#37 輝く死の青(超越について)
「泣くな、アズ。らしくない」
「らしくなく振る舞えっていつも言ってたのはどの口だよ。こんな、こんな時ばっかり……いつもは言わないのに、こんな時ばっかりそう言うんだ、メタ」
目を覚まさないモルフォの手を握り、アズールはパタパタと涙を流した。メタがアズールのこんな姿を見たのは初めてだった。なんと声をかけたものか、とメタは思い、先ほどのやりとりを思い出した。
「モルフォの言っていたこと、気になるか?」
「……知っているのか」
アズールは顔を上げた。メタは頷く。涙は止まったようだった。
「教えてやる。モルフォは俺が見ているから椅子を持ってこい。長くなる」
メタはそういってアズールを見送った。そうしてよろつきながら戻ってきたアズールが、椅子を一脚しか持っていなかったので、メタは頭をはたく代わりに汚れてバキバキになったハンカチをその胸へ投げつけた。
「自分の椅子だけ持ってくるやつがあるか! もう一つ持ってこい、仮にも教えを請う立場で説明役の俺を床に座らせる気か。俺だってずっと立っていれば疲れは感じるんだぞ」
「あ、ああ、すまない、気が動転していて……きみ、頼もしいな」
こけつまろびつ飛び出していくアズールを再び見送りながら、メタはため息をついて目を眇めた。
◆
「まず、大前提だ。モルフォは本当に俺のクローンで合っているんだな? ここが間違っていると後々面倒なことになる」
「間違いない。作ったのは僕だ」
しかめられた顔にアズールは身をすくめたが、メタが声を荒げることはなかった。
「今更怒るようなことはしない。あなた以外に作れる人間もいないだろうし、そうだろうと思っていた。またいつもの気まぐれだろうが、きちんと認知もしたんだろう。ここまでモルフォを育てたのは紛れもない功績だ。納得はいかないが……それは、別にいい。これは俺の感情の問題だ。まあ、納得はいかないが。……俺がなんでここに来たか聞いたことがあるか」
「いや、知らない。人種は知らないが、S型第二世代じゃないんだろ。だから、何ていうんだ。こう、差別とか、本部に居づらくなったとかだと思っていた」
メタは初めて気が付いたとでもいうように自分の金の髪を触った。
「ああ、まあ確かにそうだな。この髪とこの目は目立つし、人種差別じゃないが似たようなことはあった。が、そんなことはどうだっていい。重要なのは、俺がS型第二世代で、この体はカモフラージュだったということだ」
アズールは目を見開いた。メタはすこし気まずそうに目を伏せる。
「今となっては誰も知らない俺の秘密だ。こんなことが無ければ本来墓まで持って行くはずだった秘密だ。他言無用で頼む。……俺は生まれたときはS型第二世代だった。いや、今でもそうだ、誰もそうは思わないだろうがな。性別はモルフォが示す通り『女』。アルビノを模しているのは、どの人種でもアルビノは『こう』だからだ」
ミルクホワイトの髪と乳白色の肌。色素の無い血の色の目。そういえばS型第二世代のアルビノは見たことがないな、とメタは言ったが、アズールはそれどころではなかった。
「待ってくれ、メタ、男じゃなかったのか。えっ、いや、どうなっている。確かに」
そう言った視線が一直線に股座を指したのに気が付き、メタはうんざりしたようにそれを払った。
「体をじろじろ見るんじゃない。俺がサイボーグなのを忘れたか? 全部作らせたに決まっているだろう。指摘通り、体は確かに間違いなく男だ。指摘の通り、陰茎もあるし喉仏もある。中身は……どうだかな。かれこれもう二十年近く男をやっている。まあまともに考えれば男でいいだろう。『学校』にいたころは皆子供で男女の区別なんてなかったようなものだし、俺は男の性というものを目の前の淫乱を通してしか知らない。……あなたのことをいっているんだぞ、アズ」
実質ゼロだな、とメタは言って、ぼんやりしたまま反応を返さないアズールの顔を覗きこみ、聞いていることを確かめてから話を続けた。
「当時の名前はチェレンだった。別段良い名前だともあまり思わないが、ともかくそんな名前だった。由来はチェレンコフ光。エネルギーを示唆する青い光だ」
「……チェレン? いやまて、どこかで聞いたことあるな……」
覚えていたか、とメタは心底驚いたように言った。
「あなたが出資の存続がどうのと言って腹を裂いた女がいただろう。国の要人だとかいうあれだ。あれが俺の前の体だったものだ。脳を見たか? あれは複製品で、おそらくなんらかの調整が成されている。元々入ってた俺の脳はいらないと言って捨てられた。それで、残ったのが俺になった。俺……つまり、あなたの言うメタだ」
あなたは知らないことだろうが、と前置きをして、メタは続けた。
「S型第二世代っていうのは冒涜の名前だ。俺たちは、はるか昔に死んだ第一世代を再現するための礎として生を受ける。近似値が作られれば奪われる。俺は望まれた『完全』に『類似のもの』だった」
メタは悔しげに目を伏せる。
「ああ、そうだ。奪われたんだ、俺は。俺と、モルフォを。検査項目に『ヴォイド』が出た時点で気が付くべきだった。俺たちの体の価値は中に入る容量の多寡で決まる。知っているか。詰めても詰めても減らないストレージこそが目指された先だ。ダミーデータは圧縮ファイルだ。解凍されなければただのダミーだが、あれには自己解凍機能がある。通常のカバー範囲をこなした上でフルセット詰めて耐えられる人間なんてそうそういない」
本来なら、平均的なことを言えば、耐えられる方が珍しいんだ。だから誰しも途中でやめてしまう、とメタは続けて補足した。
「……でもモルフォは耐えた」
「しかも圧縮テープだ。生まれたての身体には負担が掛かったことだろう。いや、俺も同じ事を、なんならもっとハイペースでやったから別段妙だとは思わないが、そういう話があるんだろう? ん、ああ、年が違うからそれはなんとも言えないか。『今の』テープはもっと高性能だと言うし……ああ、話がそれたな。それで、おそらくファイルも解凍されている、モルフォが妙なことを言い出したのはおそらくそれが原因だ。あの中には第一世代の記述があった…… あった、はずだが……俺は脳を捨ててしまった。半年前なら自信を持って答えられたことが今の俺にはわからない。だからこれは憶測でしかない」
「……その、第一世代って何なんだ? きみは、覚えている?」
アズールは考え考え、質問した。メタは頭を振って問に答えようとした。
「……俺たちの、前の代だ。人が、まだ神の似姿を取っていたと言われる時代の、あー、集団で、こう、何人かの内の一人に、女王がいて……全体の人数は今より格段に少ないんだが……悪い、話せる形にまとまってからで良いか」
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