#6 駆け出しの青(出会いについて)

名前をアズールと言った。透き通るような青い毛髪に白い肌と青い瞳。S型第二世代の外見的特徴を正しく受け継いだ、S型第二世代の男だった。


アズールはクローン技師だ。腕の良さは研究所の誰よりも優れていて、また、素行や評判の悪さでも研究所の誰にも負けなかった。彼はクローニングによって生命の発生した素材を、戯れに元の冷たい土塊へと帰してしまう。それがどの段階であってもだ。アズールは倫理観や規範意識というものに無頓着だった。

知識欲と目先の快楽の為に動くアズールは周りから疎まれたが、彼の在籍していた研究所本部は彼を追い出すことが出来ず、そのことがますます彼の評判を悪いものへと変えていた。研究所の上層部がアズールを首にできなかったのは単純に、彼が、問題だらけの人間性に目を瞑れば、引く手数多の優秀な人材だったからだ。意欲にあふれ、常人の倍の仕事をしたうえで、その三倍余計なことをする。そしてそれで得たインスピレーションによりまた仕事をする。とにかく厄介な人物だった。人のやらないことをやり、内部に置いておくと問題を次々引き起こすが、放逐すれば敵になりうる。そんな思惑にも我関せずとアズールは勝手に振る舞い周囲を振り回す。現場は爆発寸前だった。そうして彼は支部へ飛ばされ、隔離された。問題行動は収まらなかったが実害は減り、周りはそれで良しとした。


僻地へ飛ばされて好き放題していたアズールの元へ、いつだったか、メタという人間がやってきた。メタは彼の新しい相棒だという男で、ミルク色の金髪を持つ白い肌のサイボーグだった。アズールはメタを一目見て、強い関心を抱いた。メタの持つ様々の要素は奔放と道楽を体現するアズールの興味を引くに足りるものだった。アズール自身がそうであるように、クローニング関係の研究施設に在籍する人間はS型第二世代の割合が非常に高い。S型第二世代とクローニングは歴史的経緯から切っても切り離せない関係にあり、関係業種はS型第二世代の青い髪で溢れかえっている。そこに『メタ』はやってきた。黒でも青でもない、金色の、S型第二世代ではない、外から来た男。

珍しいとは思ったものの、メタは本部の意向でここへ来た。つまりもともと研究所内部にはいたはずだ。そう考えればクローンでもS型第二世代でもないサイボーグの彼が辺境のこの地へ送られてきたことにさしたる違和感はなかった。金の髪と赤い眼球。彼の姿は人の目を引くものだ。保守的な人間の集まる本部の中ではきっと悪目立ちする。『悪目立ち』、この地においてもなお、そう言いあらわすのがしっくりくるほどに浮いていた。きっと、異物として輪からはじかれたのだろうな、とアズールは思った。支部ははみ出しものの巣窟だ。もしかしたらこの『支部送り(左遷)』も彼自身が何か問題を起こしたことによるものだったのかもしれないが、アズールにとって来た理由なぞもはやどうだって良いことだった。顔合わせの簡単な紹介の時、メタはアズールと似たような境遇を持っていて、自分も同じように表にはいられない理由があると、おそらくはそんなようなことを言った。言っていたのだ、きっと。そしてそう語ったメタは『非常に美しかった』。柔らかなミルクホワイトの金髪にシャープな眉、毛穴一つない乳色の肌。返事を待つメタの形の良い唇はきっちりと閉じられ、甘いマスクを彩る、はっとするようなルビーの瞳は理知的な光を宿していた。メタはつくづく美しい男だった。アズールにはそれだけで十分だった。


アズールはメタの就任を歓迎した。作り物の皮膚は驚くほど熱く、白い肌は見た目の通りに滑らかであった。そのことはアズールを強く引きつける。彼の監視の下、汚職と臓物に塗れた暮らしは罵倒と叱責に晒されたが、アズールは意に介さぬまま日々を過ごす。代わり映えのない日常はしかし、彼が来たことで少し賑やかになった。


新しい相棒との日々を重ね、不可解で奇妙な彼の様々をアズールは知っていく。『メタ』。神経質で口うるさく、倫理と規範と権利意識を尊ぶ、武装サイボーグでありクローン技師の男。それがメタだ。自己矛盾の塊のような存在であるが道理の通らないことを嫌い、嘘とごまかしを忌避する、人種不明の美丈夫。短気で怒りっぽいが気遣いが出来て、勤勉かつ慎重派。

