第10話 盗賊退治

それから数日はギルドに行き依頼を受けて、魔物を殺し、完了報告する、この繰り返しだ。変わったことといえば受注する依頼数を増やしたことくらいか。


 現状強くためには数をこなす、これぐらいしか思いつかない。受付嬢はあまり働きすぎるのも良くないと言ってくれたが、女神を見つけるなんて目標を掲げているのだから、こんなところで立ち止まるわけにはいかないな。


「この依頼をお願いします」


 俺はブラックウイング討伐の依頼を受ける。やはり狩りやすい敵は積極的に倒したい。


「了解です、でも気をつけて下さいね。最近この辺に盗賊が住み着いたそうで、馬車が何台か襲われているようなんです」

「盗賊を倒せば報酬は上乗せなんでしょうか」

「町の兵士からは褒美がもらえると思います。ギルドとしてはまだ依頼を受けていませんから何も出せません。そこはどうしようもないですね」


 残念そうに首を振る受付嬢。それならば依頼が出てくるまで被害が出始めてから盗賊を倒しに行くのも手だな。


 そんな盗らぬ狸の皮算用をしながら俺はまたブラックウイングがいる森に行く。ここのところ毎日通っているおかげか、目的地にすぐにたどり着き、手早く獲物を黒魔術とナイフで仕留めることができた。


「まだ時間があるな、帰ったら狼討伐の依頼でも受けるか」


 一息つきながらそう自分に言い聞かす。するとどこからか野太い声が聞こえてきた。


「こんな簡単だったらもっと早くやっておくべきだったなぁ」

「あいつらちょっと脅かしただけで荷物全部おいてきやがって笑っちまうぜ」


 俺は近くの木に体を隠しながら声のする方角を探すと、男達が焚火を囲んで談笑をしていた。

 成程、話の内容からこいつらが盗賊だろう、俺は木の陰に隠れて、持っていた手鏡越しに盗賊達の顔を見る、これでこいつらの腹の調子は手中にあるも同然だ。


「うっ、ちょっと腹の調子が、すまねえ便所行ってくるぜ」


 まずは盗賊の一人に軽い【腹痛】の魔術をかけてやる。一人離れた盗賊の後を付けていく。


「これからが楽しいってときなのについてねえぜ、ん、何だお前は? 」


 用を足そうとする盗賊の前に俺は立ち、目を見ながら【麻痺】の魔術をかける。


「殺しはしない、安心しろ」


 【麻痺】の魔術をかけた後、動かなくなった男を茂みに隠す。しばらくするとこの男を心配して二人組の盗賊が様子を見に来るが、腹痛にして動けなくした後、同じように麻痺状態にして茂みに放り込む。

 後何人くらいいるのだろうか、弱い程よく群れるとはいうがあまりに多いと茂みに隠しきれなくなってしまうので心配だ。


「てめぇ、何をやってやがる」


 今度は三人組の男達がやって来て叫ぶ。手にはナイフや剣等の武器を持っていた、流石に怪しまれてしまったようだが、さっきのやつらと同じように片づけてやろうと思っていた時、どこからか獣の唸り声のような音が聞こえてきた。


「ウゥゥ……、アァァ……」


 オーガか何かと見間違うような大男がドスドスと地響きをたててやって来る。その格好はジャングルに住む部族のように顔に仮面をつけ、その他の服は腰蓑のみというダンディなスタイルだ。

 手には車でさえぺちゃんこにしてしまいそうなくらい大きい木槌を持っている。


「ビビってやがるな、こいつは俺達がスカウトした新人よ。こいつのおかげで仕事は楽勝さ」

「ガァ……」


 大男は返事をするが、こいつは自分が置かれている状況を理解しているのだろうか。しかし厄介なのはあの仮面だ、顔が見えなければ魔術を発動できることはできない。


 とりあえず複数人相手をするのは厳しいので、大男以外の盗賊には【腹痛】の魔術をかけて動けないようにしておく。俺が少し念じるとすぐに盗賊達は地面に倒れ込んだ。


「腹が痛ぇ、くそっ気持ち悪い魔法使いやがって。おい、そいつを叩き潰せ」

「ウゥ……、ツブス」


 腹を抱えながら横たわる盗賊達からの指示を受けて大男は手に持っていた木槌を振り下ろす。大振りであるため避けることは容易いが、木槌が地面にあたる衝撃は周囲の地面を抉り、その地響きとともに俺の足を止めさせる。


「ほれ、動きが止まってるぞ。さあどんどんいっちまえ」


 もう一度大男は俺めがけて木槌を振り下ろすが、俺は近くの茂みに飛び込んでかわす。そして、俺がさっき放り込んでいた麻痺をしている盗賊の襟首を掴んで悪党のように叫ぶ。


「おいおい、こいつの命がどうなってもいいのかぁ! その木槌で叩いたらこいつも潰れちまうぜ」

「ウゥゥ……、ドウスル? 」


 大男は後ろを振り向いて盗賊達の指示を仰ぐ。


「木槌は止めて、直接手で握りつぶせ! 」

「ワカッタ」


 大男は木槌を放り投げると、木槌が地面に落ちた衝撃で地面が揺れる。こんなものどうやって作ったのだろう。すると大男は両手を前に突き出しながらゆっくりと向かってくる、まるでゾンビ映画のゾンビだ。


