第16話 少女は古代遺跡で夢想する

 次の日、朝起きてクロの部屋をノックすると、吸い込まれそうになるくらい大きな欠伸をしながら彼女は出てくる。寝ぼけている彼女の顔を水で洗って目覚めさせた後、ギルドへ行くと受付嬢が俺達に声をかけてきた。


「すみません、イストさんには話をしたのですが、今日はひさびさのフリーで古代遺跡に行くからお話はできませんとのことでした」


 受付嬢が自分は悪くもないのにぺこりとお辞儀をする。真面目な奴だな。


「それならば我らも古代遺跡に向かうとしようか」


 当初の予定では、古代遺跡に一度は立ち寄るつもりであったため、俺はクロに賛成した。


「古代遺跡に行くのならこちらの【必見! 古代遺跡解説本】をどうぞ、一冊銅貨五枚です」

「観光地みたいな扱いだな」

「ギルドの貴重な収入源ですから、さあさあ面白いのでお一つどうぞ」


 本を俺に押し付けながら営業スマイルをする受付嬢、俺はその手に銅貨を渡した。

 お金の価値についてだが、この世界では銅貨一枚百円、銀貨が千円、金貨が一万円という感覚がしっくりくる。また銀行のような施設が存在していて、大金が動くような取引の際には銀行が仲介をするらしい。まあ、俺には一生縁がないと思うが。


 せっかく買ったことなので、俺とクロは一緒に本を開いて覗き込む。


〈古代遺跡の特徴:空っぽのロマン、廃虚好き必見、読書に最適〉


 と記載してあり、つまりは何もないということが分かった。他のページを見てみると美味しい料理の作り方や依頼の広告、受付嬢が書いた恋愛相談コーナー等で埋め尽くされていた。タイトル詐欺にもほどがあるが、意外に暇つぶしとしては銅貨五枚の価値はあったので文句は言わないことにした。


「この料理は旨そうだ、お主は料理はできるのか? 」


 クロは料理の作り方のページをじっくり見ながら話す。残念だったな、俺が作れるのはお湯しか使わない料理だけだぜ。


「できると思うか? 」

「だろうな、安心しろ一片の期待すらしておらん」

「文句言いやがって、お前こそ料理作れるのかよ」

「我ができるのは、炎の吐息で焼くぐらいか。残念だがお主と同レベルであろう」


 下を向いて少し恥ずかしそうにするクロ。


「でもどこでも火をつけることができるだけでも便利だよな。焼けば大体食えるし」

「ふふふ、そうだろう、我の偉大さを理解したようだな」


 急に強気になりながら得意げに笑みを浮かべた彼女は、読んでいた本を閉じる。


「さあ、時間は有限だ。古代遺跡に向かうとしよう」


 俺はやる気に満ち溢れる彼女を見て頷く、本当に調子の良いドラゴンである。



 ルインの町の周辺は辺り一面の草原である。ルインを出て北へ一時間程歩くと古代都市に到着した。

 古代遺跡は一つの町程の広さがあり、大昔に建てられていたであろう崩れかけた建物がいくつも残っていた。遺跡の中央にはお城のような巨大な建物が、朽ち果てた今も昔の威厳を残して建っている。


「いかにも何かがありそうな感じであるな」


 クロが目を細めながら、手を顎につけて知的な顔をしながら遺跡を眺める。


「確かこの遺跡は二千年前に魔導文明が崩壊した時の残骸ということであってるか」

「うむ、女神の怒りにより破壊されてはいるが、もしかしたらどこかに見落とされているものがあるかもしれぬ」


 人間サイドでは魔導文明の崩壊の理由は、道具の暴走による自爆だ。どちらの理由にしてもここには何か面白いものが残っている可能性はある。

 しばらく歩いているうちに遺跡の中央にある一番大きな建物に入る。するといきなり右、真ん中、左の分かれ道が出てきた。


「さて、どの道に進もうか……」


 クロが三つの道を眺めている。


「まず右、そして左、最後に真ん中、全部通る」


 俺はそう言う、ダンジョンは宝箱を取り逃さないように隅から隅まで行ってみるものだ。クロはちょっとだけ面倒くさそうにしたが、ついて来てくれている。まず右に行くと行き止まり、そして左でも行き止まり、最後に真ん中の道を通る。よし全部行けたぜと達成感を感じてガッツポーズをする俺をクロは呆れた目で見ていた。


