知性の青

#14 遺伝的特性の青(交配について)

アズールは手帳を捲って日数を数える。一日一本ずつ読み込ませていた学習テープももう数箱目になった。そろそろ整合性のチェックをしないとなあ、と渦を巻く黒いつむじを見て思う。整合性。テスト。アズールは立ち上がった。

「頃合いかな。おいでモルフォ、お勉強の時間だ」

「お勉強?」

それってなあに、と顔を上げたモルフォは訪ねた。少し離れたところでこちらを伺うように立つメタは何も言わない。見られているなあ、と思ったが、アズールは気にしないことにした。監視されるのには慣れている。

「そうだね、ここのところずっとテープを入れてただろ。テープはすごい発明だったけど、知識というのは使ってこそだ。要は、脳に入ったデータが正しく機能するか、問答を繰り返しながらチェックをするんだよ。そうやって体になじませる。僕たちは……ああ、メタは違うね。僕たち『S型第二世代の人間』はみんなこれをやる。学校でね」

学校、と繰り返し、モルフォはアズールを不思議そうに見た。

「アズールもやったの?」

「もちろんそうだ。毎日やっていけばすぐに終わるよ、君は優秀な子だからね」

透き通った青い目がすがめられ、モルフォはきょとんとした表情のまま頷く。よし、じゃあさっそく、とアズールは厚い冊子を取り出した。手首の幅はあろうかという冊子が鉛筆ととともに机へ置かれた。次いで薄い紙ぺらが一枚上にのせられる。

「とりあえず最初は簡単なテストをやろう。モルフォ、ここに問題集と解答用紙があるから、これを頭から解いて貰っていいかな。あっ、解答用紙は折らないでね。それと、わからないところはとばしていいから」

「わかった、貸して。うん? ……結構、多いね?」

渡された冊子をパラパラと捲って、モルフォは言った。アズールは鉛筆を渡し、うーん、まあそういうものだしなあ、と答えた。

「見ての通り一日二日で終わる分量じゃないからね、焦らずやってけばいいよ」

うん、と言って、モルフォは改めて問題集を開いた。目次をぱらぱらと飛ばし、モルフォは問題の一つ目を探した。アズールは冊子が自重で閉じていかないよう裏表紙の下にペンケースをねじ込み、モルフォが解答用紙をゆっくり埋めていくのを眺めていた。カリカリと鉛筆の先が紙をひっかく。メタはいつの間にかいなくなっていた。この様子だったらそう待たずに終わりそうだな、と考えていると、ふと手を止めたモルフォが口を開いた。おや、とアズールは注意を向ける。

「ねえ、アズール。学校ってどんなところなの? 楽しい?」

学校、とアズールは繰り返す。

「どうだろう、退屈だったかな。多分。すまないね、あんまり覚えていないんだ。どうにも興味が無くって。勉強ばかりしていたような気はするけど」

「そう?」

またなにか思い出したら教えるよ、と言ったアズールに、約束だよ、とモルフォが返す。アズールは曖昧に頷き、約束を違える前になにか話せるエピソードを用意しなくちゃいけなくなったな、と思った。



テストの結果は今のところまずまずだ。このまま問題なくカリキュラム通りにやっていけば、中等教育クラスの範囲は難なくカバーできるだろう。アズールは古い教科書を引っ張り出してきて、問答を続けることにした。こういうのも久しぶりだ、学校以来かな、とアズールは思う。

「次の段階に入る前に、S型第二世代における人種的特性の説明をしなくちゃいけないな。エンドウ豆の交配はやったことあるかな?」

「ない。でも知ってる」

知っている、とモルフォは言う。アズールはうんうんと頷いた。

「だろうね。僕もそうだったからわかるよ。そういうわけで知っての通り、遺伝の顕性・潜性は三対一で現れる。S型第二世代の身体的な特徴は知ってるかな。青い髪、青い目と、それから……わかる?」

「ええと、幼児期の黒髪……成長期に体毛の色が変化すること?」

「その通りだ。これは僕の個人的所見だけどほおの稜線がなだらかなのもだね。他の人種よりも肉体の成熟が早い段階で止まる傾向があると言われているよ」

当事者である僕達自身がそうだとはなかなか思わないけどね、と言って、アズールは両手の指で自身の頬をつついた。そのほおは言葉通り丸い。

「わたしたちは、ずっと子供のままってこと?」

「体は大きくなるし髪の色も変わるけど、たぶんその認識で合っている。というか他の人種の人にはそう『見える』って話だね。顔が大きく変わらないっていうのはどうもS型第二世代以外の間ではそういうことになるらしい。さっきも言ったとおり、僕は当事者だから判断しかねるけれど。まあその辺の裏付けは外の研究者に任せよう。二十年くらい後にはきっと論文が出てるはずだ」

そうだと良いね、と希望的観測を述べてから、さて、とアズールは言葉を切った。

「次にするのは交配の話だ。S型第二世代のこれらの特徴は全て劣性遺伝、つまり潜性なんだ。どの人種の誰と子供をもうけても、それが男でも女でもまず間違いなく生まれてくる子供は相手の遺伝子的特性を示す。どんな場合でもだ。割合は四対ゼロだから、潜性というのはまた少し違うのかも知れない。これを万能遺伝子と呼ぶ人もいる。具体的に言うなら、そうだね。あり得ない話になるけど、仮に僕らS型第二世代の人間がメタとの間に子を授かれば、メタと同じ白い肌と赤い目を持つ子供が生まれるだろう」

アズールはそう言ってから、でもそうはならなかったんだよなぁ、と思った。

「んん? それってどういうこと? メタはなにか違うの?」

首をひねるモルフォに、さてどこから話したものかな、とアズールは段取りを考える。

「……前提としてメタには子供を作る能力がないことを承知してもらう必要がある。サイボーグだからね、機械の身体を手に入れるとき、そのための器官を摘出しているはずだ。ええと、そう、その上で、メタの肌や目の色は先天性色素欠乏症(アルビノ)の特性を示しているわけだけど、この特性は多くの場合、次世代には発現しない。いろいろな要因の組み合わせが揃って初めて発現する珍しいものなんだ。普通の、つまりその特性を持たない人との間にできた子供は、通常そちらの特性が目立って受け継がれる。表面上はね」

何代か後に急に出ることもあるらしいけど、専門外だから詳しいことは言えないな、とアズールは続けた。つまり、と、モルフォは少し考えるようなそぶりを見せた。

「本当ならされないはずのことが、わたしたちとならする?」

アズールはゆっくり頷いた。

「理論上は。さっきも言ったけどメタはサイボーグだ。その前提が覆らない限り、仮定は仮定のままでしかない。ああ、でも、この話をメタにするなよ。ボコボコにされる。僕が」

声を潜めるようにして、だから秘密にしていおてくれよ、と言ったアズールに、モルフォは首をかしげた。

「いつかアズールをボコボコにしたくなったら言っていい?」

「やめてよ、いつからそんなあくどいことを考えるようになったんだ」

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