リアルキイＲＰＧ～キイで奇異な大冒険～

第三話 夜は宿で一休み。でも油断は禁物やのし

みんなはＪＲ紀伊勝浦駅前から、海沿いながらも背後に小山の聳える凪桜旅館まで送迎タクシーで送ってもらった。

「ご予約の山東御一行様、お部屋はこちらになっております」

女将さんに六人部屋となっている、２０９号室へ案内される。

　十五畳ほどの純和室だった。

「リアル旅館の和室もええ雰囲気やのし。リアルだぶとんもあた座り心地良さそう」

「俺は別の部屋にして欲しかったんだけど」

「まあええやん龍平お兄さん、ワタシ達家族みたいなもんやし」

「龍平お兄ちゃんもいっしょがいいっ！」

「龍平さんなら、寝込み襲って来ないだろうからわたしも全然気にならないですよ」

「私も龍平くんもいる方が安心出来るよ」

「さすが龍平様、主人公だけあって皆様から信頼されてとるね」

「どうだろう？」

　龍平は苦笑い。

「わあーっ、見て。中に饅頭とか、ゼリーとか、ジュースがいっぱいあるぅ」

　果音は冷蔵庫を開けてみた。

「旅館といえばこれやね。宝箱を開けた気分や」

「リアル世界のやさか、敵キャラから受けたダメージに対する体力回復効果はないで」

「これって別料金取られるから、やめた方がいいんじゃないか？」

　龍平はこう意見するも、

「まあええやん。お金いっぱいあるし」

　真璃絵は抹茶ゼリーを手に取った。

「まもなく夕食の時間だから、わたしは今は食べない方がいいと思うわ」

「俺もそう思う」

「私もー」

「それじゃあ、やめとこうっと」

「ワタシもやめるわ～」

「うちも夕飯を優先するやのし」

このあとみんなは夕食場所となっている宴会場へ。

「ご予約の山東御一行様ですね。ごゆっくりどうぞ」

従業員さんに座席へ案内される。

宴会場は二〇畳ほどの純和室となっており、長机一脚に座布団が六つ敷かれていた。

メインメニューは熊野牛、鯨肉、カツオの叩き、マツタケの土瓶蒸し、アユの塩焼き、めはり寿司。他に副菜、デザートもたくさん。

「梅のゼリーから食べようっと」

　果音がそれをスプーンで掬って、お口に運ぼうとしたら、

「もーらった」

真璃絵が横からぱくりと齧り付いて来た。

「あああああああーっ！　真璃絵お姉ちゃん、何するのぉっ！」

　果音は大声を張り上げて、真璃絵をキッと睨み付ける。

「えへへ」

　真璃絵はとても美味しそうに頬張りながら、あっかんべーのポーズをとった。

「ひっどーい」

　果音は真璃絵の両方の頬っぺたをぎゅーっとつねる。

「いったぁーい」

　真璃絵は果音の髪の毛を引っ張った。

「真璃絵お姉ちゃん、いきなり取るなんてひどいよ。そんなに卑しいことしてたら、ぶくぶく太って豚さんになっちゃうよ」

　今度は果音、真璃絵に馬乗りになった。

「果音だってお菓子大好きなくせに。果音こそ太るで」

　真璃絵は対抗しようと、両手で押し返す。

「あたしは太らない体質だもんねーっ！」

　果音は自信満々に言う。

「仲間同士の戦闘になっとるやのし」

「やはり真璃絵さん優勢ですね」

「二人ともまだまだ子どもだなぁ」

　梅乃、聡実、龍平は食事を進めながら楽しそうに成り行きを眺めていた。

「果音、真璃絵、仲間同士で戦闘するのはやめようね」

　遥子はにっこり笑顔で見守る。真璃絵と果音は普段家庭での夕食時でもおかずを取り合うことはよくあるので、慣れているのだ。

　それから一分ほどが経過しても、

「真璃絵お姉ちゃん、返してぇーっ！」

「それは不可能や」

　二人はまだ、ケンカを止めようとはしなかった。

「真璃絵、果音。いい加減やめようね。みっともないよ」

遥子は優しく注意して、二人の後ろ首襟を掴んで持ち上げた。

「ごめんなさーい」

「すまんねえ遥子お姉さん。もうやめるよ」

恐怖心を感じたのか、二人とも反省の態度を示す。

「遥子ちゃん、さすがお姉さんだな」

　龍平は感心する。

「まさか、軽々と持ち上がるとは思わなかったよ」

「遥子様、レベルが上がっとる証拠やのし。だから明日は自信を持って敵と戦ってや」

「体格は朝から全然変わってないのに、こんなに力付いちゃうなんて……」

　遥子は自分の能力にちょっぴりショックを受けてしまったようだ。

「さっきはごめんね、果音」

「ううん、あたし、もう気にしてないよ」

　真璃絵と果音はすぐに仲直り。その後は仲良く夕食タイムを過ごしたのであった。

みんなは部屋に戻る途中、館内のアミューズメント施設へ立ち寄った。

「皆様もゲーム上の設定と同じく、こういったアーケードゲームで遊べば経験値アップするように今はなっとるさか、どんどん遊んでや」

　梅乃からこう勧められ、龍平達はお目当てのゲーム機へ向かっていく。

「敵の動きがゆっくりに見えたぞ」

　龍平はガンシューティングゲームで、パーフェクトに近いスコアを出すことが出来た。

「自分でも信じられないくらい上手くいった」

「まさかこんなに簡単に取れるなんて。自身の能力にびっくりです」

　クレーンゲームで遊んだ遥子はウミガメ、聡実はシャチのぬいぐるみを楽々ゲット。

「音ゲーもすごく軽快に動けるようになったよ。自己ベスト、大幅に更新しちゃった♪」

「ワタシも無意識のうちに体が反応しちゃったよ。気分爽快やっ！」

果音と真璃絵は楽しそうに画面右から流れてくる音符に合わせて太鼓を叩き、スコアを増やしていく音ゲー、難易度は『むずかしい』。選んだ曲は今流行のアニソンでパーフェクトに近いスコアを叩き出すことが出来た。