 道を進むと今度は広間にでる。すると先ほどと同じく右、左、真ん中……、だけではなく上の階への階段と地下への入り口もあった。成程、これは楽しめそうだと喜ぶ俺を見て、クロは深くため息をつくのであった。


「待て、何か音がする」


 突然小さな声でクロが耳打ちをする。耳を澄ましてみると確かに下の階から岩が崩れるような音がしていた。

 俺を先頭に音がする方に進んでいくと、一人の少女が瓦礫をどかしていた。腰までの長さがある真紅の髪、黒い帽子と黒いローブを身に着けている、いかにも魔女という様子であった。


「あの、すみません」

「うわっ」


 急に声をかけられたのかびっくりする魔女、なるべく驚かせないように小さな声で言ったつもりだったが駄目だったようだ。こうやって真正面から見てみるとまだ可愛らしい少女である、年齢はエーコと同じくらいの十六歳前後だろう。


「貴方達は……」


 驚いた様子で俺達の様子を伺う彼女。


「自分はヨカゼ、こいつはクロ、冒険者をやっているんだ。たまたまこの遺跡を探索しているときに物音が聞こえたものだから、驚かしてしまってすみません」


 俺とクロは丁寧にお辞儀すると、魔女の姿をした少女は安心した様子で答える。


「そうなの、こっちこそごめんね。私はイストよ、よろしく」


 そう言った後、彼女はその細い体でまた瓦礫をどかし始める。


「瓦礫なんかどかして何をしているんだ」

「この先に部屋があるのよ、つい最近建物が古くなったせいか崩れてしまったのだけどね。ちょっと調べたいことがあるからこうやって障害を取り除いているわけ」


 周りを見るとかなりの数の瓦礫が既にこの娘によって片付けられているようだ。とても少女の手によって運ばれたものとは考えられない。


「もしかしてこの瓦礫は全部君が片付けたのか」

「そうよ、まあ私にかかればどうってことはないけどね」


 イストが得意げに言うがその体は砂とホコリまみれである。


「娘一人で良くここまでできたのう」


 クロが運び出された瓦礫を眺めながら褒める。


「ふふふ、すごいでしょ」


 腰に手を当てて自慢げになるイスト。


「ところで、撤去作業のところ邪魔をしてしまうが少しだけ話をしたいんだ」

「いいけど、少しだけよ」


 親指と人差し指を使ってちょっとだけというジェスチャーをしながら彼女は笑顔で言う。


「新・魔導学について聞いてみたいことがあって」

「ん? もう一回言って」


 俺に近づいてきて耳を近づけてくる彼女。


「新・魔導学について教えてくれないかな」


 その瞬間、目を輝かせながらイストは俺を指差してくる。


「素晴らしい! 魔導を知りたいなら、私について来れば間違いなしよ」


 勢いに乗りまくる彼女に、俺とクロはお互いの顔を見合わせる。


「その言葉が出てくるということは貴方達ギルドで私のことを調べたんでしょ、あの沢山ある特技の中にひっそりと隠れていた新・魔導学に注目するなんて、見どころがあるわね」


 笑みを浮かべるイスト。いや、新・魔導学の文字はどう考えても目立ちまくっていた。テストの前に参考書にマーカーと付箋付けているくらいにはアピールしてあったぞ。


「君のページには新・魔導学と書いてあったけれども、新ということは旧もあるということかな」

「そうね、まずは普通の魔導学の話をしましょう、魔導学というのは失われし技術である魔導を復活して世界を豊かにしようという学問ね。ただ、古代の遺物なんて全然見つからないからぶっちゃけ廃れている学問よ」


 すごい嬉しそうにぺらぺらと話し始めるイスト。


「それならば新・魔導学はどう違うんだ」


 俺が尋ねると、イストは一回大きく咳払いをして喉の調子を整える。


「その説明をする前に知っておいて欲しいことがあるわ。ちょっと衝撃的な話になるんだけど、実は魔導文明の衰退は道具の暴走ではなくて、女神ネーサルが怒って引き起こした天罰によるものなの」


