第7話 はらぺこ少女

 俺は村を出て西にあるユエの町へ向かっている。


 結局、今朝はエーコの顔を見ることはできなかったか。早いとこネーサルのやつを連れて帰ってやらないとな、俺は歩きながらそんなことを考える。


 ユエまでの道のりは周りが草原ばかりで何もなかったものの、歩きやすく吹いてくる風も心地よかった。道中では村のおばさんが今朝渡してくれたパンを食べ、のどが乾いたら近くの川の水を飲む、こうしてみると本当に旅をしているという実感がわいてくる。


 特にこれといった問題が起きることもなく、ひたすら歩き続けると夕方にはユエに到着した。この一年間農作業などの手伝いをして体も少しは鍛えられていたと思っていたが、もう足がガクガクしている。

 しかしすごい距離を歩いたものだ、今の俺なら調子さえ良ければフルマラソンも完走できるかもしれない。


 町の前には小さな門と門番がいたが、特に何も尋ねられることもなく町に入ることができた。運が良かったのか、それともこの門番の怠慢であるのかどちらかは分からない。

 町に入った後、酒場の看板を見つけると、お腹を空かした俺はそこにふらふらと吸い込まれるように入っていく。


「いらっしゃい、何名様? 」

「一名で」


 若いウエイトレスに向かって俺は人差し指を立てて答える。今までの人生で店に入る時、指を二本以上使ったことがないのが自慢である。


「一名様おはいりー、あそこのカウンターへどうぞ」


 ウエイトレスの女性が俺を案内する。一名様のところは強調して言わないでいいぞ。俺は黙って席についてメニューを眺めてみる。パンに野菜に肉、酒と色々と揃っているな、今日は歩きっぱなしだったので肉を食べたい気分だ。


「すみません、肉の盛り合わせと水をお願いします」


 カウンターの向こうの四十歳くらいの男性に向かって注文をすると、


「あいよ」


と返事が来た。そんな俺の様子を見ていた隣の客のおっさんが声をかけてくる。


「兄さん珍しい顔だね、ここは初めてかい? 」


 筋肉質で体がでかくスキンヘッドの男性は酒でほろ酔いの様子だった。


「ええ、今日ステールの村から歩いてこちらに来ました」


 ステールというのは俺が今朝までいた、エーコ達が住んでいる村だ。特徴は田舎。


「ひゃー、あんなところからご苦労なこった」


 おっさんは笑いながら驚く、あの村は木と畑と動物以外本当に何もないからびっくりするのも無理はない。一方、ここの町は先程ちらっと見た限りでも武器屋や装飾店などは揃っている。それでも日本と比べると大きく見劣りするが。


「だったら運がいいぜ、この町に来て早々にあんな面白いものを見れちまうんだから」


 おっさんはあごで店の真ん中に設置してある二つのテーブルを示す。そのテーブルには誰もついていないが、周りの他の客もそわそわしている。


「何かあるんですか? 」

「いいからちょっと待ってみろって、マスターこの兄ちゃんにも酒をやってくれ。俺のおごりでいいぞ」


 ガハハハと笑いながら酒をぐいぐいと飲む気前のいいおっさん。酒はあまり好きではないが、奢られてしまったからには少し付き合ってやろう。


 おっさんとしばらく雑談をしていると、酒場のドアが開き一人の男が入って来る。第一印象はでかい、ただそれだけだった。ゆっくりと身をかがめながら店の入り口を通ってきた男は二メートルはある長身で体もがっちりとした男の理想形のような体つきだった。


「おうきたか、ジョー」


 おっさんがニヤニヤと笑いながら呟く。


「あいつは自分の両腕で木をそのまま引っこ抜いちまうって噂の男だぜ」


 ご丁寧に解説までしてくれた。俺は相槌を打ちながら、奢ってもらった酒を飲む。


 ジョーは店の真ん中に設置されていたテーブルにつく。そのときズシリと座った椅子がきしんだ音を立てるのが聞こえた。椅子に座るとジョーは目をつぶって集中を始める。


 店中の人間がその様子を固唾をのんで見守っている中、再び店の扉が開く音が聞こえると、その瞬間店中が湧きあがった。


「皆がお待ちかねのやつが来たぜ」


 隣のおっさんはニヒルな笑顔を作りながら言う。その時ちょっとだけ格好良いと思ってしまった。

 俺は身を乗り出して、その人気者の姿を確認するが、その姿が見えた時俺は驚いた。


 それは小さな少女であったからだ。銀髪のショートヘアに黒いドレスのような鎧と髪飾りを付け、緋色の目をした少女、背の高さはエーコより一回り下、十二歳程度だと思われる。


