第15話 小さな成長
「よし明日にはルインに着きそうだな」
俺は地図を見ながらクロに言う。今は町を出てから六日目の夜、焚火を囲みながら、俺が仕留めた狼の肉を一緒に食べている。クロは相変わらず美味しそうに肉を喰っていた。
「お主も町を出た時に比べたら大分動きが良くなったぞ」
「そうか? あまり実感はないけど……」
「自分の成長は意外と気づかないものだ」
口をもぐもぐさせながら笑みを浮かべた彼女は、俺の背後を見て言葉を発する。
「おや、お主の後ろに獣がいるな」
その声に反応して、俺はすぐさま後ろを振り向き腕を前に突き出す、というかそのように体が自然と動いてしまったのだ。
左腕を囮にしつつ、俺は右手にナイフを握りしめて暗黒に包まれた空間に睨みを聞かせた。すると、俺の背後から笑い声が聞こえる。
「獣がいると言うのは嘘だ、いい動きをするようになっておるな。結構、結構」
肉を喰らいながら俺のことを褒めるクロ、人を試すようなことは止めて欲しい。俺は深呼吸した後、その場に座り込む。
「今までのお主であれば、暗闇に潜む獣にはそんな対応はできなかったであろう」
「確かに顔が見えなきゃ何もできないからな、恐らく焚火を盾にして防御していたと思う」
「もちろんそれも一つの戦略だ。ただいかなる場面にも対応できるように戦い方の幅をひろげておけ」
優しい口調で戦闘について語る彼女は狼の肉をすべて平らげてしまう。そして、彼女の視線は俺に向かう。
「何か腹が減ってこないか? 」
「お前今飯食ってただろ、歳をとりすぎてボケ始めたか? 」
「旨いものを見ていると腹が減る、当然のことではないか」
目を光らせて近づいてくる彼女、獣なんかよりこいつの方がよっぽど危険だ。
結局必死に抵抗したものの、彼女の馬鹿力に敵わず少しだけ齧られる。俺は彼女から貰った回復薬を飲みながら頭を抱える。どうやったら自分の体は不味くなるのだろう、人生でこんなことを考えたのは初めてであった。そんな訳の分からない悩みを抱えながら一晩を過ごした、ちなみに夜は俺とクロが交互に見張りをしている。
次の日、俺達はルインに到着した。ユエの町よりも賑やかな様子で、武器屋等の基本的な店はもちろん、旅商人達が大通りに露店を開いて客を呼んでいた。
「王都から東側は田舎と言われているが、流石に王都に近くなると賑やかになるな」
クロがそう言ったので、手元の地図を見る。王都はこのルインの町から西に向かって歩いて五日くらいの距離だ。
簡単に露店などを眺めながらこの町のギルドへ行く、やはり金や情報がすぐに集まるのは便利だからな。ギルドに入るとそこにはまだ十五歳くらいの若い少女が受付をしていた。
「こんにちは、この町は初めてですか? でしたら冒険者ページを頂きますね」
明るい笑顔をしながらはきはきと喋る受付嬢、恐らく新人なのだろう。コンビニバイトの若い高校生を彷彿とさせられる対応だ。その明るさに気を良くした俺はうっかり受付嬢に冒険者ページを渡してしまった。
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名前:ヨカゼ
できること:ロリコン、変態、幼児性愛者
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「……冗談でもさすがにきついです」
先程の笑顔から一転、ドン引きしている受付嬢の視線が俺の体を貫く。
「これには理由があって、悪戯で書かれてしまったんですよ」
「そうだったんですね、でしたら再発行をするので待っていて下さい」
「え、再発行ができるんですか」
「あれ、説明ありませんでしたか。まぁ、再発行をする人は少ないので聞かれなければ言わないかもしれないですね」
俺はクロを見る、クロはニヤニヤしながらそっぽを向いた。これ絶対知ってた反応だろ。
「そちらの方のページもいただけますか?」
クロはポケットから自分の冒険者ページを取り出して受付嬢に渡す。
「ふむふむ、見かけによらず大食いが得意なんですね、ちなみにお二人はご兄弟とかですか」
「いや、兄弟ではなく。パートナーと言うやつだな」
クロがそう言うと、受付嬢は彼女の小さな体を見た後、俺の冒険者ページへ視線を移す。そして彼女の表情が険しくなっていく。
「別に再発行する必要ないですよね」
受付嬢は軽蔑した目をしながら言ってきたが、何とか泣きついて再発行をしてもらえることになった。再発行の手続きをしている間、笑い転げているクロを見て、どんな悪口を彼女のページに書いてやろうか考えていた。