「集中力や俊敏性がアップしたさかやのし。龍平様、ゲーム上で女の子を仲間に加えてから旅館に泊まった場合は、女湯覗きゲームも楽しめるやのし」

　梅乃は耳元で囁いて教えてくる。

「そのイベントは不要だな」

　龍平は苦笑いする。けど内心は試してみたいなと思ってしまった。

「龍平お兄さん、パンチングマシンで勝負しよう！」

「いいよ。俺が勝つだろうけど」　

「龍平お兄さん、もしワタシに負けたらヌードデッサンのモデルになってもらうで」

「いや、それは勘弁してくれ」

「もう、龍平お兄さん本当は自信ないんやん」

　真璃絵と龍平がその筐体へ向かっていこうとしたら、

「これやろうぜっ！」

「うぉう、これ、ここにもあったんか」

　どこかの大学の体育系サークルと思われる、男ばかりのむさくるしい連中に先に使われてしまった。

「ちょっと様子見てみるか」

「そうやね。ワタシの苦手なタイプやけど、数値気になるから」

「うちも拝見するで」

「あたしもー。あのお兄ちゃん達、みんなすごく強そうだね」

　龍平、真璃絵、梅乃、果音はお菓子を取るクレーンゲームで遊びながらこっそり観察。

「本当に不思議なくらい体がよく動くわね」

「私、自由自在に動けてめちゃくちゃ楽しいよ。空だって飛べそうな気がする」

聡実と遥子はその頃、いっしょにダンスゲームで遊んでいた。

　　　　　　　　　○

十分ほどして大学生だろう連中が去ったあと、龍平は三回分、百円硬貨を三枚コイン投入口に入れ、筐体両脇に設置されたグローブを両手にはめる。

　ゲーム開始ボタンを押すと、パンチングパッドが起き上がった。

「これ目掛けて殴ればいいんだな」

　龍平は右手を用いて、バシンッと思いっ切り殴ってみた。

　すぐに画面上にスコアが表示される。

「八九点って、さっきの強そうな連中のやつらでも七五が最高だったのに。マジかよ？　機械の故障じゃないのか？」

「ワタシも七八出たよ」

「あたしも七〇出たぁ」

「龍平様も真璃絵様も果音様も、レベルと共に攻撃力もかなりアップしとるさかやのし。試しにあそこの自販機で売っとるスチール缶、上から叩いてみぃ」

　梅乃から勧められると、龍平、真璃絵、果音はさっそく最寄りの自販機のスチール缶飲料を購入してくる。

飲み干して空き缶にし、休憩イスの上に底面を下にして置いた後、

「えっ、嘘だろ？」

「おう、ワタシリアルにパワーアップしてるやん」

「簡単に潰せちゃった♪　あたし達今、めちゃくちゃ強くなってるんだね」

　三人とも手のひらで上面を程々に力を入れて叩くだけで、ぺちゃんこにすることが出来てしまった。

「これは、明日の決戦もめっちゃ楽しみや」　

「あたしもー」

「こんなに力付いて、俺自身としてもなんか恐ろしいな」

そのあと龍平、真璃絵、果音はもぐら叩きゲームも楽しんで、三人とも独力でパーフェクトを出すことが出来た。

　　　　　　☆

みんなが２０９号室へ戻った頃には、すでにお布団が敷かれてあった。この旅館のサービスとなっているのだ。

　問題がすらすら解ける。学問仙人のお守り、本当に効果あるみたいだな。

　龍平が漆塗りのテーブルを使って数学の予習に取り組んでいた頃、

「んー、リアル世界の露天風呂もちょっと熱いけど最高やのし♪」

「めっちゃ気持ちええわ～。旅の疲れが一気に吹き飛びそうや」

「この露天風呂、桜の時期、紅葉の時期、大雪の時が特にお勧めみたいですよ」

「私その時にまたここ訪れたいなぁ。果音、ここで背泳ぎするのはダメだよ」

「はーい」

女の子達はみんなすっぽんぽんで岩風呂の乳白色に染まった湯船に浸かってゆったりくつろいでいた。

「龍平お兄さんもこっち来なよーっ。家族風呂で混浴やのに」

真璃絵から誘いの声が聞こえてくるも、

　いっしょに入りたいって気持ちは、俺は持ってないぞ。

　龍平は無視して勉強を進める。

「真璃絵、龍平くんが嫌がることしちゃダメだよ。あっ！　おサルさんだ。あそこにいっぱいいる」

　遥子は背後に聳える雑木林の斜面で姿を発見した。

「この旅館の露天風呂、おサルさんが入ってくることでも有名みたいですよ」

　聡実はほんわかした表情で伝える。

「あっ、本当にやって来たよ」

　遥子が呟いた通り、何匹かが露天風呂の岩場に移動して来た。

「この子ら、タダで入っとるね」

　真璃絵はにこにこ顔で突っ込む。

「きゃっ、このおサルさん、襲って来たわ。やっ、やめて下さい」

　聡実はいきなり猿一匹に抱き付かれ、胸を揉まれてしまう。頬を火照らせていた。

「エロ猿やね」

「聡実お姉ちゃんのおっぱいが好きなんだね」

「おサルさん、聡実ちゃん嫌がってるからそんなことしちゃダメだよ」

「てきゃら、ゲーム上でも和歌山の森林に現れる紀伊ザルって名の敵キャラやのし。体力は６２や。素早さもあるで」

　梅乃はにっこり笑顔で伝えた。

　キャッ、キャッ、ウッキャキャ。

　紀伊ザルは真璃絵、果音、遥子にも襲い掛かる。

「ワタシ達今、武器持ってないし、すっぽんぽんやから攻撃力も防御力もかなり劣っちゃうよ。きゃんっ！　あんっ、んっ。めっちゃ吸い付きよ過ぎや」

「おサルさん、あたし達に懐いてるみたいだよ。あっ、いたたたっ。いたーい。腕引っ掻かれちゃったぁ」

「大丈夫？　果音。怖い、怖い。離れて、離れて」

「あの、いい加減離れて下さい」

「引っ掻きと噛みつき攻撃はかなり強力やさか、皆様気を付けて」

　例により、案内役の梅乃には襲って来なかった。

「エロザル、お仕置きしちゃうよ」

　真璃絵は胸に吸い付いて来た紀伊ザルの頭に殴りかかる。

　キャキャッ！

　しかしかわされ岩場へ飛び移られた。

「いたっ、足引っ掻かれたわ～」

「真璃絵、大丈夫？」

「遥子お姉さん、ワタシは大丈夫よ。遥子お姉さんこそ、おっぱいと背中と足、三匹もとまられとるけど大丈夫？」

「うん、攻撃はされてない。動いたら攻撃されそうで動けなーい」

　遥子の表情は少し青ざめていた。

「とりゃぁっ！」

　果音も自分を襲い掛かった紀伊ザルに蹴りを食らわす。

　ギャッ、ギャッ！

　見事命中。

「みんな、敵が出たみたいだけど大丈夫か？」

　龍平は室内から、外は覗かないようにして問いかけた。

「龍平お兄さんも助けに来てっ！」

「いや、悪いけどそれは無理だ。みんな裸だろうし」

「龍平様、非常事態やのし」

「そうはいってもなぁ」

「龍平お兄さん、頼むからこっち来ていっしょに戦ってや。ついでに武器も持って来て」

「龍平さん、お願いします。また数が増えてわたし達だけじゃ勝てそうにありません」

「龍平くぅん、早く来て」

「龍平お兄ちゃん、このおサルさん、すごく強いよ」

「……わっ、分かった。ちょっと待ってて」

　これは深刻な事態だなっと感じた龍平はみんなの武器を持ち、勇気を振り絞って露天風呂の方へ移動するとすぐに自分の分以外の武器をみんなのいる方へそっと投げる。視線は洗い場に向けたまま。

