第8話 ギルド

 次の日、俺はこの町にあるギルドに向かう、理由は金稼ぎだ。村では農業の手伝いや、襲ってきた魔物の素材を売却して多少の金は持っていたが、今後は宿屋で泊まることなどを考えると、金はありすぎても困ることはない。


 いざ金がなくなった時に稼ぐ手段がないと大変なので、今のうちにギルドを覗いてみる。余裕がある内にやれることはやっておくようにとエーコからはよく言われていたからな。


 ギルドはレンガ造りの立派な建物で中に入ってみると、受付の女性がいるカウンター、依頼が貼ってある掲示板、冒険者の休憩用のテーブル等、自分がイメージしていたギルドとぴったりだった。


「すみません、依頼を受けたいのですが」

「おや、もしかしてギルドの利用は初めてでしょうか? 」

「ええ、そうです」

「はい、ではこちらの冒険者ページにご記入をお願いします」


 明るく事務的に返事して、一枚の紙を手渡してくる受付嬢。俺はその紙に目を通すと名前の記入欄と【できること】という欄があった。


「あの【できること】という欄は何を書くのでしょうか」

「それは各自の得意分野を書くところよ、剣が上手とか、力持ちとか」

「自己申告制なんですね」

「そうよ、でも嘘はついちゃだめよ。時々ギルドが書いてあることが本当かどうか、テストしたりするからね」


 可愛らしい笑顔で言う受付嬢。俺が書くことができるとしたら黒魔術くらいだが正直テストとか面倒くさいし、目立ちすぎるのも困る。俺は名前だけを書いて受付嬢に提出した。


「ふむふむ、正直でよろしい」


 ニッコリと笑った後、受付嬢はさらさらと俺の冒険者ページに何かを書き足すと、机の下から取り出した赤い表紙の分厚い本に綴じる。


「貴方が書いたページはこの冒険者ノートに保管しておきます。もし貴方のページを見て気に入った人がいたらご指名の依頼が来るわよ」

「へー、期待して待ってます」


 名前しか書いてないのに依頼人が来るわけない。趣味、特技空欄のエントリーシートを通す企業があるのだろうか。


 そう思いながら冒険者ノートをぺらぺらと捲る。冒険者ノートには各冒険者の名前と特技の他に似顔絵が描かれていた。


「私、似顔絵が趣味なのよ、貴方のことも男前に描いてあげてるわ」


 受付嬢は俺の似顔絵を見せてくれた、確かに似ている。先程のわずかな時間でこの上手さの絵が描けるなんて、彼女は画家でも食っていけるのではないのだろうか。


 さらに冒険者ノートを見てみると一人の冒険者の情報に目が留まる。


―――――――――――――――――――

名前:クロ

できること:大食い

―――――――――――――――――――


 似顔絵は昨日見た少女にそっくりだ、しかしできることに大食いはないだろう。特技に何も書くことがないからとりあえず書いておこうレベルのものだぞ。

 でも日本でも大食いで生計を立ててる芸人とかいるよな、昨日見た彼女の大食いはそれに匹敵しているとは思うから、これはこれで問題ないのかもしれない。


「今話題のあの娘、クールで可愛いわよね」


 受付嬢は言う、確かに昨日の酒場ではすごい人気だったな。俺は一通り冒険者ノートを見ると、掲示板に貼ってある依頼を眺めて、なるべく簡単にこなせそうなものを探す。


 俺の能力で確実に勝てそうな魔物はあまり大型ではなく単独行動をしているもの。

 大型だと黒魔術をかけても構わず突っ込んでくる体力馬鹿がいるし、数が多すぎると魔術をかけている間に数で押し切られてしまう可能性もあるからだ。


「すみません、この依頼でお願いします」

「ブラックウイング、中型の鳥魔物ね。弓とかの飛び道具は準備できてるかしら」

「ええ、大丈夫です」


 俺の黒魔術には距離は関係ない。空を飛ぼうが一度顔を見てしまえば【腹痛】の魔術なら問答無用でかけれる。

 その点で言えば鳥型の魔物は持って来いだった。依頼を受けた俺は、その鳥型魔物が出たという森に赴くと、俺と同じ大きさのカラスのような鳥がいた。翼を広げれば四、五メートルはありそうな大きさで、足の爪は動物を簡単に引き裂けるぐらい鋭い。


