3
教室を出るとバタバタっと誰かが廊下を走る音が聞こえた、その音は徐々に吟矢の方に近づいてきている。
曲がり角から音を出している犯人が顔を出した、吟矢と同じクラスの委員長だった。
彼は吟矢を見るなりハッとした顔をして更に近づいてくる。
「おい吟矢、まずいことになったぞ」
距離をつめたことで委員長の顔がよく見えた、青い顔をしている、何かよくない事が起こったのだと直感的にわかる。
「ど、どうしたんだよ」
「隆弘がな、階段から落ちたんだよ。 頭から落ちたみたいで意識がない。 昨日キャプテン祝いしたとこなのに、くそっ」
まさか、でも、さっきの今だ、ありえないなんてことはありえない。
「どこの階段だ!?」
吟矢は慌てて聞く。
「中央階段だ! 俺は先生を呼んでくるから」
そう言うと委員長はまたバタバタと走っていく、吟矢も同じように全力で中央階段を目指して走っていく。
中央階段は既に人だかりになっていた。
その中に野球部員達の塊が見える、野球部員達は何かを囲む様に集まっている、何かを守る様にも見える、吟矢はその中心に隆弘がいることを悟った。
人だかりの隙間から一瞬隆弘の姿が見えた、血は出ていないが魂が抜け落ちた様にグッタリとしている。
もう一人、美雪の姿も見えた、人だかりから外れた廊下の壁にもたれて泣いているようだ。
隆弘には近づけそうにないので吟矢は美雪の側に駆け寄った。
近寄ったはいいものの、吟矢は美雪に対してどんな言葉をかけるべきか分からなかった。
彼女が泣いている理由はよく分かる、それをわざわざ聞き出すのは野暮だ。
けれど、どうにか彼女を慰めたい一心で吟矢は無言で美雪の背を優しく摩った。 美雪は突然背中を摩ってきたのが誰かを確かめる、それが吟矢だと分かるとほんの少し涙が落ち着いたようにみえた。
ほどなくして委員長が教員達を連れて戻ってきた、教員達が隆弘の応急処置をしている間に救急車も学校の前に現れ、隆弘がタンカーに乗せられて運ばれてゆく。
皆が救急車を見届けると空はもう暗くなっていた。
生徒達が散りじりに帰ってゆき、廊下も静かになった頃、美雪は涙が治って少しヒクヒクと痙攣するくらい落ち着いていた。
「帰ろっか」
吟矢の言葉に美雪は軽く頷いた。
二人は幼馴染みなので帰る方向は一緒なのだ。
二人並んで同じ方向に向かって歩く、知り合ってもう長いが初めてのことだった。
でも、二人とも一言も話さない、ただ一緒に帰るだけ、それでも足並みが乱れることはなかった、喋らずともお互いのことがわかりあっている状態だ。
「じゃあ、ここまでだから」
お互いの家へ続く、最後の分かれ道に辿りついた。
美雪はまた小さく頷いた。
その頭を見て無意識に吟矢の手が伸びる、美雪の頭を軽くポンポンと叩いた、驚いた美雪が顔を上げて不意に二人の目が合う。
吟矢は無意識のうちにやってしまったことに後悔したが、打って変って美雪は嫌がる素ぶりを見せない。
緊張をほぐすように吟矢は口を開ける、
「じゃあ、また明日な」
それを聞くと美雪は小さく頷き、足先を変えて帰路についた。 美雪の一つに束ねられた長髪が歩くたびにヒラヒラと揺れる、そんな後ろ姿に吟矢は見惚れていた。
自分はこの子に恋をしたのだ、その美しき後ろ姿を見て不幸になってでも彼女と付き合いたいと思ったことは間違いではなかったと思った。
しばらくして、美雪が振り返るとまだ吟矢が自分を見送ってくれていることに気がついた、美雪が手を振った、吟矢も答えるように手を振る、そして吟矢も帰路につくことにした。
コハクとの契約から2時間も経っていないのに、怒涛のような展開があった。
吟矢は今、確実に幸運を実感している、自分が幸運であったが故に隆弘は災難にあったのだ。
隆弘には申し訳ないが、それでも吟矢は美雪のことが好きで堪らない、そのために自分はコハクと契約したのだ。
必ず美雪と付き合う、その決心は揺るがない。
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