　ギャッ、ウキャッ、キャキャッ！

　紀伊ザル達が、邪魔するなよと言わんばかりに一斉に龍平の方に襲い掛かって来た。

「やっぱ太地までの敵より手強いな。いってぇ。腕噛みやがった」

　龍平は竹刀を用いてみんなの姿は見ないように紀伊ザル達と戦う。

「開放されて良かったけど、龍平くんが心配」

「龍平お兄さんならきっと大丈夫やろう。ワタシすっぽんぽんじゃさすがに龍平お兄さんの目の前に出れんよ」

「龍平さん、ご迷惑かけて申し訳ないです。あらっ、紀伊ザルさんから受けた傷が一瞬で癒えたわ」

「入浴は体力全快効果があるやのし」

　果音以外の女の子達は湯船に肩までしっかり浸かって裸体を隠した。

「龍平お兄ちゃん、あたしも協力するよ」

　果音はすっぽんぽんのまま、龍平を襲う紀伊ザルをヨーヨーと水鉄砲の二玩具流で攻撃する。

「ありがとう果音ちゃん、こいつめ、くたばれっ！」

つるぺた幼児体型の果音の姿が龍平の視野に時折しっかり入ってくるが、龍平は当然のごとく欲情せずに紀伊ザル戦に集中。

「他にもういないね」

「ようやく全滅したか」

　果音は一回だけ、龍平も何度もダメージを食わらされながらも勝利を収める。

「龍平お兄ちゃん、湯船に浸かったら一気に回復するよ」

「俺はこれで回復させるからっ」

全身傷だらけになってしまった龍平は、紀伊ザルが落していったじゃばらチーズケーキと那智黒を拾い上げると、そそくさ室内へ戻っていった。

「わたし、ここにまで敵キャラが出るとは思わなかったわ」

「屋外では油断出来んってことやね。でもそれもまた楽しいやん」

「また襲われるかもしれないから、早く中に戻ろう」

　遥子が湯船から上がろうとしたら、

「ここの露天風呂、広いねー」

　茂みから果音と同い年くらいに見えるほんのり茶髪なカールヘアの女の子が現れた。

「かわいい♪」

　遥子はうっとり眺める。

「隣のお部屋から伝って来たのかしら？」

　聡実は推測する。

「お姉ちゃん、いいおっぱいしてるね」

　女の子はいきなり遥子の胸を両手で揉んで来た。

「もう、ダメだよ」

　遥子はぴくっと反応。

「こらこら、女の子だからってむやみに他人のおっぱい揉むもんやないよ」

　真璃絵は背後から抱きかかえて引き離す。

「あーん、もっと揉みたいのにぃ」

すると女の子の首下から膝の辺りにかけて巻かれていたタオルがハラリと湯船に落ちた。

「えっ！　男の子？」

　あれがばっちり見え、遥子は目を大きく見開く。

「わたし、女の子かと思ってました」

「お○んちんがしっかりついてるね」

「きみ、男の娘だったのかぁ」

　聡実も果音も真璃絵も驚くとともに笑ってしまう。

「おれっち、よく女に間違えられるからな。今でも女湯に余裕で入れるぜ」

　少年は得意げな表情で自慢する。

「おれっちって一人称もＧｏｏｄ！　ねえ、あとできみの似顔絵描かせてくれない？」

　真璃絵は少年に近寄ってお願いしてみた。

「嫌だね、このブス」

　少年はそう言って、薄ら笑う。

「かわいいお顔のくせに性格はかわいくないなぁ、この男の娘」

「いっててて、ごめんなさーい」

　真璃絵はむすっとしながら少女のような少年のほっぺたを、両サイドからぎゅーっとつねった。

「きれいなお尻してるくせに」

「くすぐったい。撫でるなって」

そのあとちゃっかりお尻も一撫でする。

「おまはん、歳いくつかな？」

　梅乃がにこやかな表情で問いかけると、

「十歳♪」

　少年は屈託ない笑顔で答えた。

「それならいいか」

　梅乃はにっこり微笑む。

「あたしより一つ上だね。あたしももうすぐ十歳だけど」

「ほんま、かえらしいわ～」

「やっ、やめてぇ」

　真璃絵は少年のほっぺたに顔をぐりぐり引っ付ける。

「ワタシ、これくらいの年頃のかわいい男の子見ると本能的に遊びたくなっちゃうんよ」

「あーん、くすぐったいよぅ」

　続いて体中をこちょこちょくすぐり続ける。

「今度はキスしちゃおうかな？」

「やめろぉ～っ！」

「真璃絵、やめてあげて。この子、すごく嫌がってるよ」

「真璃絵さん、この子の保護者からあとで叱られるかもしれませんよ」

「真璃絵お姉ちゃん、モンスターペアレントだったらまずいよ」

　遥子と聡実と果音に注意されると、

「分かったよ。ごめんねボク」

　真璃絵はしぶしぶこの男の子を自分の体から離してあげた。

「この姉ちゃん怖い。こっちの姉ちゃん、すごくいい人だね。お礼にこれあげる」

　男の子は嬉しそうに遥子の手のひらに何かを置いた。

「何かな？」

　カサッとした感触。

「きゃっ、きゃあああああっ！」

　遥子は甲高い悲鳴を上げ、渡されたものを反射的に投げ捨てる。

　全長十センチを超えるアシダカグモだったのだ。

「岩場のとこにいたよ」

　男の子は無邪気な笑顔で伝える。

「やっぱり男の子やね」

　真璃絵はくすっと微笑む。

「あたし久し振りに生で見たよ、アシダカグモさん。かわいいね」

「遥子さん、この子はゴキブリを駆逐してくれる縁起のいいクモさんよ」

「これがリアルアシダカグモかぁ」

　果音と聡実と梅乃は楽しそうに岩場をゆっくり動くそいつを観察する。

「おれっちも大好きなんだ♪　ペットにしてるよ」

「あのう、ボク。そろそろ自分のお部屋に戻った方がいいんじゃないかな？　パパとママが心配するよ」

　遥子は苦笑いしてこう諭す。

「おれっち、白浜からここに一人で来たんだ」

　男の子は自慢げに言い張った。

「そうなんだ。えらいね」

　遥子は感心させられてしまう。

「小学生でも一人で泊まれるの？」

　聡実は少し驚く。

「なんてったっておれっち」

男の子は満面の笑みを浮かべてそう言うや、彼の身に驚くべき変化が。

ポンッと煙を上げ、なんと狸の姿に変身したのだ。

「えっ、狸？」

「まさか、狸さんでしたとは――またびっくりです」

　遥子と聡実はきょとんとした表情。

「狸だぁ！　変身も出来るなんてすごぉいっ！　でも顔ちょっと怖い」