 俺達以外に誰もいないにもかかわらず、こそこそ話をするイスト。これは魔族の考え方と同じだ、クロの方を見るとうんうんと頷いている。


「魔族も確かそんな考え方と聞いたことがある」

「良く知ってるわね、でもこれは現在の世界の状況から容易に推測できることでもあるのよ」


 イストは笑顔で被っている帽子の角度を整える。


「どういうこと? 」

「分かりやすく教えてあげるわ。そもそも道具の暴走で文明が滅んだとしたらもっと魔導の遺産が見つかってもよいはず。なのに魔導に関する道具は現在ほとんど見つからない、これはとてつもない力のある何者かが目的をもって魔導文明を消滅させたのよ。例えば女神ネーサルとかね」


 ニヤリと笑いながら解説をするイスト、まあ筋は通っている気もする。俺はゆっくりと頭の中でかみ砕いてから質問した。


「もしそれなら、魔導学の目的である魔導の復活は、最終的にはネーサルの怒りに触れることになるよな」

「そう、そこで新・魔導学の登場よ」


 自称、魔導の権威である彼女は自信満々に言う。


「女神の怒りで魔導が滅びたとしたならば、女神が怒らない程度のギリギリまで魔導を復活させばいいのよ、それなら問題ないでしょ」


 何、そのむちゃくちゃな理論、その考え自体が神を冒涜してると思われても仕方がないぞ。よくこんな危険思想してる人間ですよって自己紹介にかけたもんだ。


「ちなみに、新・魔導学ってどれくらいの人数が学んでいるんだ」


 俺は疑問に思ったことを聞いてみる、こんな危険な学問よく存在が許されているな。


「今のところ三人だけよ、私と貴方とそこのクロたん」


 勝手に危険思想学科の履修者扱いにされている、ついでにクロには可愛らしいニックネームが付けられた。


「随分と可愛いあだ名だな、クロたん」


 俺を睨んでくるクロ、俺はこの呼び方はしないようにしておこう。


「それでその新・魔導学で何か成果はあがっているのか? 」

「それがなかなか上手くいかないの、特に女神の怒りの原因がね……。遺跡に書いてある文字とか調べてみてもすっぽり抜けちゃってるのよ」

「そのようなものが残っておれば、この二千年の間に見つかっておるだろうからな」


 冷静なクロは言うとイストはニヤリと笑う。


「でも私はそんなことじゃ挫けない、立ち止まらない。このことから一つの仮説を立てることができたわ」


 彼女は俺を真っすぐと見つめてきて、指差してくる。


「貴方、もし自分の子供が喧嘩をして誰かを傷つけたとしたらどう注意する? 」

「そりゃ、もう喧嘩なんかしてはいけないよっていうかな」

「その通り、誰かを注意するときは何でダメだったのかを教えてあげるわ、普通はね」


 まるで国民全員にスピーチを行うかのように堂々と立ち振る舞う彼女は演説を続ける。


「同じように、もし女神が天罰を与えるのであれば、世界への警告として原因は残しておくはずなの、でもそんな記録は残ってない」


 彼女は深く、深く深呼吸をした後、言い放つ。


「つまり、女神にとってはその原因を知られること自体がまずいことなのよ! 」


 探偵漫画で犯人を言い当てるように言い切るイスト、彼女の頭の中では人々の拍手喝さいが幻聴として聞こえているだろう。


「ふむ、確かに一理あるの」


 クロが頷くとイストはニッコリと笑う。


「さすがクロたんね、新・魔導学をマスターしつつあるわ。貴方も見習いなさい」


 なぜか注意される俺と優越感を感じているクロ、理不尽すぎるだろ。


「ただ、結局あまり進展がないことは事実、だからこうやって遺跡に来てるのよ」


 彼女は一息つくと、瓦礫の片づけを再開するので、俺とクロも協力する。三人で瓦礫を撤去すること二時間、部屋につながる通路が顔をのぞかせた。


「さて、新・魔導学への道が開かれたわ」


 目を光らせながら通路の奥に進んでいく彼女を俺達は追いかけていくのであった。

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