第3話 森の中の黒竜

  森の傍にひっそりと建っている小屋のドアをノックすると一人の女性が出てくる。彼女はショートの茶髪に整った顔立ち、周りの木の色に溶け込むような緑と茶色で配色がされた服を着ていた。


「ヨカゼ様、彼女はこの森で狩人をしている、ハルさんです」

「初めまして、よろしくお願いします」


 ハルと呼ばれる女性が深々と礼をする。


「こちらこそよろしく頼むぞ」


 俺も好印象を持たれるように爽やかな笑顔で挨拶をする。


「それで薬草を集めるのだろう。さっさと集めて帰るぞ」

「では私について来て、森の中は思ったよりも暗いから足元には注意よ」


 ハルが先導して森を歩いていく、木々の間から日光が漏れてきてはいるものの森は薄暗く、とても案内なしでは進もうとは思えない道だった。しばらく進むと小さな原っぱに出る。


「この辺りが良いかな」


 ハルがそう言うと地面に生えているヨモギによく似た草をとる。どうやらその葉から熱や風邪によく効く薬ができるらしい。そのような説明を受けた後、三人で手分けして薬草の採取を始めると、三十分もしないうちに辺りの薬草を採取しつくしてしまう。


「この辺の薬草はあらかた取り終わったか、あっという間だったな」

「これぐらいあれば大丈夫でしょう」


 エーコが袋の中に入っている薬草を眺めているが、俺が見る限りまだまだ入りそうである。


「せっかく来たのだから、取れるだけは取っておこう。ハルよ、この近くにもっと薬草が採取できるところはあるか」

「安全に薬草を取れるところはここぐらいしかないわ。最近やっかいなやつが住み着いちゃって、採取の邪魔をしてくるから他の場所はちょっとお勧めできないのよ」

「邪魔者はこの俺が倒してやる、邪魔する奴に女神の裁きを下そう」


 ここで格好良いところを二人に見せつけてやるぜ。しかし、ハルは不安そうな顔をして話を続ける。


「いや、実はそいつは竜でして……」

「竜だと! 問題ないぞ連れていけ」


 ゲームでお馴染みのドラゴンか、しかし俺の黒魔術にかかればただのでかいトカゲだ。倒して貴重な素材を入手しよう。勝ち誇った表情をする俺を見ると仕方なさそうにハルは道案内を始めた。しばらくすると、綺麗な花々に囲まれた大きな広場に到着する。


「あそこです。見て下さい、あの黒いのがそうです」


 ハルはその広場の中心にいる黒い生物を指差す。


「なんだ、どんなでかいのが出てくるかと思えば、まだ子供ではないか」


 その竜の大きさは段ボール箱にすっぽり入るくらいのサイズである。


「子供とはいえ、竜は非常に強いですし、知能も高いといいます。気をつけて下さい」

「ああ、わかった」


 忠告をするエーコの話を適当に聞き流しながら、広場の中央に単独で乗り込む。他の二人は茂みに隠れているように伝えておいた。ここは俺一人で十分だ。


「おい、そこの黒トカゲ。頭が良いのなら俺の話が分かるだろ」


 黒魔術を発動するには顔と目を見なければいけない。相手がこちらを向いたら黒魔術をかけて終了だ。ゆっくりと竜はこちらを見る、その目はルビーのような緋色で吸い込まれるような美しさであり、俺は思わず魔術をかけることを忘れてしまった。


「我に何か用か? 」

「お前、喋れるのか!? 」


 ゲームでは人間の言葉を竜が話すことはあるが、実際に体験してみると驚いてしまう。


「当然だ、我をそこらの低俗な魔物と同列にしてもらっては困る」

「それなら話は早い、薬草取りの邪魔なんだよ、抵抗するならこっちにも考えがあるぜ」

「ならばその考えとやらを見せてもらおう」


 竜がその赤い瞳で俺のことをじっと見つめてきたので、すぐさま【嘔吐】の魔術をかける。しかし、なかなか気持ち悪そうな素振りをしない。


「その程度の魔法、我が鱗には通用せん」


 黒魔術が効かないとは驚いた、ならば物理で攻める。ポケットからナイフを取り出して奴の背中を狙うが、ナイフが鱗に触れると簡単に刃は折れてしまい、反動による衝撃が腕に伝わる。

 

 舌打ちをしながら折れたナイフを捨てて、もう一度黒魔術をかけようと【麻痺】の魔術を念じるが全く効く気配がない。


「万策尽きたようだな、それでは我の番だ」


 竜は大きく息を吸い込む、本能で危険を察知した俺は慌てて後ろに下がった。すると竜の口から炎が吐かれる、まるで小さな爆弾が爆発したかのような勢いだ。俺は煙と火の粉にノドを焼かれながら退却、二人の元に逃げ帰った。



「ヨカゼ様でもさすがに竜相手は厳しいですよ。ほら、焼けた部分が見えるようにもっと顔をあげて下さい」


 エーコは回復魔法を使って俺を癒している、魔法を受けると痛みがどんどん引いていく。この世界は日本に比べ文明は遅れているが、治癒については何倍も進んでいるな。


「あいつはまだガキだぞ、調子に乗りやがって。絶対に倒してやる」


 少女達は怒りに燃えている俺を心配そうに見ている。


「だが流石は竜だな、ここは悔しいがお前達に協力してもらう、お前達の特技を教えてくれ」


「私は、回復魔法と解呪です」

 とエーコ。


「弓、薬の調合、狩りに使う道具の扱いには自信があるわ」

 とハル。

 

 確か俺の黒魔術を遮断できる鱗を竜は持っているんだよな、うーんどうするべきか。広場の中央にいる竜を茂みに隠れながら観察すると、竜は時々こちらの様子を伺うようにチラチラ見ている。向こうから直接は来ないが俺達のことは気にはしているようだ。


「一つ確認したいのだが、竜は人間を喰うのか」

「実際はどうか分かりませんが、おとぎ話とかだと少女が生贄にされていたというのは聞きますね」


 俺の質問にエーコが答える。


「なるほどな……」


 しばらく考えた後、二人の方に向いて指示する。


「よし、ハルとエーコはロープをとってこい。素晴らしい作戦を思いついたぞ」


 不思議そうな顔をしながらも動き出す二人、俺は広場の中央にいる竜を茂みに隠れながら観察する。あいかわらず竜は時々こちらの様子を伺っている様子だった。

 

 三十分後、二人が戻って来た。どうやら準備はできたようだ、俺は地面に棒で文字を書いてこれからの作戦を二人に伝える。

 

「この作戦は本当に大丈夫なのですか? 」

「いざとなったら逃げればいいんだ。あいつは追って来てまで殺しはしないだろう」


 作戦を見て不安そうな顔をするエーコに俺は答える。彼女はいまいち納得はしていなさそうであったが、最後は頷いた。


「いいか、作戦が成功するかどうかは全てお前達の肩にかかっている、頼んだぞ」


 俺はニヤリと笑いながらロープを手に取って、不安そうにしている二人の少女達を見据えた。




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