#27 銀細工の白(贈り物について)

「メタ、わたしからプレゼントがあるの」

食卓の片付けが終わったころ、モルフォはメタにそう言った。机のそばで活けた花の偏心を気にしていたメタは驚いたような顔をする。

「俺にか」

「うん。今日の記念に手紙書いたの。外では冬のお祭りで手紙を交換するんでしょ? だから、はい」

差し出された封筒をメタは熱いものに触れるように受け取った。薄い封筒を裏返せば、宛名には『メタへ』と書いてある。横からアズールがひょこっとのぞき込んできた。

「厳密に言うと手紙というかカードだね。ちなみに僕からもあるよ。これだ」

言い様、リボンのかけられた大きな包みが渡される。矢継ぎ早に出てくる贈り物にメタはうろたえた。

「え、いや、ありがとう、二人とも……ええと、その、感謝する……」

手紙も包みも、あとでゆっくり開けさせてもらうことにしようと言いおいてから、机の上に包みを下ろし、両手をあけてメタは小さなラッピング箱を取り出した。

「段取りが狂ってしまったが、まずは、おめでとう。これは俺からモルフォに」

包みの中に入っていたのはバングルのついた螺鈿細工の腕時計だった。モルフォは受け取り、腕につけた。つややかなダイアルがきらきらと光り、モルフォは目を輝かせた。

「それと、これはアズールへ」

「僕に? 嬉しいな、プレゼントをもらうのなんて何年ぶりだろう。お、すごい。カードケースだ。よくできている」

「あなたなら使う機会もあるだろう」

子供っぽいしぐさでアズールはスナップボタンのカードケースを眺めまわした。鮮やかな染色の革に合わせられた裏地が配色になっている、ややカジュアルな品だ。一つ一つポケットを開いては感嘆の声を上げるのを、メタは見るでもなく眺めていた。

「きみってばセンスがいいねえ。この金具のところとか大層おしゃれだ」

いいものをもらったと言って、アズールは嬉しそうに革のカードケースを開けたり閉めたりした。そうしてふと暑そうにしている様子のメタに気が付く。

「メタ、大丈夫? 手袋片方外したら?」

「ああ……いや、大丈夫だ」

絡ませていた指を解き、メタは傍らにあったグラスの水を一息に飲み干した。メタは唇をなめる。ぬるい水は喉の渇きを潤してはくれない。

「……少し、手を洗ってくる。二人はおのおの楽しんでいてくれ」

そういってメタは部屋を出た。



静かな廊下を歩く。体が熱い。メタは手洗い場へ向かっていた。今は誰とも会いたくないな、と思った。喉が渇いた、と感じる。メタの体には生物の持ついくつかの根本的な欲求の欠落が見られたが、渇きだけは強く出るように調整されていた。慣れたものだ、と思うも、身を苛む渇望が消えてなくなるわけでもない。水が欲しい。喉がひりつくようだ。廊下の隅にある貯蔵庫から水のボトルをいくつか取り出して飲むが、大した解決にはならない。消えない渇きと座りの悪い下腹の不快感に耐えつつ、メタは廊下を歩いた。一連の不調が服のせいだというのはわかっていた。断熱性能のある衣服はメタの排熱を阻害する。冷却液は体内で熱を抱え、熱膨張によって体積を増す。メタはたどり着いた手洗い場で、自分のほかに誰も入っていないことを確認してから個室に入って鍵をかけた。

ズボンを下げて腰を下ろす。『排熱』しながら、持ってきた水のボトルを空ける。揮発した香料が充満し、自分のいる個室が花の匂いで塗りつぶされていった。忌々しいな、とぼんやり思った。いくらかましになった不快感の中で、食事を強要されなくてよかったな、と思う。これまで、どうしても体面上、口にものを入れなければならない場面は少なからずあった。食事の席につくというのはメタにとって避けたい物事の一つだった。有機物によって体内が汚れるし、手袋も外さねばならない。ああいって納得してもらえたのなら、この先モルフォがメタを脅かすことはないだろう。メタは息を吐こうとして口を開け、喉奥から発された異音に慌ててハンカチをあてがった。