　果音は大喜びするも、顔を見た瞬間にぷいっと顔を背ける。

　一つ目だったのだ。

「てきゃ、ゲーム上では和歌山編ボスの直前に闘う中ボスの一つ目狸やのし。皆様、気を付けて。一つ目狸の体力は１８２。皆様の今の力ではかなり苦戦すると思うやのし」

「敵なんかぁ。ますますいじめがいがあるわ～」

　真璃絵はにやけた表情で嬉しそうにバットを手に取り一つ目狸目掛けて振りかざした。

「遅過ぎ。こっちだよぅ」

余裕でかわされる。

「あっ！　それ、私のパンツ」

「へへへっ。捕まれられるものなら捕まえてみろ」

　一つ目狸は遥子の替えと今日穿いていた水玉ショーツ二枚を重ねて頭に被ると、山の方へ逃げてしまった。

「手裏剣もよけられたよ。まだレベル不足やったか」

　真璃絵は悔しそうに嘆く。

「明日また戦えそうだね♪」

　果音はわくわく気分で呟いた。

「また敵が出たみたいだけど、みんな無事か？」

　龍平は室内から問いかけた。

「大丈夫や。被害は遥子お姉さんのパンツ全部盗まれただけやから」

「いや、遥子ちゃんにとっては大きな被害だろ」

「私のお気に入りだったのにぃ」

　遥子は悲しげな声だった。

「遥子さん、わたし余分に持って来てるので貸してあげますよ」

「いいの？」

「はい」

「ありがとう聡実ちゃん」

　こんなやり取りをしている声を聞き、

「なんとかなるようだな」

　龍平は安心して数学の予習を再開する。

「きゃっ、きゃぁぁぁっ！」

　ほどなく遥子の甲高い悲鳴が聞こえて来た。

「遥子ちゃん、どうした？　また敵が出たのかーっ？」　

　龍平は部屋の窓は閉めたまま、少し心配そうに大声で問いかけた。

「大きな蛾が、私の鼻にとまったのぉ。とって、とってぇ～」

「遥子お姉さん、相変わらずオーバーリアクション過ぎ♪」

「遥子さん、落ち着いて」

「遥子お姉ちゃん、あたしが取ってあげる。あっ、飛んで行っちゃった」

「よかったぁー。きゃぁっ、今度は眉の上にとまったぁ！　戻って来ないでぇぇぇ～」

「龍平様、遥子様は敵キャラじゃない本物の蛾に襲われてーん」

　梅乃から伝えられ、

「そうみたいだな」

　龍平はホッと一安心して勉強を再開する。

それから五分ほどして、

「龍平お兄ちゃんお待たせーっ！」

「いい湯やったよ」

「龍平様、お風呂どうぞ」

「龍平さん、先ほどはありがとうございました」

「龍平くん、敵キャラやリアルな虫が襲ってくるかもしれないから、じゅうぶん気を付けてね」

女の子達はみんな風呂から上がって来た。

「一応武器持っていっとくよ。じゃあ、入ってくるね」

　みんな梅やゆずのいい香りがしてたなぁ。

　そんなことを思いながら龍平はパジャマと竹刀を持って、露天風呂へ。

「超難問もすらすら解けるわ。学問仙人のおかげね」

「私も今すごく頭が冴えてるよ」

　聡実は数学の自習、遥子は英語の予習をし始める。

「二人とも、勉強道具持って来てたんか。龍平お兄さんも持って来てはるし、みんな真面目過ぎや。あのゲームもアイテムに夏休みの宿題があったし、あれは現実のことが思い出されて萎えたよ」

　真璃絵は４Ｂ鉛筆を用いて、スケッチブックに一つ目狸の男の娘の姿の時のイラストを描きながらほとほと感心する。

「ねえ、みんなでテレビゲームしようよ」

　果音は備え付けのテレビゲーム機を四八インチ液晶テレビに繋げる。

「うち、あのゲーム、龍平様宅から一応持って来とったやのし。回復アイテムの買い足しせんといかんなるかもって思って。宿でテレビゲームで遊べるなんて思わんかったさかちょうどよかったわ。明日の決戦はより多くのダメージ受けそうやさか、回復アイテム買い足してくるで」

　梅乃はあのゲームをセットし、龍平が茶店でセーブしたデータを選択し、ゲーム画面に飛び込もうとしたが、

「いたたたぁっ」

　液晶にゴツンッと頭をぶつけてしまった。

「梅乃お姉ちゃん大丈夫？」

「無理やったか」

　果音と真璃絵はにっこり微笑む。

「龍平様のお部屋のテレビじゃないと無理みたいや。新たな回復アイテムは今後も敵を倒して手に入れるしかないみたい。皆様、申し訳ない」

　梅乃はてへっと笑った。

「敵倒して手に入れた方が楽しいよ。龍平お兄さんは今どうしてるかな？」

　真璃絵は露天風呂に通じる窓を開け、少し奥へ。

「覗くなよ、真璃絵ちゃん」

　龍平は手ぬぐいであの部分を隠した状態で洗い場の風呂イスに腰掛け、髪の毛を擦っている最中だった。

「今日パンツ見られた仕返しや」

「あれは橋杭岩くんや学問仙人がやったせいで、俺は全く見る気なかったからな」

　龍平は真璃絵に対し背を向けて弁明する。

「本当かな？　ほな龍平お兄さん、ごゆっくり」

　真璃絵はそう言って部屋に戻り窓も閉めてあげた。

「梅乃お姉ちゃん、いっしょに飛ばなきゃダメだよ」

「ごめんね、果音様」

　果音と梅乃は備えのアクションゲーム二人プレーモードで遊び始める。

「このゲーム面白そうやね。果音、ワタシに代わって」

「いいよ。あたし、もう一回お風呂入ってくるから」

「果音、敵にはじゅうぶん気を付けてね」

「分かってる遥子お姉ちゃん、水鉄砲も持っていくから」

　果音は外へ出ると、すぐにすっぽんぽんになって湯船の方へ。

「くらえーっ、龍平お兄ちゃん」

「うぼぉあ、果音ちゃん、ダメだよそんないたずらしちゃ。俺は敵じゃないからね」

湯船に浸かってゆったりくつろいでいた龍平の顔面に直撃する。

「それーっ！」

　果音は湯船にドボォォンと勢いよく飛び込むと、龍平のすぐ側に近寄る。

「果音ちゃん、もっと静かに入ってね」

「ごめんなさーい。ねえ龍平お兄ちゃん、小数の計算ってめちゃくちゃ難しいよね？」

「そうかな？　俺は苦労した覚えないけど」

「いいなあ龍平お兄ちゃん。そういえば、あたしと同じクラスの子で、もうおっぱいがふくらんで来たからブラジャーつけてる子がいるんだけど、あたしのおっぱいはいつ頃からふくらんでくると思う？」