考えてみるとよくわからないな、とアズールは思う。さておき、サイボーグとして見たメタは奇妙な性質を持っていた。機械部と生体を接合している関係で、蓄熱が一定を超えると熱変成の恐れから器官保護のために全ての動作が止まる。肌の下には熱輸送・排熱のためのチューブが張り巡らされており、さながら血管のようだとは彼の弁だ。

アズールの凶行へ人並みに怒り、追い回して是正するよう求めては文字通り沸騰した血液に苦しめられる。熱を解さない人工物にあるまじき肌の熱さはそのためで、メタは時折、行き過ぎた過熱によって煮えたぎる冷却液を吐いた。メタ本人はそれを不本意なもの、ある種の恥辱として捉えていたが、アズールは数ある肉体の特性の一つとしてあるがまま扱ったので、メタは嫌がり、時折喧嘩へと発展した。


気遣いと言えば一つ。外骨格構造を持つことのできるサイボーグはその機能上、服を着る必要はないが、メタは肘の隠れるVネックインナーと襟の詰まった七分袖の白衣を好んで身につけた。研究所内では襟付きのシャツとラペルのある白衣のセットが正統派とされていたため、アズールは一度、服について尋ねたことがある。メタの主張によると、短い白衣や足首の出るズボンは排熱のためで、急激な熱変化によって試薬のガラス瓶を割る恐れから保護用の皮手袋が手放せないのだということだった。排熱効率を上げるなら布地は少ないほうが良いということなのだろう、手には甲を露出する洒脱な革グローブがはまっている。メタはそれを日常生活のいかなる時にも外さない。暑いのは苦手だとメタはこぼすが、アズールは実際に一度メタが言葉通り素手のままでフラスコを割るところを見ていたので、袖なしの服や半ズボンを殊更に勧めることはしなかった。機能上必要なくても、排熱効率を下げようとも、周りの人間にはメタの熱を遮る被膜が必要で、メタはそれをよくわかっていた。そういうことなのだろう。


そうしてある時、アズールはメタが靴下を履かないことを知った。つま先だけを覆う、薄荷色のカンフーシューズの中底が少し焼けているのを見て、なるほど、スパンデックスのフットカバーを、この足は溶かしてしまうのかと妙に納得したのを覚えている。


透明感のある肌の白と、鮮やかに彩るアルビノめいた血色の目。無論、白い皮膚の下を流れているのは血液ではなく、熱を運ぶ冷却用の水なので、この赤い瞳は作り物だ。それにしたってよくできていた。アズールは誰が作ったとも知れない眼球の、芸術品のようなそのできばえに感心する。通常、サイボーグは機械との癒着部分を目立たせないために所有者個人の持つ本来の姿と似せて作られる。メタの身体は均整が取れていて、左右がきっかり対称であるように見えた。欠けのひとつもない身体。なめらかな一続きの体。ひとときに作ってしまうには、余りに精緻で手の込んだ造形だった。少しずつ切り離してはひと針ずつ縫い進めるようにように置き換えていったのだろうというのがなんとはなしにわかった。縫合痕の一つも残ってはいない肌は、最初から機械の体を持って生まれたのではないかと錯覚させるほどだ。

綻びのない体。完全な体。アズールは嘆息する。見えるところにはもう、生身の部分は残っていないようだった。全身にわたる置換手術。それを『せざるを得ない』状況というのはどんなものだろうか。事故であろうか。それとも病気。はたまたもっと別の事情によったなにがしか。アズールは考えてしまう。

薄暗闇の中でも目を引くほどに白い背中を眺めながら、もしかしたら元の身体を売りに出したのかもしれないな、とアズールは思った。サイボーグというのは『高い』のだろう。クローンが専門のアズールにはよくわからなかったが、目の前のメタは美術品めいて精巧で、市場原理から言っても間違いなく高価なもののはずだった。それでも、それでもだ。確立された理論は一つの奇跡で買い取れる。造作は無造作に叶わない。無作為のもとで生まれたものには価値があった。早い話、この時代になっても、白い体は高く売れた。きっと目の前の精緻を賄えるほどの値段が、白い体にはつくのだろうと知れた。クローン技師であるアズールは卓越した技能ゆえに『そういった』売買に関わることがままあったし、そういうことも知識としては知っていた。最もアズールが『それ』を扱ったことはただの一度もなかったために、幸いかな、彼の白い肌にある種の気まずさを覚えることは免れた。


とにもかくにも、メタは難儀な体を持て余し、熱を恐れていた。彼の脳は蛋白質で、生身の脳が茹で上がってしまうのは時間の問題だった。メタは死を、神経細胞の熱変性を恐れていた。彼は熟考の末、脳の置換手術を受けることになった。そして話は冒頭へ戻る。

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