湯気の上がるハンカチをたたみ直す。この蓄熱具合なら、ハッチを開けば即座に冷えただろうと思うものの、糊のきいたシャツ相手にそんなことをすれば、シャツはおそらく無事では済むまい。なぜ『おそらく』なのかと言えば、やったことがないからだ。排熱によって己の着衣を無残にも壊す。さすがにそれは美意識に対する反逆である、とメタの心は感じる。そうでなくとも多量の蒸気は広範囲に拡散して物質を損なう。メタの持つ熱は不可逆な破壊と機能不全をもたらす。暑い、と思う。冷たいボトルは熱気を受けて汗をかく。襟のボタンを外したメタは、乾いた身の上はこういうとき不便だな、と思った。


顔を拭き、鏡をのぞく。顔を寄せても鏡面は曇らない。排熱は済んだ。メタは襟を止めなおし、リボンを来たときと同じように結わえて二人の元へ戻った。



「そういえばモルフォはアズールから何をもらったんだ?」

戻ったメタは包みを開けながら、傍で足をぶらぶらさせているモルフォに尋ねた。モルフォは首を傾げ、強調するようにして胸のブローチをメタへ見せた。透き通る大粒のサファイアは光をはじけさせる。

「石のピンブローチか。大人っぽいな。今の格好にもよくあっている」

モルフォは誇らしげに胸を張った。襟付きのシャツにラペルのジャケット。少年のような恰好はアズールが用意したのだろう。朝から思ってはいたが、こうして改めて見ると何とも言い表せない異なった趣がある。女の子にはドレスを着せるものじゃないのだろうか、とメタは感じないでもなかったが、アズールがわざわざそれを用意したのなら何か意味があるのだろうな、とも思うので深くは聞かないことにした。

「しかし一向にほどけないな」

「手袋外したら?」

「……やっぱりモルフォもそう思うか?」

メタは息を吐き、あきらめたように白手袋を外した。下から出てきた手は黒い。メタは慣れた手つきでするするとリボンの結び目を解いた。ぐるぐると巻かれた包みの中からは一揃いの白衣が現れた。

「……白衣だ」

それはいつも着ているものと大差ないように見えた。肩を持って広げていると、モルフォが横から覗いてくる。

「白いね」

「そうだな……」

目を瞬き、メタは組成を見るべくタグを調べた。防火防炎、透湿。火をつけられても燃えない。引火もしない。ファスナーは金属。ムシのかみ合わせは良好。メタは縫い目を改める。メタは静かに息をのむ。縫い糸が行ったり来たりを繰り返しているのがなければ、一枚の布であると錯覚したかもしれないほどのなめらかな一つながりだ。しわやたるみの一つもない。二つの生地が寸分の狂いもなく縫い合わされているのを目の当たりにして、メタは言葉を失った。メタの普段着も特注品ではあるが、これはそれ以上だ。誰が縫った? 一体誰に縫わせたらこうなる? 専門の針子を雇ったのかと思わせるような仕上がりに言葉も出ない。

「メタ、どうしたの? すごい顔してる」

「え、そ、そうか。すまない、ちょっと思うところがあって……」

モルフォの指摘に、メタは食い入るように見ていた白衣から顔を離す。モルフォは不思議そうにリボンの先をもてあそび、ううん、と言った。

「気に入らないの? それともその反対? それだったら、着てみたらいいよ。お祭りの日だけど、たぶんもうすることもないし……ないよね?」

「ないはずだ。俺も何も聞いていない。モルフォがそういうなら、着てみることにしようかな」

「うん、あとでわたしにも見せてね」


窮屈な礼服を脱ぐ言い訳ができた、という気持ちと、アズールはなんてものをよこしたんだ、という気持ちが入り混じり、メタは変な顔をする。そうして戻った自室で、袖を通した白衣が『寸分違わず』体に沿うので、メタは驚きを通り越して戦慄するのであった。

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