「俺達の世界でもカラスは怖かったが、ここまで大きいともはや恐竜だな」


 ブラックウイングは俺のことをちらっと見たが、すぐにそっぽを向いた。どうせ俺が何もできないと思っているようだが勘違いも甚だしい、悪いが金のために死んでもらう。


 俺は【腹痛】の魔術をかけると、魔物はその大きな翼をばためかせる。やつは何とか飛ぼうと試みているようだが、少し宙に浮かんではふらふらと落下してしまう。


 俺は苦しんでいるやつに近づいて目を見ながら【麻痺】をかけると、死んだように動かなくなるので、ナイフを取り出して首を切る。全く動かない動物であれば殺したという罪悪感も多少薄れる。この世界に来る前に黒魔術を習得していて本当に良かったと実感した。


 その後、魔物を倒したことを依頼人に報告すると依頼完了の証明書を受け取った。証明書には依頼人のサインが記載されている。どうやらこれをギルドに提出すれば良いらしい。


 俺はギルドへ戻って依頼完了の報告をすると、受付嬢はそこに書いてあるサインが本物かどうかを確認する。


「はい、不正はないようですね。初めての依頼達成お疲れさまでした」


 俺は証明書と引き換えに金を受け取った、これだけで三日は不自由なく過ごせるだろう。あの鳥にはこれからお世話になるだろうから、しっかり繁殖してちょくちょく人間に迷惑をかけて欲しいところだ。


 お金が手に入ったところで次の計画を立てる。しばらくこの町を散策してみたが、正直ここにはネーサルに関する情報はないだろう。


 まずはもっと大きな町に行かなければいけない、当面の最終目標はここからもっと西に行った王都だ。道中でも情報収集しながら行くとなると二週間分の食費、宿代があれば心強いな。この町である程度、金を貯めたら次の町へ向かうことに決めた。



 翌日、ギルドに顔を出すと受付嬢が俺のことを呼ぶ。


「ヨカゼさん! 貴方宛てに依頼が来てますよ」


 この俺に依頼? 世の中には変人がいるもんだな。依頼が来たことに対する喜び、驚きよりも先に疑問が浮かんでしまう。


「貴方は罪作りな男の方ですねぇ」


 受付嬢はニヤニヤ笑いながら依頼状を俺に渡してくる。その依頼人はクロであった。


「クロちゃんは冒険者ノートの貴方のページを見た時に雷に当てられたような顔をした後、笑顔でこの人と一緒に仕事がしたいと言ってきたんです。一目惚れってやつですね」


 夢見る乙女のような顔をして話す受付嬢。あの酒場の様子を思い出してもクロにそんな様子は見当たらない、この受付嬢の頭の中で何か変な補正でもかかっているのではないのだろうか。


 依頼内容を見てみると近くの草原で薬草の採取をするというものであった。


「なんだ、ただ薬草を取って来るだけじゃないか。こんなの一人でも行けるますよね」

「そんな簡単な仕事をわざわざ依頼する。つまりこれはデートのお誘いってわけよ、良かったわね」


 目の前でこれから紡がれるかもしれない恋に興奮気味の受付嬢。


「いや、不自然ですよ。彼女とは一度しかあってないし、その時はそんな様子はありませんでした」

「全く、そんな疑い深い鈍感男君に言い訳をあげるわ。そこの薬草の採取地は極稀に魔物が出るの、何かあった時の身代わりとして何も特技のない貴方なら暇してそうだし、高い報酬も払わなくて良いと思ったから、貴方を指名したのかもよ」


 確かにその言い分なら納得できないこともないが……、まあ危険のない薬草採取くらいでお金がもらえるのならデメリットはないだろう。俺は受付嬢に依頼を受けることを伝えた。


「クロちゃんはこの時間ならすぐそこの酒場にいるはずよ、頑張ってね」


 ウインクをする受付嬢を軽くスルーして酒場に向かう。酒場に入るとクロが大盛りのご飯を食べていた。俺が声をかけるとご飯を一瞬で吸い込むようにして平らげる、目の前の異常な光景を見ると、どうやらあの時の大食い勝負は夢ではなかったらしい。


「やっと来たな、目的地までは町を出てから結構歩く、準備はできておるな」

「ああ、問題ないよ」

「ならばよし。それでは我が道案内をしよう、しっかりついて来るが良い」


 口をハンカチで拭うクロ。こんな小さい女の子でも一応冒険者なんだよな、ゲームとかだとやけに戦闘力が高い幼女とかいるけど実際こんな子供を戦わせるのは罪悪感がある。いざとなったら俺がしっかり守ってやらないといけない。


 クロに連れられて酒場を出た後、目的地の草原に向かって歩いていく。真っすぐ、ただひたすら真っすぐに。一時間ほどするとクロが立ち止まった。周りにはほぼ一面の草原だが、彼女は何か見つけたのだろうか。


「どうした、目的のものが見つかったか? 」


 俺が晴天の下、何もない草原で立ち尽くしている彼女に聞く。


「ああ、とうに見つかっておる」


 彼女は邪悪な笑みを浮かべながら振り返ってきた。


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