異世界転移をするときは、チートを身につけて、できるだけ現実から離れてしてください

@pepolon

第一章 少女は女神の使徒に出逢った

第1話 異世界転移

 ボロアパートの一室で俺は異世界転移の準備を始めている。

 こんな糞みたいな世界からオサラバして、可愛い女の子と優しい神様がいる世界へ行くためだ。


 思えば物心がついた頃から異常だった。


 小学校の徒競走では毎年スタート直前に靴紐が足に絡まり転倒、その光景に先生でさえ爆笑。

 高校受験では女の子がいる地元の共学に行きたかったのに、何故か白紙で出した男子校に合格し、親には逆らえず男子校に進学。

 高校ではホモに目を付けられたため、休み時間はトイレの個室に逃げ込み閉じこもる毎日、今でもホモがトイレのドアをノックし続ける音が脳裏にこびりついている。

 そんな劣悪な環境下で良い大学に合格しなかった俺に、親父は参考書を顔面にぶつけてきて怒鳴った。

 親元を離れて心機一転、大学デビューをしようとしたら、高校受験で間違って白紙提出者を合格にしてしまったというニュースが報道され、そこに俺の実名が手違いで出てしまった。


 当然、もう誰も俺に近づこうとはしてこない。


 いったい俺が何をやったというのだろうか。特に何か犯罪行為に手を出したわけではないし、少しでも運が良くなるように小学生の時から毎年かかさず元旦の初詣に出向いては賽銭箱に万札を入れている。


 今年なんかは日本中の神社を巡ってお祈りを捧げたにもかかわらず事態は好転する気配がない。

 こっちは貴重な金を払っているお客様なんだぞ、何で神様は何もしてくれないんだよ!


 これは俺の持論ではあるが、おそらくこの世界には神は存在する。けれども神は俺を嫌っているのだろう。そうでなければここまでの不運に説明がつかない。

 

 ならばこんな世界はこっちからお断りだ!