「はい、それでは再登録用のページに記入をお願いします」
受付嬢から白紙のページをもらう。
「そういえば、【できること】の欄に、狼退治って書いても大丈夫だろうか」
「ああ、この近辺の獣なら大丈夫だろう。我が保証する」
クロがそう言ってくれたので早速記入を行う。
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名前:ヨカゼ
できること:狼退治
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書き終わった冒険者ページをクロに見せると、彼女はニヤリとしながらウインクした、いつもこんな感じていてくれたら良いのにな。
冒険者ページを受付嬢に渡すと、それを冒険者ノートに綴じてくれた。
「それでは、貴方達に依頼があったらご連絡いたしますね」
笑顔でいう受付嬢にお礼を言う、ついでに俺達はこの町にどんな冒険者がいるか、ノートで確認してみることにした。
「ふーん、剣術、体術、天気予知、掃除、草刈りが得意なんてものあるんだな」
結構、他人の書いた自分の特技とか読んでみると面白いな。元の世界ではそんなもの目にする機会はなかったが、とぺらぺらノートをめくっていくとあるページで目が留まる。
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名前:イスト
できること:【新・魔導学】、炎魔法、雷魔法、
剣術、槍術、料理、裁縫、掃除、徒競走、
洗濯、投石、歌唱、執筆、乗馬、カードゲーム、
絵画、手品、楽器演奏、その他もろもろ
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すごい、裏面までびっしり書いてあるが、逆に何が何だか分からなくなっている。ただ新・魔導学という特技は目立つように赤い文字で書いてあった。
「あの、すみません。この人なんですけど」
「あぁ、イストさんですね、みんな最初はびっくりするんですよ」
「ここに書いてある新・魔導学というのは何ですか? 」
「それは……、えっと、私では答えられないので直接ご本人に聞いてみるのが良いでしょう」
目を逸らしながら答える受付嬢、何か隠し事をしているのがバレバレだった。
「我も新・魔導学というものは聞いたことがないの」
「この方はギルドの試験を受けているんですよね」
「ええ試験は突破しています、剣術や料理などイストさんは本当にすごい方なんですよ」
ニッコリと明るい声で答える受付嬢、どうやらこれは本当のことらしい。そんな彼女が隠し事をするような新・魔導学というのは何なんだろう。このイストという人に興味がわいてきた。
「それならイストと話をすることはできますか? 」
「ごめんなさい、イストさんは今日は一日ギルドの仕事で外出中なので、話をするなら明日になってしまいます」
受付嬢が申し訳なさそうに両手を合わせて謝って来る。
「そうかタイミングが悪かったようだな」
俺がため息をつくと、受付嬢は答える。
「イストさんはとても人気者なんですよ。正式な依頼とかなら一週間待ちということも良くありますね。なんとここのギルドの二割はイストさんがこなしてしまっている状態です」
周りを見ると暇そうにボケーっとしている冒険者が何人かいる、異世界でも格差社会か。たしかにあんなインパクトのある自己紹介を見せられたらそうなるもの頷ける。
「それならば明日また伺うことにして、我らは酒場で食事をとるぞ」
クロが腕を引っ張って来るので受付嬢に別れの挨拶をしながらギルドを出た。その後、クロは酒場にいくと大盛りのご飯を注文する。
「この町の料理はカロリーが低くて、健康に良いらしい」
そう言いながら次々とおかわりをする彼女であった。クロがたらふく食べて満足した後、宿屋に行く。俺は自分の身を守るために、クロとは別の部屋に泊まることにする。
「我はお主と同じ部屋でも良いがな」
「お前と一緒の部屋なんかに泊まったら恐怖で眠れないだろ」
「ふふふ、照れておるのだな。美しき女性を前にした男であれば当然の反応か」
怪しげな笑みを浮かべながらミステリアスな女性を演じるクロだが、彼女の頭の中は食事のことしかないのは良く知っている。黙っていればいいのにもったいない奴だ。
結局、ルインにいる間は別々の部屋に泊まることにして、絶対に夜中に相手の部屋には忍び込まないという決まり事をしたのであった。
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