第2話 出会い

 目の前の少女が俺の出現に驚いたのか、しりもちをついて目を丸くしている。金色の長い髪に白い修道着、サファイヤのような蒼い瞳をした十五歳くらいの少女だ。いきなりこんな可愛い娘に会えるなんて異世界転移はすごい。


 辺りを見渡すと、周囲は石造の壁で囲まれており、上方には色彩鮮やかなステンドグラスが見える。後ろを振り返ってみると女神の像が微笑んでいた。どうやら俺が今立っている場所は教会の中のようだ。これではまるで俺がソーシャルゲームのガチャ召喚されたように見えるな。



「あの貴方は……」


 よし相手の言葉はちゃんと理解できるみたいだ、【異世界転移のやり方】に書かれていたことはどうやら正しいかったらしい。


土屋つちや 夜風よかぜだ、夜風と呼んでくれ。お前の名は? 」


 相手の目をしっかりと見ながら堂々と答える。第一印象は重要だ、舐められた態度をとられないようにはっきりと言った。


「はい、エーコといいます」


 可愛い声だ、見た目も良くて声もいいとか素晴らしい。


「もしかして、ヨカゼ様は、ネーサル様の使いの方なのでしょうか」


 少女が期待に満ちた目で見てくる。ネーサルって誰だよ、とりあえず情報を引き出そう。


「その回答をする前に問おう、ネーサル様はお前にとってどのような存在か」

「女神ネーサル様は我々人間を暖かく見守り、守護を与えて下さる方でございます」


 成程、女神ときたか、この少女と仲良くなるにはネーサルの名は使った方がいいだろう。そのぐらいネーサルってやつも許してくれるさ。


「うむ、その言葉を聞いてネーサル様もお喜びであろう、そして俺はそのネーサル様の使徒である」


 目を輝かしているエーコ、よく見ると瞳が潤んでいた。よほど彼女は嬉しいのだろうが、ここまで喜ばれると騙してしまった罪悪感で少しだけ胸がチクリとする。


 さて、ここからどう動くか。やっぱりここはまずエーコの評価を上げることが大事だろう。


「エーコよ、何か手伝えることはないだろうか。困っていることがあれば助けになるぞ」

「困っていることですか? 」


 彼女は俯いて唸り始める、緊張のあまりか恥ずかしそうにモジモジしているようにも見える、相当悩んでいるみたいだ。まあ、神の使徒にいきなり何か手伝うぞって言われても簡単には思いつかないよな。


「そうですね、これからの季節は病が流行るかもしれないので、そのための薬草を近くの森で確保したいと思っています」

「成程、それでは協力をしようではないか」

「よろしいのですか、このような簡単なお仕事を手伝わせてしまって」

「問題ない、連れて行くがよい。それがネーサル様のご意向である」


 満面の笑みで答えると、彼女は喜びのあまり少し飛び跳ねてから、森への出立に向けての準備を始めた。


 その間、建物の中を見渡してみる。教会自体はそこまで大きくない、今いる礼拝堂でさえ小学校のクラス三つ分くらいだ。右手には小さな部屋があり、そこで彼女は準備を行っていた。



「ヨカゼ様、準備できました。お待たせして申し訳ありません」

「よし、それでは案内を頼むぞ」


 女の子と二人一緒にどこかに出かけるなんて初めてで胸の高鳴りがとまらない。彼女に連れられて教会の外に出ると辺りに小さい家がポツポツと建っていた。やはり日本と比べるとかなり文明は遅れていそうだ。


 しばらく進むと、青天の下一本の道が遥か遠く地平線の彼方まで続いているのが見える。思わずエーコの顔を見るとにっこりと笑顔を返してきた、俺は絶望した。


 これからの行く末に多少の不安を感じながら、辺りに草と木しかない道を二人で歩いていると、エーコが話しかけてくる。


「ヨカゼ様は変わったお姿をされていますよね」


 彼女は俺のことをじろじろと見る。防災用ヘルメットや登山リュックは不思議に見えるのだろう。


「使徒はこの格好が普通なのだ。この兜はどんな災厄も防ぎ、この袋には天界の食料が入っているのだぞ」


俺はヘルメットとリュックを指差すと、エーコは目を輝かす。


「天界の食料を是非見てみたいです! 」

「仕方ない、幸運なお前にはこれを授けよう」


 リュックからゼリー状の栄養補助食品を蓋を開けて渡すと、彼女は首をかしげる。ちなみに栄養補助食品というのはウィダー〇ンなんとかの様なものをイメージすると分かりやすい。


