第4話 偽りの使徒
しばらくして、俺は二人にボコボコにされて竜の前に連れ出されていた。顔中にアザがあり体はロープで縛られていて動けず、身につけているのは下着だけだ。
「娘達よ、これはいったいどうしたというのだ」
竜は俺達の姿を見て困惑している。
「この人は貴方様に私達が食べられている隙に倒そうとしていたんです」
ハルがそう言うと、少女達は手を顔に当てて泣き始めた。
「成程、怖い思いをしたのだろう。その様な外道は我が炎でこの世から消滅させてやろう」
竜は少女達にやさしく声をかけた後、大きく口を開けて息を吸い込み始める。
「ちょ、ちょっと待ってください。そんなことでは私達の気が済みません。こいつが私達にしようとしたように、貴方様に少しずつじっくりと食べてもらいたいのです」
ハルが慌てた様子で竜に懇願する。
「そ、そうか。お主らがそう言うのであれば、それに応じよう」
竜は少し戸惑いながらもゆっくりとその口を開け、簡単に下着ごと俺の肩の肉を喰いちぎる。肩に激痛が走る、自分の体に【麻痺】の魔術をかけて痛覚を鈍らせているとはいえ、思わず顔をゆがめてしまう。
「うむ、意外と美味だな」
竜は赤い血を口から垂らしながら咀嚼をする。俺の肉を美味しそうに味わった後、それをゆっくりと飲み込む。その様子をぼやけた視界で確認した後、俺は叫ぶ。
「ハル、今だっ。その人喰い竜の口を縛ってやれ! 」
その合図でハルは熟練した狩人の動きで、竜の口にロープを巻き付ける。
「……っ!?」
不意を突かれたのか、何もできずに口をふさがれる竜だが慌てる様子はなかった。竜はゆっくりとその赤い瞳で俺達を見つめてくる。
〈愚かな、口を塞いだところでお主達の攻撃は我には通用しない〉
突然、テレパシーの様に直接頭に声が響いてくる。こんなことまでできるとは、竜の名に恥じない能力を持っているな。ただ、頭はすっからかんのようだが。
「エーコ、俺に回復魔法と解呪を頼む。そろそろ体が限界だ」
エーコは俺に回復魔法をかけると、肩の傷は塞がり体は軽くなる。俺はゆっくりとその場で立ち上がる。
〈今更お前が回復したところで何ができる、……解呪だと〉
その瞬間、竜の腹の中から異音がする。それはまるで腹の中でゾンビが呻き声を上げているようだった。
〈うっ、くっ……、腹が……〉
腹を抑えて苦しむ竜。俺は苦しんでいる竜の前に立ち、奴を見下しながら言い放つ。
「引っ掛かりやがったな、魔術が鱗で防がれるなら直接体内にぶち込むだけだ! 俺の黒魔術がたっぷり詰まった肉はさぞ旨かっただろうな! 」
〈貴様、まさか自分自身に呪いをかけたのか〉
恨めしそうな顔で睨む竜。
「麻痺、腹痛、その他色々だ。顔が青白くなっているのを隠すのにボコボコにされなきゃいけなかったけどな。こんな簡単にいくなんて竜といえども所詮は爬虫類、人間様にはかなわないのだ! 」
大声で笑いながら俺は答えてやる。
〈くっ、肉が吐き出せん。あ……、これは本当にまずいかも〉
のたうち回っていた竜が突如、動きを止める。おそらく動くことがかえって事態を悪化させることをお腹で感じたのだろう。
〈あの、今まで薬草採取の邪魔をした非礼は詫びよう。そこでその……助けてくれないか〉
さっきまで堂々としていた竜が涙目で訴えかけてきた。
「ん? なんて言ってるんだ、ちゃんと口で言ってもらわないと分からんぞ。人と話すときは口を大きく開けてしっかり喋るようにお母さんに教わらなかったか」
俺が意地悪そうに言うと竜は涙を流しながら俺を睨んでくる。
「ヨカゼ様、もう助けてあげましょう。もうこの子も反省しているようですよ」
エーコは悲しそうな顔をして俺の肩に両手を当てる。しょうがない、彼女に免じて許してやることにしよう。
「分かった、解呪の魔法をかけてやれ」
俺が指示すると、エーコがごめんなさいと言いながら解呪を始め、ハルはロープを解く。しばらくすると体調が良くなったのか竜は大きく体を伸ばしてリラックスしはじめた。
「我に対する施し感謝する。お主等の名は何というのだ」
「エーコです。こちらこそ、この度はご迷惑おかけしました」
「ハルよ。薬草のことは気にしないで、こっちこそごめんね」
少女達は二人ともペコリと礼をする。さて次はいよいよ俺の番だな。
「俺は……」
すると突然、竜が殺気に満ちた目で俺を睨んできたので思わず言いとどまってしまう。
「うむ、覚えておこう。我が名はクロワール。もしまた会う機会があれば助力しよう」
そう言って竜は遥か大空の彼方へ飛び去って行った。おい俺の自己紹介がまだだぞ!
