自らを悪魔だと言う美少女は笑顔で話を続けた。


「私はね、本当に本当に欲しいモノがある人にしか呼び出せないようになっているんだよ。 で、君は私を呼び出した、さあさあ話は聞くよ、一体何が欲しいの?」


吟矢は突然のことで彼女が何を言っているのかストンと理解することができなかったが、どうやらSNSの書き込みは真実なのかもしれないと思った、そうでないと誰も居なかったはずの教室にこんな美少女が現れるはずがない。


「いや、その前に君についてもっと良く知りたいんだけど…」


すると美少女はまたフフッと笑って頷いた。


「いーよ、教えてあげる。 その代わり、私のことはコハクちゃんって呼んでね! いい?」


断る理由は特になかった。


「わかった、じゃあ教えて。 えと、コハクちゃん」


コハクはまた笑う。 

同じくらいの年頃の女の子に「ちゃん」を付けて呼ぶことなんて滅多にない吟矢はほんの少し顔が赤くなった。


「さっきも言ったけど私は悪魔だよ。 幸運を司る悪魔、それが私」 

コハクは人差し指で自分を指した。 

「私はね人の運勢を自由に操ることができるのさ! だから君の欲しいものをなんでもあげることもできる。 ま、タダじゃないけどね」


吟矢は唾を飲んだ。 

もし、本当ならこれまで積み重ねてきた妄想を実現することができる。 

しかし―――


「それって本当なの? まだ何が起きているのかよくわかんないんだけど」


コハクは「そうだよね」と言い、

「私が本当に幸運を持っているって信じれないわけだ、いいよ見てて」


するとコハクは吟矢のスマートフォンを指で軽くコンコンと叩いた。 

すると直後にメールの通知音が鳴った。 

開くと吟矢は驚きで硬直した、それは先日応募したプレゼント企画の当選メールだった。

一体、倍率はいくらだったのだろうか、それにコハクが指で叩いたタイミングで丁度メールが届くなんてありえない。


「どーだ! 凄いでしょ! この程度、私にして見たら簡単な事だけどね! 信じる気になった?」


コハクは満足げな顔をしている。


「信じる、かも」 

これは信じていいのかもしれない 

「でも、さっきタダじゃないって言ったよね、俺、お金そんなに無いよ」


それを聞いてコハクは色白で細長い綺麗な人差し指を左右に振る。


「お金なんて要らないよ。 私が欲しいのは幸運だけだよ」


吟矢は少し分からなくなった。


「幸運にしてくれるのに幸運を取るの?」


コハクは頷いて「そうだよ」と言い、

「私は何でもあげれると言ったけど、実際には私がするのは君の人生の運のバランスを弄って今なんでも手に入る状態にするだけだよ。 私の幸運をあげるわけじゃない。 だから本来君が使うはずだった幸運をちょっと貰うってこと」


そうだ、そんな上手い話があるわけないと吟矢は思った。


「じゃあ幸運になっただけ不運になるってことだよね?」


「そう、前借りだと思ったら分かりやすいかも、利子付きだけど」 

そう言うとコハクは頬杖をついて琥珀色にキラキラと輝く瞳で優しく吟矢を見つめて話を続けた、 

「でもさ、私がここに来たってことは不幸になったとしても本当に欲しいものがあったんでしょ? ね、何か教えてよ」


優しい瞳でそう言われると答えないわけにはいかなかった。

それに言うだけなら何も問題ないはずだ。


「物っていうと語弊があるけど、好きな女の子がいるんだ。 その子とは物心ついた時から仲がよくってね、ずっとずっと好きだった。 でも最近、俺の親友と付き合っちゃってさ。 親友のことも大切だし、尊敬もしているけど、やっぱり好きなんだよその子のことが」


それだけ言って恥ずかしくなった吟矢はチラッとコハクの顔を見た。 

彼女は優しい眼差しを崩すことなく、とろんっとした顔で頷いた。


「そっか、三角関係ってやつだね。 青春だなぁ」 

するとコハクはフフッと笑う、 

「それじゃあ、どうしよっか。 決めるのは君だよ。 このままでいいのだったら私は行くよ、もし不幸になってもその女の子と付き合いたいのだったら力を貸すよ」


不思議なことだ、他人に本音をぶつけると自分が何をしたかったかがよく分かる、吟矢の答えはもう決まっていた。


「コハクちゃん、力を貸してくれますか」


コハクはこれまでで一番の笑顔を作って「うん!」と頷いた。 

でも、吟矢はもう一つだけ確認しておかないといけない事を思い出した。


「でも、さっき自分の事を悪魔だって言ったよね? 本当に信用できる?」


コハクは笑顔を崩さずに話す、

「私は神様じゃあないからね、どちらかが一方的な事はしないよ。 それに悪魔は契約を遵守するよ、ビジネスってやつ。 お互いがWIN−WINならいいじゃない?」


確かにそのとおりだ、吟矢にとってもコハクにとっても都合がいい。


「わかった、契約しよう」


それを聞くとコハクは小さく「よしっ」と言った。

「じゃあ、契約内容を振り返るよ。 これから君を幸運にする、期間は君の目標が達成された時、それが終わるまでに使った幸運に加えてほんのちょっと私も幸運を貰うよ」 


吟矢は決意を持って頷いた。 


「それと幸運の期間中は他のものを欲しがらないようにね、身の丈にあっていないものを手に入れるほどに多くの幸運を使うことになるから」


そう言い終わるとコハクは吟矢に向かって手を差しのべた、


「それでよかったら私と握手して!」


吟矢もコハクに向かって手を伸ばした、その動きに迷いは無かった。 

吟矢の手とコハクの華奢な手が結ばれる。


「よし! 契約成立だぁ!」


コハクは少し強く吟矢の手を握ってから手を離し、席を立って伸びをする。 レインコートが擦れてガサガサと音がなる。 

吟矢はコハクに会ってから初めてその全体像を見た。 

顔だけ見ていると少女に見えるが、背は思っていたよりも高くお姉さんっぽさも感じた。 

なんといってもおかしいのはその見た目、下から黄色のレインブーツ、真っ黒のニーソックス、黄色のレインコート、真っ黒のショートカットの髪、なんとなくスズメバチを思い浮かべた、美しき女王蜂だ。


「どうして雨具を着ているの?」


それを聞くとコハクはその場でクルッと1回転してから吟矢の問いに笑顔で答える、

「おしゃれ!」


なるほど、確かに可愛らしいかもしれない。 

吟矢も席から立って伸びをする。


「じゃあこれから先は君次第だからね、私でも未来は見ることはできないの」


「うん、ありがとう」


コハクはまた笑顔を作る、何度見ても完璧に美しい笑顔だ。


「それじゃあ行くね、バイバイ!」


そういうとコハクは片手を高く上げ、パチンッと指を鳴らした。 

その音と同時にコハクの姿は消えていた。 

吟矢は今ので確信を持った、あの子の話は本当だったのだと、だったらできるだけ早く行動をとった方がいいと思った。 

美雪のことを考える、不幸になっても美雪と付き合えるのであればそれでいい。 

吟矢は荷物をまとめて教室を出た。

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