#13 海を満たす星の青(おとぎ話について)
「メタ、ビデオ一緒に見よう。もらったけど替え方がわからない」
「かまわないが……」
モルフォが差し出してきたテープを手に取り、やってくれって事か、とメタは納得する。再生機があるのはどこだっただろうか、と思いつつ、モルフォを携えて歩き出す。頼られるのは喜ばしいことだとメタは思う。頼れる大人を一人でも多く見つけることは、子供の健全な発育に寄与するだろう。メタは隣を歩くモルフォを見た。頭一つ分小さいモルフォの髪は黒く、時折房になった青が覗く。歳より少し幼く感じられるのは環境のせいか、それとも自分がすでに大人だからか。
「ところでこれは何のテープなんだ?」
管理台帳と照らし合わせつつ、棚を探りながらメタは聞く。
「えっとね、お姫様のやつって言ってた。今日はちょっと外に用事があるからって言って、さっきアズールがくれた」
アズールがくれた、というところで引っ掛かりを覚えたが、パッケージになんら怪しいところはなく、『お姫様のやつ』というからには女児向けの話なのだろう。まさか成人向けコンテンツということもあるまい。さしあたって妙なものではなさそうだと判断して、メタは引っ張り出した再生機にテープを入れた。ばらばらにしまわれていたコードをしかるべき位置に繋ぐ。確かにこれは知っていてもややこしいな、と思った。コンソールを操作し、映像が回るかどうかを確かめる。問題なし。表示されたタイトルとテープの題字は一致している。これも問題なさそうだ。椅子とモニターが近すぎないか確かめて、役目は終わったとばかりに部屋を出て行こうとしたメタだったが、椅子に座ったモルフォが白衣の裾を掴んで放さず、さらにうまい断りの文句も思いつかなかったので、渋々立ち止まって床に腰を下ろした。
薄暗い室内で映像は回る。中身はわかりやすいメルヘンだった。ある日ある時、高い塔で暮らすひとりぼっちのお姫様の元へ、星の海から流れ星のひとつがやってくる。塔の中で孤独と退屈を持て余していたお姫様はすぐに流れ星と仲良くなる。友達と呼べる仲になった流れ星は、打ち明け話をしてひとつ、自分は願いを叶えるためにやってきたのだとお姫様に言う。ひとりきりがさみしかったお姫様は、流れ星が塔に残ってずっと一緒にいてくれたらと考えた。しかしそれはたった一人の友達を塔へ縛り付けてしまうことを意味する。分かれがたい、と思う気持ちと、孤独の道連れにしたくない、と思う気持ちがお姫様を困らせる。遠くからやってきた流れ星。長い距離を行く流れ星。別れの日は近づいて、お姫様は決断する。自分も同じようにどこかへ行って、きっと誰かの願いを叶えられたならと。そうしてお姫様は願い、それは叶えられた。お姫様と流れ星は塔を出て、羽を得た彼女は孤独ではなくなった。それだけだ。そこで話は終わる。けれど。
メタはクライマックスのシーンを反芻する。姫が窓から身を躍らせると、差し込む光に一転、広がった夜色の髪が空と同じ青に変わる。金の髪の流れ星は差し出した手をしっかりと繋ぎ、寄り添った二人は雲の海を飛んでいく。青い光がオーロラのように差し込み二人の旅路を照らす。よくできた話だ、とメタは思う。青い髪は夜明けのメタファだ。明星とともに往く、姫君は戻らない。
「ねえ、メタ。今の流れ星、ちょっとメタに似てたね」
唐突に発されたモルフォの声に、驚いたメタはぱっと振り向く。物思いに沈み、散らかっていた意識が急速に目の前へ引き戻される。
「え、あー……ああ、そう、そうだな。確かに髪が同じ色だ」
「うん。あのね、わたしたちがお姫様になるのは簡単だってアズールが言ってた。綺麗なものを着て、おいしいものを食べて……それがずっとずっと簡単だって。ねえ、メタは、お姫様になってさらわれたいって思う? わたしはちょっと興味ある」
その言葉に、興味があるのか……と思ったが、メタは黙って首を横に振った。
「いや…… お姫様になるのも、さらわれるのも勘弁願いたい。そうだな、俺はもう大人だし……見知らぬ空の果てや星の海……おとぎ話の冒険よりも、今の生活が気に入っている」
「そう? 大人は、出会いを待たなくても、流れ星みたいにどこにだって行ける? わたしね、ちょっとだけ、いまと違う生活も知りたいと思ってる」
出会いを待たなくても、の言葉にメタは少し、嫌な感じを覚えた。彼女は子供だ。経済的にも肉体的にも弱者側で、自身の行き先一つ自由にはできない。今のモルフォの言葉はメタにそのことを強く印象づけた。自分が確立した個体として振る舞うのに他者の介在が必要だというのは、あまりにもむごいことではないのか、とメタは思う。本人は自身の不自由をわかっているのかいないのか、見返したモルフォはしかし、不思議そうに微笑むだけだ。メタは恐ろしいような気持ちになって、意味もないのに唇を舐めた。
「……モルフォは、なにか、してみたいことがあるのか?」
「いろんなことがしてみたい。手紙も書きたいし、旅行っていうのもやってみたい。海に行って、写真を撮るの」
はにかむように笑ったモルフォに、大人になれば好きなだけいけるさ、とメタは言った。叶うと良い、と願う反面、身を蝕む憂鬱な潮風を思い出し、連れて行ってと言われたら困るな、と少し思った。
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