第12話 お肉鑑定士クロ


「よし、それでは服を脱げ」


 彼女が何を言ったのか理解できず口をぽかんと開ける。


「今の話でお主のことが少しは分かったはずだ。今喰ったら味がどう変化して味見したくなってな、もちろん薬はある」


 貴重であるはずの薬を取り出してニヤリと笑うクロ、ちょっと涎が出てきている。

 そのあまりの勢いに圧倒された俺は何とか逃げようとするが、彼女は凄い力で押さえつけて問答無用で俺の服を脱がしていく、ついにはパンツ一枚の状態にされてしまった。


「ふむふむ、意外と筋肉がついていて悪くない」


 体をぺたぺたと小さい手で触るクロ。村で農業の手伝いをしていたので筋肉にはそれなりに自信はある。そのまま彼女が俺の背後に回ると体を物色していた手が止まった。


「これは……」


 クロが俺の背中を睨みつけている、どうしたのだろうか。


「お主、ここに立ってみろ」


 彼女が指示した場所に立つと、今度は備え付けてある鏡で俺の背中を確認するように言う。鏡越しに俺の背中を見てみると、手のひらサイズではあるが〇の中に×が模様が入っている痣があった。


「変な痣だな、どこかで変な転び方でもしたか? 」


 俺は首をかしげる、村のベットは硬かったからこんな痣が残ってしまったのだろうか。しかし、そんな俺を余所にクロは淡々とした様子で解説を始める。


「これはそんなものではない、はるかに高次元の存在によってつけられた印。我が見る限りでは呪いの一種ではあるが、どこか微かに祝福も感じられる」


 結局、呪いなのか祝福なのかどっちなんだよ。この事件の犯人は男性もしくは女性、年齢は二十代か三十代、四十代以上も考えられる、みたいなプロファイリングを思い出した。


「呪いとはいっても魔術師なんかに会った記憶はないけど」


 俺の言葉を聞いてクロはゆっくりと首を振る。


「高次元の存在といっただろう。少なくともこの世界では誰も使えない。神ならばあるいはできるのかもしれんな。あまりに高度すぎてこの印がどんなものなのかすら我には詳細は分からん」


 あまりの衝撃的な事実に言葉を失う俺。神から呪いを受けるタイミングなんてあったか?

 しかし、よくよく思い出してみると転移を行った際に背中がひどく熱く感じていたな。まさか、あの時に何かされたのでは……。


「よく今まで知らなかったの、あの娘は気付かなかったのか」

「エーコの前で裸になるような機会なんてなかったからな」


 その言葉を聞いてクロはニヤニヤしながらこちらを見てくる、このエロガキトカゲ。


「もしかしたらこの印のおかげでお主の肉が旨く感じるのかもしれないの」


 俺の体を撫でながら、お肉鑑定士クロが一人で勝手にうんうんと納得を始める。


「この気味悪い印も喰ってくれるか」

「いや、遠慮しておこう。腹を壊すのはもうこりごりなのでな」


 ぶんぶんと首を振るクロ。彼女はあの一年前の出来事が相当つらい記憶として残っているのだろう。そして彼女は一息ついた後、俺の方を見て笑顔で話しかけてくる。


「さて、気を取り直して味見を始めるか」


 腕を出せと言う風にクロは手を差し伸べてくる、俺が嫌々ながらも腕を出した。さっき約束したばかりだからしょうがないとはいえ、やっぱり怖い。


「なーに、一口だけだから安心せい」


 俺の手に薬が入ったガラス瓶を手渡した後、彼女はその小さな口で俺の二の腕の肉をかじる、今の姿は小さな少女なので喰われる肉の量が少ないのは不幸中の幸いだ。


 激痛を感じる俺は手に持っていた薬をすぐに飲み干すと、傷がすぐにふさがり痛みもなくなった。この薬は副作用とかないのか不安になって来る。


「やはり前より旨く感じるな」


 幸せそうな顔をして俺の肉を味わう彼女。そこまで旨いのか俺の肉は、ちょっと自分の腕をなめてみたが無味無臭だった。しばらくしてクロは俺の肉を飲み込む。


「もう一口だけ」


 彼女は目を輝かして俺に迫って来る、流石にこのままだとヤバい。慌ててベッドから降りて部屋の外に逃げようとする。


「薬ならたくさんある、痛いのは一瞬だけだ」


 恍惚の表情をしながらゆっくりと歩いて近づいてくるクロ。


「仲間同士でもやっていいことと悪いことがある。今日はもうおしまいだ」


 部屋のドアを開けようとするが、鍵がかかっていて開かない。くそっ、こいついつの間に!


