第14話 オオカミさんの殺し方

 何もない道を歩き続ける俺達、こう何もないとつまらないな。自然と欠伸が出てきてしまう。一方クロは何もないはずの草原を睨み続けていた。


「そろそろ頃合いだな。我についてこい」


彼女は俺に目で合図をした後、道から外れて草原に足を踏み入れる、彼女の小さな体は草に隠れ、俺はうっかりすると見失ってしまいそうであった。


「いきなりどうした、そっちに何かあるのか? 」

「静かにするのだ、お主のその生意気な目をよーく凝らすのだ」


 クロは姿勢を低くして指をさした場所には一匹の狼型の魔物がいた。狼はまだこちらに気付いている様子はなく、その場で横になってリラックスしていた。


「まずはお手並み拝見といこう、あやつを狩ってこい」


 彼女が何を考えているんかは分からなかったが言われた通りにする、俺の実力を見せつける絶好の機会だ。

 ある程度敵に接近をしたら音を出して注意をひき、そして狼がこちらを向いたら目を見ながら【麻痺】の魔術を唱える。すると狼は死んだように動かなくなるので、その首にナイフを振り下ろす。後は何もしなくても次第に衰弱をして死に至るので、俺は勝利を確信してクロのところまで戻った。


「どうだ、完璧な勝利だろ」

「お主はいつもこのように敵を倒しているのか」

「え? そうだけど何か問題でも」


 あきれ果てた様子でため息をつくクロ。いったい何が不満なのだろう、俺は無傷で敵を倒したのに。


「お主がやっていることは死体にナイフを刺しているのと変わらん。そんなことは子供でもできる。試しに今度は魔法を使わずにやってみろ」


 まったく面倒くさい奴だな、能力なんて使ってこそ価値があるものだろ。リアル世界で縛りプレイをする必要があるのか。渋々と周りを見渡すと、都合の良いことに近くにもう一匹いた狼がいた。

 俺が狼に向かって声をかけると、狼は戦闘態勢に入る。そして少しタイミングを計った後、俺に向かって飛び掛かってきた。


 だがそんなことは何回も狼と戦ってきたことから予想はできている、俺は身を引いてかわした後、ナイフを黒い毛に覆われた背中に突き刺すと、赤い鮮血が飛び散り狼は悲鳴をあげる。

 やつはしばらくのたうち回ると俺の方を苦痛と恨めしさを含んだ目で睨みつけてくる、俺はその顔を見て思わず目をそらしてしまった。その間に、狼はさっさと逃げてしまう。


「おやおや、逃がしてしまったようだな。お主の足ではもう追いつくこともできぬな」


 茂みに隠れていたクロが近づいてきて笑う。


「肉弾戦のみの戦闘は未熟だからしょうがない。技術を磨けばあんな奴一撃で葬れる」

「まだ気づいていないのか、技術をどんなに磨いたところで今のお主では無理だろう」


 俺はムカッときてクロを睨むが、彼女は俺のことを気にせずに狼が逃げて行った方をじっと見ている。


「お前は何回か戦闘は行ってはいるが、生物を殺すことには慣れていないな。今の狼や、先日の盗賊達への反応を見たら良くわかる。お主は気付いていないかもしれないが、魔法をかけて動けぬ敵にナイフを刺す時でさえ、その瞬間お主は目をつぶっていたぞ」


 まるで心の中を見透かされているような言葉を聞いて俺は言葉が出なくなってしまった。


「だが安心しろ、我がお主を教育してやる。命を奪うことを体に覚えさせてやろう」


 彼女はそう言うと、地面に落ちていた石を掴んで俺の顔面に目がけてゆっくり放ってくる、俺はその石が顔に当たる寸前でキャッチした。


「急に何をするんだ、危ないだろ」

「その感覚だ」


 彼女は俺を見ながら笑みを浮かべて言う。


「感覚って、石を掴むことと殺すことに何の関連性があるんだ? 」

「一つ尋ねるが、お主はその石を手でつかむときに何か考えたか? 」

「いや、体が自然と動いただけだけど……」


 そう自分で言った瞬間ハッとする、クロはそんな俺の様子を楽しそうに眺めている。こいつ本当に恐ろしい思考をしているな、竜という存在だからこそ至る考え方なのであろうか。