　果音から無邪気な表情でこんな質問をされ、

「五年生の終わり頃じゃ、ないかな？」

　龍平は困惑顔で答えてあげる。

「そっか。あたし、まだまだおっぱいふくらんで欲しくないなぁ。真璃絵お姉ちゃんにおっぱいがふくらんで来たらパパと一緒に入っちゃダメよって言われたもん」

　果音は自分の胸を両手で揉みながら言う。

女の子は一般的に十歳くらいを境に男に裸を見せるのが恥ずかしくなって嫌悪感を示すようになるのが普通だけど、果音ちゃんはまだまだそうならなそうだな。

「果音ちゃん、俺、もう上がるね」

　ちょっぴり気まずく思った龍平は、湯船から上がる。

「じゃああたしも上がるぅ」

　果音はすぐに湯船から出た。

　その直後。

「あっ、危ないよ果音ちゃん」

龍平は竹刀をすばやく手に掴み、果音の背後に迫っていたある敵キャラを攻撃した。

「あっ、蝙蝠だ。くらえーっ！」

　果音はすかさず水鉄砲（今は中は湯船のお湯）でさらに攻撃を加え、消滅させた。

「うわっ、また来たぞ」

　ほどなく他にも何匹か襲撃してくる。

「てきゃは那智蝙蝠やのし。体力は５３。ここたいに出る敵じゃ弱い方やけど、吸血攻撃に気をつけて！　体力吸い取られてまうで」

　梅乃はガラガラと引き戸を引いて警告する。

「また新たな敵襲来と聞いて飛んで来たよっ！」

　真璃絵も嬉しそうにバットと手裏剣を持って露天風呂にやって来る。

「おいおい、俺と果音ちゃんだけで倒せそうだから。いってぇ！」

　手ぬぐいであの部分を隠しただけの龍平は、気が散ったからか噛み付き攻撃を食らわされてしまった。

「龍平お兄さんダメージ受けてはるやん。ワタシにも戦わせてよ。バットだけにバットで攻撃しようっと。とりゃっ！」

　真璃絵は那智蝙蝠を会心の一撃で消滅させた。

「離れろっ！」

　龍平は腕をぶんぶん振って噛み付いて来た那智蝙蝠を引き離すと、竹刀ですばやく攻撃。

　また倒せず、今度は腕に吸い付かれる。

「やばいな。俺から吸った分回復されてしまう。くそっ、離れてくれない」

　腕をぶんぶん振っても、もう片方の手で引き離さそうとしても那智蝙蝠は全く動じず。

「そうだ！」

　ふといい案が浮かんだ龍平は、腕を那智蝙蝠ごと湯船に突っ込んだ。

「やっぱ水、お湯が弱点か」

これにてあっさり消滅。

「そうみたいやね」

　真璃絵は湯船のお湯を洗面器に掬って、残りの那智蝙蝠にぶっかける。

　一匹にはかわされたが、

「蝙蝠さん、くらえーっ！」

　果音が水鉄砲を直撃させ、全滅。

「皆様、なかなか素晴らしい戦いやったで」

「那智蝙蝠、雑魚過ぎやったわ～」

　梅乃と真璃絵はすみやかに室内へ戻っていく。

「吸われた後もきれいに消えてよかった」

　龍平はもう一度湯船に浸かり、体力を全快させた。

「それじゃ、先に戻っとくね」

　果音はお気に入りの暗闇で光るフォトプリントパジャマを着て、一足先にお部屋へ戻っていく。

「確かにストーリーもキャラデザもそっくり過ぎや」

「うちから見たらこっちが偽物やのし」

　このあと真璃絵と梅乃はマンガやラノベを交換して読み、

「ジョーカーを除いたトランプ五二枚の中から一枚のカードを抜き出し、表を見ないで箱にしまった。残りのカードをよく切ってから二枚抜き出したところ、二枚ともダイヤであった。この時箱の中のカードがダイヤである確率はいくらか分かるかな？」