「それは、天界にある神樹から滴り落ちる蜜を集めたものだ、その穴から中身が吸い出せるようになっている。中身を舌で転がしながら良く味わうのが天界では流行っているぞ」


 この食べ物の設定は異世界転移する前から考えていたものだ。エーコは真剣な表情で中身を吸い出すと、その瞬間目を大きく見開く。


「すごく甘くて美味しいです! 」

「そうだろう、たくさん持ってきているから後でまた食べさせてやろう」


 中身が空になってもまだ栄養補助食品に口をつけ、吸い出そうとしている彼女、これで餌付けは完璧だな。

 俺がほくそ笑んだその時、彼女はふとその手に持っているパッケージを眺める。


「あれ、これなんか書いてありますね。ブドウ糖、マスカット、ゲル化剤? 」


 原材料を見るんじゃないっ! 俺は彼女の手から空っぽの栄養補助食品をひったくる。


「ヨカゼ様、ブドウやマスカットは分かりますが、ゲル化剤って何ですか? 」


 知らねえよそんなの、うわっ本当にそうかいてあるじゃん……。いったいなんだよこれ、俺が教えて欲しい。


「えー、これはそうだな。神樹の蜜はそのままだと水みたいで食べにくいから、少しだけ固めて食べやすいようにする薬だ。これ以上のことは知らない方がいい、神の怒りに触れて神罰が下ってしまうかもしれないからな」


 目を泳がせながら答える、まさか漢字までしっかり読めるなんて聞いてないぞ。


「そんな危険なものが私の中に……」


 不安そうな顔をしながらお腹をさするエーコ。あー、面倒くさい設定をつくってしまった。


「食べる分には人体に害はないから安心しろ」

「そうですか、少し気にはなりますけど、ヨカゼ様がそう仰るのであれば大丈夫なのでしょうね」


 ほんの少しだけ笑みを浮かべる彼女。次に彼女に食べ物を渡すときは気を付けなくてはいけないな。



 その後、三十分ほど歩いただろうか、近くで物騒ぎが起きていたため様子を見にいくと旅人が狼達に襲われていたのだった。


「ヨカゼ様、旅人が魔物に襲われています。助けにいきましょう」


 正直、面倒ではあるが、彼女からの評価を考えるとここで旅人を助けに行くべきだろう。


「仕方ない、哀れな魔物に女神の裁きを与えてくるから、そこで待っていろ」


 俺は旅人の方に走っていく。異世界で初めての戦闘だ、黒魔術の力を試す絶好の機会である。


 俺は旅人の後ろに陣取り、狼達の顔を見た後、【腹痛】の魔術を念じる。突如、狼達は身を丸めて横たわるので、旅人は持っていた剣で傍にいた一匹仕留める。


 続けて旅人は素早い動きでもう一匹も剣で薙ぎ払うが、最後の一匹が苦しそうにしながらも俺に向かって襲い掛かって来たので、俺は狼の目を見ながら【麻痺】と【眩暈】の魔術を念じると狼は足をもつれさせながら倒れる。


 狼はピクリともしない、死んでしまっているのだろうか。足で狼をつついてみるとピクリと僅かに反応をする。俺がその様子に戸惑っていると、旅人が狼の喉元に剣を突き刺した。少し呆気に取られていた俺に旅人は言う。


「いや、助かったよ。不思議な魔法を使うんですね」


 爽やかな笑顔を見せる旅人。俺は躊躇なく狼を殺した彼に少しビビった。


「ああ、お前の剣の技術もなかなかだったぞ。それでは後片付けは任せた」


 俺は何とか強がりを言ってその場を離れ、エーコの所へ戻る。


「さて、こんなもんだ。女神の使徒らしいすごい活躍だっただろう」

「お疲れ様です。ところで、ヨカゼ様が使っていたのはどのような魔法でしょうか? 」


 さっきの旅人の言葉からも考えると、この世界には魔法があるんだな。いかにもファンタジーと言った感じで非常に良い。


「女神の使徒のみが使える特別な魔法だ。女神に逆らうものに呪いをかけて苦しめることができるのだぞ」

「呪い、ですか? 闇魔法みたいなものですかね」

「そんな感じで考えてもらえればよい」


 闇魔法か、格好いい響きだ。女神の使徒が闇魔法を使うというのは少し違和感を感じるが、それは今後の俺の活躍からすると些細な問題であろう。


 少し休憩をした後、俺達は再び歩みを進めると、目的地である森とその傍らにひっそりと建っている小屋が目に入ってきた。

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