 俺に追いついたクロはその馬鹿力で思い切り俺のことを引っ張る、その勢いで俺達は床に倒れ、俺はクロの上に覆いかぶさるような体勢になった。クロは俺の胸ぐらをつかんで、もう逃がさないぞという表情をしている。


 その時、何故か鍵がかかっていたはずの扉が開き、一人の女性が顔をのぞかせてくる。


「すみません、お客様。騒音がすると隣の部屋の方から苦情があったのでどうかお静かに」


 俺が慌てて開いたドアの方を見ると、犯罪者を見つけてしまったかのような表情をした受付の女性が立っていた。

 そしてすぐさま近くの部屋にいた屈強な男性に俺は取り押さえられた。


「この鬼畜がこの少女に対して、痛いのは一瞬だけとか、一口だけとか、薬ならたくさんあるとか言って裸で彼女を襲っていたんです、彼女は仲間同士でこんなことはやっちゃダメって言っていたのにですよ」


 受付の女性は涙ながらに皆に説明をする。こいつ本当は最初からいただろ、と思っていたが今の俺が何も言っても誰も耳を貸さないだろう、全てはお前にかかってるぞクロ。


 俺が視線をクロにやると、彼女は苦笑いしながら視線を逸らす。この裏切り者、誇り高き竜が聞いてあきれる。


 しばらくすると良いアイデアが浮かんだのか、ようやくクロが口を開く。


「すまぬの、皆に誤解を与えてしまったようだ。これは今度やる演劇の練習でな、パーティの仲間である彼に男役を手伝ってもらっていたのだ、そうであろう」


 クロは引きつった笑顔でこちらを向く。演劇の練習って……、それが許されるのならもう何でも通ってしまうと思うが。しかし、仕方がないのでここは合わせておくことにする


「そうだな、少し演技に熱が入りすぎてしまったようだ。我ながら自分の実力が恐ろしいな」


 それでも周りの人達の視線は相変わらず俺のことを犯罪者扱いしていたが、クロと俺が笑顔で握手をしているのを見ると、しぶしぶ帰っていった。これで納得する異世界人はどこかおかしい。


 怪しんでいた皆が立ち去った後、クロは素直に謝ってきたので許してやることにした、俺は紳士なのだ。彼女とは明日の朝、ギルドで集合をした後、次の町であるルインへと出立する約束をして、俺は宿に戻る。

 今日は散々な目にあったがそれに見合うだけの収穫があった。彼女の力は今後の旅で大きな力になるであろう、俺は胸を弾ませながら眠りにつく。



 次の日、俺は目覚めた後に忘れ物がないかをチェック、身だしなみを整えた後、受付に感謝の言葉を伝えた。ベットメイキングや掃除など細かいところまでちゃんとしてくれて非常に快適に過ごすことができたことを伝えて、宿屋をでる。枕元には少ないながらもチップを入れておいた。


 ギルドに行くと先にクロが待っていた。俺が挨拶をすると、彼女はあらためて昨日の謝罪をしてくる。意外と真面目なんだな、ちょっとびっくりしてしまった。彼女には昨日のことはもう気にしていないと伝えると、彼女は安心したのかニヤリと笑った。


 その後、俺達はギルドの受付嬢にこの町を離れてルインへ行くことを報告すると大いに喜ぶ。


「まぁ、二人きりで旅なんて、やっぱり私の目に狂いはなかったわ、歳の差カップルっていいわよねえ」


 頬を叩いて、変な妄想をしている受付嬢を現実に引き戻してやると、彼女はハッと我に戻ったようだった。こんな奴が受付でこのギルドは大丈夫なのだろうか。


「それでは、冒険者ノートから貴方達のページを抜き取っておいてね。ルインのギルドについたら貴方達のページを受付に渡すのよ、そうすれば向こうのギルドで冒険者の登録が完了するわ」

「でもそれだとここのギルドでは俺達のことは確認できなくなりますね」


「冒険者さんは沢山いるから町を出てった人までページを取っておくと探す依頼人も大変だし、私達も書類管理が面倒なの。特に絶対この人にやって欲しいって依頼ならギルド同士での手紙のやり取りで今の場所の特定はできるからそこまで困らないはずよ」


 成程、結構考えられているなと思いながら冒険者ノートで俺のページを探してみるとそこには、



――――――――――――――――――――


名前:ヨカゼ

できること:ロリコン、変態、幼児性愛者


――――――――――――――――――――


 と書いてあった。呆然としながら手が震えている俺に向かって受付嬢が言う。


「そう言えば、昨日の夜、向こうにある宿屋の受付のお姉さんが何か調べていたなぁ。ちょっと怖い顔してたから私はその場を離れていたけど、いったい何があったのかしら」


 そこはしっかり確認しとけよ! くそっ、あの女ご丁寧にインクで書きやがって、こすってもこすっても取れない。さっきはちょっとだけ褒めたが、このシステム欠陥あるだろ。


「くくく、できること【ロリコン】だと、意味わからん」


 クロは腹を抱えて笑っている、こいつやっぱ許さなきゃよかった。


「どうかしましたか? 」


 問いかけてくる受付嬢相手に俺はページをさっさとリュックにしまう。こんなの死んでも見せられない。クロは彼女のページを自慢げに俺に見せながらポケットにしまっている。

 次の町に着いたらお前のページに【人喰い竜】と書いてやるから覚悟しておけよ……。


 そんなどうでもいいやり取りが終わった後、受付嬢に別れを告げて、古代遺跡があるというルインの町に向かって俺達は旅立つのであった。

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