そんな俺を余所に竜の姿はもう影も形もなくなってしまっていた。なんて無礼な奴なのだろうか。
しかし、もう過ぎたことをとやかく言っても仕方がない。竜が去って行った後、何の障害もなくなった森の中で薬草を採取し、袋がパンパンになるほどの薬草を手入れることができたので良しとする。
俺は薬草が詰まった袋を肩に担ぎながら、ハルに道案内をしてもらって森の外に出る。
その道中、俺は竜を倒したことを熱心にアピールしたのだが二人の反応はイマイチの様だった。
森の外にでるとハルは別れの挨拶をしてそそくさと小屋に帰ってしまう。もっと俺に感謝ぐらいしてくれてもいいんじゃないか?
そんなハルの様子を見て俺は深くため息をついた後、エーコと二人で村へ戻るために帰路につく。森で長居をしすぎたせいか、日が暮れかけているので早く帰るために自然と足早になった。
しばらくお互いに無言であったが、突然エーコが口を開く。
「ヨカゼ様は変わっておられますよね、ネーサル様の教えだと魔族に自らの肉体を与えることは禁止しているはずなのに自ら進んでなさるなんて」
魔族? さっきの竜のことであろうか。そんな教えがあるとは気づかなかった、それならさっき注意してくれれば良かったのに。
「もちろんそのことは知っている、しかしお前の為を思って身を削る思いでやったのだぞ」
俺はそう言うと、彼女は立ち止まって少しため息をつく。
「どうしたのだ、早くしないと夜になってしまう」
彼女は黙ったまま俺のことを見つめてくる、その顔は少し落胆した表情であった。
しばらくお互いに見つめ合った後、彼女は軽く微笑みながらゆっくりと口を開く。
「そんな教えはありませんよ。嘘吐きさん」
彼女は何を言っているんだ。
俺は頭の中が真っ白になる。
どうしよう早く次の言い訳を考えなければ……。
俺は必死に思考を巡らせている間にも彼女は話を続ける。
「貴方のやってること、とてもネーサル様の使徒とは思えません」
くすくすと笑いつつも、夕焼けに当てられている彼女の姿は何処か悲しげだった。
「いや、ちょっと待て、俺は天界の食料をお前に与えたし、旅人を助けたし、竜すら倒したのだ。女神の使徒でもなければそんなことはできないだろ」
俺は反論する、結果として俺は彼女を助けているのだ。
「ヨカゼさん、本当のことを言ってください」
この少女、見た目によらず意外と頑固な奴だな。
「本当も何も、俺はネーサルの……」
俺がそう言いかけた時、彼女の力強い眼差しを見て気付いてしまった。
彼女は確信している、俺がネーサルの使徒ではないということを。
もしここで俺がネーサルの使徒を騙ろうものなら信頼関係を築くどころか、最悪もう一緒にいてくれなくなってしまうかもしれない。
そしたらどうなる、こんな右も左も分からない異世界で一人ぼっち。
黒魔術が使えるからといって絶対安全ではない、もしまた竜なんかに襲われたら今度こそ喰らいつくされてしまう。
俺は口を開けるが声を上手く出すことができない、目をつぶりながら一度深呼吸をして、彼女を見ながら小さな声で言う。
「えっと、その、すみません。自分は神の使徒ではなくて……、普通の人間です」
俺は力なく頭を下げる。
「そうですか」
そう一言だけ言って悲しそうな表情で何やら思いにふけるエーコ。
「どうして嘘なんてついたのですか? 」
しばらくして彼女は俺に尋ねる。俺は異世界から来たことを話すかどうか悩む。
こんなこと信じてもらえるのだろうか、しかし神の使徒ではないことをすでに告白してしまったのだ。
もうこの際、全て正直に話してしまおう。エーコがどう思うのかはもう全て彼女次第だ。
「実は、自分はこの世界とは別の世界から来たんだ」
「別の世界? 」
彼女は眉をひそめる。
