#38 構造色の青(実態の不在について)
「それで、これからどうするんだ」
「どう、って……」
「『チェレン』のクローンなんて、この先どこでもやっていけないぞ。おれがそうだったように、そうと知られれば未来は無い」
突きつけられた鋭い刃のような言葉に、アズールは口を閉ざす。アズールは苦い気持ちの中でどうにか何かを言おうとして、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「いや……その前に一つ聞きたいことがある。どうしてそこまで知っていて、モルフォが僕の『本当の』子じゃないと気がつかなかった?」
アズールの問いに、メタは意外そうに眉を上げた。
「……そうだな、思い込みがまず一つだ。最初に自分の子だと紹介しただろう。俺はあれを信じたんだ。いくら俺があなたの傍でずっと監視を続けていたとは言っても、あなたが俺と出会うまでの間にどこでだれと子供を作っていようが関与できない。……そうだな、ありそうな話だと思ったんだ。それから、あなたは優秀な人間だ。いや、違うな。あなたは『望まれたS型第二世代に近い』人間だ。性欲のこととは別として。黙っていれば万人からそれなりの好意を寄せられるだろう……ああ、それで、だから、モルフォがあなたと同じ優秀な体をもっていても別段おかしなことはないと思った。それに初めて見たモルフォはあなたと本当によく似ていた。いや、何を言っても今更だな。ともかく俺は信じたし、俺の中では整合性がとれていたんだ」
アズールは少し考えるように頬へ手をやった。『よく似ている』、それは誰から見て?
「……君のその感覚というのは外の感覚か? それともS型のものか? 僕はそれを、後者であるように思う」
隠す必要はない、正直に言ってくれ、とアズールは言った。メタはぐ、と言葉に詰まったような顔をした。それも一瞬だ。
「……そのとおりだ。それが、話にどう関わってくる?」
「まず、今回の襲撃についてだけど、そもそもの前提がおかしいんだ。S型の同族から見ても親子であることに疑いをもたれないようなモルフォが、なぜ『チェレン』のクローンだとわかる? S型を青い髪で白い肌としか形容しない外の人間はさておき、僕らは同族の見分けがつく。年齢だって見ればわかるし、男を女ということも無い。妙だと思わないか」
メタは視線を床へ落とし、握った手の指先をすりあわせた。
「確かに、それは……一理ある」
二人の間に沈黙が降りる。そのまま何分経っただろう。先にそれを破ったのはアズールだった。
「……母親か。書面を出すのに、同じS型クローンの名を借りた。十数年前に作られてすでに死んでいるクローンだ」
メタは目を眇めた。あるいは不機嫌を隠そうとしたのかも知れない。
「誰だ。なんて名前のやつだ」
「『セレナ』、知っているか。身辺調査をしたが、死亡届が出ているだけでめぼしい情報がなかった。妙だとは思ったが、死んだ人間のクローンは『安全』だ。法施行前だし珍しい話でもない。わかるだろ」
クローニングの氾濫する社会には『間違えてオリジナルを殺してしまう』という問題点があった。慣例的に、『原本』殺しは殺人罪が適用される。その点死者の遺伝子から培養するクローンは安全だ。世に溢れかえるどの個体を殺しても、誰が罰されることも無い。アズールの言ったのはそういう意味での『安全』だ。死者への冒涜。命は軽く扱われ、だからこそ、法規制がなされたのだった。アズールの言葉に、メタは頭を抱えた。
「あんまりな言い様だが、それはこの際不問としよう。情報がないのは当たり前だ。そいつはこの世に存在しない。『セレナ』。その名前をここにきて聞くことになるとは思わなかったぞ」
「……説明を頼んでもいいか。僕は一体何をした?」
◆
「まず、チェレンは望まれたS型第二世代の近似、第一世代の器だ。そこまではいい。それで、『理想』に近いそれを複製しようという話になった、らしい。これは俺の管轄ではないので詳しいことはわからない。……あまり、知りたい話でもないが。ともかく、セレナはそのうちの一人だった。因果なものだな。セレナはチェレンの子だ。建前上は。今回はそれを知っている人間が来たんだろう、道理で装備が良いわけだ」