 そんなある日、俺は大学の図書館で本棚の片隅にひっそりと置いてあったこの本【異世界転移のやり方】を見つけた。

 本を読んだところ異世界転移をするためにはいくつかの黒魔術を使えなければいけないとのことだったが、幸いその黒魔術を習得する本は図書館に置いてあった。

 俺はそれらの黒魔術の本を読み漁り、習得した。独学での習熟は大変であったが、今までこの世界から受けた苦しみに比べればはるかにましだ。


 そしてついに今、異世界転移を実行する時がやってきたのだ。


 ちなみに【異世界転移のやり方】によると、転移する異世界はこの世界と同じ言語を使っていて、ファンタジー小説やゲームの雰囲気と似たようなものらしい。

 もうこれは転移しろと言っているようなものだろう。


 さて異世界転移の準備を始めよう、魔法陣を書いて東京タワーの置物、ケチャップ、近所のスーパーの総菜の唐揚げを置き、魔法陣に祈りを捧げる。

 ふざけているように見えるがこの【異世界転移の方法】に書いてあることを読み解いてでた結論である。


 準備が整い俺が祈りを捧げ始めると、



 ピンポーン



 玄関のチャイムの音が鳴り響く。俺が無視をしていると、



 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。



 うるさいな、こっちは異世界転移の途中なんだ、気が利かない奴め。

 俺は玄関に行きドアを開けると、そこには誠実そうな青年が笑顔で立っていた。


「ネコネコ宅配便です。土屋つちや 夜風よかぜさんのお宅ですか」

「そうですけど」


 ちっ、表札にそう書いてあるだろうが。


「ここにハンコをお願いします」

「すみません、サインでいいですか」

「あ、いいですよ」


 青年は胸元のポケットからボールペンを取り出す。俺はペンを手に取って手早くサインをした。


「ありがとうございました」


 羨ましいくらいの笑顔で挨拶をする青年。俺はその顔を妬ましそうにじっと見つめる。


「あれ、ボクの顔に何かついていますか? 」

「いや、とても元気の良い方だなと」

「そうですか、実はこれから彼女とデートなんですよ。もうこれで仕事は終わりなので電車に間に合いそうで良かったです」


 本当に幸せそうだな。ちなみにお前が運んできた荷物の中身はエロ本だ、これがこの世界が生んだ格差社会の闇なんだろうな。


 青年は軽く会釈をすると去っていく。俺は受け取った段ボールを玄関の隅に放り投げた。


 気がそがれてしまったので俺は一旦、異世界転移の術式を取りやめてベッドに横になる。


「人の気も知らないで彼女だと、少しは痛い目にあってもらうか」


 異世界転移をするために覚えた黒魔術は大きく分けて二つある。


 一つは【腹痛】の魔術、これは一度見た相手の顔を思い浮べて念じるとその相手に強烈な腹痛を与えることができる。


 そして二つ目は【麻痺・眩暈・嘔吐・頭痛】のグループ、これらは相手の目を見つめないと使うことができない。


 つまり今の状態ではあの青年には【腹痛】の魔術しか使えないということだ。もし俺が三十分後、先程の青年の顔を思い浮かべて【腹痛】の魔術を使えば、



【悲報】 電車内で脱糞事故発生



 というニュースがSNSで拡散されるであろう。

 さてどうしてやろうかと考えていたが、あの幸福そうな青年の顔を思い出すとやる気がなくなってしまった。


「この世界にはもう関係ないし別に何もしなくても良いか。そんなことよりも荷物の再確認でもしよう」


 水、食料、ナイフ、ライター、鏡、防災用ヘルメットが登山用リュックに入っていることを確認。身だしなみも鏡でチェック、髪は目にかかるぐらいの長さにそろえている。


 年齢は二十歳、身長と体形は一般的な日本人の平均で髪は黒色だが、異世界で変に目立たないかは少し気になる、まあ何とかなるだろ。


 トレンチコートを羽織り、運動靴を履いて、さらに念のためにリュックから防災用ヘルメットを取り出して頭に装着する。

 ちなみに異世界転移に使う予備の道具は持って行かない、もうこんな世界に戻る気はないからな。


 よしもう邪魔はされないだろう。俺はリュックを背負い、祈り始める。頭の中はこの世界への恨みと、異世界への希望でいっぱいだ。

 異世界に行ったら可愛い女の子や優しい神様がきっといるだろう、そこで今度こそ幸せな生活を送って見せる。


 時計の針が時を刻む音が微かに聞こえる。しばらくすると、だんだんと体が生暖かい空気に包まれ、それは次第に異常な熱気へと変わる。特に背中には、焼きごてをされているかのような熱さや痛みさえ感じるが、俺は歯を食いしばって耐える、全ては異世界転移の為だ。


 突如、体が真っ白な光に包まれる。眩しくてとても目を開けられたものではない。しばらく目を閉じていたが、だんだんと光が消えていくのを瞼の裏から感じた。


 いつの間にか周りの空気も俺の部屋の物とは全く違うものになっていることを肌で感じる。おそらく異世界転移に成功したのだろう、俺は期待に胸を膨らませる。



 おそるおそる目を開けると、一人の少女が驚きながら俺のことを見つめていた。





――――――  一方、日本の神々が住む天界では



 四季折々の花が咲き乱れる天界に、赤い木造の宮殿がある。

 私はその宮殿の中央にある大部屋に入ると、巫女装束を見に纏っている女神が安堵した表情で座っていた。


「ついに彼が異世界へと旅立ちました」


 私は女神に報告する。


「知っているわ、私も転移に少し協力してあげたから当然よね」


 女神はニヤリと笑う。


「貴方様はこのことを酷くご心配なされておられましたね」

「当たり前でしょ、小学生の時からお年玉全額を賽銭箱にぶち込んで、【女の子と仲良くなれないから、代わりに女神様が彼女になって】とか祈ってたら、こいつやばいなってなるわよ。ていうか何で私が代わりなの? むかつく! 」


 女神は怒りを露わにしながら言う。この女神は本当に下らないことで怒るのだな、このことをずっと根に持って彼に対して嫌がらせをしているのだから手に負えない。


「しかも最近はそんなバカみたいな願いをしてくる奴がいるって、日本全国の神々からクレームが来ていたし、本当転移してくれてよかったわ。流石に直接人間を殺すと後処理が面倒だし。はぁ、最近は人間の人権をもっと尊重しようっていう神々がうるさいからやりづらいことこの上ないわね」


 女神は大きなため息をついた後、部屋の外を眺める。


「転移につきましては、我々も必要な書物をそれとなく彼に渡るようにするなど手を尽くした結果がありましたな。なお今回、彼が転移してしまった分の代わりの人間を別世界から召喚しておきました」


 私は事務的に報告する。


「うむ、仕事が早いわ。さすがは私が見込んで大都市の担当にしてあげただけあるわね」


 私が女神から与えられた役割はこの国の大都市の人間の管理。管理と言っても神に反抗する者や女神に嫌われた者への処罰と対応がほとんどだ、やりがいなど全くない。


 しばらく沈黙の時が流れる。その間、女神が机に置かれた書類を処理するために筆を走らせる音のみが聞こえていた。


「転移した彼は大丈夫でしょうか」


 私は女神に尋ねてみる。


「知らないわよ、返品されないように工夫はしといたからそこは安心して頂戴」


 ウインクをした女神は私の左手の甲に刻まれている紋章を見ながら不敵な笑みを浮かべる。


「……もし、我らが彼の邪魔をしていなかったら、彼はどんな人生を歩んでいたのでしょうね」

「何もしなきゃあんな気持ち悪い奴、性犯罪者になってたわよ。そう考えると私って良いことしたわね、ふふふ」


 女神は笑みをうかべる。よく自分の世界の住人にここまで酷いことを言えるものだ、彼には同情する。少しすると女神が一息ついて筆を置いた。


「さぁ、これで今回の件の処理は完了よ、お疲れ様。あー、今日はよく眠れそうだわ」


 女神は近くの木箱に書類を入れて、大きく伸びをする。

 私は一礼した後、部屋から立ち去る。屋敷の外は相変わらず、花々が咲き誇る優雅な景色であった。


「彼があちらの世界で幸せに暮らすことができれば良いのだが」


 美しい景色を見ながら、私は思わず呟くのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る