「うむ、気付いたようだな。何も考えずとも体が勝手に殺す動作を行う、これを目指してもらう」

「でも条件反射的に殺しなんてしていたら、周りが死体の山になってしまうじゃないか」

「別に常に出会うものを殺せとは言わん。いざという時に体を動かせるようになれば良い、無意識で体を動かせる分、自らの思考を次の戦略の構築等に使うことができるため戦闘力は飛躍的に上がるぞ」


 そのレベルに達するまでいったい俺はいくつの命を奪えばよいのだろう。そもそも殺しは慣れてしまうようなものなのだろうか。


「幸いここは狼型の魔物が多い、戦い慣れているお主なら覚悟さえできていれば殺すことはそう難しくないだろう。死体は我が調理してやるから無益な殺生にはならない、安心して殺せ」


 彼女はニッコリと笑う、その笑顔には罪の意識など欠片もない。


「俺に拒否する権利は? 」

「あると思うか? 」


 ニヤニヤしながら舌なめずりをするクロ、こいつ断ったら俺を喰うつもりだ。ここはもう諦めるしかないだろう。


「前門の竜、後門の狼か。それならまだ狼の方がマシだな」


 俺は小さく呟いた後、狼を見つけるために辺りの散策を始める。それからは何度か狼に出会ったが、攻撃を避けてナイフを刺すものの、すぐに逃げられてしまう。


 そこで狼を逃がさないためにあえて相手の攻撃を受けることにした、この狼はまず人の腕や足を狙ってくることが経験から分かっていたので、腕に布をグルグルと巻いてそこに狼を噛みつかせることにした。テレビで見た警察犬の訓練の様子を思い出して何とか自分なりに考えてみた。


 飛び掛かって来る狼に腕を前に出して噛みつかせる。布で巻いたところで狼の牙を完全に防げるわけではないが、どこぞの腹ペコドラゴンに噛まれる恐怖に比べればなんてことはない。

 俺の腕に噛みついている狼の首筋にナイフを振り下ろすと血が飛び出す。緊張と恐怖で胸がバクバクしているがここで止めてしまったら俺がクロに喰われてしまう。

 俺は狼が逃げられないように地面に押し倒して、さらにナイフを振り下ろす。もう狼が生きてるのか死んでいるのかさえ分からない。獣の血で塗れたナイフが手から滑り落ちてしまったので、慌てて狼の首を両手で絞めようとした時、狼の呼吸が止まっていることを手の感触から感じ取る。


「お見事、特に首を手で絞めたとこなどはお主の執念が良く伝わって良かったぞ」


 クロはパチパチと拍手してやってくる。その小さな手から発せられる音を聞くたびに、何故だか分からないが、知らず知らずのうちに目頭が熱くなるのを感じる。


「おやおや、泣きそうだのう。理由はなんだ、感動か、達成感か、それとも悲しみか。もし悲しいのなら我が撫でてやろう」


 彼女が俺の頭に伸ばしてきた手を払う。その払われた手を見て彼女はニヤニヤしていた。


 その後、彼女は炎の吐息で狼を丸焼きにして切り取った肉を俺に渡してくる。腹が減っているが、心身ともに疲れたせいかあまり食欲は出ない。一方、クロは骨までバリバリと食べていた、もし油断をしたら俺もああなってしまうのかもしれない。


「さて、これからルインに行くまでの間、狼を殺し続けてもらう。その分ルイン到着まで時間はかかるが、得る物は大きいだろう」


 どうやら街道から外れながら移動するので、ルイン到着まで七日はかかるとのこと。たった七日で人はそう変わらないだろうと思っていたが、目を光らせる彼女を前に断ることはできず、狼を殺してはその肉を喰う生活を繰り返すこととなった。


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