#35 燐光の青(緊迫した状況について)

ルートは固定されている。破られたゲートを参照しつつ、あとは奥へと進むだけだ。そうして走るアズールとメタは何個目かの区画を超え、部屋に入るなり乱戦になった。アズールは担いだ消火器を振り回し、誰彼かまわず薬剤を浴びせかけていたが、響いた発砲音を聞くや否や中身の少なくなってきたそれを放り出し、即座に物陰へ退避した。重量のある金属容器が頭に当たり、一人倒れた。

「メタ! 相手が銃を持っているなんて聞いていないぞ!」

アズールの投げた消火器が滑るように床に落ち、場の注意を引きつける。わんわんと床が鳴ったその間にメタは二人始末した。

「そうだろうな、俺も聞いてはいない。気合いで避けろ、アズならできる」

熱い息をふーっと吐き、どこか投げやりにメタは言った。

「無理を言うなよ! 僕は人間だ!」

「それは俺もだ!」

風を切る音がしてメタの腰に傷がつく。弾かれた銃弾は壁に刺さった。見れば、白衣にはかぎ裂きのような穴があいていた。古いほうを着ていてよかったな、とメタは呟いた。

「なあ、アズール。この場合のリフォーム代、全額経費で落ちると思うか?」

「火災保険に入っている。どさくさに紛れて火を付けよう、着火はきみがやるといい。ちょうど良い頃合いだろ」

アズールはメタの白い肌を示した。笑えない冗談に、メタは視線を合わせないまま顔をしかめた。

「正気か? 資料に火が回って、そしたらどうする。同じものを用意するのに二十年かかるだろう。補償金では贖えないぞ」

「は、冗談に決まってる、僕だってコレクションが惜しい!」

メタが撃つ傍ら、バリケードの裏を移動し、床に転がる薬莢を白衣の布越しに掴んでアズールは相手の顔へと放った。そのまま広げた白衣で頭を脇に押さえこみ、視界を塞いだまま執拗に足を蹴って転ばし、盾にする。ぐったりと弛緩する身体に刺されたのは悪名高き『エーテル』だろう。相変わらず手が早い。そのまま動かないそれを担いで、集団の中へ投げ込む。アズールを撃たないよう他へターゲットを移しつつ、メタは反射的に、泥臭い立ち回りをするな、と思った。

「アズ、やり方が汚くなったな。相変わらずの無茶苦茶だ」

展開されたメタの腕が火を噴く。なりふり構わないのはお互い様だった。アズールは顔を歪めた。

「仕方ないだろう、君と違って武器がない!」


メタが撃ち、アズールが補給をする。繰り返されるヒットアンドアウェイの何度目か、アズールはガスマスク姿で踊りこんできた。いかめしい相棒の姿にさしものメタも驚く。

「なんだその恰好。強盗にでも転職したのか?」

「これを飲め! あとこれもだ!」

今の僕達は強盗『される』側だろと言おうかと思ったが、今は時間が惜しかった。抗議の言葉を発することもせず、アズールは手に持っていたボトルを二本ともメタに投げ渡した。じゅう、とパッケージのフィルムがゆがむ。

「ああ、なんだ、追加の水か? 助か……なんだこれ、危ないもんじゃないだろうな!」

「毒だ!」

メタの懸念へアズールは端的に答えた。近づいてこないのは銃撃を警戒してのことだけでは無いということか。気づきを得て、メタは毒づく。

「畜生! 俺の体をなんだと思ってやがる!!」

ふたつともを呷り、敵集団のほうへ一歩踏み込んで不意打ち的に顎を叩く。倒れた身体を数発撃ち、内圧が高まってきたところでメタは気密のハッチを開く。バシュウ、と各所の排気口が蒸気を吐いた。室内が白く煙る。目を潰す殺人的蒸気に混じり、揮発性の毒が部屋に蔓延して、先に居た影が声を上げてはばたばたと倒れていく。メタは短い祈りの言葉とともに、床に伸びたひとつひとつを絶命せしめた。

「俺に殺しをさせるな、物扱いもやめろ! 気分が悪い!」

煙の充満した物陰一つ無い部屋の中心でメタは叫ぶ。扉の影から、ああやっぱり怒ってるな、と覗いていたアズールは思う。前に似たようなことをやったとき、メタは『次はないぞ』といったのだった。しかしこうして走り回っている今、敵の数も少しずつ減ってきているとはいえ依然として事態は切迫している。命あっての物種だ。怒りも恨み言も説教も何もかも、終わってから聞こうと思った。

「悪かったよ、責任はとるから勘弁してくれ!」

アズールは今度こそ本物の水を投げ渡す。メタはラベルを一瞥するとそれを飲み下した。

「つくづくめでたいな! 偽装の紙きれ一枚で俺の寝覚めが良くなると思ってるのか!」

ボトルを床へ捨て、短く『次に行くぞ』と言ったメタはそのまま走り出した。アズールはガスまみれの部屋の換気設備を稼働させ、部屋の扉をロックしてからメタのあとを追った。

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