第1話 白昼夢

夢を見た。

ここはどこだろう。

遠くでゴーン、ゴーンと鐘の音が聞こえる。

辺りは一面白と灰色の世界だったが、一点の染みがあった。いや―

あれは人だ。

赤い髪の少女が、立っていた。

声を掛けようとするも、少女が取り出したものを見たとたん声が出なくなった。

あれは銃だ。

少女は腕をまっすぐに伸ばしてトリガーを解除する。

その銃口に向かって真っすぐに向かっていくのは、赤髪の少女と同い年くらいの少女だった。その少女の手には、短剣が握られていた。

灰色と白の世界で、赤と黒がぶつかり合う。

銃口から発射された弾丸は、まっすぐに短剣の少女の胸へと刺さり―

そこで、僕は目が覚める。


              daydream syndrome


「…晴輝?」

気が付くと、目の前に心配そうに顔を覗き込む友人…萩谷優の姿があった。

「あれ、何の話だったっけ」

「だから、学園祭どこ周る、っていう話だよ」

季節は初夏。僕達も大学に入学して1か月あまりが過ぎていた。

うちの大学では5月と11月に学園祭がある。特に5月は新歓の色が強く、僕等一年生にとってはこれからの大学生活をイメージするに相応しい―あくまでも学業以外の面でだが―イベントだ。

「うーん…」

「晴輝ってサークルどこ入ったんだっけ」

「まだ完全に決めているわけじゃないよ」

サークル選びは有意義な大学生活を送るにとって重要だ。学科以外の人間関係はほとんどそこで決まるといってよい。学生たちはそれぞれのサークルで思い思いの青春を謳歌する。

「そういう萩谷はどこ選んだんだよ」

「決まっているだろ、軽音だよ」

「あー…バンドか」

優の顔をまじまじと見ながら、こいつにはお似合いだな、となんとなく思う。高校時代もギターをやっていたらしいし。

「お前も一緒にバンドやろうぜ」

「やだよ。音感ないんだよ」

ちなみに僕は絶望的に音楽の才能がなく、中高時代も音楽だけは5段階評価で2だった覚えがある。

そこまで人とのなれ合いが好きな方でもないし、実を言うと特にサークルには入らなくても良いと思っている自分がいる。一応天文や散歩、文芸サークルの新歓には参加したが、いまいちしっくり来ていない。

「おーい」

考え事をしていると、また優に顔を覗き込まれる。

「大丈夫?」

「考え事をしていただけだよ」

「ほんとか?白昼夢でも見てるんじゃねえの」

"白昼夢"たびたびtwitterのトレンドにも挙がるそれは、最近多くの人が体験している現象だという。目が覚めているはずなのに、意識だけは夢を見ているかのように他を向いている。そんな症状に悩まされている人が増加しているらしい。

考えてみると、奇妙な夢を見るようになったのも白昼夢が話題に上るような時期だったな、と思う。

周りになにもない異空間で、見知らぬ二人の少女が争う夢。あれはいったい何なのだろうか。


一日が終わり、帰路につく。大学を出て坂をくだり、下宿に向かう。明日は平日だが、学園祭の準備日ということで授業は休講。僕達は休みだ。

交差点の柱には、新入生を勧誘するアルバイトのビラでいっぱいだった。

多くは塾や家庭教師の案内だが―例外があった。

『被験者募集』

一際目を引く文字の並びだった。

『詳細は当日ご説明いたします。連絡は〇〇〇-××××まで』

こんな怪しい勧誘、誰が乗るものかと思いながら見ていると、その報酬額に目を疑った。

『報酬: 日当10万』

いやいやいや、まさか学生に10万払うのか。いよいよ詐欺感が増してきた。

そう思ったところで、信号が青になった。

交差点の真ん中に差し掛かる。

不意に、視界が揺れた。

『ハルキくん』

振り返ると、人が消えた交差点の真ん中で、夢で見た赤髪の少女が呼びかけていた。

「君は…」

『アナタは、大切なことを忘れている』

「大切なこと?」

『鍵と、鍵穴を見つけて』

何を言っているんだ、この少女は。鍵と鍵穴だって?

『残念、時間だわ。いい、あなたなら、世界を変えられる』

そう言って少女は消えていった。周りはいつもの交差点。信号は赤。

ということは―

「危ない!」

周囲の叫び声と、トラックの急ブレーキ音を最後に、辺りは真っ暗になって、何も聞こえなくなった。


夕焼けが眩しい。

気付けば僕は白い建物の中にいた。

またあの夢だろうか。

いや、違う。これは僕の記憶だ。

この光景は見たことがある。随分幼い頃の記憶だ。

廊下の先には、黒髪の幼い女の子がこちらをじっと見つめている。

頭には白い包帯。

この子は誰だったろうか。名前はなんだっけ。

今はもう思い出せない。

君は―








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