#17 多年草の青(造花について)

視線の先には白紙が二枚。モルフォは机に肘をついて、鉛筆を転がしていた。何も書かれていないまっさらの白を眺めて、モルフォは足音に耳を澄ませている。モルフォはメタを待っていた。足音が近づいてきたら、メタが現れたら。モルフォには聞きたいことがたくさんあった。しかし、実際に扉の向こうから現れたのは紙束を抱えたアズールで、意図しない人物の登場にモルフォは積んであったテキストで白紙二枚を覆い隠した。どさりとあからさまに置かれた本はアズールの注意を引くのに十分なほど不自然で、モルフォの思惑とは裏腹にアズールは一瞬そちらを見た。

「どうしたのモルフォ、押し花でもしてるの? そんなわけないか。……ああそうだ、見てこれ。折り紙って知ってる? 今日はそれをやろうと思って持ってきたんだけど」

何でもやっておかないとね、といって、アズールは正方形の紙を一枚取り出して見せた。モルフォは、はためく色紙をじっと見る。

「おりがみ……紙をまげるやつ」

「そう、その通りだ。いろいろあるけど、今回は花を作るよ。なにか好きな花はある? あんまり思いつかないかな」

「よくわかんない。アズールは? アズールの好きな花にする」

「僕の? そっか、うーんじゃあ、薔薇にしようか。ちょっと難しいけど、まあそれも経験だ」

アズールは束を開く。白、生成り、薄青、水色、浅葱、青、紺とその中間それぞれの色が机に広げられ、モルフォは目を瞬き、少し狼狽えたようだった。ためらいを見せる手は、少し震え、黒に近い紺の折り紙へと伸ばされた。


尊いものに触れるような手つきで暗色の色紙は広げられる。モルフォがそっと持ち上げた折り紙を曲げることもせず、そのままテキストの隙間に挟み込んだのを見て、ああ、何か思うところがあったのだな、とアズールは納得する。様子から、色が気に入ったわけではなさそうだ、というのはアズールにもなんとなくわかった。だからアズールは、試しに何か折ってみるように、と差し出すための数枚を、白いもののうちから選んだ。



アズールはまず、手本を見せよう、と言った。牡丹、ユリ、菊。手慣らしに作られる花々は何もなかった机にひとつずつ並べられていく。モルフォはそれを手に取ったり戻したりして構造を見た。モルフォが牡丹をバラバラにしているのを横目にアズールは薔薇へと取り掛かった。アズールは紙を手に取り、薔薇の形を思い浮かべた。そうしてそれを手元の紙へ反映する。畳み、曲げ、折り、紙は本来の形を取り戻していった。

アズールのふっくらした指が色とりどりの青をくるくると丸め、ぱち、と鋏を入れていく。モルフォはボタンから手を放し、その様子をじっと見る。やってみるかい。発された問いに、モルフォは頷きでもって返した。小さな手が指穴にかかり、幼い刃は指示に従ってパチンと閉じる。平たい紙ぺら一枚だった色紙は、形を持ってより鮮やかに色づいていく。

「折り紙って、折るだけじゃないの?」

小さな刃先が慎重に閉じられる。アズールは花弁にかかずらう手を止め、そうだねえ、と言った。

「いろいろ種類があるんだ。鋏を使うやつ、使わないやつ。いっぱい紙を使うやつ、一枚だけで作るやつ。僕はこれが一番得意ってだけで、同じ花でもいろいろなやり方があるし、そのやり方自体も新しく作られたりする。ああ、ほら、もう一つできたよ。薔薇の花だ」

ふっくらとした花弁がほどけていく途中で時を止めたような風情の造花はモルフォのお気に召したようだった。わあっと歓声が上がり、モルフォはそれをじっと見る。わたしも作ってみる、とモルフォが言うので、アズールは新しい紙に折り線を引いて、隣で一緒に折って見せた。曲げては伸ばし、伸ばしては折る。そうして行き戻りを繰り返しながら、小さな指は手のひらに収まる花の房を作った。アズールは手を止め、モルフォの作った花を褒めた。

「呑み込みが早いね、初めて作ったとは思えない出来だ」

モルフォはアズールの手の中にある花と自分のそれを見比べた。折っては返しを繰り返して少しよれた花弁は、薔薇というよりもほころぶシャクナゲを思わせた。モルフォは目を瞬く。

「そう? でも次はきっともっと上手にできる」

そういって『次』に手を付けていくモルフォを眺めつつ、アズールは作りかけだったつぼみを完成させた。それから葉とつると、がくを順番に作っていく。そうしてぼろぼろと机の上に転がっていた花を拾って、一つの軸へとまとめた。淡い花、白いつぼみ。ふっくらとした稜線と豊かな湾曲。丸く閉じられた草の輪。敷き詰められた花弁を思わせる色紙の並び。まるで葬式だな、とアズールはぼんやり思い、次いで、なんでそんなこと考えたんだろうな、と思った。

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