隆弘の事故からしばらくたった。 

野球部は大変だったようだ、新キャプテンであり強打者でもあった彼に任せっきりだった諸々が崩れ去り、部活としての機能が停止しているらしい。 

隆弘本人はまだ意識が戻らないらしく、間接的にその原因を作ったかもしれない吟矢は気が気でなかった。 

一方、隆弘と関わりのあった人達は美雪のことを思って彼のことはあまり話さなかったので学校自体はすぐにいつも通りの姿になった。 


 その中で一番大きく変ったのは、やはり吟矢と美雪の関係だ。 

あの日から特に約束をしたわけでもないのにいつも一緒に学校から帰るようになって、その時間を積み重ねるごとに徐々に会話の量も増えていった。

二人とも同じ町で育ったのだから話のタネには尽きなかった。 

知り合ってから長いものの、あまり話さなかった時間を取り戻すように帰り道で止まることなくずっと話合った。 

そしていつもあの分かれ道で手を触り合い、別れる。 

吟矢は毎日学校が終わるのが楽しみでしょうがなかった。 

これが青春なのだと実感した。


 吟矢はその日もいつも通りに授業をこなし、終礼が終わると足早に教室を出る、校門前に行くと美雪が自分の事を待っていた。 

どちらかが決めたわけでもないのにいつも先に終礼が終わった方がここで待っているのだ、今日は美雪の方が早かった。 

お互いを確認すると足並みを揃えて昨日の話の続きをしながら同じ町へ向かう。 

今日もいつも通りにそうするが吟矢はいつもよりもソワソワしていた。


「あの、さ」


いつもの別れ道にたどり着くと吟矢が口を開いた。


「ん? なに?」


美雪はキョトンとした顔で聞き返す。


「俺、しばらく前に抽選で遊園地のチケットが当たったんだよね」


あの時、コハクがパフォーマンスで当ててみせたプレゼントは遊園地のペアチケットなのである。 

まさか当たるとも思っていなかったし、そもそも応募したことも忘れかけていたのでいざ手に入ってもどう使うかを考えていなかったのだ。


「え! すごいじゃん!」


しかし、今となっては良い使い道があることに吟矢は気がついていた。


「それでさ、元々は隆弘を誘う予定だったんだけど、あんなことがあったから。 よかったら一緒に行かない? チケットの期限もあるし、気晴らしにでもなるかと思って」


吟矢はあの事故以降、美雪の前で隆弘の名前は出さないようにしていたが、これ以外にいい誘い方が思いつかなかった。 

案の定、美雪は少し悲しそうな顔をしたが、声はいつもの明るさで答えた、


「うん、いいよ。 心配してくれていたんだね、ありがと」


思っていたよりもあっさりとOKの返事が貰えて舞い上がりそうな気持ちを抑えて吟矢は言う、


「よかった! じゃあまた連絡するよ、バイバイ」


吟矢はいつも通り別れの手を振る、美雪は笑顔で手を振り返した。 

吟矢は遂にここまできたかと思った。 

今までなんとなくで一緒に帰っていたが、今回はちゃんと約束をして二人で会うのだ。 


つまり、デートである。 


吟矢は二人で遊園地を楽しむ姿を想像するだけで幸せだった。


 その日、二人は遊園地に来ていた。 

久しぶりの遊園地を二人は子供に戻ったかのように満喫した、二人で叫んで、二人で笑って、二人で同じ物を食べて感想を言い合った。 

吟矢にとって夢のような時間だった、自分が想像していたよりも何倍も楽しい時間を過ごせたからだ。 

時が経つに連れて二人の距離は更に近づいていく、子供のようにキャッキャと騒ぎながらも、もう側から見れば恋人同然だし、おそらく二人ともそう見えることは分かっているだろう。 

それでも、時間というのは残酷なものだ、一方的に進んで返してくれない。 楽しかった時間は矢のように飛んでいった。


 二人揃って帰り道を歩く、遊園地でのことを振り返ってずっと話し合っている。 

もう、二人の距離はほんの少し傾くだけで手が触れ合うほど近い。

夕日が二人の頬を染める。 

ほどなくして、いつもの別れ道に着いた、今日という旅はここで終わり、終着駅に着いてしまった。


「ね、」 

美雪が口を開いた、何か言いたそうな雰囲気を出している、 

「ここに立ってジッとしててくれる?」


吟矢はよく分からず、言われた通りに別れ道の角で立ち止まる。 


それからは一瞬の出来事だった。 


美雪は前から吟矢の肩に両手を置くと背伸びをして顔を近づけた。 


美雪の香りがした。 


そして美雪は離れるとチラチラと手を振って足早に別れ道を吟矢とは別の方向の帰り道へ歩いていった。 


もはや、吟矢は何も考えることができない。










「おい」


少し離れた所から声が聞こえたような気がした。


「おい」


いや、確かに聞こえる。


ガリガリガリッ


その声の方向から銀属が地面と擦り合わさるような音も聞こえる。


「おい、聞こえてんだろ」


その声は低い、唸るような声だった。


そして、その声はよく知っている。


親友の、隆弘の声だ。


「お前なんだろ」


その声はよく知ってはいるが人の声のようには聞こえなかった。 


人ではない、獣のような声。


「お前が俺を突き落としたんだろ!」


隆弘の手に握られた金属バットが空高く振り上げられた。


バットは真っ直ぐに、確実に吟矢の頭へめがけて振り降ろされる。


でも、吟矢は避けようとはしない、いや、幸せでドロドロに溶けている脳みそで何も考えられなかったのだ。



頭が吹っ飛んだ。



体が吹っ飛んだ。



幸運が弾け飛んだ。

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