げえ、とアズールは言った。
「なるほど、家柄の証明のためにつけた設定が裏目に出るとは…… どうしようかな」
「母親を書面上だけの関係にして、あなたのクローンだったことにすればいいだろう。あなたの子なら、興味を示す人間は多くない」
メタから出された提案を、アズールは即座に却下する。
「いや、クローンではだめだ。…………というかそもそも僕は男だ。男から女が生まれる。先天性にしろ整形手術をしたにしろ、『もっと別の事情があるとしたとしても』、まともなクローンで無いのは一目瞭然だろう。それではだめだ」
「……前提からしてまともな要素がひとつでもあったか? まあ確かにその指摘はもっともだ……」
椅子の表面をトントンと指で叩いていたアズールはふと気がついたように手を止めた。
「なあ、メタ。フルセットの話覚えているか?」
「前に俺がした話だろう、それがどうした?」
「あれってつまり、それだけ『入る』体が求められていた、と言う話だろう? それなら、なぜ僕は見逃された? 女ではないからか?」
言われたことを咀嚼し、メタは変な顔になった。
「いや、あなたは……なんていうか、違う、だろう。普遍的であることが美徳だとされるS型なのに『ふつう』じゃない」
アズールは黙って聞いている。メタは言葉を選んだ。
「あなたは、あー、ええと、他に類を見ないくらいに、そう、淫蕩だろう。あなたが俺と違うのは……いや、比較対象にされたくないな。ええと、あなたが持つ性的な物事への強い関心は、誰もかれもと一致しない特異な点だ。そうだろう、そのはずだ。俺はこの立場にいてそのことを強く感じる。俺はあなたみたいな倒錯者をほかで見たことがない。性的な欲望を切除されたS型第二世代のなかで、あなたは希有な存在なんだよ、アズ。クローンで外部的に増える俺たちに性欲は必要ない」
そこで一度言葉は切られる。アズールの返事を待たず、メタは再び口を開いた。
「だって考えてもみろ、クローンで増えるS型第二世代は、数ある人種の中で唯一能動的な生殖と交配を必要としない。そもそも『多数に向くような』性欲があったとして、S型第二世代の交配特性のためにS型『そのもの』は増えないんだ。だからその倒錯的なまでの性的欲望がきっとあなたのエラーだったんだろう」
俺はそう思いたい、そうでなきゃやってられない、とメタは続けた。アズールは、どうだろうね、というようにちょっと首をかしげた。
「きみ、このときとばかりに言ってくるねえ」
「何を言われたって、大きく間違っているってことはないだろう。S型はクローンを産み、クローンでしかS型は生まれない」
アズールは眠るモルフォを見た。穏やかな息は、静かに胸を上下させる。
「……結果的に、そういうことなのかもね」
ふーっと息を吐き、アズールは椅子の上で足を組み替えた。
「……しかしどうするかな。なにをどうしたって女の子は生まれない……ああ、いいや、そうだな。時期も時期だし、母親を『セレナのクローン』ということにしておこう。研究所の設備と人間が何人かいたら送り込まれた人間のクローンの一人や二人作るだろ。よし、それで通そう。施行前だしなんでも起こる。細かいことは僕がどうにか丸め込む。そうしよう、そうする。この話は終わりだ。もう何も聞かないぞ。おわり! 解散!」
鬱々とした表情をしていたところから一転、怒濤の勢いで言い切ったアズールに、メタは度肝を抜かれたように顔を引きつらせた。
「あ、ああ。頑張ってくれ。口添えが必要なら証人くらいにはなってやる……」
「言ったな、頼むぞ。書面にサインもして貰うからな」
いやそれ大丈夫なのか、と零したメタに、大丈夫じゃなくてもなんとかするのが僕の仕事なんだ、とアズールは言った。今までずっとやってきたんだからやりきらなくちゃ、と続いた言葉に、メタは立ち上がって今度こそアズールの頭をはたいた。
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