「この世界とちょっとだけ似ている別の世界で、エーコと同じように生きていた人間だ。色々と事情があって、前いた世界に嫌気がさしてこの世界にやって来た」
彼女は少し考え込んだ後、口を開く。
「分かりました、続けて下さい」
「この世界に来て初めて会ったのがエーコだったから、その……、仲良くなりたいと思った」
彼女は黙って頷く。
「エーコと話した時、ネーサルの名を使えば親しくなれるとわかったから使徒と名乗った。一応使徒らしいことはできていたと思うんだけど……」
彼女は目をつぶって俯いた後、一呼吸する。
「別の世界からですか、面白い話です」
心なしか彼女はうっすらと笑みを浮かべたように見えた。
夕日が彼女の金色の髪を輝かしている。
「分かりました、しばらく私達の村に滞在して下さい」
彼女はこちらを見て微笑む。
「え……」
別れを告げられる可能性も考慮していた俺はびっくりする。俺は口をポカンと開けながら彼女のことを見る。
「困っている人を助けることがネーサル様の教えですから、そんな不安そうな顔をしているヨカゼさんをほっておけません。もし本当に別の世界から来たというのであれば色々教えてあげないといけませんね」
ニッコリと笑うその姿は俺の目にまるで聖女のように映った。
「さて、長話をしすぎました。早くしないと夜になってしまいます、急いで帰りますよ」
小走りで走っていく彼女、俺はその後を何も言わずにただついていくことしかできなかった。
村についたときはすっかり日が暮れていて辺りが真っ暗になってしまっていた。街灯なんてものはないので村の中といえども足元に注意しないと転びそうになってしまう。そして俺達はなんとか小さな家に到着する。
「ここが私の家です。さあ、入ってください」
家の中には彼女以外誰もいなかった、俺は薬草の入った袋を机の上に置く。
「この家は私しかいません。両親は幼い頃に他界してしまったので」
俺は黙ったままそこに立っている。よく一人で生きてこれたものだ、村の人々の助けがあったのだろう。俺がぼんやりそう考えているとエーコは毛布とカンテラを持ってきた。
「ついて来てください、足元が暗いですからゆっくりでいいですよ」
彼女に先導されながら歩くと、また小さな家があった。
「この家は空き屋なので、少しの間なら使っても大丈夫でしょう」
俺達がその家に入るが、長らく使われてなかったこともあり、そこら中ホコリまみれだった。彼女は毛布を俺に手渡すとテキパキと部屋の掃除を始める。
「とりあえず、ベッド周りは綺麗にしました。続きはまた明日ですね」
エーコは俺から受け取った毛布をベッドに置く。
「ご飯はどうしますか? 」
「食べ物は持ってきているから気を使わなくても大丈夫だよ」
俺はリュックを指差す。食料はある程度持ってきているのだ、何でもかんでも世話になってしまうのも気が引ける。
「そうですか、それでは明日の朝呼びに来ますのでゆっくりしていて下さい」
彼女は笑顔でそう言うと、外へ出て行った。それを見届けた後、ベッドに横になる。
木でできたベッドは硬い、これは背中が酷いことになりそうだな。
それにしても彼女はどうしてここまでやってくれるのだろう。
もちろん俺は非常に助かってはいるが、油断したところを後ろからバッサリなんてことはないと信じたい。
今、俺が置かれている状況では、彼女がいないとこの世界で生きていける保証がない。
エーコの真意が分からなかったとしても、ここは彼女を信頼するしかないだろう。
そんなことを考え込んでいるうちに、戦いの疲れもあって、いつのまにか眠りについてしまっていた。
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