「……五〇分の一一か？」

「私もすぐに頭の中で計算式が思い浮かんでその答が出せたよ。合ってる？」

「二人とも正解よ」

「合ってたか」

「私もびっくり。確率苦手なのに。学問仙人のお守りの力は偉大過ぎだよ」

「トランプを見て、そこに話が行くとはさすが聡実様」

「学問仙人のテスト問題に出てましたよ」

「聡実お姉ちゃん、あたしには分からなかったよ。ババ抜きしよう」

「ババ抜きって俺、小学校の時にやって以来だな」

他のみんなはトランプゲームで遊んで三〇分ほど過ごした頃。

「果音さん、急に大人しくなったね」

「果音ちゃん、なんか元気なくないか？」

「遊び疲れちゃった？　それとももうおねむかな？」

　聡実と龍平と遥子は、果音の異変にすぐに気付いた。

「なんかあたし、急にすごくしんどくなったの。お熱があるみたい」

　果音はゆっくりとした口調で答えた。

「果音、本当にお熱があるよ。大丈夫？」

　遥子は果音のおでこに手を当ててみた。

「まあ、なんとか」

　果音はそう答えるも、ぐったりしていた。

「あらら、果音、風邪引いちゃったかぁ。でもそんなに高熱じゃないっぽいからきっと一晩で治るよ」

　真璃絵も果音のおでこに手を当てて、安心させるように言う。

「果音、これからぐっすり寝れば、明日の朝までには絶対治ってるからね」

　遥子が勇気付けるようにそう言うや、

「果音様、これ舐めてみて。薬用ドロップ、梅味で風邪に良く効くで。皆様が旅の途中、かだらの調子崩された時のためにゲーム内から持って来てたやのし」

　梅乃はマイトートバッグから赤いドロップを取り出した。

「ありがとう梅乃お姉ちゃん、いただきまーす」

　果音は一粒受け取るとさっそくお口に放り込んだ。

「甘くてすごく美味しい♪」

　するとなんと、果音の顔色がみるみるうちに普段の状態へと戻っていったのだ。

「急に元気が出て来たっ！」

　果音はにっこり笑い、ガッツポーズを取る。

「お熱も下がったみたいだね。ドロップ効果すごい！　さすがゲーム内のお薬だね」

　遥子はもう一度おでこに手を当ててみて、ホッと一安心出来たようだ。

「ありがとう梅乃お姉ちゃん。あたしの風邪あっという間にすっかり治っちゃった♪」

「どういたしまして。ちなみに戦闘で状態異常風邪にされた時にも同様に効くやのし」

　果音に満面の笑みでお礼を言われ、梅乃はちょっぴり照れた。

「でも眠くなって来たからあたしもう寝るよ。おトイレ行ってくるね」

「俺ももう寝るか。十時半過ぎてるし」

「私もー」

「みんなもう寝るん？」

「真璃絵さん、明日が本番なので今日はゆっくり休んだ方がいいですよ。わたしももう寝るわ」

「真璃絵様も、早めに寝た方が明日全力を尽くせると思うやのし」

「確かにそうやね。ワタシもじつはめっちゃ眠いねん」

　それから十分少々してみんな布団に入った後、

「それじゃ、消しますね」

聡実が長い紐を引いて電気を消して就寝準備完了。

女の子達は疲れ切っていたのかすぐにすやすや眠りにつく。

……寝顔、見てみたいけど、見ちゃ、いけないよなぁ。それにしても今日は、みんなの下着姿が見れてラッ……いや、いかん。そのことは忘れないと。

　遥子と真璃絵に挟まれる位置になった龍平は、布団に入ってからさらに三〇分以上してからようやく眠りつけたのであった。

　　　　　　　※

翌早朝、六時半頃。

「……まむしに締め付けられる嫌ぁな夢見たけど、遥子ちゃんにしがみ付かれてたのが原因か。あの、遥子ちゃん、起きてくれない？」

　目覚まし時計の鳴り響く音で目覚めた龍平は、わき腹付近に抱き着いてまだぐっすり眠っていた遥子のほっぺたを軽くぺちぺち叩く。

「……んにゃっ、おはよう、龍平くん」

　すると、遥子はすぐに目を覚ましてくれた。寝起き、とても機嫌良さそうだった。

「早く俺の体から離れてね」

「ごめんね龍平くん、枕代わりにしちゃって」

　遥子はすぐに両手を離して龍平の体から離れてあげた。

「おはよー、龍平お兄さん、遥子お姉さん」

「龍平お兄ちゃん遥子お姉ちゃんおはよー」

「おはようございまーす」

「おはよー皆様、体力は全快しましたか？」

　他のみんなもそれからすぐに目を覚ましてくれた。

「俺はちょっと寝不足気味だけど、大丈夫だよ。じゃあ俺、外で着替えてくるね」

　普段着を手に持って露天風呂の方へ向かおうとする龍平に、

「龍平お兄さん、外出たら敵に襲われるかもしれんから、ここで着替えたら？」

　真璃絵はにやけ顔で問いかけた。

「そうはいかないよ」

「おう、やっぱ紳士や」

「龍平くん、カーテンの中で着替えてくれたら私気にならないよ」

　遥子もこう言ってくれる。

「そうすると、真璃絵ちゃんにカーテン捲られる可能性大だから、トイレで着替えてくるよ」

　龍平は爽やかな笑顔で言い張り、トイレの方へ向かっていった。

「もう、龍平お兄さん失礼よ」

　真璃絵はぷくっとふくれる。

「皆様レベルは冒険開始時より四段階は上がっとるさか、本日向かう強敵揃いの高野山もきっとなんとかなると思うやのし。でも用心してここたいの敵とも戦闘し、もう一段か二段レベルを上げてから向かいよら」

　みんな普段着に着替えた後は朝食を取るため、昨日と同じ宴会場へ。

　卵かけごはん、味噌汁。イワナの塩焼き、ナスの漬物が用意されていた。

「お粗末な朝食になって大変申し訳ございません。鹿肉のハムサラダ、スッポン肉入りのお吸い物などもご用意する予定だったのですが、材料が今朝、盗難被害に遭ってしまって」

