行ってあげましょう」


 私は少し前までヨカゼさんが住んでいた家に入ります。少し埃が溜まっていますが物は散らかっておらず、整頓されています。近くにある木棚を開けてみると、彼の私服が入っていたので服を取り出して、状態に問題ないか匂いを嗅いでみます。これはあくまで状態確認のために匂いを嗅いでいるのであって他意はありません。そうですよね、ネーサル様。


「綺麗だけどやっぱりちょっと埃っぽいかも」


 結局、棚から彼の私服、下着を取り出して洗濯をすることにしました。出発は明後日なので問題なく乾くでしょう。


「どうしたのかね、服なんて洗濯をして」


 その様子を見た神父様が私に声をかけてきます。


「きっとヨカゼさんは、冒険が忙しくて同じ服ばかり着ていると思いますから。新しい服を持って行ってあげようと思っているんです」

「まるで母親の様じゃのう」


 神父さんは微笑んでその光景を眺めていました。


 次の日、朝起きたらすぐに森に行ってハルさんにお別れの挨拶をしに行きます。


「へー、エーコちゃんが村を出ちゃうなんてね。やっぱり村暮らしはつまらなかったんでしょ」


 意地悪そうに笑うハルさん。


「村での生活は満足していたのですが、ヨカゼさんと一緒に旅をしたいと思いまして」

「えっ、あの男と! エーコちゃん、男はしっかり見て選ばなきゃだめだよ! 」


 私の肩を両手でつかんで揺らしてくるハルさん。ハルさんとヨカゼさんは黒竜の件以降、会っていなかったので彼女が誤解するのは仕方ありません。


「ヨカゼさんも良いところは一杯あるんですよ」

「どこが!? 乱暴、口汚い、思いやりもない、ダメダメ男だよ」


 流石にここまで言われてしまうと少しかわいそうになってきます。


「それでも私は一緒についていきたいです」


 そう言うとハルさんは目を見開きながら驚いた後、しばらくして諦めた表情をしました。


「成程、こーやって、ダメ男に惹かれてしまうのね。それならちょっと待っててくれる」


 ハルさんは奥の戸棚から一つのガラス瓶を持ってきました。そこには紫色の丸い薬が入っています。


「何かあったらこれを使いなさい。私特製の素晴らしい薬よ」


 ハルさんはガラスの小瓶を揺らしながらニヤリと笑います。


「それは何でしょうか? 」


「これを飲むと胸が異常にドキドキして、頭がボーとして、熱が出たように体が熱くなるわ。つまり恋に落ちたと錯覚するのよ。もしあのダメ男に暴力とかされそうになったら、コレを飲ませて愛の奴隷にしてしまいなさい」


 惚れ薬という奴でしょうか、それは危ないお薬です。さすがに人の思想の自由を奪ってしまうような危険な薬を使うわけにはいきません。

 あ、今なんとなくネーサル様が別に使ってもいいよと仰って下さった気がしたので、やっぱりもらうことにします。


「それではお言葉に甘えて頂戴しますね」

「ふふふ、エーコちゃんも意外と悪い娘ね」


 邪悪そうな笑みを浮かべるハルさん。


「そういえば、ハルさんはこのような薬を作って何に使う予定だったのですか?」

「いつか白馬に乗った王子様が来てくれると信じてるからその時に使うわ」


 王子様が迎えに来るというのは女性であれば一度は夢見ることですが、王子様に薬を盛るとか、それはもう魔女ですよね。思わず指摘しそうになりますが、笑顔で妄想にふけっているハルさんを見て、黙っておくことにしました。


 私はハルさんに別れを告げた後、村へ戻ると馬車を見つけました。馬は近くの小屋につながれていて、御者さんの姿は見えません。荷台には小さな箱がいくつか積んでありました。

 私は神父様がいる教会まで行くと、そこには神父様と茶色い巻き毛の女性の方がいらっしゃいました。女性の方は二十歳くらいでしょうか、顔は美しく、体も色々と大人でしたが、来ている服装はごく一般的な庶民の服装です。


「おかえりエーコちゃん、この娘は私の孫娘のメル。キミを王都に連れていく人だ」

「エーコと申します。よろしくお願いします」


 知り合いとのことでしたが、お孫さんだったのですね。


「貴方がエーコちゃんね。お爺ちゃんから話は聞いてるわ。男の人を探しに行くなんてロマンあるじゃない」


 私に近づいてきて肩に腕を回し込みながら話しかけてきます。フレンドリーな人の様です。


「メルさんは神父様にお会いするためにこの村に来たのですか」

「ええ、たまにはお爺ちゃんの顔くらい見に来てあげないとね。まだ元気そうで良かったわ」


 メルさんは笑いながらそう言うと、神父様は感極まって泣きそうになっていました。


「メルや、本当にありがとう。そうだ、僅かばかりだがお小遣いでもあげようかの」

「お金は大丈夫よ、その代わりこの辺りでとれる野菜や果物を売ってもらえないかしら。王都まで運んで行って儲けたいのよ」

「メルさんは商人をしているのですか? 」

「そうよ、駆け出しだけどね。これからバリバリやってやるわ」


メルさんは元気な笑顔で私に答えてくれました。


「うむ、それなら後で村の者に掛け合ってみよう。余っている分だけでいいなら安く売ってくれるはずだ」

「別に特別に安くしなくていいわ、正当な値段で売って頂戴。私はお爺ちゃんの孫としてではなく商人として買い取る予定だから」


 神父様は少し驚いた後、ゆっくりと頷く、その様子を見てメルさんは笑みを浮かべています。


「ありがとう、お爺ちゃん。そしてエーコちゃん、明日は早朝に出発よ、緊張しすぎて寝坊しないようにね」


 メルさんが私の背中をポンポンと叩いてくるので、私は二人に笑顔でお礼を言いました。その後、私は教会を出て家に帰ると、干していたヨカゼさんの服をバックに入れて出発の準備は完了。

 最後に部屋の掃除を入念にした後に、簡単に食事をとり、ベッドに入ります。明日のことを考えると緊張してなかなか眠れませんでしたが、頭を空っぽになるように努力することで何とか寝付くことができました。


 次の日、バックをもって馬車のところまで行くと、メルさんと神父様はもういらっしゃっていました。今日は良い天気で風も心地よく、ヨカゼさんが旅立った日と似ていました。


「お、朝早いのに頑張ったね。えらいわ」


 私の姿を見たメルさんが明るく声をかけてくれます。


「おはようエーコちゃん、これが私の紹介状だ。王都の教会に見せれば手助けをしてくれるはずだよ」

「ここまでしてくださって、ありがとうございます。」


 私が深く礼をすると、神父様はいつもの優しい表情で頷きました。しばらくすると村の人達が集まって挨拶を交わします。皆、私が困っているときに助けて下さった大事な人達です。私は一人一人できるだけ丁寧に今までのお礼を言いました。


「さあ、エーコちゃん、そろそろ行くよ」


 メルさんの声に合わせて私は馬車に乗ると、そこには野菜と果物の入った箱が十箱ほど積まれていました。メルさんの合図で少しずつ馬車が動きだすと、村の人達は手を振りながら馬車を見送って下さっています。



「貴方すごい人気者ね。ふふふ、大切な荷物を預かってしまったわ」


 メルさんは微笑みながらそう言いました。

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