第3話 赤の少女
その少女、は画面の中から僕に向かってにっこりと微笑んでいた。
「こ、こんにちは…」
画面に見入ってると、突然話しかけられた。
「うわあ!」
「あっ、すみません…バーチャルアイドルにご興味がおありですか?」
見上げると、いかにも真面目そうな大学生がこちらを見つめていた。
「いや、この女の子どこかで見たことあるなーと思って」
「このバーチャルアイドルはうちの部の先輩が持ってきてくれたんですよ」
気まずい沈黙。話が続かない。
「あ、あの…その先輩と、会って見ますか?」
よほど興味があるように見えたのだろう。気を利かせてそう言ってくれた。
「会えるなら…はい」
するとそそくさと部員は教室の奥へと入っていった。
しばらくすると、その部員に連れられて、すらりとした眼鏡をかけた女の人が僕の前に現れた。年齢は20代後半くらいだろうか。ずいぶんと大人のお姉さんに見える。
「キミが、"空蝉"に興味があるって言ってる子?」
「空蝉?」
「ああ、この子の名前」
そういって女性は画面をなぞる。
「ああ、まあ、はい、興味があります」
「ごめんねえ…この開発者は今はいないの。あ、私は雨夜夏子。理工学部情報科学科博士課程3年よ」
ドクターの人だったのか。
「あの、この"空蝉"の開発者は雨夜さんじゃないんですか」
「ええ。これは私の同期学生が開発したんだけどね…数年前に、亡くなったの」
「亡くなった…」
予想だにしなかった言葉に、僕は驚く。
相変わらず画面の向こうでは、"空蝉"が笑顔で踊っている。バーチャルといえども、その姿はさながら実在するアイドルのようで。
しかし、その生みの親はもうこの世界にはいないのだと思うと、なんとなくこのアイドルが遺品めいた空虚なものに感じられるようになった。
「今は私が保守と管理を行っているけれど…このシステムを完全に把握しているわけではないわ」
「あの」
思い切って、尋ねてみる。
「僕、この女の子にこのま…昔、会ったことがあるような気がして。"空蝉"のモデルになった人はいるんですか」
雨夜さんは少し驚いた顔をした後、困ったような笑顔を浮かべた。
「いえ…私は彼からはそんな話は聞いていないわ」
そうそう、と彼女は僕を教室の中に案内する。
「専用の機具を使うと、彼女に直接会えるのよ」
雨夜さんがインカム付きの、四角いスマートホンのような機器を取り出してきた。
「これは私達の研究の成果でもあるんだけれど…これをつけると、キミの意識が彼女の元に転送される」
「VRやなんかとは違うんですか」
「全然違うのよ。ま、中身は企業秘密だけれどねー」
まあ試してみなさいな、と僕はコネクターを装着させられる。
「目をつむって」
彼女の声とともに、目をつむる。
しばらくすると、視界が開けた。
一気に情報が五感へとなだれ込んでいく。ここは…ライブ会場だ。
ステージの真ん中で、"空蝉"が歌い踊っている。
そして、彼女を残し、背景が暗転―気が付くと、僕は大学のメインストリートにいた。
"空蝉"はアイドルから、ただの女子大学生の恰好へと変化した。
手を振って、こちらにかけてくる。
やっぱりあの時の少女だ。間違いない。―僕は確信した。
『こんにちは』
そういって赤髪の少女は僕に握手を求めてきた。
そっと、彼女の手に触れる。彼女の手は、本当に血が通っているように思えるほど、暖かかった。
「目を開けてね」
雨夜さんの声で目を開ける。
「どうだった?」
「凄かったです…本当に、彼女が目の前にいるようでした…」
てきぱきと彼女は機器を片付けていく。あたりを見回すと、いくらかお客さんが増えているようだった。
「あの、そろそろ行きます…人も増えてきたし」
「そう?じゃ、また情報研究会に興味があったら部室に来てね。これ、案内だから」
そういって雨夜さんは一枚のチラシを手に取った。
「わかりました」
僕はそのチラシを受け取ると、ずいぶん待たせているだろう優の元へと向かった。
「遅いぞ、どこ行ってたんだ」
優と別れた場所に戻ると、優が疲れた様子で立っていた
「そこらじゅう探したのに」
「ごめん、ちょっと向こうのブース周ってた」
「メッセくらいいれてくれよ」
「ごめん」
その後もいろいろ周ってみたが、あの手の感触だけは頭にこびりついて離れなかった。
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