　女将さんがぺこぺこ謝りながら伝えてくる。

「いえいえ、じゅうぶん豪華過ぎますよ。気になさらないで下さい」

　龍平は慰めの言葉をかけてあげる。

「女将のおばちゃん、かわいそうだね」

「きっとここたいの敵キャラのしわざやのし。野生動物型が多いさか」　

「懲らしめんといかんね。ワタシも許せんわ～」

「この旅館以外にも被害かなり出てるだろうな」

「これ以上被害が拡大しないように、わたし達がなんとかしてあげないとですね」

「私も、怖いけど、頑張るよ」

　みんな闘志を胸に朝食を取った後、

「ちょっと散策して来ます」

　龍平が代表してロビーの従業員さんに伝え、みんないったん旅館から外へ。

近くの雑木林の遊歩道を散策していると、

「現れたようだな」

　新たに見る敵に遭遇した。

「ゆずのモンスターか。かわいい♪　ぬいぐるみに欲しいな」

　遥子はうっとりした表情を浮かべる。

　浮遊しながらみんなの方へ接近して来た。

「遥子様、油断は禁物やのし。ゆずっちは那智に出る敵じゃ経験値と小遣い稼ぎに使える体力３２の最弱雑魚やけど、果汁の威力は強烈やさか」

「遥子お姉さん、早く叩かなきゃ攻撃されちゃうよ」

「遥子お姉ちゃん、すごくかわいいけど敵なんだよ」

「確かにこれは有田みかんちゃん以上に攻撃しづらい愛らしさがありますね」

「危ねっ、噛まれそうになった」

　他の四人が全部で八体もいたゆずっちを容赦なく退治。

　みんな引き続き歩き回っていると、

「きゃっ、いたぃっ！　何かに腕噛まれたぁ」

　遥子は悲鳴を上げた。

「大丈夫か？　遥子ちゃん、あっ、血がいっぱい出てる」

　龍平が最初に反応する。

「急に気分が悪くなって来たよ。めまいがするぅ」

　遥子の顔色が少し青ざめていた。

　みんなの目の前に現れたのは、まむしのような生き物。

　体長は一メートルちょっとくらい。

「那智まむしやのし。遥子様、毒に侵されちゃいましたよ。すぐに手当てしますね」

　梅乃は急いで薬草を取り出し、傷口にあてがう。

「ありがとう、梅乃ちゃん。これで毒消えるかな？」

「はい、毒は完全に消えました」

「確かにそうみたいだね。すごく気分良くなったよ」

　遥子の顔色は一気に元の状態へ戻っていく。

「ちなみにゲーム上の熊野那智大社近くの延命長寿の水には毒消し気絶状態からの全回復効果もあるやのし」

「後ろから狙うとは卑怯なまむしだな」

　龍平はすばやくそいつに向かって竹刀を振りかざす。

　直撃はしたが、まだ倒せず。

「うわっ、飛び掛って来た」

　今度は龍平の首筋を目掛けて飛び跳ねた。

「龍平お兄ちゃん、あたしに任せて」

　果音が泡立て器で攻撃を加えていく。

　時同じく、

「こっちはイノシシや」

「このイノシシさん、防御力高いですね。なかなか消えてくれません。きゃっ、いったーい。足噛まれた」

「遥子お姉さんか梅乃ちゃん、早く聡実お姉さん回復してあげて。膝からめっちゃ血が出てる」

　真璃絵と聡実は体長二メートルは超えているだろう那智イノシシと格闘中。

「聡実ちゃん、ひどい怪我。これ食べさせてあげるね」

「ありがとう遥子さん。わたしの体力が五〇くらいとして、二〇くらいダメージ食らっちゃったわ」

　遥子は痛みで蹲っていた聡実にあべこべだんごを与えて全快させた。

「あたしも毒牙足に食らっちゃった。頭がくらくらするぅ」

「果音様、すぐに手当てするで」　

　梅乃は果音の傷口に毒消しをあてがってあげる。

「ありがとう梅乃お姉ちゃん。すごく良く効くね」

瞬時に回復。

「果音ちゃん、那智まむし、なんとか倒したぞ。俺は幸い噛まれずに済んだ」