 俺は掴んだ盗賊の顔を大男に向けながら機会を伺う、そして十分な距離まで近づいたら、空いた手に持っている鏡越しに盗賊の目を見て【嘔吐】の魔術を念じた。


「嘔吐しろ。好きなだけ吐いていいぞ」


 瞬間、盗賊の胃に入っていた物が大男の顔面に仮面越しにぶっかけられる。


「アァァ……、メ……イタイ」

「こいつ、汚ねえぞ」


 盗賊が叫ぶ、それはどっちの汚いの意味なのかは分からんが、お前らの裏をかけたということは分かった。目を抑えながら苦しむ大男。そうださっさとその汚れた仮面を外してこっちを見ろ、そうすればゲームセットだ、このデカブツめ。


しばらくすると痛みが治まったのか大男はこちらをゆっくりと見つめてくる、汚物の付いた仮面をそのままにしながら。


 あれなんで仮面を外さないんだ。カラスでさえ行水はすると言うのに、こいつの頭はブラックウイング以下なのだろうか。


 そんなことは気にせずに腕を伸ばしてくる大男、俺は盗賊を投げすててナイフで応戦する。伸びてくる手にナイフを刺すが、そんなことは気にもしない様子で俺の体をがっちりと両手でつかんでくる。


「ツカマエタ……」


 大蛇が締め付けるように徐々に両手に力を入れてくる大男。息を吐くたびに締め付けがきつくなり、呼吸をすることも苦しい。


「ははは、はやく殺っちまえ」


 腹を抱えて苦しみながら笑う盗賊達、まるで笑いすぎて腹が痛いみたいでむかつくが、そんなことがどうでも良くなるくらい苦しくなってくる。さすがにヤバい、次の呼吸ができるかどうか不安になっていた頃。


「やれやれ、魔法に頼りすぎだからそうなる」


 突如黒い影が木の陰から出てきて大男の頭に衝突した。大男は目を回したようにふらふらしたかと思うと俺を離して倒れてしまう。その横にはクロが立っていた。


「クロ、どうしてここに」


「最近ここらあたりで馬車が襲われていると聞いてな、食材を奪うやつを懲らしめようとしたらお主がちょろちょろしておったので、様子を見ていたのだ」


 最初からいたのならもっと早く手伝ってくれればと思ったが、今は我慢する。


「さて、後は腹を痛めている三人か、盗賊討伐の報告には首を持って帰れば十分であろう」


 クロは鎧のポケットから黒いナイフを取り出し空中で一振りすると、そのナイフの刃が伸び、見るも見事な漆黒の刀となる。そのまま彼女が盗賊に近づくと、奴らは命乞いを始める。


「ちょっと待ってくれよ、もう悪いことはしねえ。つい出来心だったんだよ」


 そんな良くある悪党の決まり文句を言いながら土下座をする盗賊達。


「ならもう悪事を働けぬよう、死んでもらおうか」


 クロは刀を振り上げる、その目に迷いはない。


「クロ、待ってくれ」


 俺は慌ててそう叫ぶとクロが怪訝そうな顔で見る、流石に命を奪うのはやりすぎだろう。幸い今回の事件では死者はいなかったと聞いているし。


「殺さなくても良いんじゃないか、兵士に引き渡せば報酬はもらえるし、こいつらは牢屋行だ。それで充分だろ」


 うんうんと頷く盗賊達。クロは俺の目をじっと見つめると、彼女は刀を下ろして言う。


「甘すぎる、そんなことでは女神に会う前に死ぬぞ」


 ため息をついた後、クロは盗賊達に倒れている仲間を町まで運ぶように命令した。気絶していた大男はクロが一人で引きずりながら運んでいる。

 その様子を見て、肝を冷やした盗賊達はただただ従うことしかできない。


 夕方になり町に着くと盗賊達を兵士に引き渡して報酬をもらう、大男を見た時は兵士達はびっくりして腰を抜かしていた。


「こんな大男をお嬢ちゃん一人で運んできたのかい」


 大男とクロを交互に見ながら兵士は驚いた様子で聞いてくる。


「ああ、我は身体強化の魔法の心得があるのでな。このぐらいなら容易い」


 つまらなさそうに答えるクロ。強化魔法を使っていると言ってはいるが、彼女は竜である。人間とは元々の身体能力から大きな差があるだろうな。


「それでは、今日はもう疲れたので失礼させてもらうぞ」


 そのまま立ち去ろうとするクロを俺は呼び止める。


「クロ、ちょっと話がしたい。どこか二人きりで話せるような所にいこう」


 俺が呼び止めると、先程のつまらなさそうな顔から一転、怪しげな笑みを浮かべながら俺の方に振り返る。


「ほぉ、我が下僕になる準備ができたか。ならば我が泊っている宿屋まで案内しよう」


 彼女はニヤリと笑った後、俺を先導するように歩く。クロが泊っていた宿屋はこの町でも一番大きく三階建ての立派なものだ。宿屋の入り口には大きなテーブルがあり、待合室まである、こんな宿泊施設なら日本でも十分通用するであろう。


 それにしても受付の人が俺を見る視線が痛い、そりゃこんな年端もいかない少女の部屋に行こうとしているんだからな、日本では逮捕案件だ。


「安心しろ、受付の者にはパーティの同行者と言っておいた」

「いや、それあまり言い訳になってない気がする」


 ケラケラと笑うクロ。階段を上って彼女が泊っている三階の部屋に入ってみると、大きい。二人用のベッドが二つ並んでもなお有り余る広さだ。彼女はベットに腰を掛けて、俺もそうするように促す。

 俺とクロはお互い向かい合うように二つあるベッドに腰かけた。


 ベッドに座るとすごくふかふかして思わず寝ころびたくなるが、意を決して本題に入ることにする。


 俺は深呼吸した後、可能な限り真面目な顔をして、目の前の少女に語り掛けた。



「クロ、端的に言うぞ、俺の仲間になってくれ」

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