 その少女は堂々と空いてある方のテーブルについて不敵な笑みを浮かべる。ジョーはその少女を横目でちらりと見る。


 すると、大柄なウエイター達が大皿に乗った料理を二人の前に出す。すごい、俺の両腕で抱えきれるかどうかわからない大きさの皿に、山盛りにご飯が乗っけられており、更に加えて肉で一面が覆われている。見ているだけで胸焼けで吐きそうだ。


「あの嬢ちゃんは一ヶ月前にここに来てから負けなしだ、今までの戦績は二十勝無敗、生まれてこの方四十五年オレはあんな化け物は見たことがねえよ」


 隣の男は冷や汗を流しながら言う。何が彼をここまで熱くさせるのであろうか。


「さあさあ、これから大食い対決始まります。向かって右側は装飾屋のジョー! 」


ジョーは手を挙げてアピールすると歓声が上がる。意外と可愛らしい職業だ。


「そして次は、突如この町に現れてから完全無敵の少女、クロ!」


 クロと呼ばれた少女が同じようにアピールするとさらに大きい歓声が巻き起こる。アイドルのコンサート会場に迷い込んだのかと錯覚してしまう。


「兄ちゃん賭けをするかい、俺はクロに酒一杯だ」


 どう考えてもあの少女が勝てるわけがない、あの体でこんな量のメシなんて蛙くらい腹が膨れなければ到底無理だろう。俺はジョーに賭けた。


「皆さん賭けの準備やトイレは終わりましたか! それではこれより大食い対決スタートです」


 観客の興奮が最高潮に達した時、スタートの火ぶたは切られた。まずはジョーがその巨体を生かして大きな口の中に飯をかき込む、すごいスピードだ、一方クロは小さなお子様用のスプーンで行儀よく食べている、勝つ気あるのかこいつ。


 五分ほどが過ぎると、皿の半分を食べ終えたジョーのペースが落ちてくる、クロはあれから全然進んでいない。


 すると、クロは持っていたスプーンを置いて、


「美味である、七十五点」


 何か急に採点をしはじめたぞ、しかもなんだか微妙な得点だ。


「七十五点だと! そいつはすげえ、俺もあの料理くれ、もちろん一人分な」


 周りの客が次々と注文をし始める、いつの間にか隣のおっさんもその飯を食っていた。異世界人はノリが良いらしい。


 俺が視線をクロの方に移すと、彼女はポケットから先ほどよりも少し大きめのスプーンを取り出して、料理に向かう。


「ここからがあの嬢ちゃんの本領発揮だ」


 男がそう言うと、クロはスプーンでご飯をすくい口に入れると丸呑みし、更にすくって丸呑みする。もはやご飯を食べるのではなく飲んでいた。俺はその光景に呆気を取られ、口をポカンと開ける。


 さっきまでは絶望的な差があったにもかかわらずあっという間に逆転し勝敗はクロが決した。クロは余裕の表情で観客に勝利のアピールをする。


「賭けは俺の勝ちだな兄ちゃん、この酒を頼むぜ」


 してやったりな顔をしながらおっさんはメニューを指差す、こいつ結構高い酒を選びやがって。

 歓喜に湧きあがる観客とうなだれるジョー、彼は十分良くやったと思う、俺ならあんな料理は半分も食べられないだろう。


「クロちゃんのおかげで皆盛り上がって助かるよ」


 カウンターの向こうのマスターがクロに向かって手招きをしながら呼びかけると、彼女はこちらに歩いてきて、俺の隣の空いてる席に座った。


「我にかかれば造作もない」


 どや顔をしているクロ、よく見ると頬にご飯粒がついていたので指摘をしてやる。


「失敬、気遣い感謝する」


 頬についているご飯粒を指でとって口の中に入れる彼女、しかしこのぺたんこな腹の中にどうやって飯が入ってるのか不思議でならない、ブラックホールでも隠しているのではないだろうか。


 ふと視線をクロのお腹から顔へ戻すと、彼女は鬼のような形相で俺を見ていた。さすがに女の子の体をじろじろ見るのは失礼だったのかもしれない。


「クロちゃん、その方と知り合いなのかい」


 その様子を見たマスターが不安そうに声をかけてくる。


「知らぬ、こやつがあまりにも我の体をまじまじと見るので少し気になっただけよ」


 そう言うと彼女はそれでは失礼と店を出て行ってしまった。


「兄ちゃん、あんな少女に手を出すのはまずいぜ」


 心配するおっさんとマスター、余計なお世話だ。居心地が悪くなってしまったので、俺も店をさっさと出る。その日はすぐそばにある宿屋に泊まることにした。宿屋の部屋は小さいもののきちんと整えられていて快適に過ごすことができた。


 さて、明日はいよいよギルドというところに行ってみることにしよう。ゲームとかでもよく聞く場所だ、期待に胸を膨らませながら俺は眠りについた。


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