「こっちもイノシシ手裏剣で倒したよ。猪肉ハム手に入れちゃった♪」

　みんな一息ついたのもつかの間。

「鹿も来たわっ！」

　新たな敵が聡実に猛スピードで接近してくる。

「那智鹿は那智イノシシよりは弱いで。でも角に注意して」

「了解です」

　聡実は箒を構えて那智鹿に立ち向かっていくも、

「きゃんっ！」

　角で突き飛ばされてしまった。

「いったぁぁぁい。背骨折れちゃったかも」

　仰向けで苦しそうに痛がる聡実の口に、

「聡実ちゃん、これ食べて」

　遥子は那智黒を与え、全快させた。

「聡実お姉さん、ワタシが敵討つよ。打撃は危なそうやから」

　危険を察した真璃絵は、那智鹿に向かって手裏剣を投げつけた。

　見事命中。

　フィゥゥゥン！

　那智鹿は大きな鳴き声を上げる。けっこうダメージを与えられたようだ。

「とどめだっ！」

　果音も手裏剣を投げつける。これにて消滅。

　鹿肉ハムを手に入れた。

「遥子様、後ろ、敵が迫っとるやのし」

「えっ！　きゃっ、いやぁぁぁ～、助けてーっ！」

　遥子はある敵から追いかけられ逃げ惑う。

「でかいな」

　龍平はその姿に圧倒された。遥子の背丈くらいあるムカデのモンスターだったのだ。

「あわわわ」

　聡実もそのなりを見てカタカタ震えて足がすくんでしまう。

「那智ムカデ、体力は６３や。毒に気を付けて」

「接近戦は危険やね。遥子お姉さん、任しときっ！」

　真璃絵は手裏剣を投げつけた。

直撃し、ダメージを与えることは出来たようだが、

「ひゃっ！」

　真璃絵は那智ムカデの口から吐き出された液体をぶっかけられた。

「気分悪いわ～」

　真璃絵の顔色が見る見るうちに蒼白していく。毒に侵されてしまったようだ。

「真璃絵様、これをお使い下さい」

　梅乃はすぐさま毒消しの薬草で治療。

「これは本当重宝するよ」

真璃絵は瞬時に回復した。

「ムカデさん、くらえーっ！」

　果音はマッチ火を投げつけた。

　これにて消滅。

「うわっ、いって」

　龍平は油断していると、敵に背後から攻撃された。

「狸や。おう、腹叩き出した。リアル狸はこんなことせんよね。写真撮っとこ」

「ぽんぽこ鳴ってるぅ」

　全部で三匹いた。真璃絵と果音は行動を見てくすくす笑う。

「那智たぬき、体力は６６。腹太鼓で仲間呼ぶやのし」

「呼ばれる前に倒さないとな」

　龍平も竹刀ですぐに一体を攻撃し消滅させたが、

「あっ、外しちゃった」

もう一体には果音の手裏剣攻撃の空振りにより腹太鼓を叩かれてしまった。

「やはり火が弱点ね」

「必殺、かちかち山やっ！」

そいつは聡実と真璃絵のマッチ火攻撃により一蹴されたのだが、

キャッキャッ、ウッキャ、ウッキー、ギャァァァッ。

紀伊ザル集結。

全部で十数頭いた。

「二発で消えたか。攻撃も簡単にかわせたし、昨晩よりずいぶん楽に倒せたな。レベルが上がってるってことか」

「あたしも泡立て器三発だけで倒せたー」

「ワタシはバット二発や。潮岬めぐりと川添茶ロール盗まれたんは不覚とったけど」

「わたしは噛み付き攻撃一回食らっちゃいましたが、箒三発で倒せました」

　それでも龍平、果音、真璃絵、聡実。四人の力を合わせて二分足らずで全滅させた。

　昨夜と同じく、じゃばらチーズケーキと那智黒を残していく。　

「皆様、予想以上に健闘してたで。ここよりもっと手強い和歌山編で最強クラスの高野山の雑魚敵も難なく倒せそうや」

「みんな凄過ぎるよ。私は怖くて何も攻撃出来なかったのに。私は回復役として懸命に尽くすよ」

　その後は敵キャラに遭遇することなく旅館まで戻れたみんなは、熊野那智大社近くまで送迎タクシーで送ってもらった。